"
プレスリリース
細胞小器官内の遊離亜鉛イオンの定量技術を開発 ~亜鉛の生理機能と関連疾患メカニズムの解明に期待~

発表のポイント

・細胞小器官内の亜鉛イオンも検出可能な蛍光プローブ*1の開発に成功
・ゴルジ体には通説よりも高濃度の遊離亜鉛イオンが存在することを確認
・混沌としていた細胞小器官内亜鉛研究に新たな展開

概要

 亜鉛イオンは多くの生理機能やがんなどの疾患に関わる重要な金属イオンですが、その詳しい細胞内動態はほとんど明らかになっていません。東北大学多元物質科学研究所(大学院生命科学研究科および理学研究科 兼担)の小和田俊行助教、松井敏高准教授、水上進教授らのグループは、同研究所の天貝佑太助教、稲葉謙次教授らと共同で、細胞内局所への標的化および定量が可能な亜鉛イオン検出蛍光プローブ「ZnDA-1H」*2を開発しました。その結果、ゴルジ体内にはこれまでの報告よりもはるかに高濃度の遊離亜鉛イオンが存在していることを明らかにしました。本研究成果は、亜鉛の生理機能や疾患メカニズムを解明する上で重要なツールとなることが期待されます。
 本研究成果は、2020年9月29日11時(米国東部時間)に、米国科学誌Cell Chemical Biologyにオンライン公開されました。
プレスリリース本文(PDF)
 

詳細な説明

 亜鉛はヒト生体内で鉄に次いで多く存在する必須微量元素です。細胞内の亜鉛は大部分がタンパク質に結合した状態で存在し、酵素活性やタンパク質構造を維持するために重要な役割を果たしています。一方で、タンパク質に強く結合していない遊離の亜鉛イオンも細胞内には存在しており、細胞機能を制御するセカンドメッセンジャーとしての働きなどの機能が注目されていますが、その詳細な細胞内動態は未だに不明なことが多く残されています。
 細胞内遊離亜鉛イオンを可視化するために、この20年間で多くの亜鉛イオン検出蛍光プローブが開発されてきました。現在までに海外の複数の研究グループを中心に蛍光タンパク質型の亜鉛プローブが開発され、細胞小器官内の遊離亜鉛イオン濃度について定量解析がなされています。ある研究では、ゴルジ体、小胞体内にはそれぞれ0.6 pM、0.9 pMの亜鉛イオンが存在するとされた一方で、別の研究結果では小胞体の亜鉛濃度は5 nMという値が報告されていました。これらの濃度は約5,000倍かけ離れており、細胞小器官内亜鉛濃度について一貫性のある定量結果は得られていません。この理由の一つが、蛍光タンパク質型プローブが細胞小器官内の弱酸性並びに酸化的環境の影響を受けやすいことであり、こうした環境変化の影響を受けにくい亜鉛イオン検出蛍光プローブの開発が望まれていました。東北大学多元物質科学研究所(大学院生命科学研究科および理学研究科 兼担)の小和田俊行助教、渡邊朝美大学院生(元)、劉熔大学院生、松井敏高准教授、水上進教授らのグループは、同研究所の天貝佑太助教、稲葉謙次教授らと共同で、細胞小器官内の環境変化の影響を受けにくい新規亜鉛イオン検出緑色蛍光プローブ「ZnDA-1H」を開発しました(図1)。ZnDA-1Hはタンパク質ラベル化技術*3を利用することで、様々な細胞小器官にZnDA-1Hを局在化させることができます(図2)。
 
20200930_press_release_mizukami_1
図1. 新規緑色蛍光プローブ「ZnDA-1H」の亜鉛イオン検出原理
 
20200930_press_release_mizukami_2
図2. ZnDA-1Hの細胞小器官局在化の概念図と共焦点蛍光顕微鏡を用いたイメージング画像

ZnDA-1Hと亜鉛イオン非応答性の内部標準赤色蛍光色素を各細胞小器官に共局在させて、共焦点蛍光顕微鏡を用いてHeLa細胞の細胞小器官内の遊離亜鉛イオン濃度の定量を行ったところ、ゴルジ体内の遊離亜鉛イオン濃度は細胞質やミトコンドリア、小胞体などの他の検討した細胞小器官と比べて有意に高く、さらに以前の報告値よりもはるかに高濃度(25 nM)で存在することを明らかにしました。
稲葉教授らは、タンパク質品質管理に関わるERp44がゴルジ体内で亜鉛イオンと結合することで機能が亢進することを明らかにしていましたが(Watanabe et al., Nat. Commun., 2019)、ERp44と亜鉛の解離定数の値(135 nM)は過去に報告されたゴルジ体内遊離亜鉛濃度(0.6 pM、上述)とは大きく異なり、細胞内でのERp44と亜鉛イオンの結合を説明することは困難でした。本論文での定量結果は、ERp44の機能がゴルジ体内の亜鉛イオン濃度と関連していることを示唆する結果であり、これまで混沌としていた細胞小器官内の遊離亜鉛イオンの研究に対して新たな展開を誘起すると考えられます。
 細胞内の遊離亜鉛イオン濃度は様々な亜鉛トランスポーターにより調節されています。1990年代後半に動物細胞の亜鉛トランスポーターが初めて発見され、その機能異常がアルツハイマー病や糖尿病、がんなどの疾患と密接に関連していることもわかってきています。各亜鉛トランスポーター機能を評価するためには、細胞内遊離亜鉛イオンの濃度変動を時空間的に解析する技術が鍵であり、本研究で開発した蛍光プローブZnDA-1Hは、それらの疾患機構の解明や治療薬開発を加速させることが期待されます。

 本研究は、科学研究費補助金(KAKENHI Grant Number JP 18H04605, 19H05284, 15H03120, 17K05921, 18H02102, 18F18340, 19K22241, 20K05702)、「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出 ダイナミック・アライアンス」、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、東京生化学研究会、興和生命科学財団、中谷医工計測技術振興財団の支援を受けて遂行されました。

論文情報:
“Quantitative imaging of labile Zn2+ in the Golgi apparatus using a localizable small-molecule fluorescent probe”
Toshiyuki Kowada,1,2,3 Tomomi Watanabe,2 Yuta Amagai,1 Rong Liu,2 Momo Yamada,3 Hiroto Takahashi,1 Toshitaka Matsui,1,2,3 Kenji Inaba,1,2,3 Shin Mizukami1,2,3
1 東北大多元研 2 東北大院生命 3 東北大院理
Cell Chemical Biology
DOI:10.1016/j.chembiol.2020.09.003

用語説明

*1.蛍光プローブ:標的とする生体分子との化学反応やイオンの配位によって、蛍光波長や蛍光強度などの蛍光特性が変化する機能性分子のこと。本研究では、亜鉛イオンに配位することで蛍光強度が増大する。
*2.ZnDA(ずんだ, Zn2+-Detectable Aminocoumarin-based fluorescent probe):東北大学のある仙台市の郷土菓子「ずんだ餅」の色によく似た黄緑色の蛍光を発することにちなんで名付けられた。
*3.タンパク質ラベル化技術:標的タンパク質に対してタグと呼ばれるペプチドやタンパク質を融合させ、タグと特異的に結合する性質を持つ蛍光色素や機能性分子で標的タンパク質を標識(ラベル化)する技術のこと。本研究では市販のHaloTag技術を利用している。
 
関連リンク:
細胞機能分子化学研究分野(水上進研究室)
東北大学
東北大学大学院生命科学研究科

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 水上 進(みずかみ しん)
電話:022-217-5116
E-mail:shin.mizukami*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)