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プレスリリース
安価な鉄系正極材料の容量を2倍に リチウムイオン電池の低コスト化と高エネルギー密度化に期待|エネルギーデバイス化学研究分野

発表のポイント

・レアメタルフリーかつ高容量なリチウムイオン電池正極材料を開発
・鉄元素の使用によりサプライチェーンリスクを回避し低コスト化
・鉄と酸素両方のレドックス反応注1を活用
・準安定相注2を利用することで高容量が実現

概要

 電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)に搭載されるリチウムイオン電池等の正極には、コバルトやニッケルなどのレアメタルが使用されています。蓄電池の世界市場が急拡大している中、レアメタルの産出国や精錬所は少数の国に偏在しているため、サプライチェーンリスクへの不安が増しています。資源リスク回避可能な正極材料として、安価な鉄を用いたリン酸鉄リチウム(LiFePO4)が実用化されていますが、エネルギー密度注3が低い問題があります。更なる高エネルギー需要の高まりにより、レアメタルフリーかつ高エネルギー密度の新しい正極材料開発が求められています。
 逆蛍石型リチウム鉄酸化物(Li5FeO4)は、実用化しているLiFePO4正極で利用されている鉄のレドックス反応に加えて酸素のレドックス反応も利用することができます。理論上はLiFePO4正極の2倍以上の容量を示すことが予測され、近年世界的に再注目されています。しかしこれまで酸素のレドックス反応を十分に活用できず、LiFePO4正極とほぼ同じ容量しか利用することができませんでした。
 東北大学多元物質科学研究所小林弘明講師、本間格教授、名古屋工業大学大学院工学研究科中山将伸教授らの研究グループは、安価な鉄と酸素を用いた、レアメタルフリーかつ高エネルギーな新しいリチウムイオン電池正極材料の開発に成功しました。本研究では、メカニカルアロイング注4を用いLi5FeO4を準安定化させることで、これまで十分に利用できなかった鉄と酸素のレドックス反応の両方の利用が可能となり、LiFePO4正極に比べ約2倍の300 mAh/gを超える可逆容量を達成しました。サプライチェーンリスクを回避できる元素資源を用いてリチウムイオン電池の低コスト化と高エネルギー密度化が期待されます。
 本成果は、2023年1月15日に米学術出版大手ワイリーの専門誌Advanced Energy Materials 誌にオンライン掲載されました。
プレスリリース本文(PDF)

研究の背景と経緯

 スマートフォンやノートパソコンなどに用いられるリチウムイオン電池は今や生活に欠かせないものとなっていますが、高エネルギー密度のリチウムイオン電池は電気自動車用の車載電池として利用され始め、大型蓄電池の世界市場が急拡大しています。その正極にはコバルトやニッケルなどのレアメタルが使用されていますが、レアメタルの産出国や精錬所は少数の国に偏在しているため、資源枯渇や世界情勢の変動により価格が高騰するなど、サプライチェーンリスクへの不安が増しています。例えばコバルトは2030年までに資源供給が逼迫することが確実視されています。レアメタルの資源的制約とサプライチェーンリスクを回避し、さらに産業競争力向上も目指すためにはレアメタルフリーな金属資源を用いた正極材料の開発が重要です。資源リスク回避可能な正極材料として、安価な鉄を用いたリン酸鉄リチウムLiFePO4が実用化されていますが、大型蓄電デバイスなどの更なる高エネルギー需要の高まりにより、レアメタルフリーかつ高エネルギーな新しい正極材料開発が求められています。
 今回の研究では、レアメタルフリー正極材料である逆蛍石型リチウム鉄酸化物Li5FeO4に着目しました。この材料は1999年に日本のグループから初めて報告されましたが、当時はLiFePO4正極より低いエネルギー密度しか得られず、ほとんど着目されませんでした。しかし近年、米国ノースウェスタン大学のグループなどによって、鉄のレドックス反応に加えて酸素のレドックス反応も利用できることが報告されました(注5)。LiFePO4正極は鉄のレドックス反応しか利用できないため、Li5FeO4で鉄と酸素のレドックス反応を両方活用できれば、理論的には2倍以上の容量を示すため、世界的に再注目されています。しかし、材料の発見から20年以上が経った現在においても容量向上の具体的な指針は得られていない状況でした。

