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プレスリリース
3次元多孔性材料が切り拓く新技術 ―水質汚染の原因となる硝酸からグリーン燃料を合成―

【発表のポイント】

  • これまで主に2次元構造に限られていた共有結合性有機構造体(COF)(注1)を、高次元の3次元構造へと拡張し、電気化学的硝酸イオン還元反応(eNO3RR)(注2)に応用することに成功しました。
  • [8+2]連結型3次元COF(TU-82)に鉄(Fe)を精密に配位させることで、硝酸イオンからアンモニア(NH3)を最大88.1%の高選択率で合成できる高性能電極触媒を開発しました。
  • 理論計算により、鉄中心が反応中間体(NHO*)を安定化し、反応の律速段階のエネルギー障壁を大幅に低減していることを明らかにしました。

 

【概要】
アンモニア(NH3)は、肥料や化学原料として不可欠なだけでなく、燃焼時に二酸化炭素を排出しない次世代エネルギーキャリアとしても注目されています。しかし、従来のハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成は、高温・高圧条件を必要とし、大量のエネルギー消費とCO2排出を伴います。

一方、農業排水や工業排水に含まれる硝酸イオン(NO3)は、水質汚染や富栄養化の原因となる有害物質です。この硝酸イオンを電気化学的に還元してアンモニアへ変換する「電気化学的硝酸イオン還元反応(eNO3RR)」は、環境浄化と資源回収を同時に達成できる持続可能な技術として注目されています。

東北大学多元物質科学研究所の根岸 雄一 教授、Das Saikat 講師らの研究グループは、[8+2]連結型の3次元共有結合性有機構造体(COF)「TU-82」を設計・合成し、その内部に鉄(Fe)を精密に導入することで、硝酸イオンからアンモニアを高効率・高選択的に合成できる新しい電極触媒を開発しました。特に鉄を導入したTU-82-Feは、ファラデー効率(FE)(注3)88.1%、アンモニア生成速度2.87 mg h–1 cm–2という優れた性能を示しました。

本研究成果は、3次元COFを用いた初の本格的な硝酸還元触媒設計指針を提示するものであり、持続可能な窒素循環社会の実現に貢献すると期待されます。

本研究成果は、2026年2月2日付けでJournal of Materials Chemistry A に掲載されました。

【詳細な説明】
研究の背景と経緯

アンモニアは世界の食料生産と化学産業を支える重要物質であり、さらに水素キャリアとしての役割も担います。しかし、現在主流のハーバー・ボッシュ法はエネルギー消費が大きく、温室効果ガス排出の主要因の一つです。

一方で、農業・工業排水に含まれる硝酸イオンは、水質汚染の原因となり、飲料水の安全性や生態系に悪影響を及ぼします。これを電気化学的に還元してアンモニアへ変換する技術は、環境浄化と資源回収を同時に実現できる理想的なプロセスです(図1)。

これまで、硝酸還元触媒として金属ナノ粒子や単原子触媒、分子触媒などが研究されてきましたが、活性点の構造制御や反応選択性の点で課題が残されていました。

共有結合性有機構造体(COF)は、結晶性と多孔性を併せ持つ有機材料であり、金属活性点を精密に配置できる点が大きな特長です。しかし、これまで硝酸還元に用いられてきたCOFの多くは2次元構造に限られており、3次元COFの応用はほとんど未開拓でした。

図1. 3次元共有結合性有機構造体(COF)TU-82を用いた、電気化学的硝酸イオン還元反応(eNO3-RR)によるアンモニア(NH3)合成の概念図。農業排水や工業排水中の主要な汚染物質である硝酸イオン(NO₃⁻)が、3次元COF TU-82の骨格内に組み込まれた金属–ビピリジン触媒活性点を介して、常温・常圧条件下で付加価値の高いNH3へと変換される様子を示している。

 
研究の内容
本研究では、8つの官能基を持つ立体的な分子ブロックと2座配位可能なビピリジン分子を組み合わせることで、[8+2]連結型の3次元COF(TU-82)を合成しました。この構造は「bcuトポロジー」と呼ばれる三次元ネットワークを形成し、高い結晶性と安定性を示します(図2)。

さらに、TU-82内部のビピリジン部位に鉄(Fe)や銅(Cu)を配位させ、金属活性点を持つTU-82-FeおよびTU-82-Cuを作製しました。

電気化学測定の結果、特にTU-82-Feは硝酸イオンからアンモニアを極めて高効率で生成し、最大88.1%のファラデー効率を達成しました。副生成物である亜硝酸イオンや水素の生成は抑制され、高い選択性が確認されました(図3)。

