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プレスリリース
クライオ透過型電子顕微鏡によるナノ粒子分散状態の新規定量評価手法を構築 ― 高塩濃度環境下シリカナノ粒子分散の「見える化」から「測る化」へ ―

日産化学株式会社
東北大学

日産化学株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役 取締役社長:八木 晋介、以下「日産化学」)と東北大学多元物質科学研究所の米倉教授(理化学研究所 グループディレクター)、濵口准教授、海原技術職員らの共同研究グループは、クライオ透過型電子顕微鏡(cryo-TEM)注1でAI制御により自動収集された数百枚規模の画像データの解析により、高塩濃度環境下でのナノ粒子の分散状態の新たな定量評価手法を開発しました。本成果は2026年2月4日付けで、米国化学会誌 ACS Measurement Science Au に掲載されました。

本研究では、高塩濃度塩水中に分散させたシリカナノ粒子凍結試料について、人工知能(AI)を組み込んだ自動データ収集システムにより、各サンプルから数百枚規模のcryo-TEM画像を体系的に取得しました。その後、深層学習ベースのデノイズ処理、二値化・粒子抽出、Voronoi分割注2など、決定論的な画像解析アルゴリズムにより解析を実施し、ナノ粒子一つ一つの空間配置情報に基づいて分散状態を統計的に定量評価する枠組みを確立しました。本手法に基づく指標は、動的光散乱(DLS)測定注3から得られる粒径および分散性の指標と良好な相関を示す一方、局所的な分散ムラなど実空間における局所構造情報を補完的に提供することが確認されました。

本研究で対象とした塩水条件は、CO2地中貯留(CCS)および石油増進回収(EOR)における地下環境を想定した高イオン強度体系であり、このような厳しい条件下においてもナノ粒子分散状態を定量的に評価可能な点に、高い実用的意義があります。本解析フレームワークは、シリカナノ粒子にとどまらず、他のナノ材料系や溶媒系への展開も期待され、脱炭素技術および多様なナノ材料応用分野における材料設計・評価の高度化に資するものと考えられます。

図1. クライオ透過型電子顕微鏡(cryo-TEM)の観察サンプルの模式図(左)と本研究で使用したcryo-TEM装置(CRYO ARM™ 300 II, JEOL ltd.)

  • 研究の背景

シリカナノ粒子は、化学安定性と表面修飾の容易さから、CO2地中貯留(CCS)や石油増進回収(EOR)などの地下資源開発用途で注目されています。これらの用途では、高塩濃度の地下水中でナノ粒子が均一に分散し続けることが重要とされています。

従来の評価手法である動的光散乱(DLS)や小角X線散乱(SAXS)注4 は、粒径や構造を平均的に評価することはできますが、(1)希薄系では散乱強度が弱くなること、(2)局所的な凝集や分散ムラを直接捉えられないことから、高塩濃度環境での微視的分散状態の定量評価には限界がありました。

■ 本研究の内容

1. AI連携による多数のcryo-TEM画像取得・前処理

AI駆動の自動データ収集システム(yoneoLocr注5)を用いて、各シリカ試料につき数百枚のcryo-TEM画像を取得し、そのうち約200枚を定量解析に使用しました。画像には深層学習ベースのデノイズ処理と背景補正を適用し、高塩濃度塩水中でも粒子を安定して抽出できるコントラストを確保しました。

2. 粒子自動認識とVoronoi分割による分散度の定量化

画像中のナノ粒子を自動的に識別・ラベリングしたうえで、粒子位置に基づくVoronoi分割を行い、各粒子に対応する領域面積を算出しました。これらの面積分布の変動係数(CV)注6を新たな分散指標とし、粒子の占有面積率と組み合わせることで、サンプル間の分散状態の違いを次元レスな数値として比較可能としました。

3. 表面修飾シリカナノ粒子による検証

マロン酸、コハク酸、マレイン酸、DL-リンゴ酸、クエン酸、L-アラビノースで表面修飾したシリカナノ粒子、および未修飾粒子を4 wt%塩水中で比較しました。その結果、特定の有機酸で修飾した試料では、粒子間距離が均一でCVが低く、顕著な分散安定性が確認されました。一方、未修飾およびL-アラビノース修飾試料では、粒子面積率が低くCVが高いことから、強い凝集傾向が定量的に示されました。

4. 従来手法との整合性と高塩濃度環境での機構解釈

本手法で得られたCVと、DLSによる粒径およびポリ分散指数(PDI)注7との間には良好な相関が得られ、画像解析に基づく指標が既存手法と整合的であることが確認されました。また、模擬塩水のイオン強度は約2.0 mol/Lであり、この条件ではDebye長注8がナノ粒子径に比べ極めて短く、静電的安定化はほとんど寄与しないにもかかわらず、表面修飾有機酸に依存し高い分散安定性を示したことから、高塩濃度環境では有機酸修飾による立体・水和効果が主な安定化要因であることが示唆されました。

図2. 本研究で使用した画像解析フローの概略。各サンプルで数百枚規模のデータセットを自動的に取得し、その後、各画像に対して同一の処理で解析を実施した。

図3.(a)各画像における粒子の領域面積の変動係数(CV)と視野内での粒子の占有面積率の関係。分散安定性の低いサンプルは、専有面積率が低く、高いCV(領域面積のばらつきが大きい)を示した。(b) 各サンプルにおける動的光散乱(DLS)による平均粒子径とCVの平均値の関係。両者は良好な相関を示し、従来の測定手法では観察が難しかった局所領域の情報をcryo-TEMによって補完できることが示された。

  • 意義と今後の展望

本研究は、cryo-TEMを用いたナノ粒子観察を、定性的な「見る」手法から、統計的に再現性のある「測る」計測手法へと発展させた点に大きな意義があります。本フレームワークは、シリカナノ粒子のみならず、他のナノ材料や溶媒系にも適用可能であり、ナノ材料の設計・評価における新たな共通基盤となることが期待されます。

今後は、他種ナノ粒子への展開、標準的な評価手法しての整備などを通じて、産業応用と計測科学の両面での高度化を図る予定です。

■ 注釈

注1:クライオ透過型電子顕微鏡(cryo-TEM): 凍結した試料を液体窒素冷却下で透過電子顕微鏡により観察する技術。溶媒中のナノ粒子の状態を直接可視化できる。

注2:Voronoi分割:領域を平面上に配置された点を基準に、最も近い点に割り当てる領域に分割する数学手法。本研究では、粒子周辺の空間分布を定量化するために使用した。

論文情報

“Direct Visualization and Quantitative Analysis of Silica Nanoparticle Dispersion States in Saline Solution via Cryo-TEM”
ACS Measurement Science Au(American Chemical Society)
Masato Iwasawa *, Katsuya Miura, Masaya Kashihara, Hirotake Kitagawa, Masashi Ohno,
Daisuke Unabara, Tasuku Hamaguchi, Koji Yonekura
*責任著者:日産化学株式会社 物質科学研究所 岩澤柾人
DOI:10.1021/acsmeasuresciau.5c00158

 

問い合わせ先

日産化学株式会社 経営企画部 企画室 広報グループ
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東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
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