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プレスリリース
強誘電体ナノドメインの電場応答をナノスケールで可視化 電場印可下での分極ナノドメインの分布変化を初観測

発表のポイント

・積層セラミックコンデンサなど広く活用されているチタン酸バリウムの分極ドメイン構造注1) の変化に新しい知見
・ミクロンサイズの分極ドメインの内部において分極ナノドメイン注2) の分布が電場によって変化することが明らかに
・3種類の異なる分極ナノドメインの分布を観測

概要

 チタン酸バリウムは、電場印可によって分極方向を反転することができる強誘電体であり、スマートフォンや自動車用の積層セラミックコンデンサなど幅広い応用をもち、産業的に重要な材料です。分極反転はミクロンサイズの分極ドメインの動きによるものと考えられています。その一方で、このドメイン構造の内部には、さらに数ナノメーターサイズの分極ナノドメインが存在することが報告されており、分極ナノドメインの電場応答はこれまで明らかになっていませんでした。
 東北大学 多元物質科学研究所の森川大輔助教と学際科学フロンティア研究所の津田健治教授のグループは、透過型電子顕微鏡を用いた収束電子回折法注3) を用いて分極ナノドメインを可視化し、分極ナノドメイン分布の電場応答を観測することに成功しました。
 この研究成果から、強誘電体ナノドメインの誘電応答機構の解明が進み、さらなる高機能材料の開発および機能向上に寄与すると期待されます。
 本研究成果は、令和3年8月3日(米国東部時間)に、米国物理学協会(AIP)の科学誌「Applied Physics Letters」にて公開されました。
プレスリリース本文(PDF)

詳細な説明

1.背景
 電場によって反転可能な分極ドメインをもつ強誘電体は、コンデンサ材料や焦電体、圧電体など様々な実用材料に応用されています。この分極反転は、ミクロンサイズ(1 ミクロン [μm] = 1/1000 mm )の分極ドメインの変化によるものと考えられていますが、これに加えて数ナノメーターサイズ(1 ナノメーター [nm] = 1/1000000 mm )のきわめて微小な分極ナノドメインが内在していることが報告されています。このナノドメインは、不均一性の大きいリラクサー誘電体において主に調べられてきました。しかしながら、スマートフォンや自動車用に欠かせない積層セラミックコンデンサなど、産業的にも大変重要な材料であるチタン酸バリウムにおいて、分極ナノドメインの電場応答をナノメーターの空間分解能で明らかにした研究はこれまでありませんでした。物質の誘電応答は分極ドメインの電場応答をともなうため、分極ナノドメインの電場応答を詳細に調べることは、新規物質の開拓や機能向上に必要不可欠な情報です。
 チタン酸バリウムは、その結晶構造が複雑な温度変化(逐次結晶構造相転移)を示します。この結晶構造の変化と誘電分極発現機構については、大きく分けて原子変位型注4)と秩序無秩序型注5)の2つの異なる理論があり、その機構の完全な解明には未だ至っていません。

2.研究手法・結果
 ナノメーターサイズの局所領域の解析では、透過型電子顕微鏡(TEM)が有力で、原子分解能の像観察がよく用いられています。しかし分極構造に対応する原子変位(原子の位置変化)はピコメーター(1 ピコメーター [pm] = 1/1000000000 mm )のオーダーであり、TEM像による詳細な解析は困難です。そこで本研究では、1ナノメーター程度に絞った電子線を用いた、収束電子回折法を用いました。収束電子回折法では、ディスク状の回折図形が観察され、その強度分布は、結晶の対称性注6)およびピコメーター程度の原子変位による分極の存在を鋭敏に反映します。電場印可その場観察実験が可能となるよう、集束イオン(FIB)加工装置を用いて幅約6ミクロン、長さ約2.5ミクロン、厚さ約100ナノメーター程度の薄板を用意しました(図1)。試料面上で収束した電子ビームをスキャンし、各ビーム位置での収束電子回折図形を取得し、その図形における鏡映対称の破れを定量的に評価することで、分極ナノドメインの電場応答を可視化することに成功しました。
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図1. (a) 電場印可その場観察実験試料の外観。電子顕微鏡実験用試料ホルダー先端部。(b) 薄片加工されたチタン酸バリウムの走査型電子顕微鏡像。(c) 収束電子回折法の模式図。電子線を試料上でスキャンすることで、各ビーム位置での回折図形を取得してナノドメインの分布を可視化できる。