密度汎関数理論(DFT)計算により、鉄中心では反応中間体であるNHOが安定化され、律速段階である「NO → NHO*」反応のエネルギー障壁が0.354 eVと非常に低いことが分かりました。このことが、TU-82-Feの高い活性と選択性の起源であると考えられます。

図2. [8+2]連結型の非相互貫入bcuトポロジーを有するTU-82の模式図と、ビピリジン部位への金属導入によって、単原子の鉄(Fe)や銅(Cu)を活性点として有するTU-82-FeおよびTU-82-Cuが形成される過程を示している。

図3. eNO3-RRにおけるTU-82-FeおよびTU-82-Cuのファラデー効率(FE)およびアンモニア生成速度(NH3 yield)。特にTU-82-Feは常温・常圧条件下で高いNH3選択性および生成速度を示した。

 
今後の展開

本研究は、3次元COFという新しい材料設計概念を硝酸イオン還元反応に適用した先駆的な成果です。今後は、他の金属元素の導入や構造設計の最適化により、さらなる性能向上や実用化に向けた研究が期待されます。

本技術は水質浄化、グリーンアンモニア製造、持続可能な窒素循環社会の実現に貢献する重要な基盤技術となる可能性を秘めています。

謝辞

本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業「新学術領域研究(Aquatic Functional Materials)」(課題番号:JP22H04562)、日本学術振興会 科研費(課題番号:JP23H00289、JP23KK0098)、矢崎科学技術振興記念財団、ならびにFUSO革新的技術基金の支援を受けて実施しました。

用語説明

注1. 共有結合性有機構造体(COF: Covalent Organic Framework):COFは、有機分子同士が強固な共有結合によって周期的に連結された結晶性多孔材料で、規則正しい細孔構造、高い比表面積、設計自由度の高さが特徴。分子設計により官能基や配位部位を精密に配置できるため、触媒、分離、エネルギー貯蔵など多様な機能材料として注目されている。本研究では、従来主流であった2次元構造を超えた3次元高連結COFを構築し、触媒活性点の空間配置と反応効率の最適化を実現した。

注2.電気化学的硝酸イオン還元反応(eNO3RR: electrochemical Nitrate Reduction Reaction):eNO3RRは、硝酸イオン(NO3)を段階的に還元し、最終的にアンモニア(NH3)へ変換する電気化学反応。常温・常圧で進行可能なため、高温・高圧を必要とするハーバー・ボッシュ法に代わる低環境負荷型アンモニア合成法として期待されている。また、農業・工業排水に含まれる硝酸汚染物質を資源化できる点で、環境浄化と資源循環を同時に実現する持続可能技術である。一方で、8電子移動を伴う多段階反応であり、副反応(亜硝酸生成や水素発生)を抑制する触媒設計が重要な課題である。

注3.ファラデー効率(FE: Faradaic Efficiency)):ファラデー効率とは、電気化学反応において供給した総電気量のうち、目的生成物の形成に実際に消費された電子の割合を示す指標のこと。すなわち、電流がどれだけ効率的に目的反応へ利用されたかを表す「選択率」の尺度であり、副反応の抑制度合いを評価する重要な指標である。本研究では、TU-82-Feが88.1%という極めて高いFEを示し、硝酸からアンモニアへの選択的変換が高効率で進行していることが示された。

 

論文情報

“Efficient ammonia synthesis via electrocatalytic nitrate reduction over a [8+2]-connected three-dimensional metal–bipyridine covalent organic framework”
著者:入江 司¹、近藤 歩¹、Kai Sun²、佐々木 康貴1、野崎 未佳1 、富張 志保1 、佐藤 虎太郎3 、川脇 徳久1 、Zhao Yu4 、Das Saikat¹、根岸 雄一*¹(1. 東北大学多元物質科学研究所、2. 蘭州大学、3. 東京理科大学カーボンバリュー研究拠点、4. 浙江師範大学)
†これらの著者は本研究に同等の貢献をしました。
*責任著者:東北大学 多元物質科学研究所 教授 根岸雄一
東北大学 多元物質科学研究所 講師 Das Saikat
浙江師範大学 教授 Zhao Yu
Journal of Materials Chemistry A
DOI:10.1039/D5TA07989F

東北大学
精密無機材料化学研究分野(根岸研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 根岸雄一
TEL:022-217-5604
Email:yuichi.negishi.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所
講師 Das Saikat
TEL: 022-217-5606
Email: das.saikat.c4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)