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プレスリリース
水素社会の実現に大きく前進! 空気中で「イリジウムナノクラスター」を 精密合成する新手法を確立―水電解の「酸素発生反応」活性を市販触媒の1.5倍に向上―

【発表のポイント】

  • これまで空気中での合成が困難だった、サイズ約1ナノメートル(nm)の「イリジウムナノクラスター(Ir15 NC)」(注1)を、空気中で簡便かつ精密に作り出す技術を世界で初めて確立しました。
  • 開発したナノクラスターを炭素支持体に担持した触媒は、従来の市販イリジウム触媒と比較して、水電解の鍵となる「酸素発生反応(OER)」(注2)の活性が1.5倍に向上しました。
  • 触媒を究極まで微細化(約1 nm)することで活性サイトの密度を劇的に高め、極めて少ないイリジウム含有量(1 wt%)で高い耐久性と活性を両立し、クリーンな水素製造の普及に貢献します。

 

【概要】
次世代のクリーンエネルギーとしてグリーン水素の導入が進む中、水電解装置の量産化に向けて、希少で高価なイリジウム触媒の使用量を劇的に抑えつつ活性を高める技術の開発が世界的な課題となっています。

東北大学多元物質科学研究所の根岸雄一教授、川脇徳久准教授らの国際共同研究グループ(東京理科大学、米国・ヴァンダービルト大学、オーストラリア・アデレード大学)は、次世代のクリーンエネルギーであるグリーン水素を製造する水電解技術において、もっとも重要な電極触媒の一つであるイリジウム(Ir)のナノクラスター(NC)を大気中で極めて簡便かつ精密に合成する手法を開発しました。

一酸化炭素(CO)とトリフェニルホスフィン(PPh3)を保護配位子として巧みに組み合わせることで、空気中で安定して存在する原子精度(15原子個数規模)のイリジウムナノクラスター(Ir15 NC)の分離に成功しました。これを前駆体として作製した水電解用触媒は、市販のイリジウムナノ粒子触媒に比べて1.5倍の酸素発生反応(OER)活性を示し、さらに20時間以上の連続運転でも劣化しない高い耐久性を実証しました。

本研究の成果は、極めて高価で地球上の埋蔵量が少ないイリジウムの使用量を劇的に抑えつつ、クリーンな水素製造システムの効率を大幅に高める画期的な技術であり、脱炭素社会・カーボンニュートラルの実現を加速させるマイルストーンとなります。

本研究成果は、2026年6月15日に、米国化学会誌Journal of the American Chemical Society (JACS)に掲載されました。

【詳細な説明】
研究の背景

再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して得られるグリーン水素は、究極のクリーン燃料として世界中で導入が進められています。しかし、酸性条件下で行われるプレミアムな水電解システムにおいて、もっとも過酷な「酸素発生反応(OER)」を高い耐久性で進められるのは、地球上でほぼイリジウム(Ir)しかありません。しかし、イリジウムは極めて希少で高価な金属であり、現在の使用量のままでは水電解装置の世界的な普及(量産化)を阻むボトルネックとなっています。そのため、イリジウムの使用量を極限まで減らしつつ、いかに触媒の活性(効率)を高めるか(図1)が世界的な研究課題でした。ここで、金属粒子を約1ナノメートル(nm)の「ナノクラスター」まで微細化すれば、表面積(活性点)が劇的に増え、イリジウムの使用量を最小限に抑えられます。しかし、イリジウムのような金属のナノクラスターは空気中で非常に酸化されやすく不安定なため、これまでは「無酸素状態の特殊な環境」でしか合成できず、実用化への大きな障壁となっていました。

今回の取り組み

研究グループは、エチレングリコールを用いたポリオール還元法と配位子交換法を組み合わせる手法を考案しました。イリジウム原子の周囲を「一酸化炭素(CO)」と「トリフェニルホスフィン(PPh3)」という2種類の分子(配位子)でカプセル化するように保護することで、大気中(空気中)であっても酸化されずに極めて安定して存在する、15原子からなるイリジウムナノクラスター(Ir15 NC)を極めて簡便に合成することに成功しました(図2)。

