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プレスリリース
水/高圧氷の界面に液晶らしき“未知の水”を発見 ダイナミクスが示唆する未知の水の生成機構と構造の多様性|光機能材料化学研究分野

2023年10月11日
国立大学法人東北大学
国立大学法人北海道大学
国立大学法人東京大学
国立大学法人鳥取大学

【発表のポイント】

  • ・高圧氷V(注1と水の界面に水と混ざり合わない未知の水を発見しました。
  • ・未知の水の流れやすさの測定に成功しました。
  • ・未知の水の生成と不混和流体の相分離のダイナミクスに類似性を発見しました。
  • ・未知の水は一時的に液晶(注2である可能性を示唆する成果です。

 

【概要】

水は多くの自然現象を支配する身近な存在ですが、他の液体とは異なる奇妙な物性を示します。東北大学多元物質科学研究所の新家寛正助教、北海道大学低温科学研究所の木村勇気教授、鳥取大学工学部機械物理系学科の灘浩樹教授と東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻/附属先進科学研究機構の羽馬哲也准教授を中心とする研究グループはこれまでの研究で、様々な氷と水との界面にできる、通常の水と混ざり合わない低密度および高密度な未知の水を発見しています。今回、未調査であった高圧氷Vと水の界面にも高密度な未知の水ができることを発見しました。また、この未知の水の生成ダイナミクスは、二成分系不混和流体の液―液相分離(注3の理論が予測するダイナミクスの特徴と類似していることを発見し、未知の水の生成機構解明へ一歩前進しました。さらに、未知の水の脱濡れ(注4の形態に、氷Vの結晶学的異方性を反映した異方性が生じることを発見し、脱濡れ初期の未知の水は液晶である可能性を世界で初めて示しました。この成果は、長年の謎である水の特異物性を解明するため精力的に研究されている水の構造に対し新たな知見を与えるものです。
本成果は、国際科学誌Scientific Reports に 10月11日(水)付でオンライン掲載予定です。

 

【詳細な説明】

研究の背景

水は地球上において普遍的に存在し、人類にとって最も身近な液体です。そのため、水は液体として一般的な性質を示すと直感的に考えがちですが、この直感に反して一般的な液体と比べて特異な性質を示すことが知られています。例として、一般的な液体の密度は温度に対し直線的に単調変化するのに対し、水の密度は4oCで最大値をとるという性質が挙げられます。水の物性は地球上の様々な自然現象を支配するため、このような特異な性質の原因を理解することは非常に重要です。

しかし水の特異な物性の起源は未だ明らかとなっていません。水の特異な物性を説明するため、これまでには「水が2種類の構造の異なる水である低密度液体(Low-Density Liquid, LDL)と高密度液体(High-Density Liquid, HDL)へ分離する」という仮説が提唱されてきました。この仮説では、水の分離が起こる温度圧力条件に向かって水の物性が発散すると解釈することで、水の特異な性質を説明します。したがって物性の発散が起こる温度圧力条件で水の分離を直接観察することができれば、仮説の実証となります。しかし、この分離は、水が瞬間的に凍ってしまうような低温高圧の条件で起こると予測されており、その直接観察は困難です。そのため実験に基づいた水の特異物性の原因解明はなかなか進んでいないのが現状です。また水の研究に限らず、シリコン融液などの一成分系の液体が構造の異なる液体へ変化する現象が、液体という物質状態の本質的な理解に繋がる現象として注目されていますが、水の場合と同様、構造変化が起こる実験条件の実現が困難であるために実験的な研究が遅れています。このような背景から、水の構造に関する研究が重要視されています。

本研究グループはこれまでの研究で、アンビル型高圧発生装置(注5を用いて、水よりも低密度な氷や、水よりも高密度な高圧氷と水との界面に通常の水とは混ざり合わない低密度な未知の水と高密度な未知の水(ここでは、それぞれ低密度水と高密度水と呼ぶこととします。)がそれぞれできることを光学顕微鏡その場観察で発見していました(図1)。しかし、これら未知の水の生成機構や構造の多様性は未解明のままでした。今回、本研究グループは、これまで調査されていなかった高圧氷Vと水の界面の光学顕微鏡その場観察を試み、その生成機構と構造に関する知見を実験的に得ることに成功しました。

図1. 水の相図。図は水や氷Ih、III、Vなど様々な氷がどの温度・圧力条件で安定に存在するかを示す。白い丸はこれまでの研究で我々が観察を行った条件を示す。赤い星は本研究の観察条件を示す。青く示された領域は水よりも低密度な、我々の生活に身近な氷Ihの安定領域を示す。緑で示された領域は水よりも高密度な高圧氷の安定領域を示す。

