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プレスリリース
DNA結合タンパク質が標的を探す仕組みを解明 液―液相分離したDNA液滴中での追跡に成功|生命分子ダイナミクス研究分野

発表のポイント

・液-液相分離して形成したDNA液滴中で、DNA結合タンパク質が長いDNAの中から標的を見つけ出す過程を単分子追跡しました。
・DNA液滴内でタンパク質が標的を探索するときにDNAの複数個所と同時に結合することを発見しました。
・本成果は液―液相分離とDNAタンパク質の機能解析ツールとして貢献すると期待されます。

概要

 DNA結合タンパク質は長いゲノムDNAの中から標的配列を驚くほど素早く探し出し、特異的に結合して機能を発揮します。ではDNA結合タンパク質はどのようにこの探索問題を解いているのでしょうか?
これまでの研究では、希薄なDNA 上でタンパク質の動きを単分子レベルで追跡し、DNA上を滑るように探索するスライディング運動などが提案されてきました。しかし最近、細胞内で液-液相分離して形成したDNA液滴(DNAが密集し込み合った状態)の存在が見つかり、実験条件として理想的な希薄条件下で細胞での標的探索の仕方を推測する方法に疑問が投げかけられました。
 東北大学多元物質科学研究所の鎌形清人准教授らの研究グループは、液-液相分離して形成したDNA液滴を試験管内に再現し、4種類のDNA結合タンパク質が長いDNAの中から標的を見つけ出す過程を調べました。その結果、DNA 結合タンパク質は4種類ともDNA液滴内で速く動くときと遅く動くときがあること、そしてタンパク質のDNA結合部位の数が増えると遅い動きの割合が増えることが分かりました。これは、DNA液滴内でDNA結合タンパク質が標的を探索するときにDNAの複数個所と同時に結合することを表しています。DNA結合タンパク質は複数のDNA配列を同時に読み、効率的な標的探索を実現していると考えられます。
 本研究成果は、2023年6月7日(英国時間)付けで、英国科学誌Nucleic Acids Research(オンライン版)に掲載されました。

研究の背景
 DNA結合タンパク質は、細胞内にあるDNAの中から結合すべき標的部位を探索し、そこに結合して機能を発揮します。これらのタンパク質は、長いゲノムDNAの中から標的配列を驚くほど素早く探し出すことができます。では、DNA結合タンパク質はどのようにこの探索問題を解いているのでしょうか?これまで、希薄なDNA 上でタンパク質の動きを単分子レベルで追跡し、DNA上を滑るように探索するスライディング運動やDNA上でぴょんぴょんとジャンプし探索する運動などが提案されていました。最近、細胞内で液-液相分離して形成したDNA液滴(DNAが密集し込み合った状態)の存在が見つかり、理想的な希薄条件から細胞内の標的探索の仕方を推測することに疑問が投げかけられました。

