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プレスリリース
リチウム空気電池を長寿命化するカーボン新素材を発見 従来のカーボン正極の劣化をグラフェンメソスポンジで克服|ハイブリッド炭素ナノ材料研究分野

発表のポイント

・リチウム空気電池注1実用化へ向けた課題であるカーボン正極の劣化を克服する素材を発見しました。
・カーボン新素材「グラフェンメソスポンジ(GMS)」を用い、6700 mAh/gに達する高容量と、既存のカーボン正極材料に対し6倍以上の充放電サイクル寿命を達成しました。
・GMS の高特性を産むトポロジー欠陥構造を理論と実験の両輪で解明しました。

概要

 リチウム空気電池は、現在のリチウムイオン電池の数倍以上のエネルギー密度の達成が見込まれる次世代蓄電池ですが、劣化が激しく充放電を繰り返し行うことができないことが大きな課題でした。今回の研究で、東北大学、信州大学、岡山大学、大阪大学、スロバキア科学アカデミー、University of Natural Resources and Life Sciences(オーストリア)、上海科技大学(中国)の学際的研究チームは、リチウム空気電池を長寿命化させるためのカーボン新素材の正極を見出しました。
 リチウム空気電池の正極にはカーボン材料、負極にはリチウム金属が使用され、正極への過酸化リチウムの析出・分解により充放電が行われます。これまでにカーボン正極材料として、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、活性炭等の多種多様な材料が検討されてきましたが、いずれの材料もすぐに劣化するため、繰り返し充放電ができないことが大きな課題でした。今回の研究では、東北大が世界に先駆けて開発したカーボン新素材「グラフェンメソスポンジ(GMS)注2」を正極に使うことで、これまでに報告されているカーボン正極材料の容量を大きく上回る6700 mAh/gを達成、なおかつ従来のカーボン正極に対し6倍以上の充放電サイクル寿命を達成しました。さらに、GMSのナノ構造を先端の分析手法、数学的解析、理論計算を用いて緻密に解析することで、高性能と高耐久性を両立するための材料設計指針を明らかにしました。
 将来、長期的にはリチウム空気電池の実用化につながると予想されます。
 本研究成果は2023年4月10日(現地時間)、科学誌 Advanced Science に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
 リチウム空気電池は、現在のリチウムイオン電池の数倍以上のエネルギー密度の達成が見込まれる次世代蓄電池ですが、劣化が激しく充放電を繰り返し行うことができないことが大きな課題でした。劣化の主な原因は3つあり、カーボン正極材料の劣化、リチウム負極の劣化、電解液の劣化です。今回の研究は、カーボン正極材料の劣化を克服する目的で行われました。

今回の取り組み
 正極のカーボン材料においては、充放電の際に過酸化リチウム(Li2O2)が析出と分解を繰り返します。このLi2O2が酸化剤として正極を劣化させてしまうほか、正極では他にも様々な副反応が発生し、電池を徐々に劣化させてしまいます。これらの劣化は、正極の電位が高くなるほど激しくなります。したがって、カーボン正極を劣化させないためには、以下の方策が重要となります。
 方策(1) 酸化耐性の高いカーボン材料を正極に使用する
 方策(2) 正極の電位を下げる

 方策(1)について、カーボン材料の劣化は図1に示すエッジサイト注3が起点になり進行します。したがって、エッジサイトの無いカーボン材料が求められます。ただし単にエッジサイトが無いだけでなく、Li2O2の析出場所であるナノ細孔注4をもつ材料を利用しなければ容量が発現しません。たとえば、黒鉛注5にはエッジサイトが殆ど無いので耐久性は良好ですが、ナノ細孔を持たないため正極には適しません。
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図1 カーボン材料の劣化の原因となるエッジサイト。

そこで我々が着目したのが、東北大が世界に先駆けて開発したカーボン新素材「グラフェンメソスポンジ(GMS)」です。GMSは図2左に示すような、約7 nmの泡状のナノ細孔を大量にもつため、リチウム空気電池の正極として6700 mAh/gに達する超高容量を達成しました。これは、従来のカーボン正極の容量(2000~5000 mAh/g)を大きく上回る値です。また、GMSはその合成の過程で1800 °Cの熱処理によりエッジサイトを潰しているため、従来からカーボン正極材として使用されてきたカーボンナノチューブやカーボンブラックを大きく上回る耐久性を達成しました。1800 °Cの熱処理では、隣接するエッジサイト同士が融合してC‒C結合が形成されることがわかっており、その際にグラフェンシート注6には炭素5員環・7員環注7(以下、トポロジー欠陥注8と呼称)が導入されると予想されてきました。今回の研究では、トポロジー欠陥の形成を幾何学的解析、構造形成シミュレーション、ラマン分光により詳細に解析し、さらに原子分解能の電子顕微鏡観察によりその存在を証明することにも初めて成功しました(図2右)。
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図2 GMSの構造模型(左)と、原子分解能の電子顕微鏡写真(右: 上海技科大のグループが撮影)。

