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プレスリリース
「高分子のリングとひも」“マクロロタキサン”の合成に成功 ~時間が経ってもにじみ出さない高分子添加剤として期待~|高分子物理化学研究分野

ポイント

・混ぜるだけでリング構造をもつ環状高分子にひものような線状高分子が入り込んだネットワーク高分子の合成に成功。
・環状高分子を大量に混ぜてもにじみ出さず、材料に柔らかさを与えることが可能。
・様々なプラスチックやゴムに環状高分子が取り込まれた材料の進展に期待。

概要

 北海道大学大学院工学研究院の佐藤敏文教授、磯野拓也准教授、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系の出口哲生教授、東北大学多元物質科学研究所の陣内浩司教授、丸林弘典講師、防衛大学校応用物理学科の萩田克美講師らの研究グループは、環状構造をもった高分子(環状高分子)とひものような高分子(線状高分子)の混合物に対して架橋反応*1を行うことで、環状高分子のリングの中に線状高分子が入り込んだネットワークポリマー*2の合成に成功しました。
 リング分子に軸分子が貫通した「ロタキサン」は、軸分子両端のかさ高い構造の存在によって2つの分子が物理的につながった構造を有する超分子*3であり、2016年のノーベル化学賞のトピックとしても注目されています。これまで知られているロタキサンはリング分子が比較的小さい小分子化合物に限られており、リング分子と軸分子の両方が高分子からできた巨大なロタキサンは全く注目されてきませんでした。しかし、巨大なロタキサンは分子量や構造を調節することで未知の物性や機能が期待できるため、その合成は意義深い挑戦と言えます。
 研究グループは、環状高分子と線状高分子を混合した状態で線状高分子末端の架橋反応を行うことでロタキサンの形で環状高分子を取り込んだネットワークポリマーの合成に成功しました。研究グループが「マクロロタキサン」と名付けたこの巨大なロタキサンはリング分子と軸分子の両方が高分子から形成されているため、環状高分子のリングの数や大きさを自在にアレンジすることができます。
さらにロタキサンの形でネットワークポリマーに取り込まれた環状高分子は材料からにじみ出さないにもかかわらず、液体のように振る舞ってエネルギー分散性を付与できることから、建築物に使われる免振ゴムのような制振材料やタイヤの素材等へ応用可能であることを実証しました。今後、マクロロタキサンの特長を活かした新たな高分子材料の開発が期待されます。
 なお、本研究成果は、2023年7月17日(月)公開の Angewandte Chemie International Edition 誌に掲載されました。
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本研究の概要図: 多環状高分子と線状高分子の混合物の架橋反応によりマクロロタキサンの合成に成功。

背景

 ナノメートルサイズのリング分子の中に軸分子が通り抜けた構造をもった超分子はロタキサンと呼ばれます。ロタキサンは軸分子両端のかさ高い構造の存在によってリング分子と軸分子が物理的につながった特徴的な構造をもっており、2つの成分が独立して運動できることから分子マシン*4を作るための基盤技術として2016年のノーベル化学賞のトピックとしても注目されています。
 これまで知られているロタキサンはリング分子が比較的小さい小分子化合物からできています。一方、リング分子が高分子からできた巨大なロタキサンは全く注目されてきませんでした。しかし、巨大なロタキサンは分子量や構造を制御することでその「かたち」を自在に調節でき、様々な用途に応じた機能の発現が期待できます。したがって、そのようなロタキサンの合成法を確立することは学術的にも工業的にも大きな価値があります。

研究手法

 北海道大学大学院工学研究院の研究グループはこれまで、一分子に複数のリング構造をもった環状高分子(多環状高分子)を簡便かつ精密に合成する手法の確立を行ってきました。この手法を使うことで、リングの数や大きさを自由に設計した多環状高分子を合成することが出来ます。そこで北海道大学、お茶の水女子大学、東北大学、防衛大学校の共同研究グループは、これらの環状高分子をロタキサンのリング分子に応用し、リング分子と軸分子の両方が高分子となった巨大なロタキサン(マクロロタキサン)の合成に着手しました。
 これまでにも軸分子が高分子となったポリロタキサンには数多くの研究が報告されていましたが、環状高分子を合成することが困難だったため、リング分子も高分子となったロタキサンには焦点が当てられてきませんでした(図1)。実験は環状高分子と線状高分子を有機溶媒中で混合し、この状態で線状高分子同士を網目状に結合させる架橋反応を行うというものです。得られたネットワークポリマーを有機溶媒で繰り返し洗っても環状高分子は溶け出してきませんでした。このことから、環状高分子の存在下で架橋反応が起こることにより環状高分子がロタキサンとしてネットワークポリマー内に取り込まれたことが明らかになりました。また、多環状高分子の構造によっては非常に高い確率でネットワークポリマー内に取り込まれることを発見しました。
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図1.(a)ロタキサンの概念図。通常のロタキサンの軸分子とリング分子は共に小分子化合物である。(b)軸成分が高分子となったロタキサンはポリロタキサンと呼ばれ、これまでに多くの報告例がある。(c)本研究:リング分子と軸分子の両方が高分子となったマクロロタキサン。

