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プレスリリース
NanoTerasu×組成傾斜膜による超高効率な電子構造解析に成功 〜約1日の実験でハーフメタルの最適組成を同定、実用スピントロニクス材料開発加速に期待〜

NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
国立大学法人 東北大学
一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

概要

1. NIMS、東北大学と光科学イノベーションセンターからなる研究チームは、わずか1日の実験で、ハーフメタル性を有するCo-Mn-Siホイスラー合金のスピン分極状態が最も高い組成を同定することに成功しました。1つの基板上に組成を徐々に変化させた組成傾斜薄膜を作製し、高輝度放射光施設NanoTerasuにおける強力な放射光源を用いた計測により実現した成果です。超高効率なハーフメタル材料の最適化が可能になることで、高性能スピンデバイス用の新材料開発が加速することが期待されます。

2. ハーフメタル材料は、伝導電子のスピンの向きが一方向に揃った高いスピン分極状態を有する磁性材料であり、次世代ハードディスクのリードヘッド用の電極材料などとして期待を集めています。しかし、スピン分極状態の直接的な計測には、エネルギーの低いX線などを使ったスピン分解光電子分光によって長い計測時間をかける必要があり、効率的な材料開発のために短時間でスピン分極状態を評価する手法が求められていました。

3. 本研究チームは、効率的にハーフメタル材料の組成の最適化や新材料開発するための新手法の実現を目指しました。代表的なハーフメタル材料として知られる Co2MnSiを対象に、1つの基板上で コバルト(Co)とマンガン(Mn)の組成比を10 ~ 40%の原子組成比で変化させた薄膜を作製し、NanoTerasuの放射光を用いた硬X線光電子分光計測を行いました。その結果、わずか1日の実験により大量の電子構造の組成比依存性データを獲得し、これを解析することで、Mnが27at.%の領域で最も高いスピン分極が得られることを同定することに成功しました。


3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu

薄膜作成装置と硬X線光電子分光装置

4. 今後は、本手法を活用して新規ハーフメタル材料開発を加速させることで、高性能なスピントロニクスデバイス実現への展開が期待されます。

5. 本研究は、NIMS磁気機能デバイスグループ 遠山諒ポスドク研究員、桜庭裕弥グループリーダー、光電子分光グループ 矢治光一郎グループリーダー、津田俊輔主任研究員、データ駆動型材料設計グループ 岩﨑悠真主任研究員、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 山本達准教授、光科学イノベーションセンター山根宏之主席研究員からなる研究チームによって、JST 戦略的創造研究推進事業CREST「未踏探索空間における革新的物質の開発」(JPMJCR21O1)の一環として行われました。

6. 本研究成果は、“Science and Technology of Advanced Materials”の Editor’s choiceに選出され、2025年1月7日にオンライン掲載されました。

研究の背景

電子は上向きと下向きのスピンという2つの状態を持っています。スピントロニクスとは、このスピンの自由度を利用することによって、従来のエレクトロニクスを超えた性能や機能性を有するデバイスの実現を目指す研究開発分野であり、磁気ランダムアクセスメモリ(1)やハードディスク用リードヘッド(2)などが既に産業化されています。鉄(Fe),Co等に代表される磁性金属材料を流れる伝導電子は、上向きと下向きスピンの電子状態がエネルギー的に分裂し、上下のスピンを有する電子の数が異なるスピン分極状態となっています。この分極状態が大きい磁性材料ほど、巨大磁気抵抗効果(3)などのスピンに依存した伝導現象を顕著に示すため、デバイスを高性能化することができます。磁性材料の中で、上向きか下向きのどちらかのみの伝導電子スピンを有する特殊な物質は「ハーフメタル」と呼ばれており、究極的なスピン分極材料として長きにわたる研究が行われています(図1)。既に、ハーフメタル材料を用いることで、巨大なトンネル磁気抵抗効果(4)や巨大磁気抵抗効果、半導体への効率的スピン注入などが報告されていますが、室温近傍での特性劣化などの問題から、ハーフメタルを用いた実用デバイスはいまだ実現されておらず、ハーフメタル材料の組成や成長条件の最適化や新たなハーフメタル材料開発が求められています。

図1 ハーフメタルの電子状態の模式図

ハーフメタル材料開発の難しさは、基本的な材料物性としてスピン分極状態の計測が非常に困難であることにあります。スピン状態を峻別しながら電子状態を直接的に計測可能な「スピン分解光電子分光法」は、光電子検出効率の低さから、測定に時間を要し、材料の最適化や新材料開発には適しません。スピン分解測定で一般的に用いられるエネルギーの低いX線やレーザーでは、試料表面の原子数層レベルでの敏感な測定しかできず、作製した試料を真空維持したまま評価することなど実験的な難易度が高いことが知られています。このため、作製したハーフメタル材料のスピン分極状態の評価は、磁気抵抗素子などのデバイスを作製し、デバイス性能から間接的に評価するのが一般的です。しかし、デバイスによる評価も、積層膜の成膜→微細加工によるデバイス作製→測定、と1試料に数日以上の時間を要する実験となるため効率的な材料探索は困難であるという課題があります。

