"
プレスリリース
軟組織も撮影できるX線位相イメージング法の高感度化に成功 X線位相画像の感度増幅原理を考案・実証|量子ビーム計測研究分野

発表のポイント

・一般的なX線透視画像(レントゲン画像)は、X線の吸収に頼ってコントラストを得ているため、軟組織や高分子材料に対して十分な感度が得られません。
・X線の位相(注1)からコントラストを生成するX線位相イメージング法では、優れた感度で軟組織や高分子材料の撮影が可能であり、X線透過格子を用いる方式が開発されています。
・従来は、矩形のX線透過格子が用いられていますが、放物線形状のX線透過格子を用いることで、撮影の感度をさらに増強する仕組みを考案・実証しました。
・本成果は、非破壊検査や医用画像診断において、X線位相イメージング法の可能性をさらに押し広げる道を拓きました。

概要

 X線位相イメージング法は、一般的なX線透視画像(レントゲン画像)に比べて、軟組織における病変(癌など)や高分子材料に対する検査感度が優れることで注目されています。これは、X線の吸収に依存する従来の撮影原理とは異なり、X線の位相に基づいてコントラストを生成する原理に則しているためです。
 東北大学多元物質科学研究所の百生敦(ももせあつし)教授、カールスルーエ工科大学微細構造技術研究所(ドイツ)のポーリア ザンギ(Pouria Zangi)博士課程大学院生、および、パスカル メイヤー(Pascal Meyer)博士らの研究チームは今回、X線位相イメージング法に使われるX線透過格子(注2)の構造と配置方法を工夫し、撮影感度を増幅する仕組みを考案・実証しました。考案した技術は、微細加工技術で製作した放物線形状のX線透過格子を配置することで、被写体からのX線の屈折や散乱の信号を光学的に増幅する仕組みに基づきます。X線位相イメージング法に関する世界屈指の経験と技術を有する東北大学と、X線透過格子製作における世界的研究拠点であるカールスルーエ工科大学との国際共同研究によってはじめて実現しました。将来、医用画像診断や非破壊検査への適用が期待されます。
 本成果は2023年6月27日(英国現地時間)に科学誌 Scientific Reports に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
 1895年にレントゲン博士がX線を発見して以降、レントゲン撮影(X線透視撮影)は、非破壊検査、医用画像診断、保安検査などの目的で広く行われています。レントゲン撮影のコントラスト(濃淡)は、X線が物質を透過する度合い(言い換えれば、X線が物質で吸収される度合い)を表し、X線を強く吸収する物体はX線の影として描出されます。一方、X線の多くが透過してしまう軽元素からなる物質(高分子材料や生体軟組織)には十分な陰影が得られないという欠点があります。
 これを克服する技術として、X線位相イメージング法が研究されています。X線位相イメージング法では、X線の吸収ではなく屈折や散乱に基づくコントラストで画像を生成します。原理的には、従来の吸収コントラストより約1000倍の感度が見込まれます。X線位相イメージング法の中でもX線透過格子を用いる方式は、病院や実験室で広く使われているX線管と組み合わせることができるため、その実用性に注目が集まっています。百生教授は医用機器メーカーやX線機器メーカーと共同で、X線位相イメージング法に基づく医用画像診断装置や非破壊検査装置のプロトタイプ開発を行ってきました。一部の用途で製品化に至っていますが、より広い実用展開のためには更なる高感度化が望まれていました。

今回の取り組み
 一般的なX線透過格子を用いたX線位相イメージング法の基本的構成を図1に示します。X線が被写体と格子(G1およびG2)を透過すると、X線カメラではX線のモアレ(注3)が記録されます。この構成はタルボ干渉計と呼ばれています。タルボ干渉計では、被写体による僅かなX線の屈折や散乱でモアレ画像が変化する現象をもとに被写体の画像を生成します。

20230628_press-release_momose-1
図1. これまでのX線位相イメージング法の構成とコントラスト生成の仕組み
2枚の透過格子(G1およびG2)を被写体とX線カメラ(スクリーン)の間に配置し、記録されるX線のモアレ模様を解析します。これにより、影絵方式に基づく従来の撮影方式で得られる吸収像に加え、被写体による屈折と散乱に基づく画像(屈折像および散乱像)が得られます。このような撮影は、これまで矩形の透過格子を使って行われていました。

