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プレスリリース
光と分子を使って生きた細胞内の蛋白質を自在に連結 ~疾患の分子機構解明につながるオプトケミカルジェネティクス~

発表のポイント

・光照射によって蛋白質同士を共有結合で連結する技術を開発
・生きた細胞内の蛋白質の二量化や細胞内局所への移行を任意の場所・タイミングで光操作
・細胞内シグナル伝達異常が関わる疾患機構の解明に期待

概要

 光を使って生体分子や細胞の機能を操作する技術は、次世代の生物学研究・疾患治療技術として大きな注目を集めています。東北大学多元物質科学研究所の小和田俊行助教、水上進教授らの研究グループは、大阪大学大学院工学研究科の菊地和也教授らと共同で、生きた細胞内の蛋白質を光と低分子を使って共有結合で連結する技術を開発し、蛋白質の細胞内局在を時空間的に光操作できることを示しました。本研究成果に基づいて様々な細胞内シグナル伝達経路を時空間的に制御する技術の開発につながり、多くの疾患の分子機構の解明に貢献すると期待されます。
 本研究成果は、2021年4月6日に、ドイツ化学会誌Angewandte Chemie International EditionのEarly ViewにHot paperとしてオンライン公開されました。
プレスリリース本文(PDF)

研究の背景

 細胞内の多くの蛋白質は、様々な生体分子と相互作用することでその機能が制御されています。また、その細胞内局在が機能に重要な役割を果たす蛋白質も多く知られています。それゆえ、細胞内蛋白質と他の分子の相互作用や局在位置を自在に操作できれば、蛋白質や細胞の機能制御が可能になります。近年ではオプトジェネティクス*1のような遺伝子工学の技術革新により、生きた動物の神経活動の光操作なども可能になっています。一方、低分子を用いた生体機能の光制御技術も活発に研究されており、その一つに光駆動型の化学的蛋白質二量化法(photo-CID)があります。photo-CIDは化学的蛋白質二量化法(CID)*2を高機能化したもので、光応答性分子を接着剤のように用いて二つの蛋白質を連結する技術です(図1)。これまで報告されたphoto-CIDは、いずれも各蛋白質間を非共有結合でつなぐもので、二量体の形成が蛋白質や低分子二量化剤の濃度に影響を受けるなどの問題がありました。今回新たに、光照射によって細胞内の蛋白質を共有結合で連結する技術を開発し、この技術を応用して標的蛋白質の細胞内局在を時空間的に光操作できることを示しました。
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図1. CID (a)とphoto-CID (b) の概要.

研究内容と成果

 共同研究チームはこれまでに、細胞内蛋白質に機能性分子を修飾する独自の蛋白質ラベル化技術*3(BL-tag技術*4)を開発し、蛋白質の1分子観察などへの応用例を示してきました。本研究ではまず、BL-tag技術をベースに光照射により蛋白質に低分子を共有結合させる光ラベル化技術を開発しました。BL-tagのリガンドであるβラクタム抗菌薬は、そのラクタム環構造の近傍にカルボキシ基を有しており、BL-tag蛋白質と結合するときにカルボキシ基が蛋白質のアミノ酸残基と水素結合で相互作用します。そこで、このカルボキシ基に光解離性保護基を導入することで、光非照射時にはBL-tag蛋白質に結合しないが、光照射によって保護基が脱離するとBL-tagに共有結合するような光活性化型のBL-tagリガンドを設計しました。さらに、実際に細胞表面にBL-tagを発現させ、光照射による蛍光色素ラベリングが可能であることを確認しました(図2)。
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図2. (a) 光活性化型BL-tagリガンドのBL-tag蛋白質への光ラベル化の概要.(b,c) 細胞膜に発現させたBL-tagへの蛍光色素の光ラベル化の概要 (b) とその顕微鏡画像 (c)

 続いて、開発した光ラベル化技術を他の蛋白質ラベル化技術(HaloTag技術)と組み合わせ、細胞内で二つの蛋白質を光で連結する技術の開発に取り組みました。光活性化型BL-tagリガンドとHaloTagリガンドを適度な長さのリンカーでつないだ光二量化剤CBHDを開発し、生きた細胞内の蛋白質の光照射による二量化を検証しました(図3a,b)。
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図3. (a) 光二量化剤CBHDを用いた蛋白質の細胞膜移行の光操作システム.(b) 細胞質に存在する蛍光蛋白質(緑)が光照射によって標的部位(マゼンタ)へ移行する様子の蛍光顕微鏡画像.

