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プレスリリース
豊富な元素からなる硫化スズで 高効率太陽電池を開発できる可能性を発見 ~効率向上のカギを握る大きく曲がるバンド構造を実測~|原子空間制御プロセス研究分野

発表のポイント

・硫化スズ太陽電池は安価で安全なエネルギー源として期待される。
・従来の硫化スズ太陽電池では、p n接合の界面注1において硫化スズのバンド注2がほとんど曲がらず、開放電圧注3が低くなることが変換効率注4向上の壁となっていた。
・硫化スズの大きく曲がるバンド構造を初めて実測し、硫化スズが太陽電池材料として高いポテンシャルを有することを示した。

概要

硫化スズは地球上に豊富にある元素の化合物で太陽電池材料として期待されています。硫化スズ太陽電池はこれまで20年間研究されてきました。高効率な太陽電池を実現するためには、高い開放電圧を得ることが必要となります。しかし、硫化スズ太陽電池の開放電圧は5%以下で、実用化されている太陽電池の半分以下と低いことが問題となっていました。これは、硫化スズ界面において、硫化スズのバンドがほとんど曲がらないことが原因です。
多元物質科学研究所の鈴木一誓助教らのグループは、硫化スズ単結晶に酸化モリブデンを堆積した界面の電子状態を光電子分光法注5によって解析し、バンドが大きく曲がることを初めて実測しました。このことは、硫化スズを用いて太陽電池に適した界面が形成できることを実証したものであり、硫化スズが太陽電池材料として高いポテンシャルを有することを示しています。
本研究成果は、2022年11月30日(米国東部時間)公開のThe Journal of Physical Chemistry C誌に掲載されました。

研究の背景

地球温暖化による気温上昇や自然災害が人類に与える影響の危機感から、カーボンニュートラルへの機運が世界的に高まっています。再生可能エネルギーの主力電源化を目指す中で、太陽電池には主軸としての役割が求められています。現在用いられている太陽電池のほとんどはシリコン(Si)を光吸収層としたものですが、シリコンは、光の吸収が弱く、太陽光を余すところなく吸収するためには0.5ミリほどの厚みが必要であるという弱点があります。光を強く吸収する化合物を用いるとシリコンの約100分の1の厚さで太陽光を吸収しきることができます。このような薄膜を用いた太陽電池(薄膜太陽電池)は、必要となる原材料が少ないことから、軽量化や原材料コストの観点で大きな優位性があります。これからの太陽電池の主流は、薄膜太陽電池になると期待されています。
硫化スズは地球上に豊富に存在し、安価なスズと硫黄から構成される化合物です。光を強く吸収することから、薄膜太陽電池材料として期待されており、約20年間太陽電池として研究されてきました。しかし、その変換効率は最高でも約5%に留まっています。低い変換効率は、硫化スズのバンドが界面においてほとんど曲がらない(約0.2 eV)ことから、得られる電圧(開放電圧)が低くなることが原因とされています。硫化スズのバンドが大きく曲がる界面はこれまで実現されたことはありませんでした。

研究の内容

研究グループは、n型硫化スズ単結晶の上に酸化モリブデン薄膜を堆積し、界面における電子状態を光電子分光法により観察しました(図1 (a,b,c))。界面近傍で硫化スズのバンドが1 eVも曲がることを明らかにしました。従来の硫化スズ太陽電池では開放電圧が0.3 V程度でしたが、今回の結果は硫化スズ太陽電池から0.7-0.8 Vの大きな開放電圧が得られる可能性がることを示すものです。また、今回の結果と、従来のバンドがほとんど曲がらない硫化スズ界面との違いを比較することで、太陽電池に適した硫化スズ界面を実現するには、硫化スズ薄膜中の硫黄欠損注6を抑制することや、太陽電池のp型層およびn型層のどちらにも硫化スズを用いたホモ接合注7構造の採用が有効であることを提案しました。
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図1. (a) 本研究にて解析したSnS単結晶/MoO3薄膜の界面の模式図。(b)実際に作製したサンプルを光電子分光測定している様子。ステンレス台にいくつかの単結晶が固定されている。(c)本研究で実測された大きく曲がった硫化スズのバンドの模式図。

今後の展望

本研究により、硫化スズの太陽電池としての高いポテンシャルが実証され(図2)、硫化スズ太陽電池に関する研究アクティビティが活性化することが期待されます。

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図2. 光電子分光(XPS)を用いた分析により、SnSが太陽電池として有望な材料であることが明らかとなった。

本研究では、ホモ接合構造を採用することが硫化スズ太陽電池の高効率化に資することが示されました。研究グループは、2021年12月に、n型硫化スズ薄膜の作製方法を初めて報告し※、硫化スズ薄膜によるホモ接合素子の実現に道を拓きました。この薄膜を用いたホモ接合太陽電池を作製することで、硫化スズ太陽電池の開放電圧および変換効率を向上することを目指して研究を進めています。

本研究はJSPS科研費(JP18KK0133、JP21H01613)、村田学術振興財団、および「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の共同研究プログラムの助成を受けたものです。