研究内容と成果

そこで本研究では、既存のハーフメタル材料の組成や成長条件の最適化、新規ハーフメタル材料の開拓に適用することができる、電子構造を直接的かつ高速に観測する新手法の確立を目指しました。そのために、①NIMSが有するコンビナトリアルスパッタリング技術(5)を用いたハーフメタル組成傾斜薄膜の作製と、②2024年4月に稼働開始したNanoTerasuの強力な放射光を用いた硬X線光電子分光の測定を組み合わせた手法を考案しました(図2)。組成傾斜膜とは、2つ以上の元素を含む材料薄膜を作製する際に、特定元素の組成濃度を1つの基板上で1次元的あるいは2次元的に傾斜させた薄膜であり、1試料から連続的な組成依存性データを高効率に取得できるのが強みです。硬X線光電子分光は、エネルギーの高い硬X線により試料から光電子を励起させ電子構造を観測する手法であり、光電子の脱出深さ(固体内で放出された電子が、そのエネルギーを失うことなく固体外に脱出できる深さ)が深いため、バルク領域(表面/界面に触れていない部分)の電子構造が観測できるとともに、作製した試料を大気中で輸送可能なので、実験遂行時の負担が大きく軽減されるという利点があります。一方、硬X線は光電子の生成効率が低いため、スピン分解測定を効率的に行うことは極めて難しく、スピン分極電子状態の組成依存データを高速に得ることは困難です。しかし今回、NIMSを中心とした研究チームは、「良質なハーフメタルは、上下のどちらかのスピンにはエネルギーギャップを有する半導体的電子状態、もう一方のスピンはエネルギー的分散の大きな電気伝導度の高い金属的な電子状態、というシンプルな電子構造を有する(図1参照)。そうであれば、組成傾斜膜で系統的に電子構造変化データを獲得し、それを解析することで、スピン“非”分解硬X線光電子分光測定でも、最も高いハーフメタル性を有する組成をハイスループットに同定できるのではないか?」と考えました。

図3 (a) 作製したCo75-xMnxSi25組成傾斜膜の構造と光電子分光測定位置、(b)NanoTerasuにおいて測定した価電子帯のスペクトル、(c) Mn 24at.%に対する差分のスペクトル、(d) フェルミ準位(結合エネルギーが0)上の差分信号のMn組成比依存性、(e) (f)フェルミ準位における状態密度の理論計算値と異方性磁気抵抗効果の磁気抵抗比のMn組成依存性

この手法の原理実証を目指し、代表的なハーフメタル材料として知られるホイスラー合金(6)Co2MnSiのCoとMnの組成比を傾斜させた組成傾斜膜(Co75-xMnxSi25, xは10 ~ 40 at.%まで変化)を作製し、NanoTerasuの高輝度放射光によって価電子帯(7)電子構造の組成変化を高速測定することを試みました。試料はNIMSで作製し、大気中搬送でNanoTerasuに持ち込む形での簡便な手法で行いました。Mnの組成比が10~40at.%(原子組成比)で傾斜した7mm幅領域に、7μm(μメートル)まで狭小に絞った6keVの硬X線を0.5mm間隔で照射し、15組成分の価電子帯電子構造を、約1日の短い測定時間で獲得しました(図3(a))。その結果、図3(b)に示すように、伝導を司るフェルミ準位近傍の電子構造(価電子帯)において、組成に対して連続的かつ明確な変化を捉えることができました。これらは上下のスピンの電子状態の情報が合わさったスピン非分解測定であるため、1つ1つの組成データ単独では、ハーフメタル性に関する情報を得ることは困難です。そこで今回共同研究者らは、化学量論組成に近いCo51Mn24Si25を基準とした差分信号の組成依存性を解析し(図3(c))、その結果、Mn組成27at.%の領域で最も高いハーフメタル性を持っていることを示唆する最小強度の信号が得られていることを確認しました(図3(d))。この結果の妥当性を検証するため、組成傾斜試料をリソグラフィー技術によって4端子形状のデバイスにパターニングし、異方性磁気抵抗(8)の測定から間接的にスピン分極状態を評価した結果、同じMn組成27at.%において最も高いハーフメタル性を示唆する最大の負の磁気抵抗比を観測しました(図3(f))。さらに、組成傾斜膜と対応した組成におけるCo75-xMnxSi25の電子状態を理論的に計算した結果、Mn組成27at.%において下向きスピンには明確なエネルギーギャップと、上向きスピンには金属的な分散の大きな状態が実現されていることを確認しました(図3(e))。

