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プレスリリース
共鳴トンネル効果を用いたモットトランジスタの原理検証に成功 ~次世代デバイスの実現に向けて~

発表のポイント

・量子井戸(注1)間の共鳴トンネル効果(注2)を用いて、金属・絶縁体転移を制御することに成功しました。
・その様子を高輝度放射光(注3)を用いた角度分解光電子分光(注4)により可視化することで、その原理を検証しました。
・この成果は、新しい原理で動作するモットトランジスタ(注5)の開発につながると期待されます。

概要

 モットトランジスタは、高性能で消費電力の低いトランジスタが実現できることから、次世代デバイスの有力候補として盛んに研究されています。モットトランジスタでは、モット絶縁体(注6)における電気を流さない「電子固体」と電気を流す「電子液体」間の電子相転移(モット転移)を利用してOn/Offを切り替えます。しかし、モットトランジスタにおいては、従来広く用いられてきた電界効果型トランジスタ構造ではさまざまな原理的な問題がありました。東北大学多元物質科学研究所の組頭広志教授らの研究グループは、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の湯川龍特任助教(現:大阪大学大学院工学研究科 助教)らと共同で、量子井戸間の共鳴トンネル効果を利用した新しい原理で動作するモットトランジスタを開発しました。
 今後、この知見に基づいて最適なデバイス構造を設計することで、Beyond CMOS(注7)の有力候補であるモットトランジスタの実現が期待されます。
 本研究成果は、英国科学雑誌 Nature Communications のオンライン版に2021年12月3日付けで公開されました。
プレスリリース本文(PDF)

研究の背景

 モット絶縁体における電気を流さない「電子固体」と電気を流す「電子液体」間の電子相転移(モット転移)を利用してOn/Offを切り替えるモットトランジスタは、BeyondCMOSの有力候補の一つとして盛んに研究されています。このトランジスタでは、絶縁体と金属の相転移を用いるために、転移前後で電流を極めて大きく変化させることができ、消費電力の低いトランジスタが実現できると考えられています。加えて、従来の半導体を用いたトランジスタに比べてとても高い性能を持つことが期待されています。
 このモットトランジスタにおいては、これまで電界効果型トランジスタ(FET)構造を用いた開発が行われてきました。しかし、モット転移を引き起こすために必要な静電キャリア数が通常の半導体FETに比べ1桁以上大きいため、モットFETでは動作に非常に大きな電圧が必要となり、その実現は困難を極めています。そのため、新たな動作原理が必要と考えられてきました。
 そこで、研究グループでは、図1に示すような酸化物二重量子井戸構造を設計・作製し、量子井戸内の量子化準位(注1)間の共鳴トンネル効果を制御することで動作する新しい原理のトランジスタを提案し、実際にその原理検証を行いました。
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図1: 共鳴トンネル効果による金属・絶縁体転移の概念図
モット絶縁体状態にある量子井戸層(QW1:モット転移量子井戸層)/ バリア層/ 金属量子井戸層(QW2)からなる酸化物二重量子井戸構造において、バリア層を薄くしていくとQW1とQW2におけるエネルギー的に近い量子化準位の間で共鳴トンネル効果がおこり、その結果QW1がモット絶縁体から金属に転移する。