今回の取り組み

研究グループは、これまで調査されていなかった高圧氷Vを研究対象としました。北海道大学低温科学研究所にある低温室内(−10°C)にアンビル型高圧発生装置と観察用の微分干渉顕微鏡(注6を設置し、水を443 MPa(4372気圧)以上の低温高圧の条件におきました。これにより、氷Vの結晶を作り、加圧もしくは減圧に伴う氷V結晶の成長と融解の過程を顕微鏡でその場観察しました。加圧により成長する氷Vと水の界面の詳細な観察により、周囲の水に対してはっきりとした界面を持ち、周囲の水から分離した液体の膜や液滴ができていることが明らかになりました(図2)。推定される液膜の濡れ角から、これらの未知の水は周囲の水と比較して高密度であることが示唆され、水/氷Vの界面にも氷IIIや氷VIといった他の高圧氷と同様にこれまで知られていなかった未知の水ができることが示されました。

図2. 水/氷V界面における高密度な未知の水のスピノーダル様の生成ダイナミクスの微分干渉光学顕微鏡その場観察像。A:加圧により成長する氷V単結晶と波模様を呈しながら界面に形成する未知の水。B:図Aの拡大像。a–eは図A中の点線で示された領域a–eの拡大像。未知の水が周期的な波模様が形成していることがわかる。C:各顕微鏡像の模式図。

さらに、顕微鏡その場観察により、未知の水の生成に伴い生じるパターンが周期的な波模様を示すことがわかりました。このような波模様は、不混和な二成分の混合流体が液―液相分離する際に普遍的に観察される模様です。このように不混和な液体が周期的な波模様を呈しながら分離する過程は、一般的に“スピノーダル分解型(注3”の液―液相分離と呼ばれており、そのダイナミクスを記述する基礎的な理論が確立されている現象です。スピノーダル分解型液―液相分離の理論が予測するダイナミクスの特徴として、波模様の周期は自己相似的(注7に時間のべき乗に比例して大きくなり、べき乗の指数が時間の経過に伴いある特定の値に変化することが知られています。そこで、今回発見した未知の水の波模様の時間発展を解析したところ、理論の予測する特徴に類似した特徴を見出すことに成功しました。これは、未知の水の生成機構が、一般的な液―液相分離で説明できるかもしれないことを示唆しています。

また、未知の水の動きを解析することにより、液体の流れやすさの指標となる特徴的速度(表面張力と粘性の比)の値をおよそ90 m/sと測定することができました。この値は、水の示す値(およそ40 m/s)や空気と氷Ihの界面にできる疑似液体層(注8の示す値(2 m/s~0.2 m/s)とも異なることがわかります。

さらに、未知の水の液膜がスピノーダル脱濡れのようなダイナミクスを示すこと、その初期過程において波模様に異方性が生じることを発見しました。未知の水は氷V表面を覆う液膜として生成する場合があり、その液膜が脱濡れする過程において周期的な波模様が観察されました(図3)。このような波模様を伴う脱濡れはスピノーダル脱濡れと呼ばれています。一般的に等方的である液体の場合、スピノーダル脱濡れの波模様はどの方向にも同様の周期を示します。つまり、異方性を示しません。しかし、今回観察されたスピノーダル様の脱濡れの初期過程に見られる波模様の周期には、氷Vの結晶学的異方性を反映した異方性が見られることがわかりました。このような現象は、未知の水に氷V結晶の異方性を反映するような性質が無ければ説明できません。従って、未知の水は、一時的に異方性を示す流体である液晶の性質を持つということが示唆されます。

図3. 水/氷V界面における高密度な未知の水のスピノーダル様の脱濡れダイナミクスの微分干渉顕微鏡その場観察像。A:加圧により成長する氷V単結晶と界面に形成した未知の水が波模様を呈しながら脱濡れする様子。B:図A中の点線で示された領域の拡大像。波模様の周期が方位によって異なることがわかる。C:図Bの高速フーリエ変換像(注9。波の周期がどの方位に対しても等しい(等方的である)場合には円環状の強度分布を示すが、異なる(異方的である)場合には特定の方向に伸長した強度分布となることから、未知の水の波模様が異方性を示していることがわかる。

以上のように、新たにその存在が明らかとなった水/氷V界面の未知の水のダイナミクスを詳細に調査したことで、その生成機構や構造に関する新たな知見が得られました。今後、未知の水の多様性や生成機構を更に詳細に明らかにしていくことで、水の特異物性や氷の結晶化過程の謎に迫ることができると期待されます。

今後の展開

水の物性は、地球における様々な自然および生命現象を支配します。また、宇宙においても氷天体の地質現象、小惑星内部での水―鉱物―有機物の相互作用、氷表面での有機化合物の生成などに直接関わります。液体の物性はその構造に大きく依存するため、水の構造を明らかにすることは極めて重要です。本研究成果により、水の隠された性質がまたひとつ明らかとなりました。本研究の、水/氷界面における“未知の水”の生成機構および多様性の解明は、奇妙な液体である水の物性の起源解明やその結晶化過程だけでなく、人類がこれまで理解できなかった水の関わる現象の解明にも分野を問わず貢献することが期待できます。

 

【謝辞】

本研究は、北海道大学低温科学研究所共同利用・共同研究課題番号18K001、公益財団法人日本科学協会笹川科学研究助成課題番号2021-2001、公益財団法人クリタ水・環境科学振興財団国内研究助成23D002の支援を受けて実施されました。

 

