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プレスリリース
リチウムイオン電池電極からの金属溶出を可視化する技術を開発 二次電池の長寿命化と安全性向上への貢献に期待

発表のポイント

  • 磁気共鳴断層撮影法(MRI)(注1)を用いて、リチウムイオン電池(注2)の充放電のその場観察に成功しました。
  • リチウムイオン電池正極からの遷移金属イオン溶出をMRIで可視化しました。
  • マンガン酸リチウム(LiMn2O4:LMO)正極からのMnイオン(Mn2+)溶出の機構を解明しました。
  • 遷移金属イオンの溶出を抑える新規電解液の特性を実証しました。

概要

リチウムイオン電池(LIB2)は、スマートフォンや電気自動車(EV)などに幅広く利用されていますが、経年劣化による交換費用や劣化電池の安全性への危惧が大きな社会問題となっています。電池劣化の要因は幾つかありますが、その一つとして電池材料の分解と溶出の可能性が指摘されています。

東北大学多元物質科学研究所のヘラー ニチヤ(Hellar Nithya)学術研究員らのグループは、MRIを用いて、リチウムイオン電池の正極材料であるLMOからマンガンイオンが電解液中に溶出する様子をリアルタイムで可視化する手法を開発し、電池の充放電時にマンガン(Mn)が溶出する電圧や場所や溶出挙動を視覚的かつ定量的に測定することに成功しました。この技術を用いて、ドイツ・ミュンスター大学のミュンスター電気化学エネルギー技術研究所(MEET:Münster Electrochemical Energy Technology)で開発された新しい電解液を分析し、LMO正極からMnイオンの溶出が殆ど起こらないことを実証しました。この技術は、Mn以外の遷移金属やリチウム硫黄電池の硫黄の溶出にも応用できるため、リチウムイオン電池の長寿命化や安全性向上に役立つことが期待されます。

本成果は、2025年2月13日に、材料科学分野の専門誌、Communications Materialsに掲載されました。

図1. リチウムイオン電池の正極からの金属イオン溶解の可視化を示す本研究の模式図

研究の背景

リチウムイオン電池(LIB2)は、スマートフォンなどのポータブルデバイスから電気自動車(EV)まで幅広く利用されていますが、経年劣化による交換費用や劣化電池の安全性への危惧が大きな社会問題となっています。電池劣化の要因は幾つかありますが、その一つとして電池材料の分解・溶出の可能性が指摘されています。例えば高容量のLIB2では、正極材料としてコバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)などの遷移金属が用いられていますが、電池の充放電を繰り返すと、これらの遷移金属が徐々に電解液に溶け出し、それが負極に達すると電池特性を大きく損なうことが知られています。

とりわけ、Mn系正極(LMO等)においてはMn2+イオンの溶出が顕著で電池の劣化要因の一つとして知られています。しかし、Mn2+イオンの溶出が、いつ・どこで・なぜ起こるのか、その後どのように電解液中を拡散して負極に達するのかは良く分かっていませんでした。また、遷移金属の溶出を抑える新たな電解液や添加物や正極材料の改良等が提案されていますが、それらを直接比較検討する方法はありませんでした。

今回研究対象としたスピネル型 LMO およびその誘導体は、動作電圧が高く、資源が豊富で安価かつ安全なため、電気自動車用の蓄電池材料にも広く使われています。しかしながらLMO正極は4V以上で充放電すると容量が次第に減少するという欠点があり、その原因の一つとして、LMO正極から電解液へのMn2+イオンの溶解が指摘されています。

その機構としては、LMO中のMnイオンは充放電時に2価と3価に不均化し、高電位ではMn2+が溶出しやすくなるためと考えられています。その際、電解液から生成するフッ化水素(HF)が溶出を促進するとも言われていますが詳細は解明されていません。

この仮説を基に、様々な新規電解液や添加剤、あるいは正極材料の表面コーティングなどが提案され、劣化が抑制されると報告されていますが、それらの検証には膨大な時間と労力が必要です。正極からの遷移金属イオンの溶出を理解し抑制するためには、リチウム電池内でいつ、どこで、どの程度溶解するかを検出し、そこで何が起こっているかを解明することが重要です。