今回の取り組み
 研究グループは、液-液相分離して形成したDNA液滴を試験管内に再現し、4 種類のDNA結合タンパク質(p53(注1), Nhp6A(注2), Fis(注3), Cas9(注4))が長いDNAの中から標的を見つけ出す過程を調べました。
 まず高分子ポリマーであるデキストランとPEGを混ぜると相分離すること、そして、この相分離状態にDNAを入れるとDNAも相分離することを利用し、試験管内に液-液相分離して形成したDNA液滴を再現しました(図1A)。このDNA液滴にDNA 結合タンパク質がよく取り込まれることが分かりました。これはDNA液滴内にDNA 結合タンパク質が閉じ込められ、液滴内を優先的に標的探索でき、探索の効率を上げていると考えられます。
 続いて斜光照明蛍光顕微鏡(注5)を用いて、蛍光修飾したDNA 結合タンパク質がDNA液滴内を動く様子を単分子レベルで観察しました(図1B)。観察したいDNA結合タンパク質のみを蛍光修飾することで、単分子レベルでの観察が可能になります。測定の結果、DNA 結合タンパク質は4種類ともDNA液滴内で速い移動モードと遅い移動モードを持つことが分かりました。また液滴内のDNA濃度が高くなると、または、タンパク質のDNA 結合部位の数が増えると、遅い移動モードの割合が増えることも分かりました。遅い移動モードでは、タンパク質が複数のDNA結合部位を使ってDNAの複数個所と結合し、複数のDNA配列を同時に読み、標的を探索していると考えられます(図1C)。また、速い移動モードでは、タンパク質がDNAと過渡的に結合したり解離したりしながら、液滴内を素早く移動することで、遠くの標的配列の探索を可能にします。以上より、液-液相分離して形成したDNA液滴内で、DNA結合タンパク質はこの2つの移動モードを使って効率的な標的探索を実現していることが明らかにしました。
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図1.
A)液-液相分離して形成したDNA液滴の模式図。デキストラン(灰)とPEGを混ぜると、デキストラン液滴(灰色の点線)が形成し、この液滴にDNA(青)が取り込まれ、DNA液滴を形成します。DNA液滴内でDNA結合タンパク質(ピンク)が標的DNAを探索しています(黒色の矢印)。
B)斜光照明蛍光顕微鏡によるDNA液滴内でのDNA結合タンパク質の単分子追跡。薄いシート層状の光(薄紫)をサンプルに照明することで、薄いシート状の中にいる分子(濃いピンク)を選択的に照明し、それらの分子からの放出される蛍光を検出します。
C)DNA液滴内でのDNA結合タンパク質p53とDNAとの結合モデル。p53のDNA結合部位(ピンク)が複数のDNA(青)と同時に結合し、DNA配列を読み、標的を探索しています。原著論文の図より転載しました。

今後の展開
 本研究の成果の1つは、実際に細胞内で形成されるDNA液滴を模倣し試験管内に再構築し、単分子蛍光顕微鏡を用いてDNA結合タンパク質の標的探索運動を調べる実験系を構築した点です。今後この実験系を用いて、様々なゲノムDNAや他のDNA結合タンパク質を解析することで、DNA結合タンパク質の機能が解き明かされることを期待しています。

謝辞

 本研究は科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI JP20K06571, JP21H00379, JP22H05582)の支援を受けて実施されました。

用語解説

注1.DNA結合タンパク質p53
p53は、ヒト由来のタンパク質で、ゲノムの守護神と呼ばれ、ゲノムDNA上の特定の部位に結合し、下流の遺伝子の発現を制御します。細胞周期の停止、損傷したDNAの修復、およびアポトーシスなどを引き起こし、細胞のがん化を抑制しています。
注2.DNA結合タンパク質Nhp6A
Nhp6Aは、酵母のタンパク質で、DNAへの結合に伴いDNAを曲げ、DNAループ構造をつくり、他のDNA結合タンパク質の機能を補助します。
注3.DNA結合タンパク質Fis
Fisは、大腸菌のタンパク質で、DNAへの結合に伴いDNAを曲げ、他のDNA結合タンパク質の機能を補助します。
注4.DNA結合タンパク質Cas9
Cas9は、細菌由来のタンパク質で、外来の生物由来のDNAに特異的に結合し、DNAの2本鎖を切断し、適応免疫システムとして働きます。ゲノム編集のツールとしても広く使用されています。
注5.斜光照明蛍光顕微鏡
薄いシート層状の光をサンプルに照明することで、薄いシート状の中にいる分子を選択的に照明し、それらの分子からの放出される蛍光を検出する顕微鏡。

論文情報

“Single-molecule characterization of target search dynamics of DNA-binding proteins in DNA-condensed droplets”
Kiyoto Kamagata1,2,*, Ryo Kusano1,2, Saori Kanbayashi1, Trishit Banerjee1,2 and Hiroto Takahashi1
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 准教授 鎌形清人
所属:1東北大学多元物質科学研究所, 2東北大学大学院理学研究科化学専攻
Nucleic Acids Research
DOI:10.1093/nar/gkad471

関連リンク

東北大学
生命分子ダイナミクス研究分野

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 
准教授 鎌形 清人(かまがた きよと)
電話: 022-217-5843
E-mail:kiyoto.kamagata.e8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話: 022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)