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プレスリリース
銅ナノ粒子触媒の原子レベルでの電荷状態制御に成功 ─脱炭素社会に貢献する高活性・高安定なCO2還元触媒開発の指針に─

国立大学法人東北大学

【発表のポイント】

  • 原子レベルの緻密な設計により、特異な電子構造を有する粒径約1 nmの超微細な金属ナノ粒子(ナノクラスター(注1))の精密合成に成功しました。
  • 得られた新規ナノクラスターは、一般に不安定とされる電子構造を持ちながらも、電気化学的二酸化炭素(CO2)還元(注2)触媒として高い構造安定性を示すことが明らかになりました。
  • 原子レベルでの幾何構造と電子構造の精密制御により、高い活性と高い耐久性を両立する触媒の開発が可能となり、脱炭素社会の実現に貢献することが期待されます。

【概要】
カーボンニュートラル社会の実現に向け、再生可能エネルギーを利用してCO2を有用な有機化合物に変換する「電気化学的CO2還元反応(CO2RR)」は、非常に注目されている技術です。この反応の高効率化と生成物の選択率(注3)制御には、優れた電極触媒の開発が不可欠です。

東北大学多元物質科学研究所の根岸雄一教授、川脇徳久准教授、Sourav Biswas助教、同大学院理学研究科の神山真帆 大学院生、東京理科大学大学院理学研究科修士課程の新行内大和 大学院生(研究当時)、尾上雅季 氏、米国ヴァンダービルト大学のDe-en Jiang教授らの共同研究グループは、粒径約1 nmの極微細な銅(Cu)ナノクラスター(NC)「Cu23NC」の精密合成に成功しました。

このナノクラスターは、これまで触媒構造を不安定化させると考えられていた0価のCuを含みながらも、独自の構造設計によって高い安定性を確保しており、CO2還元反応において優れた触媒性能を発揮することが明らかになりました。

本研究成果は、2025年6月26日(米国時間)公開の米国化学会誌Journal of the American Chemical Societyに掲載されました。

【詳細な説明】

研究の背景と意義
大気中への二酸化炭素(CO2)排出量の増加は、地球温暖化や気候変動に影響を及ぼしていることが多くの研究で明らかになっています。そのため、CO2の排出量を実質的にゼロのカーボンニュートラル達成が急がれます。CO2削減の手段の一つとして注目される電気化学的CO2還元は、再生可能エネルギー由来の電力を用いてCO2を常温常圧下において有用な炭化水素化合物に変換できるため、CO2を資源化することが可能であり、カーボンニュートラルの達成に向けて重要な技術の一つとされています。

しかし、このようなCO2還元の高活性化と選択率制御のためには、反応を促進する電極触媒の更なる開発が必要不可欠です。銅(Cu)はCO2を還元して様々な炭化水素化合物を生成しうる触媒用の金属として知られています。銅触媒の中でも最近注目を集めているのが、配位子により保護され、原子レベルでの精密合成可能な原子の集合体であるナノクラスター(NC)です。Cu NCは特殊な幾何・電子構造を有することから、主たるCO2還元生成物やその選択率を制御することが可能です。一方で、現在報告されている多くのCu NCは1価のCuのみで構成されており、0価のCuを含むCu NCは、その低い安定性のため触媒応用は困難であり、報告例は非常に限られています。そのため、電子構造がCO2還元活性にどのような影響を与えるかを探ることには、今後の触媒設計の指針を得るために大きな意義があると言えます。

このような背景から、本研究グループでは、原子レベルでの幾何・電子構造の設計により、特殊な電子構造を有しながら安定なCu NCの合成し、そのCO2還元触媒活性を評価することで電子構造によるCO2還元に与える影響の調査を試みました。

今回の取り組み
本研究では、従来ではCu NCの構造を不安定化させ得る0価のCuを有するにもかかわらず、優れた構造安定性をもつ新規Cu NCの創成に成功しました。具体的には、Cu NC合成における、還元時の条件を緻密に制御することで、0価のCuを有するが、それにもかかわらず、優れた構造安定性をもつ新規Cu NC「Cu23 NC」([Cu23H4(SC7H7)18(PPh3)6]:SC7H7 = p-toluenethiolate, PPh3 = triphenylphosphine )の精密合成に成功しました。結晶構造を解析した結果、2つのCu12量体(Cu12H2(SC7H7)7(PPh3)3)が中心の0価のCu原子を共有して融合し、この融合部分を4つのSC7H7で保護した構造を有していることが明らかになりました(図1)。

 

図1. Cu23 NCの幾何構造(配位子の水素(H)原子は省略)

この幾何構造について詳しく見ると、格子内に−1価の水素イオンであるヒドリド(H−)が存在しており、この存在によりCu-Cu結合が強化されています。さらに、外側に位置する配位子間に働く相互作用が全体をパッキングしており、Cu NCの構造を不安定化させ得る0価のCuを有しながらも、高い構造安定性を示すことが期待されます。
そこで、今まで0価のCuを含むCu NCでは、その安定性の低さから困難であった触媒応用を試みました。Cu23 NCをカーボンブラック(CB)上に担持させ、CO2流通下において定電位電解を行い、生成物のファラデー効率(注4)を求めました(図2)。その結果、−1.2 V vs. 可逆水素電極電位(RHE)においてギ酸(HCOOH)が約26%、一酸化炭素(CO)が約2.6%の選択率で生成することが明らかとなりました。