これまでは、電池を充放電の途中で解体して電解液を高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法などで分析していましたが、溶出量が微量なため、電池の充放電過程でリアルタイムに溶出を検出することはできませんでした。
MRI は強力な磁場の中で物質に電波を当て、原子核のスピンから返される微弱な電波を検出して画像化する技術で、医療用としても広く利用されています。本研究グループは2009年に7Li核のMRIを用いてリチウム電池内部のリチウムイオン分布の可視化を報告し、リチウム電池の劣化診断技術を開発しました(参考文献1)。

一方、医療分野では、観察したい対象の画像コントラストを高めるためにガドリニウム等の常磁性イオンを含む造影剤を注射し、水素イオン(プロトン:H)の緩和を促進してMRIの信号を増強する方法が使われます。LMO正極から溶出するMnイオンは常磁性で、電解液中に溶出すると、近傍の有機分子のプロトンの緩和を加速し、MRI信号強度を増強します。本研究では、この原理に基づき、電解液のプロトンMRIを用いて間接的に溶出したMnイオンの時間・空間分布を可視化する手法を開発しました。

今回の取り組み

本研究では、東北大学多元物質科学研究所Central Analytical Facility(CAF)に設置されている、Avance400NMR装置(磁場9.4T)とマイクロイメージングプローブを用いて、モデルリチウムイオン電池の電解液中のプロトンを対象に、1H MRIを測定しました。モデル電池は、正極にスピネル型のLMOを、負極に金属リチウムを用い、電解液は、市販電池で一般的に用いられるヘキサフルオロリン酸リチウム溶液(1M LiPF6 EC:DMC)と、ドイツのミュンスター電気化学エネルギー技術研究所が開発した、リチウムビス(トリフルオロメタン)-スルホニルイミド(LiTFSI)塩とメチル-3-シアノプロパノエート(MCP)電解液を用いました。この電解液は、LiPF6を含まないためMn溶出を促進するフッ化水素(HF)を生成しません。

ヘキサフルオロリン酸リチウム溶液(1M LiPF6 EC:DMC)の標準的な電解液を用いた電池の充放電挙動と、その間の電池内部の1H MRI画像を図2に示します。元々の電解液は粘性が低いため充放電に伴い液中で電磁対流による渦が発生しますが、ここでは増粘剤として不活性なポリマーを添加して対流を抑制しています。図から明らかなように、充電電圧が3V台では画像に大きな変化はありませんが、4Vを越え4.15V付近からLMO正極の近傍の信号強度が増加し、4.48V付近からは更に急激な増加が始まります。ICP発光分光分析との比較から、この電位付近で30μM程度の微量なMnが溶出しており、Mn濃度とMRI信号強度との相関も確認されました。

これらの結果は、MRI技術を用いることで、数μMオーダーの遷移金属イオンの溶解を効率的に検出できることを示しています。

図 2. (a) ゲル電解液を用いたLMOセルの充放電曲線 (b) 図2aに赤で示した電位で取得されたMRI画像 (c) 充放電に伴うMRI信号強度の変化

次に、リチウムビス(トリフルオロメタン)-スルホニルイミド(LiTFSI)塩とメチル-3-シアノプロパノエート(MCP)電解液を用いて同様の実験を行いました。この電解液は高い電気化学的安定性を持ち、HFの生成を抑制するため充放電過程におけるMnの溶解が抑制されることを期待されました。In-situ MRI測定結果から、充電中のMRI画像の信号強度に顕著な変化は観察されず、この新規電解液を用いるとLMO正極からのMn溶出を抑制できる事が明瞭に実証されました(図3)。

図 3. (a) 新規電解液を用いたLMOセルの充放電曲線 (b) 図3aに赤で示した電位で取得されたMRI画像 (c) 充放電に伴うMRI信号強度の変化

今後の展開

リチウムイオン電池は、スマートフォンや電気自動車(EV)だけでなく、風力・太陽光発電などの自然エネルギーの平準化用巨大蓄電池など、様々な場面で使われています。今後、リチウムイオン電池がますます普及すると共に、その劣化と安全性への社会的危惧も高まることが予想されます。本研究成果は、劣化を抑制するための地道な努力を支え加速化する重要なツールとなる可能性があります。正極の分解による遷移金属(Co, Ni, Mnなど)の溶出は、良く知られた現象ですが、溶出量が極めて微量で、何年にもわたり徐々に進行するため、困難な研究課題でした。このごく微量な溶出をMRIの常磁性増強効果により高感度で検出し、リアルタイムで画像化できる事を示した本研究成果は、今後の研究のスピードを大巾に加速することが期待されます。溶出が始まる電圧条件なども一目瞭然で分かるため、充電上限電圧を制御するなどの対策も取りやすくなります。
本研究グループが開発した技術は、電池反応における様々な副反応の高感度検出に活用できます。本研究グループは、次世代の高エネルギー電池として期待されるリチウム硫黄電池の充放電時における硫黄(S)の溶出に対しても、硫黄ラジカルの生成に伴いMRI信号の増強が見られる事を報告しました(参考文献2)。