研究の内容

 今回、Li5FeO4の低い容量は結晶構造の歪みによって引き起こされる酸素脱離(分解反応)が原因であることを見出し、メカニカルアロイングを用い構造歪みを抑制した準安定相を合成しました(図1)。得られた準安定相の正極特性を評価したところ、充放電時の負荷が大きく低減し、LiFePO4正極の約2倍となる、300 mAh/gを超える可逆容量を示し、酸素脱離が進行していないことを見出しました。この正極材料のレドックス反応を、放射光を用いた分光分析によって調べた結果、鉄のレドックス反応に加えて酸素のレドックス反応が可逆に進行することを明らかにしました。また計算科学によりレドックス反応を考察した結果、メカニカルアロイングによって構造歪みを抑制したことにより、鉄のレドックス反応時に起こる構造変化が容易に進行し、その結果続く酸素のレドックス反応が分解反応を伴わずに進行することがわかりました。これまで十分に利用できなかった酸素のレドックス反応を十分に活用できるようになり、レアメタルフリー正極材料の高容量化に結びつけることに成功しました。

今後の展望

 豊富な資源であり洗練された精錬技術を有する鉄を利用し、また酸素のレドックス反応を有効利用することで、サプライチェーンリスクを回避したリチウムイオン電池の低コスト化かつ高エネルギー密度化が期待できます。また、本材料設計指針はリチウムイオン電池正極だけでなく、ナトリウムイオン電池などの次世代蓄電池や、高機能触媒材料開発にも応用可能であり、研究進展による低炭素化社会・地球温暖化対策への貢献が期待されます。

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図1. 逆蛍石型リチウム鉄酸化物Li5FeO4(左)と今回開発した準安定相(右)の結晶構造。赤、黄緑、茶色の球はそれぞれ酸素、リチウム、鉄原子を表す。準安定相では各原子の位置が等価に配列した逆蛍石構造を形成している。

研究について

 本研究は東北大学多元物質科学研究所と名古屋工業大学との共同研究によって実施され、JSPS科研費 若手研究 (JP19K15668)、JST ALCA-SPRING (JPMJAL1301)の支援を受けて行われました。
 

論文情報

”Metastable Cubic Structure Exceeds Capacity Limit of Antifluorite Li5FeO4 Cathode Using Small Polarized Oxygen Redox ”
Hiroaki Kobayashi, Yuki Nakamura, Masanobu Nakayama, Sota Kodaki, Rantaro Matsuo, Itaru Honma
Advanced Energy Materials
DOI:10.1002/aenm.202203441
※東北大学の支援制度を利用したオープンアクセス論文です。
*責任著者

用語解説

注1.レドックス反応:酸化還元反応のこと。還元(Reduction)反応と酸化(Oxidation)反応を略してレドックス (Redox)反応と呼ぶ。

注2.準安定相:ある環境(例えば室温、大気中)において、不安定な状態でありながらも、その状態を長時間維持することができる相のこと。今回開発した準安定相は、数百度まで加熱されなければ年単位でその相が維持される。

注3.エネルギー密度:電池から取り出せるエネルギー量の単位体積または単位質量当りの値。前者は(Wh/ℓ)、後者は(Wh/kg)で表す。

注4.メカニカルアロイング:複数の粉末や硬質ボールなどを機械的に衝突・混合させ、その衝突エネルギーを利用して合金や新材料を合成するプロセス。低温で処理することが可能であり、低温条件でしか得られない相を合成するプロセスとしても活用されている。

注5.ノースウェスタン大学プレスリリースのリンク(英文)

関連リンク:
東北大学
名古屋工業大学
エネルギーデバイス化学研究分野(本間格研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
講師 小林 弘明(こばやし ひろあき)
電話:022-217-5816
E-mail:h.kobayashi*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

名古屋大学大学院工学研究科
教授 中山 将伸(なかやま まさのぶ)
電話:052-735-5189
E-mail:nakayama.masanobu*nitech.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

名古屋大学 企画広報課
電話:052-735-5647
E-mail:pr*adm.nitech.ac.jp(*を@に置き換えてください)