研究成果

 これまで報告された研究では、ネットワークポリマーに柔らかさ(エネルギーを分散しやすい性質)を付与するために液状の高分子を添加する試みが行われてきました。しかし、添加する高分子は線状高分子であり、時間が経つにつれてネットワークポリマーからそれらがにじみ出してしまう欠点を抱えていました。
一方、本研究成果で合成したネットワークポリマーは、添加した環状高分子がロタキサンの形で組み込まれています。そのため、大量(全体の1/3以上の質量)の環状高分子を含んでいるにも関わらず、時間が経ってもネットワークポリマーからにじみ出してこない点を特長としています。さらに、研究グループはこのネットワークポリマーの動的粘弾性測定*5を行い、特に、多環状高分子を添加した場合では幅広い変形速度に対して線状高分子添加時と同等以上の柔らかさを有することを確認しました。
「にじみ出さない性質」と「エネルギーを分散しやすい性質」を両立できるマクロロタキサンは、免振ゴムやタイヤ等の高分子添加剤を含んだ様々な素材の開発へ応用できることが期待されます。

今後への期待

 マクロロタキサンは従来から知られているロタキサンよりも構造や分子設計に非常に大きな自由度があるため、今回見出した「にじみ出さない性質をもった高分子添加剤」としての応用のみならず、幅広い応用が今後期待されます。また、確立したマクロロタキサンの合成法は環状高分子と線状高分子を混合した状態で線状高分子末端の架橋反応を行うという簡単なものであり、様々な種類の高分子に対して本合成法を拡張できると考えられます。そのため、ゴムやプラスチック等の身のまわりで広く利用されている多種多様な高分子材料へマクロロタキサンの機能展開が可能になると期待されます。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構「戦略的創造研究推進事業CREST「高分子弾性のホモロジー的トポロジー理論の構築と環状混合デバイス」(JPMJCR19T4)」、日本学術振興会科学研究費助成事業(19K22209、19H00905、22H00329)、北海道大学フォトエキサイトニクス研究拠点、創成特定研究事業、若手研究者育成事業、及び公益財団法人江野科学振興財団の支援のもとで行われました。

論文情報

“Rotaxane Formation of Multicyclic Polydimethylsiloxane in a Silicone Network: A Step toward Constructing “Macro-Rotaxanes” from High-Molecular-Weight Axle and Wheel Components”
(シリコーンネットワーク中における多環状ポリジメチルシロキサンのロタキサン形成:高分子線状/環状成分から「マクロロタキサン」を構築するための一歩)
江部 陽2、曽我明日香2、藤原魁佑2、Brian J. Ree1、丸林弘典3、萩田克美4、今崎 篤3、馬場未瑠1、山本拓矢1、田島健次1、出口哲生5、陣内浩司3、磯野拓也1*、佐藤敏文1*
(1北海道大学大学院工学研究院、2北海道大学大学院総合化学院、3東北大学多元物質科学研究所、4防衛大学校応用物理学科、5お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系)
Angewandte Chemie International Edition(ドイツ化学会の化学専門誌)
DOI:10.1002/anie.202304493
公表日:7月17日(月)(オンライン公開)

用語解説

*1 架橋反応 … 高分子鎖同士を連結し、三次元網目構造をもたらす化学反応のこと。
*2 ネットワークポリマー … ゴムや樹脂等のような三次元網目構造をもつ高分子のこと。
*3 超分子 … 分子同士にはたらく比較的弱い力によって形成される分子集合体のこと。
*4 分子マシン … 光や熱、力等の刺激を与えることでモーターやスイッチのように動く超分子のこと。
*5 動的粘弾性測定 … 振動を与えることで硬さや柔らかさが変化するような材料を調べる方法。

関連リンク:
北海道大学
お茶の水女子大学
科学技術振興機構(JST)
防衛大学校
東北大学
高分子物理化学研究分野(陣内浩司研究室)

問い合わせ先

【研究に関すること】
北海道大学大学院工学研究院 
教授 佐藤敏文(さとうとしふみ)
TEL:011-706-6602、FAX:011-706-6602
E-mail:satoh*eng.hokudai.ac.jp(*を@に置き換えてください)
URL:http://poly-ac.eng.hokudai.ac.jp/

北海道大学大学院工学研究院 
准教授 磯野拓也(いそのたくや)
TEL:011-706-2290、FAX:011-706-2290
E-mail:isono.t*eng.hokudai.ac.jp(*を@に置き換えてください)

お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系 
教授 出口哲生(でぐちてつお)
TEL:03-5978-5322、FAX:03-5978-5324
E-mail:deguchi*phys.ocha.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所 計測研究部門 高分子物理化学研究分野 
教授 陣内浩司(じんないひろし)
TEL:022-217-5329
E-mail:hiroshi.jinnai.d4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

防衛大学校応用物理学科 
講師 萩田克美(はぎたかつみ)
TEL:046-841-3810、FAX:046-844-5912
E-mail:hagita*nda.ac.jp(*を@に置き換えてください)

防衛大学校総務部総務課社会連携推進室
TEL:046-841-3810、FAX:046-843-6236
E-mail:ndainfo*nda.mod.go.jp(*を@に置き換えてください)

【JST事業に関すること】
科学技術振興機構戦略研究推進部グリーンイノベーショングループ 
安藤裕輔(あんどうゆうすけ)
TEL:03-3512-3531、FAX:03-3222-2066
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E-mail:jp-press*general.hokudai.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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東北大学多元物質科学研究所広報情報室(〒980-8577 仙台市青葉区片平2丁目1番1号)
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