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プレスリリース
蜂の巣格子に形成される多様な化学結合 バナジン酸マグネシウム:約半世紀来の謎を解明

発表のポイント

・イルメナイト型構造(注1)をもつバナジン酸マグネシウムにおいて、隣接するバナジウムイオン間に新たな化学結合が形成される二量体化(注2)を発見しました。
・放射光X線回折実験(注3)により、加熱・冷却で二量体が形成・消失する様子を観測しました。
・加熱に伴って 二量体状態(固体) ⇒ バレンスボンドリキッド(注4)(液体) ⇒ 金属(気体)と、物質の三態に相当する電子状態が存在することを見出しました。

概要

金属酸化物などの化合物における磁性は、多くの場合、それぞれ孤立した金属イオンや陰イオン間の相互作用で説明できます。しかし一部の物質では、金属イオン間で形成される化学結合によって、この描像が成り立たなくなります。近年、金属イオン間の化学結合には二量体のほか、三量体や四量体などの多量体といったさまざまな状態があることが分かり、広く研究が進められています。
バナジン酸マグネシウムは約半世紀前に発見された物質ですが、その化学結合状態はこれまで不明でした。東北大学多元物質科学研究所 山本孟助教、上山幸子大学院生(大学院理学研究科物理学専攻)、木村宏之教授らの研究グループは、イルメナイト型酸化物バナジン酸マグネシウム(MgVO3)において、蜂の巣(ハニカム)格子上で特徴的な幾何学的配置を持って、隣接するバナジウムイオンが二量体化(化学結合の形成)することを発見しました。さらに放射光X線回折測定と物性測定を行ったところ、加熱に伴い 二量体状態(固体) ⇒ バレンスボンドリキッド(液体) ⇒ 金属(気体)と、物質の三態に相当する電子状態が存在することを見出しました。
同研究グループには他に、大阪府立大学 山田幾也教授が参加しました。本成果は2021年12月17日(米国時間)に、化学分野で最も権威のある論文誌の1つ、米国化学会誌でオンライン公開されました。本論文はFront Cover Artにも選ばれました。
プレスリリース本文(PDF)

詳細な説明

1. 背景
遷移金属酸化物における磁性は、多くの場合、それぞれ孤立した金属イオンや陰イオンの間の相互作用で説明できます。しかし一部の物質では、金属イオン間で形成される化学結合によって、この描像が成り立たなくなります。近年、金属イオン間の化学結合には、二つの金属イオンが対を作る二量体のほか、三量体や四量体などの多様な状態があることが分かり、広く研究が進められています。
イルメナイト型酸化物バナジン酸マグネシウム(MgVO3)は高圧高温条件でのみ合成できる物質であり、1978年に米国のB. L. Chamberlandらによって初めて報告がなされました。バナジン酸マグネシウムは4価のバナジウムイオンがハニカム状に並んだ結晶構造を持ちます。磁気特性評価からバナジウムイオン間に何らかの結合が形成されることが予想されていましたが、当時の実験技術ではこの物質の詳細な結晶構造を明らかにすることは困難であり、バナジウムイオン間に生じる結合の詳細は不明のままでした。

2. 研究手法と成果
地球科学分野で開発が進められてきた超高圧合成法(注5)を用いて、純良なMgVO3サンプルを合成しました。このサンプルを用いて、兵庫県にある放射光実験施設スプリングエイト(SPring-8)のBL02B2ビームライン(注6)において、高精度の粉末X線回折測定を絶対温度100ケルビンから650ケルビンまで行いました。このデータを用いた精密な結晶構造解析により、およそ500 ケルビンで結晶の対称性が変化する結晶構造相転移と、それに伴うバナジウムイオンの二量体化が起こることを明らかにしました(図1)。バナジウム二量体はハニカム格子上で平行な二辺で形成され、はしご状のパターンを持つことが分かりました(図2)。X線回折では約500 ケルビンで二量体の形成/消失が起こる一方で、磁化率測定ではこの転移が約600 ケルビンで見られました。この差は測定誤差よりも十分に大きいことから、500-600 ケルビンの間では二量体が液体のようにゆらぐ「バレンスボンドリキッド」が実現している可能性があります。それ以上の温度ではMgVO3は金属状態となることから、加熱に伴って 二量体状態(固体) ⇒ バレンスボンドリキッド(液体) ⇒ 金属(気体)と、物質の三態に相当する電子状態が存在すると考えることができます。

図1:本研究で決定したバナジン酸マグネシウムの結晶構造(室温)の模式図。黄色い線はバナジウムイオンの作るハニカムを、実線はバナジウム二量体を示す。(結晶描画ソフトVESTA-3で作成。)

 

図2:はしご状に並んだバナジウム二量体状態の模式図。緑はバナジウムイオンの3d電子軌道、赤い矢印は電子スピンを示す。

3. 研究の意義と今後の展開
本研究は、ハニカム格子と3d1電子配置を持つ金属酸化物における二量体化を発見した最初の例です。バナジン酸マグネシウムは約半世紀前に発見された物質ですが、科学計測技術や解析技術の向上によって、これまでずっと謎であった化学結合状態を明らかにすることができました。今回の研究でバレンスボンドリキッドなど新たな状態の出現が示唆される結果が得られたことから、今後、放射光X線を用いて更なる詳細を調べることが重要です。

4. 付記
本研究の一部は、科学研究費補助金「若手研究 19K15280」、旭硝子財団研究助成、徳山科学技術振興財団研究助成、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所共同利用研究、高輝度光科学研究センター(課題番号:2021A1342、2021B1327)の支援を受けて行われました。

論文情報

“Cation Dimerization in 3d1 Honeycomb Lattice System
Hajime Yamamoto, Sachiko Kamiyama, Ikuya Yamada and Hiroyuki Kimura
Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.1c10977

【用語説明】
注1.イルメナイト型構造: 化学式ABO3で示される化合物において見られる結晶構造の一種。鉱物であるイルメナイトFeTiO3に由来する。
注2.二量体化: ここでは、二つの原子が化学結合(共有結合)により一つにまとまる現象を指す。
注3.放射光X線回折実験: 結晶構造を調べる手法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を測ることで原子の並び方や原子間の距離を決定する。この実験を行ったSPring-8は、理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設であり、利用者支援などはJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。
注4.バレンスボンドリキッド: 二量体(電子軌道)が液体のようにゆらいでいる状態。
注5.超高圧合成法: 地球内部で鉱物ができるような、数~数十万気圧、1000℃以上の超高圧・高温条件で物質を合成する手法。
注6.BL02B2ビームライン: 高エネルギー放射光を利用した粉末回折用ビームライン。大型デバイシェラーカメラを用いることで、精密構造解析に必要な統計精度の高い粉末回折データを測定することができる。

関連リンク:
東北大学
東北大学大学院理学研究科・理学部
SPring-8
構造材料物性研究分野(木村研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
助教 山本 孟(やまもと はじめ)
電話:022-217-5355
E-mail:hajime.yamamoto.a2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)