【発表のポイント】
- 高浸透圧・高粘度の抗がん剤カルボプラチン(注1)を用いたリンパ系ドラッグデリバリーの最適化に、世界で初めて成功しました。
- ヒトと同程度の大きさのリンパ節を有するモデルマウスを使用した本実験では、薬剤のリンパ節内投与の容易さが確認されました。
- 転移リンパ節に対し、高浸透圧・高粘度カルボプラチンを10 µL/minで2回注入することで、薬剤の保持と腫瘍増殖の抑制を確認しました。
- 必要な投与回数を最小限に抑えることが可能で、身体的負担の軽減と高い安全性を兼ね備えた低侵襲がん治療の実現が期待されます。
【概要】
がんの進行に伴うリンパ節転移は、遠隔転移の起点となることから、早期かつ選択的な治療介入が求められます。本研究で用いたカルボプラチンは、プラチナ化合物に分類される低分子薬剤(注2)の抗がん剤であり、肺がんや卵巣がんをはじめとする多くのがん種で広く使用されています。
しかし、転移リンパ節では腫瘍の進展により血管やリンパ洞が消失する局所欠損が生じるため、血管経由での薬剤送達には限界があり、特に初期のリンパ転移に対して十分な効果が得られないという課題がありました。
東北大学大学院医工学研究科の小玉哲也教授らによる研究グループは、薬剤をリンパ流に乗せて標的リンパ節に選択的に届ける送達法(LDDS)を開発しました。本手法によりカルボプラチンの投与条件を最適化し、長期的な抗腫瘍効果を実現する新たながん治療法の確立に成功しました。
本研究成果は、2025年5月8日付で Scientific Reports(電子版)に掲載されました。
研究の背景
がんのリンパ節転移は、再発や遠隔転移に先行する重要な過程であり、これを早期に制御することが患者の予後改善に直結します。従来の全身化学療法では、転移リンパ節に対する選択性が乏しく、正常組織への影響による強い副作用が避けられないことから、より選択的かつ低侵襲な治療手法の開発が求められています。
LDDSは、本研究グループが確立したリンパ系を利用した新規薬物送達法であり、転移リンパ節への選択的な薬物集積を可能とし、局所的な作用により高い抗腫瘍効果を発揮します。このLDDSの特性を最大限に引き出すためには、投与回数、注入速度、溶媒の浸透圧・粘度といった投与条件の最適化が必要とされます。
今回の取り組み
東北大学大学院医工学研究科の小玉哲也教授と宮津美里有・大学院生は、大学院歯学研究科のAriunbuyan Sukhbaatar助教、多元物質科学研究所のDorai Arunkumar准教授と共同で、ヒトと同等の大きさのリンパ節を有するリンパ節転移モデルマウスを用い、リンパ節を介して薬剤をリンパネットワークに送達するリンパ行性薬物送達法(LDDS)の開発に取り組んできました(図1)。

図1. カルボプラチンを用いたリンパ行性薬物送達法
本研究チームは、転移リンパ節を標的とする新たな薬物送達法を提唱している。抗がん剤をリンパ節内に直接注入し、リンパ流を介して下流のリンパ節へと送達することで、局所的な高い治療効果と全身性副作用の軽減を両立させる。特に、高浸透圧・高粘度のカルボプラチンを10 µL/minで2回投与することで、長期間にわたる腫瘍抑制効果が得られることを示した。
小玉教授らの先行研究では、LDDSを用いることで転移リンパ節に薬剤が選択的に集積し、局所的な抗腫瘍効果を発揮するとともに、静脈内投与にともなう全身毒性が軽減されることが示されていました。実際に、LDDSによるシスプラチン(注3)やフルオロウラシル(注4)の投与では、従来の静脈内投与と比較して転移リンパ節に対する優れた治療効果が報告されています。
一方で、抗がん剤を1回投与したマウスでは、一時的に腫瘍が消失しても、再発的に腫瘍が再増殖する現象が確認されており、長期的な治療効果の観点からは、投与条件のさらなる最適化が課題とされてきました。
今回、研究チームはこれまでの成果をふまえ、転移リンパ節に対するカルボプラチンの浸透圧・粘度調整の有効性と、投与条件(回数・注入速度)との関係を検討しました。その結果、高浸透圧・高粘度(1897 kPa・12 mPa·s)のカルボプラチンを10 µL/minで2回投与することで、薬剤のリンパ節内の貯留性が最も高まり、最大42日間にわたって腫瘍の増殖を抑制できることを明らかにしました。
さらにこの投与条件では、CD8陽性T細胞(注5)の浸潤や、IFN-γおよびIL-12αの発現上昇も認められ、免疫応答の活性化を伴う治療効果であることが示されました。
今後の展開
本研究により、カルボプラチンを用いたLDDSが転移リンパ節に対して長期的な治療効果を発揮するための最適な投与条件(投与速度、回数、溶媒の浸透圧・粘度)が明らかとなりました。今後は、これらの条件の詳細な検討に加え、他の抗がん剤や免疫調節薬との併用による、より効果の高い治療法の開発を進めていきます。
また、治療後における免疫応答の変化や個体差の解析を通じて、患者ごとの病態に応じた、より個別化されたリンパ節転移治療法の確立を目指します。
LDDSは少ない投与回数で高い治療効果を発揮できる点から、身体的・経済的負担の少ない、優れたがん治療法です。今後は、さらにその安全性と有効性の検証をおこない、臨床応用を進めていきます。
謝辞
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP20K20161、JP22K18203:Ariunbuyan Sukhbaatar;JP20H00655、JP21K18319、JP23H00543:小玉哲也)および鈴木謙三記念医科学応用研究財団(Ariunbuyan Sukhbaatar)の支援を受けて実施されました。
用語説明
注1.カルボプラチン:プラチナ化合物に分類される低分子の抗がん剤で様々ながん種に用いられる。シスプラチンに比べて腎毒性が低く、水溶性に優れている。
注2.低分子薬剤:分子量が比較的低い(一般的に500ダルトン以下)の合成化学物質。
注3.シスプラチン:プラチナ化合物に分類される低分子の抗がん剤で様々ながん種に用いられる。
注4.5-フルオロウラシル:フッ化ピリミジン系の代謝拮抗剤で、抗がん剤の一種。
注5.CD8陽性T細胞:ウイルス感染細胞やがん細胞などを排除する細胞障害性T細胞。
論文情報
“Optimization of lymphatic drug delivery system with carboplatin for metastatic lymph nodes”
Miriu Miyatsu、Ariunbuyan Sukhbaatar、Radhika Mishra、Arunkumar Dorai、Shiro Mori、Tetsuya Kodama*
*責任著者:東北大学大学院医工学研究科 教授 小玉哲也
Scientific Report
DOI:10.1038/s41598-025-99602-8
■ 東北大学
■ 東北大学大学院医工学研究科
■ 東北大学大学院歯学研究科
■ 原子空間制御プロセス研究分野
問い合わせ先
東北大学大学院医工学研究科
腫瘍医工学分野
教授・小玉哲也(こだまてつや)
TEL: 022-717-7583
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(報道に関すること)
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