 撮影の感度は格子間の距離に比例し、また、格子の周期に反比例します。したがって、撮影の感度をさらに上げたい場合は、格子間隔を広げるか、周期の小さい格子を準備する必要があります。格子間隔を大きくすることは装置の大型化を意味し、実用性の観点からは望ましくありません。格子の周期(通常は数ミクロン)を小さくすることは、現在の格子製作技術では容易ではありません。百生教授は、これまで矩形構造であったG1格子を、X線集光効果のある凹型放物線形状の格子と反対形状の凸型放物線格子を組み合わせたものに入れ替えると、X線の屈折が増幅され、モアレ画像がより大きく変化することを見出しました。これにより、コンパクトな装置構成で、且つ、従来の格子周期を維持したまま、感度だけが増幅されたX線位相イメージングが実現します。
 放物線格子は国際共同研究先のカールスルーエ工科大学において、X線リソグラフィ(注4)とニッケルメッキによって製作しました(図2)。その形状は、約2倍の感度増幅を見込んで設計したものです。これらを図2下段に示す配置で実験することで、感度増幅効果の実証を行いました。図3は、テスト試料としてナイロンファイバを撮影し、従来のタルボ干渉計による結果と並べて示したものです。比較の結果、理論通り約2倍の感度増幅効果を確認できました。
20230628_press-release_momose-2
図2. X線位相イメージング法の感度をさらに増幅するために考案した光学構成とそれに用いるために開発した凹凸の各放物線格子(SEM写真)
図1の矩形のG1格子の代わりに、それぞれ凹凸の放物線形状を持つ2枚の格子を適度な間隔で組み合わせて配置します。X線位相イメージングは図1の場合と同様に行いますが、これらの凹凸放物線格子を使うと、2倍程度の感度増幅が期待されます。

20230628_press-release_momose-3
図3. 感度増幅の実証実験結果
本提案、タルボ干渉計(従来)、および、タルボ干渉計(2倍長)で計測したテスト試料(ナイロンファイバ)の屈折像。約2倍のコントラストで試料が描出されたこと、あるいは、約2倍の長さのタルボ干渉計とほぼ同じコントラストとなることが示されました。

今後の展望
 本研究は原理実証の段階にありますが、今後放物線格子が大型化されれば、国内外で進められているX線位相イメージング法の実用化開発(医用画像診断機器、非破壊検査機器、あるいはX線CT装置など)に適用できます。X線位相イメージング技術の展開範囲が広がり、社会普及を加速することが期待されます。

謝辞

 本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(略称JST)のERATO 「百生量子ビーム位相イメージング」および戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)日本-ドイツ(オプティクス・フォトニクス)の支援を受けて行われました。また、原理実証実験は、SPring-8の共同利用(課題番号2019B1321)において行いました。

特許情報

■ 日本国特許:第7281829号、「放射線画像生成装置」
 発明者:百生敦、出願人:東北大学
■ 米国特許:US11,644,430, “RADIOGRAPHIC IMAGING DEVICE”,
 発明者:百生敦、出願人:東北大学

用語説明

注1.X線の位相
X線は極めて波長の短い光ですので、波の性質を持ちます。一般的に、波はその振幅と位相によって表現され、前者は波の高さ、後者は波の振動のタイミングを指します。X線の波が物体を透過することにより、このタイミング(位相)がずれますが、これに基づいてコントラストを生成する手法がX線位相イメージング法と呼ばれます。
注2.X線透過格子
X線透過格子は、シリコンなどの基板上に隙間を作りながら細い部材を数ミクロンから10ミクロン程度の周期的に並べたものです。微細加工技術を駆使して、X線をそのまま通過させる部分とX線の強度、あるいは、位相を変化させる部分が、交互に細かく形成されています。
注3.モアレ
二つの規則正しい縞模様が重なり合う時、各々の縞の周期より格段に大きい模様が視覚的に現れることがあり、これをモアレと呼びます。例えば、レースのカーテンが重なっているとき、日常でもモアレを見ることができます。
注4.X線リソグラフィ
半導体加工など、光による露光によって微細構造を形成する技術のひとつです。X線リソグラフィは、直進性の高いX線を使うため、深く垂直に切り込んだ微細構造の形成が可能であるという特徴を持っています。

論文情報

“Parabolic gratings enhance the X-ray sensitivity of Talbot interferograms”
Pouria Zangi, Katsumasa Ikematsu, Pascal Meyer, Hidekazu Takano, Yanlin Wu, Josephine Gutekunst, Martin Börner, Arndt Last, Jan G. Korvink, and Atsushi Momose*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 百生敦
Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-023-36414-8

関連リンク

東北大学
量子ビーム計測研究分野(百生研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
担当:百生 敦(ももせ あつし)
電話:022-217-5388
E-mail:atsushi.momose.c2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)