【用語説明】

注1.高圧氷V
私たちが普段目にする氷は氷Ihと呼ばれ、六角柱状の水分子の並びを基本構造としている。その一方で、水を加圧することで結晶化する高圧氷も存在する。高圧氷は私たちが普段目にする氷とは結晶構造が異なる。中には0℃以上の温度で結晶化する高圧氷も存在する。本研究で着目した氷Vは高圧氷の一種で単斜晶系という結晶構造に分類される、菱形の柱状の形を基本格子とした結晶である。

注2.液晶
結晶と液体の中間にある物質の状態で、ガラスとは異なり緩やかな規則性を持っている状態を指す。すなわち、結晶の持つ周期性や物性の異方性と、液体の持つ流動性を併せ持つ物質の状態である。

注3.液―液相分離
水と油のように液体同士が分離する現象のことである。互いに混ざり合わない液体をある温度以上の高温条件におくと液体同士が均質に混ざり合った状態になる場合があり、その混合液体を冷却していくと、均質な混合液体が液―液相分離を起こす。相分離開始組成や冷却の仕方に依って、その分離過程(ダイナミクス)は大きく分けて2種類あり、“核形成・成長型”と“スピノーダル分解型”の液―液相分離が存在する。“核形成・成長型”は、量の多い液体中に量の少ない液体の液滴が生成し液滴が成長することで相分離が進行するダイナミクスである。その一方で、“スピノーダル分解型”は、両液体成分の空間的・時間的揺らぎの波が時間経過に伴い増幅することで相分離が進行するダイナミクスである。そのため、特にスピノーダル分解型相分離の進行過程では、両連続的模様と呼ばれる、両液体のネットワーク状の領域が入れ子になったような周期的な波模様が観測される。

注4.脱濡れ
基板の表面を覆う液体薄膜に穴が開きその穴が拡大していく現象を指す。液―液相分離と同様、脱濡れにも“核形成・成長型”と“スピノーダル型”の脱濡れが存在する。核形成・成長型では、液膜に複数の円形の穴が逐次形成し、その穴が拡大していくダイナミクスを示す。その一方で、スピノーダル型は液膜の膜厚の揺らぎの波が増幅し、時間経過とともに無数の穴がほぼ同時に形成するダイナミクスを示す。そのため、スピノーダル脱濡れの進行過程では、周期的な波模様が形成される。

注5.アンビル型高圧発生装置
2 つの尖頭状に成型された硬質な物質(アンビル)の尖頭部同士を押し当てプレスすることで先頭部に高圧を発生させる装置である。ガスケットと呼ばれる小さな穴の空いた金属板内部に試料を導入し、ガスケット穴にある試料を1対のアンビルで挟み込みプレスすることで高圧状態を得る。本研究では、アンビル、ガスケット、試料にそれぞれサファイア、銅、水を使用した。

注6.微分干渉顕微鏡
試料表面の微小な段差を強調し鋭敏に可視化できる顕微鏡である。互いに直交する電場の振動方向を持つ2つの直線偏光を、わずかに位置をずらして微小な段差を持つ試料に照射することで、2つの直線偏光にそれぞれ段差の高い面の情報と段差の低い面の情報を付与し、それらの直線偏光を合成することで像とする。

注7.自己相似性
全体と部分とが相似である性質のことを指す。例えば、正三角形を複数組み合わせることでできる大きな正三角形は、全体としての大きな三角形と、部分としての構成単位の正三角形とは相似の関係にあるため、自己相似性を持つ。自己相似性を持つパターンが成長する場合、その特徴的サイズの時間依存性は、動的スケーリング則と呼ばれる時間のべき乗に比例する性質があることが知られている。

注8.疑似液体層
空気/氷Ih界面の融解前により生じる氷表面を覆う極薄の水の膜。この水の膜は通常の水より氷Ihに近い構造を持つ水であると予想されている。この水膜は、通常の水と区別するために「疑似液体層」と呼ばれる。

注9.高速フーリエ変換
実空間の情報を周波数空間で表す処理のことを指す。例えば、一次元実空間においてある一定間隔の周期的な特徴がある場合、その特徴は一次元周波数空間上においてその周期に対応した座標上に点として現れる。一方で、本研究で撮影された画像のような、二次元実空間において全ての方位に対し等方的な周期的特徴がある場合、その周期的特徴は高速フーリエ変換によって二次元周波数空間上では円環として表現される。

 

【論文情報】

“Anisotropy in Spinodal-like Dynamics of Unknown Water at Ice V–Water Interface”
Hiromasa Niinomi*, Tomoya Yamazaki, Hiroki Nada, Tetsuya Hama, Akira Kouchi, Tomoya Oshikiri, Masaru Nakagawa, and Yuki Kimura
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 新家寛正
Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-023-43295-4
※関連URL
(2020年8月7日付プレスリリース)
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/08/press20200807-01-water.html
(2022年5月12日付プレスリリース)
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/05/press20220512-02-water.html

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光機能材料化学研究分野(中川研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 光機能材料化学研究分野 
助教 新家 寛正 (にいのみ ひろまさ)
電話:022-217-5671
E-mail:hiromasa.niinomi.b2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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