ヒト由来細胞の細胞質にBL-tagと緑色蛍光タンパク質の融合蛋白質(BL-EGFP)、細胞膜の内側にHaloTagと赤色蛍光タンパク質の融合蛋白質(Halo-mCherry-CAAX)をそれぞれ発現させ、培養液にCBHDを添加すると、CBHDは速やかにHaloTagと結合して細胞膜上に局在します。次に光照射を行うと、CBHDのBL-tagリガンドが活性化し、細胞質の緑色蛍光蛋白質(BL-EGFP)は次々と細胞膜へと集積すると予想しました。蛍光顕微鏡で観察しながら光を当てると、EGFP由来の緑色蛍光が細胞膜に移行する様子が見られました(図4)。
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図4. 開発した技術の独自性

HaloTag蛋白質は細胞内の様々な局所に発現できるため、他にも核やミトコンドリア外膜などへの光移行を達成しました。さらに、レーザー光を細胞内の微小領域に照射すると、速やかな照射部位への移行を観察できました。この結果は共有結合で標的蛋白質を連結させることにより、低濃度でも蛋白質の局在化を光誘起できたことを示唆しています。また、光照射した細胞を破砕してゲル電気泳動で解析することによっても細胞内で二つの蛋白質が共有結合で二量化していることを確認できました。

本研究の意義、今後への期待

 本研究で開発した技術は、生きた細胞内で蛋白質同士を共有結合で連結可能な世界初のphoto-CID技術です(図4)。任意のタイミングで細胞内の微小領域の蛋白質間に安定な結合を形成可能なため、蛋白質の二量化・多量化や細胞膜あるいは核への移行などが関わる細胞内シグナル伝達経路を自在に光操作する技術への展開が考えられます。がんや神経疾患などの様々な疾患において細胞内シグナル伝達異常が報告されており、本技術はそのような疾患の分子機構解明において強力な研究ツールになることが期待されます。
 本研究は、科学研究費補助金(KAKENHI Grant Number JP18H04605, 19H05284, 17K05921, 18H02102, 18F18340, 19K22241, 20K05702)、「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出 ダイナミック・アライアンス」、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、東京生化学研究会、興和生命科学振興財団、中谷医工計測技術振興財団の支援を受けて遂行されました。

論文情報

“Optical manipulation of subcellular protein translocation using a photoactivatable covalent labeling system”
Toshiyuki Kowada1,2, Keisuke Arai2, Akimasa Yoshimura3, Toshitaka Matsui1,2, Kazuya Kikuchi3,4,5,*, Shin Mizukami1,2,*
1 東北大多元研 2 東北大院生命 3 阪大院工 4 阪大IFReC 5 阪大QIQB
Angewandte Chemie International Edition
DOI:doi/10.1002/anie.202016684

用語説明

*1.オプトジェネティクス:光遺伝学とも呼ばれ、光応答性蛋白質を利用して細胞機能を光操作する革新的な技術。チャネルロドプシンを用いた光による神経細胞の活動制御が有名である。細胞だけではなくマウスの行動や記憶の制御まで実現されている。
*2.化学的蛋白質二量化法(CID: Chemically induced dimerization):標的蛋白質にタグ蛋白質(*3参照)を連結させておき、二つのタグ蛋白質に選択的に結合する構造を有する有機分子(二量化剤)の添加により、標的蛋白質の二量体を形成する手法(図1上)。ラパマイシンを二量化剤として用いる手法が有名である。
*3.蛋白質ラベル化技術:標的蛋白質に対してタグと呼ばれるペプチドや蛋白質を融合させ、タグと特異的に結合する性質を持つ蛍光色素や機能性分子で標的蛋白質を標識(ラベル化)する技術のこと。本研究でも用いているHaloTag技術は幅広い研究に用いられている。
*4.BL-tag技術:細菌酵素β-ラクタマーゼの触媒ドメイン変異体(BL-tag)をタグ蛋白質、ペニシリンやセファロスポリンなどのβラクタム抗菌薬を特異的リガンドとして用いる共有結合型の蛋白質ラベル化技術。

関連リンク:
細胞機能分子化学研究分野(水上進研究室)
東北大学
東北大学 大学院 生命科学研究科

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 水上 進(みずかみ しん)
電話:022-217-5116
E-mail:shin.mizukami*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)