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プレスリリース
次世代太陽電池用SnS薄膜の最適組成を解明 ─ 蒸発しやすいSを補う精密な成膜技術で実証 ─|原子空間制御プロセス研究分野

発表のポイント

  • 硫化スズ(SnS)薄膜太陽電池の性能を左右するSnS薄膜の電気的性質と膜質に、スズと硫黄の比率(組成(注1))が及ぼす影響を解明しました。
  • スズに対して硫黄が不足してもキャリア密度(注2)はほぼ一定値を保ち、
    硫黄がスズを超えるとキャリア密度が急激に上昇することを発見しました。
  • 電気の流れやすさの指標である正孔(電子の空いた孔)の移動度(注3)はスズと硫黄の比率である化学量論組成(注4)の1:1で最大値となりました。
  • スズと硫黄の比率を1:1にすることが、太陽電池に適した電気的特性だけでなく、緻密な高品質薄膜の実現に重要であることを明らかにしました。

概要

硫化スズ(SnS)は、地球上に豊富に存在し、毒性もないスズと硫黄から構成される半導体として、次世代の薄膜太陽電池や熱電変換素子(注5)への応用が期待されています。しかしSnSを薄膜化する際には、スズと硫黄の比率(組成)が化学式の1:1からわずかにずれることがあります。一般的に、組成のずれは小さい方が望ましいと言われていますが、組成ずれが薄膜にどのような影響を及ぼすかは十分に解明されていませんでした。

東北大学 多元物質科学研究所の鈴木一誓講師と、同大学大学院 環境科学研究科 先進社会環境学専攻の野上大一大学院生らの研究グループは、SnS薄膜の組成を精密に制御する手法を開発し、組成ずれが電気的特性や膜質に大きな影響を与えることを実験的に明らかにしました。また、化学量論組成1:1となる薄膜を実現することが、太陽電池に適した優れた電気的特性と緻密な膜質を実現する鍵であることを発見しました。本成果は次世代のエネルギー変換デバイスにおけるSnSの実用化に向けた重要な知見となります。

本研究成果は、米国物理学協会が発行する材料科学分野の学術誌APL Materials に、2025年3月21日付けで掲載されました。

研究の背景

近年、次世代のエネルギー材料として硫化スズ(SnS)が注目されています。SnSは、地球上に豊富で無害なスズと硫黄だけで構成される環境に優しい半導体です。このため、太陽電池や熱電変換素子としての活用が期待されています。

しかし、硫黄が蒸発しやすい元素(注6)であることから、SnSを薄膜にする際には、スズと硫黄の比率が化学式通りの1:1からわずかにずれることが知られており、その影響については十分に解明されていませんでした。これまでの研究では、「組成のズレは小さい方が良い」と漫然と考えられていたものの、具体的にどの程度の影響があるのかは実験的に検証されていませんでした。

本研究では、SnS薄膜をスパッタリング(注7)によって作製する際に硫黄プラズマを薄膜堆積部に供給する新たな手法(硫黄プラズマ援用スパッタリング法:図1)を用いて、硫黄の量を精密に制御したSnS薄膜の作製に成功しました。これらの薄膜の電気的特性や膜質などを詳細に解析することで、組成のずれが物性に与える影響を研究しました。

図1. 本研究で用いた「硫黄プラズマ援用スパッタリング法」の模式図。 (a) 装置の全体像と、(b) 硫黄プラズマ供給装置の内部の様子。

今回の取り組み

本研究では、SnS薄膜を作製する際に、硫黄の供給量を厳密に制御できる独自の手法を用いました。具体的には、SnS焼結体をターゲットとした通常のスパッタリングに加えて、プラズマ化した硫黄を薄膜堆積部に供給する手法です。硫黄プラズマは、硫黄粉末をヒーターで加熱して得られる硫黄蒸気に高周波を印加することで得られます。硫黄粉末の加熱温度を変えることで、硫黄プラズマの供給量を制御し、薄膜中の硫黄量を精密にコントロールしました。これにより、スズと硫黄の比率が微妙に異なるp型SnS薄膜(注8)(1:0.81、1:0.96、1:1、1:1.04)の作製に成功しました。これらの薄膜を詳細に解析した結果、わずかな組成のずれが、電気的特性や膜質に大きな影響を及ぼすことが明らかになりました。

化学量論組成からわずかでもずれた場合は、粒子が粗く堆積し、空隙の多い膜質となることが明らかとなりました(図2)。特に、硫黄が過剰な場合はキャリア密度が急上昇する一方で、硫黄が不足してもキャリア密度はほとんど変化しないという予想外の結果が得られました(図3)。これは、硫黄不足によってアクセプタ型とドナー型欠陥(注9)が同時に生成し、互いに補償し合うためと推察されます。

図2. (上)化学量論組成と非化学量論組成の薄膜表面の電子顕微鏡写真。化学量論組成では平滑だが、非化学量論組成では隙間があることがわかる。
(下)薄膜の断面の模式図。結晶子の内部の斜線は結晶の方位を示す。

図3. SnS薄膜の (a) 正孔移動度と (b) キャリア密度との組成依存性。横軸は硫黄 比率(S/(Sn+S))を示す。

本来、このような欠陥は太陽電池の性能を劣化させる要因となるため、回避すべきものです。しかし、硫黄不足の影響がキャリア密度の変化として現れにくいことから、これまで多くの研究で見過ごされてきた可能性があります。本研究の結果は、これまで「化学量論組成」とされてきたSnS薄膜が、実際にはごくわずかに硫黄不足であった可能性を示唆しています。