今後の展開

本成果は、組成傾斜膜に対して高輝度放射光を利用し、高速かつ系統的に電子構造変化のデータを取得することにより、スピン非分解の計測であってもスピン由来の機能性であるハーフメタル性に関する情報が得られることを示したものです。今後は、本手法を活用した新規なハーフメタル材料の開拓などを通し、次世代ハードディスクやスピントランジスタなどのデバイス開発に貢献することが期待されます。また組成傾斜膜×高輝度放射光による高速な電子構造計測による大量の組成依存性データ取得は、近年世界的に加速されるデータ科学を通じた材料解析や開拓へと展開することも可能です。こうした方向性は、磁性・スピン機能材料のみならず、熱電材料、半導体材料など様々な機能性材料分野において、AI・機械学習を通じて人間・研究者に“気づき”を与える新規な研究手法の1つへと発展することも期待されます。

 

用語解説

(1) 磁気ランダムアクセスメモリ:磁性体の磁化の上向き(“1”)・下向き(“0”)を使って情報を記録する記録素子(メモリ)のことで、電源を切っても情報が失われないことから、超低消費電力の次世代メモリとして注目されています。記録素子としてトンネル磁気抵抗素子が用いられます。

(2) リードヘッド:ハードディスクでは磁性体の磁化の上向き(“1”)・下向き(“0”)として情報を記録しています。この磁化の向きを読み取る(read)ための磁気センサのことをリードヘッドと呼びます。

(3) 巨大磁気抵抗効果:2つの磁性体で“非磁性体”を挟んだサンドイッチ構造に電流を流すと、2つの磁性体の磁化の向き(平行・反平行)に応じて、抵抗が変わる現象のことです。

(4) トンネル磁気抵抗効果:2つの磁性体で“絶縁体”を挟んだサンドイッチ構造に電流を流すと、2つの磁性体の磁化の向き(平行・反平行)に応じて、抵抗が変わる現象のことです。

(5) コンビナトリアルスパッタリング技術:組み合わせの概念に基づき、一度の実験で一枚の基板上に組成の異なる薄膜 (組成傾斜膜)を成膜する成膜技術の一種のことです。

(6) ホイスラー合金 :X2YZの化学式で表される組成を持つ金属合金群のことで、X、Y、Zに様々な元素を含有できることから、ハーフメタル特性などの様々な機能性を示すことが注目されています。

(7) 価電子帯 : 固体中の原子が持つ電子が存在するエネルギー帯で、最もエネルギーの高い最外殻電子が含まれます。これらの電子は化学結合や電気伝導に寄与し、絶縁体、半導体、導体の性質を決定します。

(8) 異方性磁気抵抗 : 磁性体の電気抵抗が磁化の方向と電流の方向の相対的な角度に依存する現象です。ハーフメタル材料においては負の磁気抵抗比が現れることが過去の理論モデルと実験から示されています。

論文情報

“High-throughput evaluation of half-metallicity of Co2MnSi Heusler alloys using composition-spread films and spin-integrated hard X-ray photoelectron spectroscopy”
Ryo Toyama, Shunsuke Tsuda, Yuma Iwasaki, Thang Dinh Phan, Susumu Yamamoto, Hiroyuki Yamane, Koichiro Yaji and Yuya Sakuraba
Science and Technology of Advanced Materials
DOI: https://doi.org/10.1080/14686996.2024.2439781
掲載日時:2025年1月7日

NIMS(物質・材料研究機構)
▶ 東北大学
光科学イノベーションセンター(PhoSIC)
科学技術振興機構(JST)
国際放射光イノベーション・スマート研究センター
放射光ナノ構造可視化研究分野

問い合わせ先

(研究内容に関すること)
NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究センター 磁気機能デバイスグループ 
グループリーダー 桜庭 裕弥(さくらば ゆうや)
E-mail: SAKURABA.Yuya*nims.go.jp(*を@に置き換えてください)
TEL: 029-859-2708
URL: https://www.nims.go.jp/mmu/mmg/

東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(東北大学多元物質科学研究所 兼務)
准教授 山本 達(やまもと すすむ)
E-mail: susumu*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
TEL: 022-752-2343

光科学イノベーションセンター
主席研究員 山根宏之(やまね ひろゆき)
E-mail: yamane*phosic.or.jp(*を@に置き換えてください)
TEL: 022-785-9618

(報道・広報に関すること)
NIMS 国際・広報部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
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TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017

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E-mail: sris-soumu*grp.tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)
TEL: 022-752-2331

光科学イノベーションセンター
〒980-0845 仙台市青葉区荒巻字青葉468-1
青葉山ユニバース306
総務企画部 戸澤 忠伸
E-mail: info*phosic.or.jp(*を@に置き換えてください)
TEL: 022-752-2210

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E-mail: jstkoho*jst.go.jp(*を@に置き換えてください)
TEL: 03-5214-8404, FAX: 03-5214-8432

(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
E-mail: crest*jst.go.jp(*を@に置き換えてください)
TEL: 03-3512-3531, FAX: 03-3222-2066