論文情報

“Avoiding Fermi Level Pinning at the SnS Interface For High Open-Circuit Voltage”
(高い開放電圧を実現するフェルミ準位ピニングが存在しない硫化スズ界面)
Issei Suzuki, Binxiang Huang, Sakiko Kawanishi, Takahisa Omata, Andreas Klein
The Journal of Physical Chemistry C(材料物理化学の専門誌)
DOI:10.1021/acs.jpcc.2c04212

研究チーム

東北大学多元物質科学研究所|鈴木一誓 助教、川西咲子 助教、小俣孝久 教授
ダルムシュタット工科大学(ドイツ)|Binxiang Huang 研究員、Andreas Klein 教授

用語説明

注1.界面
一般的に太陽電池はp型半導体とn型半導体の接合(pn接合)を用いることで発電が可能となる。異なる層が接する領域を界面と呼び、この領域にどの程度欠陥が存在するかなどの界面状態は、太陽電池の発電性能に大きな影響を与える。

注2.バンド(バンドの曲がり)
太陽電池では光吸収体のフェルミ準位のシフトにより電圧が生まれる。したがって、高い開放電圧を得るためには光吸収体においてフェルミ準位が自由にシフトできることが必要である。フェルミ準位のシフトは、界面におけるバンドの曲がり(屈曲)として観察される(図(a))。しかし、従来のSnS太陽電池の界面ではこのバンドの曲がりがほとんどないことが知られており、フェルミ準位が自由にシフトできないことが示唆されていた(図(b))。このようなフェルミ準位のシフトが阻害されるメカニズムはフェルミ準位ピニングと呼ばれ、従来のSnS太陽電池の開放電圧が低かった原因と推察される。

(a) 理想的な界面におけるバンドの曲がりの模式図。ECBMEVBMEFEgはそれぞれ伝導帯、価電子帯、フェルミ準位のエネルギー、バンドギャップを示す。大きくバンドが曲がるような界面であれば、光照射時に大きな開放電圧(qVOC)が期待される。
(b) 従来のSnS太陽電池の界面におけるバンドの曲がりの模式図。フェルミ準位ピニングによりフェルミ準位がほとんど変化できないためバンドはほぼ曲がらず、光照射時に小さな開放電圧(qVOC)しか得られない。

注3.開放電圧
回路を接続しない状態で電圧のこと。性能のよい太陽電池には高い開放電圧の実現が必須である。太陽電池の性能に直結する短絡光電流と並んで、太陽電池の性能を表す重要な因子の一つ。

注4.変換効率
太陽電池に照射されたエネルギーを電気エネルギーに変換できる割合を示したもの。市販されている住宅用・産業用ソーラーパネルの変換効率は、15~20%程度である。

注5.光電子分光分析
測定対象の材料に光をあてると、光電効果によって光電子が放出する。この光電子のエネルギーを測定することで材料の状態を観察することができる。本研究では、材料の表面や界面を分析するため、材料の表面から数nmの深さまでの領域の状態を観察できるアルミニウムのKα線を励起光に用いている。

注6.硫黄欠損
硫化スズには、本来はスズと硫黄の原子が同じ量含まれるが、このバランスが崩れ、硫黄が少なるなること。硫化スズ中は、スズと硫黄が規則正しく配列する結晶構造をもつが、このような欠損があると配列が乱れて、結晶構造に欠陥が導入される。

注7.ホモ接合
太陽電池はp型半導体とn型半導体を接合することで発電が可能となる。p型とn型のいずれにも同じ材料を用いた場合は、ホモ(=同じ)接合と呼ばれる。異なる材料を用いる場合は、ヘテロ(=異なる)接合と呼ぶ。硫化スズはp型伝導性を持ちやすく、n型伝導性を示しづらいので、これまでヘテロ接合を用いた太陽電池が主に研究されてきた。研究グループは、2021年にn型硫化スズ薄膜の作製方法を初めて報告し、硫化スズ薄膜におけるホモ接合への道を拓いた。

※ 2021年12月に公表したn型SnS薄膜については下記をご参照ください。
I. Suzuki, S. Kawanishi, S. R. Bauers, A. Zakutayev, Z. Lin, S. Tsukuda, H. Shibata, M. Kim, H. Yanagi, T. Omata, “N-Type Electrical Conduction in SnS Thin Films”, Phys. Rev. Mater., 5, 125405. (2021)
DOI: 10.1103/PhysRevMaterials.5.125405
プレスリリース「不純物ドーピングによる硫化スズ薄膜のn型化に成功 ~有害元素を含まない実用的な薄膜太陽電池の実現に期待~」(2021年12月13日)

関連リンク:
東北大学
原子空間制御プロセス研究分野
材料分離プロセス研究分野
Information in English

問い合わせ先

(研究に関すること)
 東北大学多元物質科学研究所
助教 鈴木一誓(すずき いっせい)
電話:022-217-5215
E-mail: issei.suzuki*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)