研究の内容

 ここで鍵となるのが、原子レベルで精密に酸化物量子井戸構造を作製することと、実際にモット転移を可視化することです。今回、東北大学と高エネルギー加速器研究機構の共同研究グループは、放射光実験施設フォトンファクトリーのビームライン2A-MUSASHIに設置したレーザー分子線エピタキシ(注8)装置と角度分解光電子分光装置からなる複合装置を用いて、モット絶縁体状態にある量子井戸層(QW1:モット転移量子井戸層)/ バリア層/ 金属量子井戸層(QW2)からなる酸化物二重量子井戸構造を作製し、高輝度放射光を用いてその量子化状態を可視化しました。その結果、モット転移量子井戸と金属量子井戸との間の共鳴トンネル効果によって、モット転移量子井戸層に金属・絶縁体転移が誘起されることを見いだしました(図2(a))。さらに、詳細な理論計算(図2(b))を行うことで、このモット転移が、エネルギー的に近い量子化状態同士の共鳴トンネル効果により引き起こされている現象であることを確かめました。この結果は、二重量子井戸構造における共鳴トンネル現象を制御することで、モット転移を利用したトランジスタ動作が実現できることを示しています。
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図2:共鳴トンネル効果を用いたモットトランジスタの原理検証結果
(a)高輝度放射光を用いた角度分解光電子分光により、その場で測定したモット転移量子井戸層の量子化状態。酸化物二重量子井戸構造として、モット転移層(QW1)にはモット絶縁体状態の薄い(2分子層)伝導性酸化物SrVO3、バリア層としてバンド絶縁体SrTiO3、金属量子井戸層(QW2)として厚い(6分子層)SrVO3を用いている。バリア層の厚さを薄くして共鳴トンネル効果を引き起こすと、モット転移層(QW1)において放物線状の金属状態が観測されていることがわかる。(b)理論計算による解析結果。エネルギー準位の近い量子準位間で共鳴トンネル効果が起こっている。

今後の展望

 今回の研究成果は、共鳴トンネル効果を用いてモット転移を制御できることを実験的に実証したものです。今回得られた知見に基づいて、図3に示すような新しい原理で動作するモットトランジスタを設計することが可能になります。この共鳴トンネル効果型モットトランジスタは、モット転移を利用することからOn/Off比が高いという利点に加えて、1)量子化準位差(数100 mV程度)のわずかな電圧印加により動作する、2)量子化準位を利用するため設計の自由度が高い、3)キャリア蓄積が不要のため高速に動作する、などの利点をもち、将来のデバイスの基本素子構造となる可能性を秘めています。また、基礎研究の側面からも、酸化物ナノ構造による強相関電子(注9)の波動関数・量子化状態制御を可能にした本研究の意義は大きく、今後の量子物性研究にも大きく貢献することが期待されます。
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図3: 共鳴トンネル効果を用いた新しい原理のモットトランジスタ
電圧を印加することでモット転移量子井戸層(QW1)と金属量子井戸層(QW2)との間で量子化準位を一致させ、モット転移を引き起こす。この金属と絶縁体の転移を用いてトランジスタのOn/Off動作を行う。

研究支援

 本成果は、日本学術振興会 科学研究費補助金(Nos. 16H02115, 16KK0107, 19H01830, 20KK0117)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究CREST(No. JPMJCR18T1)、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No. JPMXP0112101001)の一環として、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 放射光共同利用実験課題(No. 2018S2-004)の元で実施しました。

論文情報

“Resonant tunneling driven metal-insulator transition in double quantum-well structures of strongly correlated oxide”
Nature Communications
R. Yukawa, M. Kobayashi, T. Kanda, D. Shiga, K. Yoshimatsu, S. Ishibashi, M. Minohara, M. Kitamura, K. Horiba, A. F. Santander-Syro, and H. Kumigashira
DOI:10.1038/s41467-021-27327-z
2021年12月3日 オンライン掲載

発表者

湯川 龍 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 特任助教(研究当時)
小林正起 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 特任助教(研究当時)
神田龍彦 東北大学多元物質科学研究所 博士課程
志賀大亮 東北大学多元物質科学研究所 助教
吉松公平 東北大学多元物質科学研究所 講師
石橋章司 産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター 上級主任研究員
簑原誠人 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 特別助教(研究当時)
北村未歩 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 助教
堀場弘司 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 准教授(研究当時)
Andrés Felipe Santander-Syro パリ・サクレー大学 准教授
組頭広志 東北大学多元物質科学研究所 教授/ 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 特別教授(研究当時)

