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プレスリリース
複雑な表面構造を詳細に決定することに成功 厚さ1ナノメートルの全表面構造を大量の電子回折パターンで決定

発表のポイント

・ナノテクノロジーにおける微細化に伴い重要になっている結晶の表面構造を精密かつ迅速に決定することに成功。
・多数の方向から数千枚の電子回折注1パターンを計測する独自の手法で、これまで誰も決定できなかった表面構造を十分な深さまで完全に解明した。
・本手法により迅速な表面構造解析が現実的な時間で可能になり、表面構造を含めたナノテクノロジーの発展が期待される。

概要

 半導体ナノテクノロジーにおいて重要なシリコン結晶注2は、複雑な表面構造を示すことが知られており、これまでは、複雑な表面構造を決定するために、様々な手法により長い年月をかけた研究・解析が必要でした。東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの虻川匡司教授(多元物質科学研究所兼務)らの研究グループ、その複雑な表面構造を詳細に迅速に決定することに成功しました。本研究では、独自に開発した数千枚の電子回折パターンを短時間で測定する方法で、表面から5原子層程度の厚さ1ナノメートル注3の領域の原子配列を三次元的に精密に決定することに世界で初めて成功しました。
本研究成果は、12月8日にPhysical Review Research誌に掲載されました。
プレスリリース本文(PDF)

研究の背景

 市場に出回っている携帯電話やコンピューターの頭脳である大規模集積回路は、既に5ナノメートルプロセスで作成されており、さらに小さなスケールの実現を目指して開発が進められています。このように物質の微細化を進めていくと、材料に対する表面の割合がサイズに反比例して増えていきます。表面の厚さを1ナノメートルと考えると、5ナノメートルでは既に20%が表面と考えることも可能であり、今後ナノ材料の機能に対する表面の影響は無視できなくなることが予想できます。結晶は原子が規則的に配列したものですが、表面では原子列が突然途切れるために、原子配列に乱れが生じます。特に現在の半導体テクノロジーに欠かせないシリコン結晶は、その表面に複雑な乱れや結合の組み替えが起こることが知られており、表面構造の理解を進めることがさらなる縮小化の鍵となると考えられます。
 

研究の内容

 結晶の表面は、切断する向きによって異なった表面が現れますが、本研究では構造がほとんど知られていないシリコン(Si)の(110)表面を研究対象としました。超高真空に排気した電子回折実験装置内で清浄なSi(110)表面を用意し、ビスマス(Bi)注4を1原子層程度蒸着することで表面構造を整えてSi(110)3×2-Bi試料表面を準備しました。図1の上に示したように試料表面に1万電子ボルト注5の電子線を入射し、試料を回転しながら3千枚以上の回折パターンを測定し、大量のデータを基に構造解析を行いました。その結果、図(下)に示すように表面から5原子層を含む、厚さ1ナノメートルの領域のBiとSiの原子配列を三次元的に決定することに世界で初めて成功しました。

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図 (上左)実験模式図、(上右)多数の回折パターンから構築したデータ、(下)決定された表面構造
 
本手法では原子の座標を、5ピコメートル注6という十分に高い精度で決定することができました。本手法の特徴は、わずか6時間で数千枚の回折パターンが測定できることと、高い精度を持った構造解析を数日で行えることであります。

今後の展望

 本研究で使用した迅速に複雑な表面構造を精密に決定できる独自の電子回折法を利用して、シリコン結晶の未知の表面構造や、他にも触媒や重要な機能材料表面の構造を決定し、機能の向上や新たな表面機能の創成に繋げていきたいと考えています。

研究支援

 本研究はJSPS科研費(26105008)、および「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の共同研究プログラムの助成を受けたものです。
 
論文情報:
“Complete three-dimensional structure of Bi-adsorbed Si(110) surface: Discovery of heavily reconstructed Si(110) substrate”
Hiroaki Aoyama, Tadashi Abukawa
Phys. Rev. Res. 3, 043164 (2021).
DOI:10.1103/PhysRevResearch.3.043164

発表者

青山大晃 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 博士前期課程1年
虻川匡司 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター教授、
    (兼)東北大学多元物質科学研究所教授

用語説明:
注1.電子回折
エネルギーのそろった電子を結晶に入射したときに、周期的に配列した原子に散乱されて生じる回折現象を使って原子の配列を解析する手法。

注2.シリコン結晶
原子番号14のケイ素の結晶。ほとんどの大規模集積回路の基板として使用されている。

注3. ナノメートル
長さの単位。1ナノメートルは、1メートルの10億分の1。

注4.ビスマス(Bi)
原子番号83の元素。重い原子であるため面白い物性を示す。

注5. 電子ボルト
エネルギーの単位。素電荷を持つ電子を電圧1ボルトで加速すると電子は1電子ボルトのエネルギーを得る。ブラウン管の電子のエネルギーは1万から数万電子ボルト。

注6. ピコメートル
1ピコメートルは1ナノメートルのさらに1000分の1。

関連リンク:
東北大学ウェブサイト
国際放射光イノベーション・スマート研究センター
個体表面物性研究分野

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(兼) 多元物質科学研究所 
教授 虻川 匡司(あぶかわ ただし)
電話:022-217-5364
E-mail:abukawa*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)