一方で、化学量論組成となった薄膜は、粒子が密に堆積した膜質で、正孔の移動度が11 cm2V-1s-1と非常に高く、太陽電池に適していることが明らかになりました。

以上より、SnS薄膜を太陽電池に応用する際には、その組成の制御が極めて重要であることが改めて明らかとなりました。また、特に硫黄の不足については電気的測定からは見逃されやすく、硫黄不足を補うようなプロセスが重要であることが示されました。

今後の展開

本研究は、SnSを用いた薄膜太陽電池の性能向上に直結する重要な知見であり、今後の素子設計において新たな指針となります。

また、私たちはこれまでn型SnSを用いたホモ接合SnS太陽電池(注10)の研究を継続的に進めてきました。これまでに、n型とp型層にSnSを用いたSnSホモ接合太陽電池が高い出力電圧を得るのに適した構造であること、塩素をSnS薄膜にドープすることでn型SnS薄膜の作製が可能であることを報告してきました。(参考文献1、2)

本研究で得られた知見は、p型SnS薄膜に関するものですが、ホモ接合太陽電池のさらなる高効率化にも大きく貢献すると考えています。今後は、実際のデバイス応用を見据え、ホモ接合太陽電池の開発を進めていく予定です。

謝辞

本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(B)(JP21H01613)、および「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、TIA連携プログラム探索推進事業「かけはし」からの支援を受けて実施されました。また、野上大一はJST SPRING(JPMJSP2114)の支援を受けました。本論文の出版費用は「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」による支援を受けました。

用語説明

注1.組成:化合物を構成する元素種とその量の割合のこと。

注2.キャリア密度:物質中を移動する電荷キャリア(電子や正孔)の数を示す。キャリア密度が高いと電流が流れやすい。

注3.移動度:キャリアが電場の影響を受けて移動する速さを示す指標である。移動度が高いほど電荷がスムーズに移動できるため一般的にデバイスの性能が向上する。

注4.化学量論組成:多くの物質では構成元素の原子数の比が単純な整数比となる。たとえば、硫化スズであれば、Sn:S = 1:1である。このような整数比は、化学量論組成(ストイキオメトリ)と呼ばれる。実際に材料を合成する際には、この化学量論組成からの微妙なずれが発生する。

注5.熱電変換素子:熱エネルギーを直接電気エネルギーに変換する素子。温度差を用いて電力を得ることができる。SnSは環境に優しい熱電材料として期待されている。

注6.硫黄が蒸発しやすい元素:硫黄は高温下で容易に揮発する性質をもっており、薄膜にする際に気体として脱離しやすい。元素の蒸発しやすさを示す「飽和蒸気圧」は、例えば500 ℃における硫黄のそれは、スズのそれと比較して11桁も高く、いかに硫黄が蒸発しやすいかが分かる。

注7.スパッタリング:高エネルギーの粒子を固体ターゲットに衝突させ、ターゲットの成分を弾き飛ばすこと、および、これを用いて基板上に薄膜として堆積する手法のこと。

注8.p型SnS薄膜:電荷キャリアとして正孔(ホール)を主に持つSnS薄膜のこと。

注9.アクセプタ型とドナー型欠陥:半導体中に形成される欠陥のうち、正孔を生成するものをアクセプタ型欠陥、電子を生成するものをドナー型欠陥と呼ぶ。これらが同時に存在する場合、生成した正孔と電子が補償し合う。

注10.ホモ接合SnS太陽電池:ホモ接合とは同じ材料でp型層とn型層を作製してpn接合を形成することで、界面に欠陥が生じにくい。一方で、異なる材料を接合することをヘテロ接合と呼ぶ。SnSは従来ヘテロ接合によって太陽電池が研究されてきたが、近年はホモ接合にも注目が集まっている。

参考文献

  1. SnSホモ接合太陽電池に関する成果については、下記をご参照ください
    Sakiko Kawanishi, Issei Suzuki, Sage R. Bauers, Andriy Zakutayev, Hiroyuki, Shibata, Hiroshi Yanagi, and Takahisa Omata, “SnS Homojunction Solar Cell with n-type Single Crystal and p-type Thin Film”. Solar RRL, 5, 2000708 (2021), DOI: 10.1002/solr.202000708
    硫化スズ太陽電池の高効率化への独自技術を実証 ~次世代ソーラーパネルの実現に前進~(2021年3月9日リリース)
    https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/03/press20210309-04-solar.html
  1. n型SnS薄膜に関する成果については、下記をご参照ください
    Issei Suzuki, Sakiko Kawanishi, Sage R. Bauers, Andriy Zakutayev, Zexin Lin, Satoshi Tsukuda, Hiroyuki Shibata, Minseok Kim, Hiroshi Yanagi, Takahisa Omata, “N-Type Electrical Conduction in SnS Thin Films”, Physical Review Materials, 5, 125405 (2021), DOI: 10.1103/PhysRevMaterials.5.125405
    不純物ドーピングによる硫化スズ薄膜のn 型化に成功 ~有害元素を含まない実用的な薄膜太陽電池の実現に期待~(2021年12月13日リリース)
    https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/12/press20211213-03-SnS.html

 

論文情報

“Non-stoichiometry in SnS: How it affects thin-film morphology and electrical properties”
Taichi Nogami, Issei Suzuki*, Daiki Motai, Hiroshi Tanimura, Tetsu Ichitsubo, Takahisa Omata
*責任著者:東北大学 多元物質科学研究所 講師 鈴木一誓
APL Materials
DOI:10.1063/5.0248310

東北大学
原子空間制御プロセス研究分野(小俣研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所
講師 鈴木 一誓(すずき いっせい)
TEL: 022-217-5215
Email: issei.suzuki*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)