図2. Cu23 NCの各電位におけるファラデー効率

主な生成物としてHCOOHが生成したことについて、密度汎関数理論(DFT)計算(注5)に より検討したところ、アンテナ状のCu3ユニットが両側に結合することで形成されている中空の三角柱状サイトが水素吸着とCO2還元活性中心であることが確認されました(図3.ab)。CO2還元における主な2つの反応経路を比較すると、*COの生成に比べて*HCOOHの生成に対して優位であることが明らかとなりました(図3.c)。このDFT計算の結果は実験結果ともよく一致しており、Cu23 NCがCOよりもHCOOH生成を選択的に促進することを強く裏付けています。

図3. (a) 活性部位における水素の吸着、(b) Cu23 NCの活性部位における反応物・中間体・生成物のDFT最適化吸着構造、(c) CO2 還元における2つの反応経路のDFT計算によるエネルギープロファイル

さらに、Cu K端におけるin-situでのX線吸収微細構造解析(注6)により、電気化学測定中のCu23NCの構造安定性を調査しました。電気化学測定前と電気化学測定中のCu23 NC担持電極触媒(Cu23/CB)のフーリエ変換広域X線微細吸収構造(FT-EXAFS)解析の結果、電気化学測定中Cuと配位子との結合は維持されており、NCの凝集生じていないことから、Cu23 NCの構造はおおよそ維持されていることが明らかになりました(図4)。従来、0価のCuを有するCu NCは、その不安定さから触媒応用が困難であったが、Cu23 NCは電気化学測定中、高い構造安定性を示したことは、注目すべき結果であると言えます。

図4. 標本(Cu foil, Cu2O, CuO)と電気化学測定前と電気化学測定中のCu23/CBのFT-EXAFSスペクトル

以上のように、本研究グループでは、幾何構造を緻密に制御し設計することにより、従来ではCu NCの構造を不安定化させ得るとされる0価のCuを有するにもかかわらず、優れた構造安定性をもつ新規Cu NC(Cu23 NC)の創成に成功しました。得られたCu23 NCは、格子内のヒドリドの存在や配位子間に働く相互作用によって安定化が生じており、電極触媒に応用すると電気化学測定中においても高い構造安定性を示すことが明らかになりました。

今後の展開

幾何・電子構造を緻密に制御し設計することで、特殊な電子構造を有しながらも、高い構造安定性を示すCu NCを作り出すことが可能です。電子構造はCO2還元触媒を設計するうえで重要であり、電極触媒を原子レベルで精密に設計することにより、高活性かつ高選択的なCO2還元が可能となり、今後の脱炭素社会の実現に一歩近づくことが期待されます。

【謝辞】
本研究は、日本学術振興会科研費(JP24K01459、JP23KK0098、JP23H00289、JP22K19012)、新学術領 域研究「水圏機能材料」(JP22H04562)の支援、矢崎科学技術振興記念財団、ATI研究助成、 高橋産業経済研究財団、熊谷科学技術振興財団、小笠原敏晶記念財団、 米国エネルギー科学、基礎エネルギー科学、化学・地球科学・バイオサイエンス部門触媒科学プログラムからの助成を受けて実施しました。

【用語説明】
注1. ナノクラスター:特異な電子構造を有する粒径約1 nmの超微細な金属ナノ粒子。
注2. 電気化学的二酸化炭素(CO2)還元:電気分解反応によってCO2(二酸化炭素)を分解し、酸化物から酸素を減らすことで、有用な物質へと変換する反応。
注3. 選択率:生成物の中から、目的物が得られた割合。電気化学反応におけるファラデー効率。
注4. ファラデー効率:加えた電流が、目的の生成物を作るために実際に使われた割合。
注5. 密度汎関数理論(DFT)計算:電子の密度分布。この電子密度と個々の電子間に働く相互作用を考慮することで安定構造を計算することができ、触媒反応にも利用できる。
注6. X線吸収微細構造解析:物質にX線を照射した際の吸収変化を測定することで、原子の種類や周囲の構造、化学状態などを調べる手法。

論文情報

“Atomically Precise [Cu23H4(SC7H7)18(PPh3)6] Nanocluster: Structural Integration of Johnson Solids through a Cu(0) Center and Electrocatalytic Functionality”
Sourav Biswas1、新行内大和2、神山真帆1、尾上雅季2、Haohong Song3、Bo Li 4、Song Wang 5、川脇徳久1*、De-en Jiang4*、根岸雄一1*(1. 東北大学多元物質科学研究所、2. 東京理科大学理学研究科、3. Interdisciplinary Materials Science, Vanderbilt University、4. Department of Chemical and Biomolecular Engineering, Vanderbilt University、5. Hefei National Research Center for Physical Sciences at the Microscale, School of Chemistry and Materials Science, University of Science and Technology of China)
*責任著者:
東北大学多元物質科学研究所 教授 根岸雄一
東北大学多元物質科学研究所 准教授 川脇徳久
Vanderbilt University Prof. De-en Jiang

Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.5c05665

東北大学
精密無機材料化学研究分野(根岸雄一研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 根岸 雄一
Email: yuichi.negishi.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)