 図2に鏡映対称の破れの電場変化を示します。ゼロ電場の場合では破れが大きいことが分かります。一方で電場印可に伴って、破れの大きな領域と小さな領域に不均一になっていく現象が観察されました。この現象は電場の正負に関わらず観察されています。図3に、3つの領域での収束電子回折図形を示します。鏡映対称の破れの小さな領域と、2種類の破れの大きな領域があることが分かります。また、破れの大きな領域での回折図形は、左右対称の強度分布になっています。この現象を再現するために、分極ナノドメイン分布が変化するモデルを提案しました。ゼロ電場下では、分極ナノドメインがランダムに分布し、それぞれのサイズが大きく揺らいでいるのに対し、鏡映対称の破れが小さい領域ではそのサイズの揺らぎが小さくなり、均質に混じっています。一方の鏡映対称の大きな破れは、特定のナノドメインが凝集していることが原因です。左右反転した回折図形を示す領域では、特定の分極ナノドメインが20-30 nm程度の大きさで凝集し、分極の向きが左右反転しています。このモデルは実験結果をよく再現しており、分極ナノドメイン分布が変化していることを示しています。
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図2.電場印可に伴う、鏡映対称の破れの変化。(a)-(e) 印可電場の増加に伴って、鏡映対称の破れが小さくなっていくことがわかる。(f)-(i) 収束電子回折図形の変化の例。これらのデータを解析することで上図のマップを得た。

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図3.電場印可によって出現した分極ナノドメインのクラスター。3種類に大別でき、鏡映対称の破れの小さい領域(b)と、大きな領域(c)および(d)が観察された。(c)と(d)は左右反転の関係になっている。これらの実験データは、分極ナノドメインの分布変化を用いたシミュレーションでよく再現された。

3.今後の展開
 本研究によって、強誘電体におけるドメインの電場応答が従来考えられているような単純なものではないことが明らかになりました。またリラクサー誘電体だけでなく、最もよく応用されているチタン酸バリウムにおいても分極ナノドメインの応答が明らかになった点は重要です。また、電場印可によってナノドメイン分布の不均一な再配列が進行しているという結果は今までになかった新しい視点であり、本研究結果をふまえた、チタン酸バリウムの構造相転移機構の解明、さらには今後の誘電体研究の進展が期待されます。強誘電体での誘電応答はドメインの電場応答に大きな影響を受けるため、分極ナノドメインの電場応答および分布変化に関する知見は、今後の新規物質探索や性能向上に寄与することが期待されます。

論文情報:
“Electric-field response of polar nanodomains in BaTiO3
Daisuke Morikawa and Kenji Tsuda
Applied Physics Letters, 119, 052904 (2021).
DOI:10.1063/5.0058977

用語説明:
注1.分極ドメイン構造: 誘電体において結晶内で電荷に偏りが生じて電気双極子を生じている状態を分極と呼ぶ。分極の向きがそろった領域を分極ドメインと呼ぶ。特に強誘電体では、分極の向きが異なる分極ドメインが多数存在し、これを分極ドメイン構造と呼ぶ。電場印可によってこの分極ドメインの比率が変化することでエネルギーを蓄えることができる。
注2.分極ナノドメイン:数ナノメートル程度の小さな分極ドメイン。
注3.収束電子回折法:円錐状に収束した電子線を試料に入射し、ディスク状の回折図形を得る手法。電子プローブは約1ナノメートルであり、任意の試料位置からデータ取得が可能である。収束電子回折図形に見られる強度分布は、わずかな原子の変位に敏感である。
注4.原子変位型:強誘電体転移メカニズムのひとつで、原子が特定の方向に一斉に変位を起こすことがその転移の起源である。
注5.秩序無秩序型:強誘電体転移メカニズムのひとつで、原子変位方向が無秩序状態(常誘電相)から秩序状態(強誘電相)に変化するモデルである。
注6.結晶の対称性:結晶は原子の規則的な並びによって形成され、その並び方には鏡映対称、2回回転対称(180度回転)、4回回転対称(90度回転)などの対称要素が存在する。

関連リンク:
電子回折・分光計測研究分野(寺内研究室)
学際科学フロンティア研究所
東北大学

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所
助教 森川 大輔(もりかわ だいすけ)
電話:022-217-5374
E-mail:daisuke.morikawa.e5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)