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プレスリリース
プロトンと電子の両方が高速に伝導する酸化物を発見 —中温域で動作する低コストな電気化学リアクターや水素透過膜への応用に期待—

国立大学法人東北大学

【発表のポイント】

  • ニオブ(Nb)をドープしたルチル型酸化チタン(TiO2)が、200~300℃の中温域でプロトン(H+)と電子(e)のいずれもが高速で伝導する、優れた混合伝導体(注1)であることを発見しました。
  • TiO2へのNbのドープには、電子キャリア密度の増大による電子伝導度の向上だけでなく、プロトンキャリア密度(注2)と、拡散係数(注3)の増大によりプロトン伝導度(注4)を向上する作用があることを実証しました。
  • 中温域で作動する次世代型の燃料電池などの水素の関わる反応の電気化学リアクター(注5)の電極材料および水素透過膜への応用が期待されます。

【概要】
プロトン(H+)と高い電子(e)の両方が電荷担体(キャリア)となる混合伝導体は、500℃以上の高温域で動作する燃料電池や水電解素子など、水素が関わる反応を利用した電気化学リアクターの電極や、水素透過膜などとして使われます。近年それらのデバイスは、耐用年数の延伸や反応の促進に必要な触媒にかかるコスト低減、反応の選択性向上などの観点から、従来の燃料電池が稼働する500℃以上の高温域に対して200~500℃の中温域での動作が望まれており、その実現に向けた要素材料の開発が進められています。

東北大学多元物質科学研究所の山﨑智之助教と小俣孝久教授らの研究グループは、Nbをドープした酸化チタン(Nb-TiO2)が、200~300℃で高いプロトン伝導性と高い電子伝導性を併せ持つ、優れた混合伝導体であることを発見しました。この成果は、中温域で動作する燃料電池をはじめとする様々な電気化学リアクターの電極材料を提供するとともに、プロトンをキャリアとする混合伝導体や電解質(注6)の設計に新たな指針を提供します。

本研究の成果は米国現地時間の2025年8月18日、米国化学会の学術誌Journal of the American Chemical Societyにてオンライン掲載されました。

【詳細な説明】

研究の背景
近年、アンモニアやバイオアルコールといった液体水素キャリアは、効率的かつ安全な水素エネルギーの貯蔵・輸送手段として注目されています。これらの液体水素キャリアから水素を取り出す反応は300℃程度の中温域で進行するため、この温度領域で高効率に作動する燃料電池や水電解素子など、水素が関わる反応を効率的に進める電気化学リアクターの実現が強く求められています。

これらのデバイスの実現に必要な中温域で高いプロトン伝導性を有する固体電解質材料の開発は近年大きく進展していますが、プロトンと電子の両方の高い伝導度が求められる電極材料については、十分な検討がなされていないのが現状です。

現在知られているプロトン電子混合伝導体の多くは、電子受容体(アクセプター)をドープしたペロブスカイト型と呼ばれる構造の プロトン伝導性固体電解質(注7)に、電子伝導性を付与するために遷移金属(注8)をさらにドープしたものです。これらは500℃以上の高温領域では高いプロトン伝導性を示すものの、中温域では正の電荷を有するプロトンがイオン化したアクセプターの持つ負電荷に束縛されてしまい、高いプロトン伝導性を達成できないことが知られています。

今回の取り組み
電子がキャリアであるn型電子伝導性酸化物(注9)を、水素を含む雰囲気に曝すと、結晶中に水素が溶解(注10)しH+とeを生成することが古くから知られています。本研究ではこの現象に着目し、電子供与体(ドナー)としてNbをドープしたルチル型TiO2(Nb-TiO2)への水素の溶解とプロトンの伝導性を研究しました。

Nb-TiO2試料を1気圧、450℃の水素中で熱処理した際に溶解する水素量は、NbをドープしていないTiO2の10~100倍大きいことを見出しました。プロトン伝導性のリン酸塩ガラス電解質(注11)を電子ブロッキング電極(注12)として測定した、水素を溶解したNb-TiO2中のプロトン伝導度は250℃で4×10–3Scm–1に達し、この温度域での既知のプロトン伝導性電解質の伝導度に匹敵する高い値を有することが明らかとなりました。n型電子伝導性酸化物であるNb-TiO2は、250℃で2 Scm-1の電子伝導度を有するので、この物質が中温域においてプロトンと電子の高い伝導性を併せ持つ優れたプロトン電子混合伝導体であることを実証しました。高いプロトン伝導度を有するNb-TiO2を電極として用いると、電解質から電極の表面まで滞りなくH+を供給できることが期待されます。

Nb-TiO2のプロトンの拡散係数がNbをドープしていないTiO2の1000倍であったことから、本研究で示されたNb-TiO2の高いプロトン伝導度は、Nbドープによるプロトンの溶解量の増加と、プロトンの拡散係数の増大の双方に起因しています。これらはそれぞれ、Nbのドープにより結晶中に持ち込まれた電子による結晶中のプロトンの安定化と、NbによるTi原子に局在化した電子(注13)とプロトンとの静電引力の遮蔽により実現されました。