謝辞

本研究は、NEDOの「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING) (P09012)」の一環として実施されました。
本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』 によりOpen Accessとなっています。(DOI: 10.1038/s43246-025-00733-2)

用語説明

注1. 磁気共鳴画像(MRI: Magnetic Resonance Imaging):  磁場と電波を用いて体内などの画像を撮影する装置。または、それを用いる検査。被曝の心配がなく、脳の中や脊椎など、CT が苦手とする部分の断面画像を撮影することができる。撮影時に大きな音がするが、これは、磁場を変化させるためである。「NMR:Nuclear Magnetic Resonance=核磁気共鳴」という技術を医療に応用したもので、医療応用の際に「Nuclear=核」という言葉は患者に不安を与えるとして、MRI という名称となった。

注2. リチウムイオン電池(リチウムイオン二次電池):  リチウムイオンの出入りにより電気エネルギーを蓄える二次電池(蓄電池)。携帯電話やパソコンの電池として広く普及し、最近は、次世代電気自動車やプラグインハイブリッド自動車用にも使われ始めている。大きなエネルギーを蓄えられる事が特徴だが、2006 年には発熱・発火事故などが世界的に問題となり、安全性の確保が大きな課題となっている。正極にコバルト酸リチウムやマンガン酸リチウム等を用い、負極にはカーボンが用いられ、その間をリチウムイオン伝導性をもつ有機電解液(エチレンカーボネート・ジメチルカーボネートにフツリン酸リチウムを溶かした溶液など)で満たしている。リチウムイオンが正極と負極の間を行き来して充電・放電を繰り返す。不適切な使い方により、金属リチウムが析出してショートしたり、充電のし過ぎで正極が分解し酸素が発生したりすると発火の危険がある。また、電解液が時間と共に分解して皮膜を形成し電池の特性が低下する事も大きな課題となっている。

参考文献

  1. MRI でリチウム電池の内部撮影に成功(2009年7月7日プレスリリース)https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/20090707_01.pdf
  2. “Visualization of polysulfide dissolution in lithium-sulfur batteries using in-situ NMR microimaging”, Arunkumar Dorai, Junichi Kawamura, Takahisa Omata, Electrochemistry Communications,141, (2022) 107360.

研究チーム

  • 東北大学多元物質科学研究所:ヘラー ニチヤ 学術研究員、岩井良樹 研究員(当時、現:パナソニックホールディングス株式会社)、
    ドライ アルンクマール 准教授、武川 玲治 研究員、桑田 直明 准教授(当時、現:物質・材料研究機構)、
    河村 純一 教授(当時、現:一般財団法人光科学イノベーションセンター)
  • 東北大学大学院理学研究科物理学専攻:大図 将人 大学院生(当時)
  • ミュンスター大学 ミュンスター電気化学エネルギー技術研究所(MEET: Münster Electrochemical Energy Technology):
    セバスチャン・ブロックス 博士、ウィンター・マーティン 教授

 

論文情報

“Direct observation of Mn-ion dissolution from LiMn2O4 lithium battery cathode to electrolyte”
Nithya Hellar*, Yoshiki Iwai, Masato Ohzu, Sebastian Brox, Arunkumar Dorai, Reiji Takekawa, Naoaki Kuwata, Junichi Kawamura*, Martin Winter
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 学術研究員 ヘラー ニチヤ、名誉教授 河村純一
Communications Materials
DOI:10.1038/s43246-025-00733-2

東北大学
原子空間制御プロセス研究分野(小俣孝久研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所
学術研究員 HELLAR NITHYA(へらー にちや)
TEL: 022-217-5600
Email: hellar.nithya.e4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学 多元物質科学研究所
名誉教授 河村 純一(かわむら じゅんいち)
Email: junichi.kawamura.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)