用語解説

(注1)量子井戸・量子化準位
井戸のような形状をしたポテンシャル障壁により、極めて薄い伝導層(2次元空間)の内部に電子を閉じ込める構造を量子井戸と呼びます。量子井戸内で電子は、層に垂直な方向への運動が制限されて、量子化準位とよばれるとびとびのエネルギー値を持つようになります。半導体デバイスではこの特長を活かすことで、電子を効率よく利用することができ、高性能のレーザーやトランジスタが実現されています。

(注2)共鳴トンネル効果
量子力学的な効果によって、電子などの粒子がポテンシャル障壁(ポテンシャルバリア)を透過する現象のことをトンネル効果と呼びます。共鳴トンネル効果はその一種で、二つのポテンシャル障壁をもつ量子井戸構造において、入射してくる電子のエネルギーが、二つのポテンシャル障壁に閉じこめられた電子の量子化準位と一致したとき、エネルギーの減衰なしに障壁を通り抜ける現象です。

(注3)放射光
光速近くまで加速された電子の軌道を磁場によって曲げると、接線方向に光が放出されます。この光は放射光と呼ばれ、高い輝度や偏光性などの優れた特性をもつ光源として、科学技術の広い分野で大いに活用されています。近年、高輝度放射光施設が世界各地で建設されており、先端材料や次世代デバイスなどの研究に活かされています。

(注4)角度分解光電子分光
物質に光を当てると、光電効果によって光電子が飛び出します。角度分解光電子分光は、この光電子のエネルギーの放出角度依存性を測定することにより物質中の電子の状態を調べる方法です。

(注5)モットトランジスタ
半導体デバイスとして広く用いられている電界効果型トランジスタでは、不純物を添加した半導体に電圧をかけて電子や正孔を蓄積することによって電気抵抗(電流のOn/Off)を切り替えています。一方、電流のOn/Offに強相関電子のモット転移(金属・絶縁体転移)を利用するトランジスタをモットトランジスタと呼びます。モット転移を利用するため、従来のトランジスタに比べて高い素子性能を持つことが期待されています。

(注6)モット絶縁体
一般に、価電子帯が部分的にしか満たされていない物質は、金属となります。しかし、強相関と呼ばれる物質においては、電子間に働く強いクーロン斥力によって、電子がお互いを避けるように原子のまわりに局在し、絶縁体となる場合があります。このような絶縁体を、モット絶縁体と呼びます。モット絶縁体においては、わずかな刺激によって金属への転移(モット転移)が起こります。

(注7)BeyondCMOS
現在の半導体素子は、CMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor:相補型金属-酸化物-半導体)と呼ばれる構造をもっています。CMOSでは、不純物を添加した半導体に電圧をかけて電子や正孔を注入することによって電気的なスイッチング機能を実現しています。CMOS素子の性能は、長年進化し続けて来ましたが、近年では原理的な限界に近づきつつあります。そのため、新たな動作原理によって従来の半導体素子性能を超えるデバイスを作製しようという試みが行われており、それに向けた要素技術開発を総じてBeyondCMOSと呼びます。

(注8)レーザー分子線エピタキシ
パルスレーザーを照射することでターゲット材料から原子(分子)を引き剥がし、対向する基板上に堆積させることで薄膜を形成する手法のこと。融点の高い酸化物薄膜などの作製に広く用いられています。

(注9)強相関電子
電子は負の電荷をもつため互いにクーロン斥力を感じながら物質中を運動します。その力が強い場合は、多数の電子が集団的に振る舞い、モット転移や超伝導など様々な興味深い量子現象が発現します。このような場合、一般に強い電子相関があるといい、物質中において強い電子相関をもつ電子を強相関電子と呼びます。

関連リンク:
東北大学
高エネルギー加速器研究機構(KEK)
ナノ機能物性化学研究分野(組頭研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 
教授 組頭 広志(くみがしら ひろし)
電話:022-217-5802
E-mail:kumigashira*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

高エネルギー加速器研究機構 広報室
電話:029-879-6047
E-mail:press*kek.jp(*を@に置き換えてください)