今後の展開
本研究では、NbをドープしたTiO2が、200~300℃で高いプロトン伝導性と高い電子伝導性を併せ持つ、優れた混合伝導体であることを見出しました。この成果は、「ドナーのドープによる電子伝導性の向上は、プロトンの伝導を促進する」という新たな材料設計指針を提示するものであり、中温域で作動する電気化学リアクターの要素材料の拡充に大きく貢献すると期待されます。

図1. Nb-TiO2中のプロトン-電子混合伝導と電子ブロッキング法によるプロトン伝導度測定法の模式図

図2. Nb-TiO2のプロトン伝導度と電子伝導度の温度依存性

図2. TiO2へのNbドープによるプロトン拡散の高速化機構の模式図

【謝辞】
本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(A)(JP21H04607)の支援を受けました。また、本研究の一部は、「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、および「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の助成を受け実施されました。本論文の出版費用は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」による支援を受けました。

【用語説明】
注1. 混合伝導体:2種類以上の電荷キャリアが伝導する物質のこと。
注2. プロトンキャリア密度:物質中を移動する電荷キャリアの単位体積当たりの数を表す。キャリア密度が大きいほど電気伝導度は大きい。
注3. 拡散係数:物質中での一つ一つのキャリアの移動のしやすさを表す指標。拡散係数が大きいほどより高速にキャリアが移動でき、電気伝導度は大きくなる。
注4. プロトン伝導度:H+の伝導による電気伝導度。
注5. 電気化学リアクター:化学エネルギーと電気エネルギーの相互変換を行う素子の総称。例えば、燃料電池は酸素と水素の反応から電気エネルギーを取り出す素子、水電解素子は水を電気分解して水素を生成する素子。
注6. 電解質:イオンのみが電荷キャリアとして伝導する材料。これに対して電極にはイオンと電子の両方が伝導する混合伝導性が求められる。
注7. プロトン伝導性固体電解質:ペロブスカイト構造(ABO3型)を持つ酸化物にアクセプター元素(価数が母体のBサイトの元素よりも小さい元素)をドープし酸素空孔を導入する。加湿した雰囲気では、酸素空孔と水蒸気の反応によりH+が結晶中に取り込まれ、プロトン伝導性を示す。500℃以上の温度域で作動する燃料電池や水蒸気電解素子の電解質として用いられる。
注8. 遷移金属:周期表の第4~11族に属する金属元素で、様々な酸化数をとることができるため、ペロブスカイト型プロトン伝導性固体電解質にドープすることで、電子キャリアを導入し、電子伝導性を付与することができる。
注9. n型電子伝導性酸化物:電子キャリアを多く含み、主に電子によって電気伝導を示す酸化物材料。酸化インジウム、酸化スズ、酸化チタンなどが代表例であり、透明導電材料として使用されている。ドーピングによって電子伝導性を高めることができる。
注10. 水素の溶解:n型電子伝導性酸化物に水素が溶解すると、H2 → 2H+ + 2eの反応によりH+とeが生成する。H+と同時にeが生成するので、水素の溶解により、酸化物の電子伝導性が増大することが知られており、電子伝導性酸化物の導電性の制御に古くから利用されている。
注11. リン酸塩ガラス電解質:発表者のグループで開発したプロトン伝導性を示すガラス材料。中温域で高いプロトン伝導性を示すので、中温作動型燃料電池や水電解素子の電解質としての応用が期待されている。
注12. 電子ブロッキング電極:混合伝導体にプロトン伝導性のガラスを接合した試料に電流を流した場合、電子はガラス中を通過できず伝導しない。混合伝導体中の電子伝導性の影響を排除し、プロトン伝導度のみを電気的に測定する手法。
注13. Ti原子に局在化した電子:TiO2中の電子キャリア密度が小さい時には、電子はTi原子の周囲に束縛され局在化することが知られている。電子を捕捉したTiは負電荷を有するので、正の電荷を有するプロトンを静電的に引き付けるため、プロトンの拡散を妨げる。

論文情報

“Enhanced Proton Transport in Nb-Doped Rutile TiO₂: A Highly Useful Class of Proton-Conducting Mixed Ionic Electronic Conductors”
Takuma Shiraiwa, Tomoyuki Yamasaki*, Kizuku Kushimoto, Junya Kano, and Takahisa Omata*
*責任著者:
東北大学多元物質科学研究所 助教 山﨑智之
東北大学多元物質科学研究所 教授 小俣孝久
Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.5c05805

東北大学
原子空間制御プロセス研究分野(小俣孝久研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
助教 山﨑智之
TEL: 022-217-5215
Email: tomoyuki.yamasaki.a1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所
教授 小俣孝久
TEL: 022-217-5832
Email: takahisa.omata.c2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)