興味深いことに、GMSのトポロジー欠陥はリチウム空気電池の劣化を回避するための上記の方策(2)に有用であることも分かりました。通常のカーボン材料は炭素六角網面から成るグラフェンシートで構成されており、その表面では結晶性のLi2O2粒子が析出します。これに対し、GMSのトポロジー欠陥では非晶質のLi2O2ナノシートが優先的に析出する結果が得られました。リチウム空気電池を充電する際、非晶質のLi2O2ナノシートは結晶性のLi2O2粒子より低電位で分解するので、正極の充電電位を下げることができます。このように、GMSは耐酸化性が高いことに加え、充電電位を下げる効果もあることから、リチウム空気電池の正極材料として極めて有望であることがわかりました。
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図3 通常の炭素六角網面(ベーサル面)状でのLi2O2形成(左側)と、トポロジー欠陥でのLi2O2形成(右)の模式図。

今後の展開
 今回の研究では、リチウム空気電池の正極カーボンとして、エッジサイトが無く、かつトポロジー欠陥を大量にもつ多孔性カーボンのGMSが理想的であることがわかりました。今後、GMSの特徴を設計指針とした正極カーボン材料の研究が更に進展すれば、リチウム空気電池の3つある課題の中の1つが解消されると期待されます。さらに残り2つの課題、リチウム負極と電解液の研究開発が進展すれば、リチウム空気電池の実用化が進むと期待されます。

謝辞

本研究はJST ALCA-SPRING (課題番号: JPMJAL1301)、 科学研究費補助金(課題番号: 22K14757, 21K14490, 21H01612, 21H01761)、V4-Japan 2021 Joint Call on Advanced Materials (V4-Japan/JRP/2021/96AtomDeC)、JST SICORP(課題番号: JPMJSC2112)、JST CREST(課題番号: JPMJCR18R3)、CℏEM 課題番号: EM02161943) & Shanghai Key-Laboratory of HREM (課題番号: 21DZ2260400)、 上海科技大学の支援を受け実施したものです。関係各位に深く感謝いたします。

用語説明

注1. リチウム空気電池
負極がリチウム金属、正極が酸素(O2)の二次電池を、本項では単に「リチウム空気電池」と表記する。正極では、O2が電解液中のLi+と結びつき、過酸化リチウム(Li2O2)として析出する反応(放電時)と、Li2O2が分解してO2とLi+に戻る反応(充電時)が起こる。Li2O2の析出場所が多いほど高容量になるため、正極には多孔性のカーボン材料が利用されている。
注2. グラフェンメソスポンジ(GMS)
ナノ細孔を取り囲む細孔壁がグラフェンシート約1層で形成される多孔性のカーボン材料。詳細は下記の論文を参照:
Adv. Funct. Mater. 2016, 26, 6418-6427. (DOI: 10.1002/adfm.201602459)
注3. エッジサイト
炭素材料を構成するグラフェンシートの端の部位。通常は水素や酸素官能基で終端されている。劣化反応の起点になる。
注4. ナノ細孔
直径が100 nm以下の空間のこと。GMSの場合は、約7 nm程度の空間が大量に存在している。
注5. 黒鉛
炭素同素体の1つ。グラフェンシートが規則的に積層した物質。グラフェンシートのサイズが大きいので、エッジサイトの含有量は無視小となっている。
注6. グラフェンシート
黒鉛を構成する、炭素原子から成るシート状物質。炭素原子同士が化学結合して六角形が連なった平面(六角網面)を形成している。炭素原子が形成する六角形は6員環とも呼ばれる。
注7. 炭素5員環・7員環
グラフェンシートは通常、炭素6員環から構成されるが、空間的制約下や非平衡条件下でのカーボン成長において、炭素原子から成る五角形や七角形がグラフェンシートに挿入されることがある。五角形のことを炭素5員環、七角形のことを炭素7員環と呼ぶ。5員環や7員環は「トポロジー欠陥」とも呼ばれる。
注8. トポロジー欠陥
グラフェンシートの六角網面に五角形を挿入すると正の曲率が生じ、七角形を挿入すると負の曲率が生じる。したがって、元来2次元物質であるグラフェンシートを湾曲させて3次元の構造体を構築するには、必ず五角形や七角形をグラフェンシート内部に挿入する必要がある。このように、グラフェンを湾曲させる際に、幾何学的要請から挿入される非六角形構造をトポロジー欠陥と呼ぶ。

論文情報

“Edge-Site-Free and Topological-Defect-Rich Carbon Cathode for High-Performance Lithium-Oxygen Batteries”
Wei Yu, Takeharu Yoshii, Alex Aziz, Rui Tang, Zheng-Ze Pan, Kazutoshi Inoue, Motoko Kotani, Hideki Tanaka, Eva Scholtzová, Daniel Tunega, Yuta Nishina, Kiho Nishioka, Shuji Nakanishi, Yi Zhou, Osamu Terasaki, Hirotomo Nishihara*
*責任著者:東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)・教授 西原洋知
Advanced Science
DOI:10.1002/advs.202300268

LINK

東北大学
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
ハイブリッド炭素ナノ材料研究分野(西原研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学材料科学高等研究所
(多元物質科学研究所 兼務)
教授 西原 洋知
TEL: 022-217-5627
E-mail: hirotomo.nishihara.b1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学材料科学高等研究所 広報戦略室
TEL: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)