この合成したIr15ナノクラスターをカーボンブラック上に1 wt%という極めて低い割合で吸着させ、300℃で熱処理(焼成)することで、サイズわずか0.9 nmの高性能な固体触媒を作製しました。この触媒の酸素発生反応(OER)活性を評価したところ、現在広く使われている市販のイリジウムナノ粒子触媒(サイズ1.4 nm)に対して、約1.5倍という高い質量活性を記録しました(図3)。

X線吸収微細構造(XAFS)などの高度な分析により、クラスターが超微細化されたことで、イリジウム微粒子が理想的な「カチオン状態(電子がやや不足した状態)」になっていることを突き止めました。これにより、反応中の中間体が効率よく吸着・反応し、さらに格子酸素酸化メカニズム(LOM)が促進されることで、反応のエネルギー障壁が大幅に下がったと考えられます。

さらに、チタンメッシュ上に支持した水電解の環境下で20時間の連続運転を行っても、電圧の上昇(劣化)は見られず、粒子の凝集も起こらない高い安定性を誇ることを確認しました(図3)。

図1.水電解における酸素生成反応(OER)の反応スキーム。Ir粒子のサイズが小さくなるほど構成Ir原子の表面割合が増え、その活性が向上する。

 

図2.Ir15 NCの(a)ESI-MSスペクトルと(b)その予測された幾何構造。ESI-MSによるシャープなピークは極めて高い純度でIr15 NCが得られたことを示しており、密度汎関数理論(DFT)計算により予測された幾何構造とよく似たモチーフの構造が透過型電子顕微鏡(TEM)像から観測された。

図3.(a)Ir質量当たりのOER活性におけるIr15 NC触媒および市販触媒の比較と(b)その耐久性試験の結果。複数の市販触媒と比較してもIr15 NC触媒は優れたOER活性を示し、高い耐久性を有していた。

 

意義と今後の展開

本研究成果は、「空気中で不安定な金属でも、配位子を巧みに制御すれば大気中で容易に超微細クラスターとして合成できる」という新しい触媒設計の指針を示しました。今後は、イリジウム以外の様々な希少金属にも本手法を応用し、エネルギー環境問題を解決するための革新的で安価・高性能な電極触媒の開発を加速させます。

【謝辞】
本研究は、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR245R)、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20255RA2)、JSPS科研費(JP23H00289、JP22K19012、JP24K01459)、市村清新技術財団、岩谷直治記念財団、ENEOS東燃ゼネラル研究奨励、豊田理研スカラー、戸部眞紀財団研究助成からの助成を受けて実施しました。

【用語説明】
注1.ナノクラスター(NC):数個から100個以下程度の金属原子が直接的、または配位子を介して集まり、特定の骨格構造を持った微小な集合体のこと。

注2.酸素生成反応(OER):水電解システムにおいて、陽極(プラス極)側で水を分解して酸素を発生させる化学反応のこと。この反応はエネルギーのロス(過電圧)が非常に大きく、グリーン水素を製造する際のシステム全体の効率を左右する最大のボトルネックとなっている。さらに、反応が進む強力な酸性環境に耐えうる触媒は極めて希少で高価なイリジウム(Ir)しかなく、その使用量を抑えつつ活性を高める技術の開発が世界中で急務となっている。

 

論文情報

“Precise Synthesis of ~1-nm Iridium Nanoclusters as a Catalyst for Efficient Oxygen Evolution”
著者:川脇徳久*1,2 、佐藤虎太郎2、Xiaolin Liu3、神山真帆1、新行内大和2、尾上雅季2、D. J. Osborn4、Gregory F. Metha4 、De-en Jiang*3、根岸雄一*1,2
(1. 東北大学多元物質科学研究所、2. 東京理科大学カーボンバリュー研究拠点、3. ヴァンダービルト大学、4.アデレード大学)
*責任著者:東北大学 多元物質科学研究所 教授 根岸雄一
東北大学 多元物質科学研究所 准教授 川脇徳久
ヴァンダービルト大学 教授 De-en Jiang

Journal of the American Chemical Society (JACS)
DOI:10.1021/jacs.6c06563

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 根岸雄一
TEL:022-217-5604
Email:yuichi.negishi.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所
准教授 川脇徳久
TEL: 022-217-5606
Email: tokuhisa.kawawaki.d8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)