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プレスリリース
Beyond 5Gに資する低環境負荷な物質・デバイス商用化技術の創出 Society 5.0 for SDGsに資するキーテクノロジー

発表のポイント

・低環境負荷で5Gよりも一桁高いテラヘルツ(THz)帯で動作し得るグラフェン・トランジスタ(※1)は、 Beyond 5Gに資するデバイスの一つです。
・新たな超高品質グラフェン成長技術を創出し、従来に比してコストを大幅に削減させることを可能にし、さらにTHz帯で動作するGFETの大量生産を可能にする商用的な製造技術を開発しました。
・本研究で創出した技術は、グラフェンだけでなく、5GやBeyond 5G用のSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)を用いたパワー・高速トランジスタへの転用も可能です。

概要

 次世代無線通信システム(Beyond 5G)は、来るべき社会、持続可能性を担保しつつ、必要な人に必要なモノ・サービスが必要なだけ届く快適な社会(Society 5.0 for SDGs(※2)、一般社団法人 日本経済団体連合会(経団連)提唱)の基盤インフラとなるものです。
 本研究グループは、グラフェンを用いた低環境負荷かつ超高速なデバイスの革新的な製造法を創出しました。本法は世界最高水準品質を保ちつつコストを1/100以下にすることを可能にし、さらに、グラフェン・デバイスが従来抱えていた弱点を克服することでBeyond 5Gに不可欠なTHz帯で動作するデバイスの商用化を可能にするものです。
 本研究は、東北大学電気通信研究所の吹留博一准教授らの研究グループと信越化学工業、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所、高輝度光科学研究センター、情報通信研究機構(NICT)との産官学連携共同研究の成果です。
 本研究成果は、2月4日にMDPIの科学誌「Nanomaterials」に掲載されました(オープン・アクセス)。

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本研究成果の概略を表す図
 

詳細な説明

<背景>
 日本国は、少子高齢化、地球環境問題および未知なるウイルス禍により存亡の機に立たされています。この機から脱するために、経団連が提唱しているSociety 5.0 for SDGs[1]のような理想的な未来社会の実現が希求されています。Society 5.0 for SDGsは、持続可能性を担保しつつ、必要な人に必要なモノ・サービスが必要なだけ届く快適な社会です(図1)。
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図1. Society 5.0 for SDGsのイメージ例

 2030年代以降に到来する次世代無線通信システム(Beyond 5G)は、そのような未来社会の基盤インフラです。Beyond 5Gの実現には、現世代の5Gに比して一桁以上高周波帯であるTHz帯で動作するデバイス、例えば、THzトランジスタが不可欠です。
そのため、THz帯で動作するトランジスタの研究開発が世界中で活発に行われています。例えば、化合物半導体を電子輸送層として用いたデバイスが、Beyond 5Gデバイスとして有望です。しかしながら、既存のBeyond 5G用デバイスは、希少(In(インジウム)など)・有害(As(ヒ素)など)な元素を用いることが多いのが現状です。そのため、これらのデバイスは、SDGs、すなわち、国際連合が提唱する持続開発目標の趣旨と合致しない恐れがあります。ゆえに、既存のデバイスに加え、低環境負荷物質を用いたTHz帯デバイスの研究開発が喫緊の課題となっています。
 グラフェンは、低環境負荷かつ電子が全物質中で最高速で走行できるなど優れた物性を有する物質です。しかしながら、グラフェン・デバイスは「物質製造コストが高い」や「実際にデバイス化すると、期待通りの性能を示さない」などの課題を抱えていました。本研究グループは、これまでにSiエレクトロニクスとの融合を目指して、Si(シリコン)基板上にSiC薄膜を介してグラフェンを廉価に直接成長させるグラフェン・オン・シリコン(GOS)技術を世界で初めて創出しました[2,3]。しかし、GOS技術においては、成長させたグラフェンの品質に改善の余地があるため、GOSを用いたトランジスタはTHz帯動作を実現することは困難でした。
 そのため、廉価に、高品質なグラフェンをデバイス応用に適した基板(Si、サファイアなど)に成長させる技術の創出が希求されていました。

<成果の内容>
 そこで、本研究グループは、信越化学工業が開発したハイブリッドSiC基板を用いて、その上にグラフェンを成長させるという、新たなグラフェン製造法を開発しました(図2) [4]。ハイブリッドSiC基板とは、バルクSiC基板に水素イオン(H+)を注入し基板表面から1 μm程度の深さのところに切れ目を入れることで、高品質SiC単結晶薄膜を剥離させて、Siやサファイア基板などデバイス応用に適した基板へ転写したものを指します。
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図2. 本研究グループが創出したグラフェン製造法

 ハイブリッドSiC基板プロセスは、高価なバルク基板を繰り返し利用することが可能であるという大きな利点を有します。一つのバルクSiC基板から100枚以上作製することが可能であり、3インチ以上の大面積化が可能であることが示されています。これにより、グラフェン製造プロセスの材料コストを、従来に比して1/100以下と大幅に削減することが可能となります。さらに、本研究グループは得られたグラフェンが世界最高水準の品質・物性を有することを、フォトンファクトリーやSPring-8などの放射光施設にある角度分解光電子分光装置や分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡を駆使して明らかにしました。
 さらに、本研究グループはこのグラフェンを用いた高性能トランジスタの開発にも成功しました[4]。このトランジスタは、従来のグラフェン・トランジスタでは困難だった、入力ゲート電圧(Vg)―出力ドレイン電流の大きな変調度(gm)と電流飽和を同時に実現できました(図3)。動作特性の解析から、本研究グループが開発したトランジスタは、THz帯で動作し得ることが示されています。
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図3 本研究グループが作製したグラフェンデバイスの電気特性評価結果。

 以上、本研究グループは、世界最高水準の品質を有するグラフェンの製造コストを大幅に削減し、さらにBeyond 5Gに資するTHzトランジスタの商用化を可能とする新規な製造法を産官学で連携して創出しました。

<今後の展望>
 本技術は、既存のTHzデバイスと相互補完的な活用により、Society 5.0 for SDGsに大きく貢献するものと考えられます。
Beyond 5Gでは、利用している電波の届く距離が数十分の一に減少し、かつ多種多様な情報伝送を行う必要があります。そのため、現世代の5Gに比して、Beyond 5Gでは必要となるデバイスの数は激増します。ゆえに、Asなどの有害物質を含有する既存デバイスにおいて、現時点では顕在化していない社会的なコスト(例:廃棄処理)を含めたトータルのコストが、無視できなくなると考えられます。したがって、Beyond 5Gにおいては、既存のデバイスだけでなく、環境負荷が低い物質を用いたデバイスが求められるようになることが予想されます。以上の理由から、低環境負荷であるグラフェン・デバイスの利用は、Society 5.0 for SDGsに適したものであると言えます。
 本研究の出口像の一つとして、ハイブリッドSiC基板を共通プラットフォームとした5G用のGaNトランジスタとBeyond 5G用グラフェン・トランジスタを混載した通信回路・超高感度センサー回路の実現が期待されます(図4)。
 本研究の一部は、科学研究費補助金(15H03560, 18K19011, 16H06361, 19H02590)、総務省戦略的情報通信研究開発事業(SCOPE)フェーズI・フェーズII、東北大学電気通信研究所共同研究プロジェクト、信越化学受託研究費などにより支援されました。グラフェン成長・デバイス化において、東北大学電気通信研究所のナノ・スピン実験施設のスーパークリーンルームを利用しました。また、本研究における構造・物性評価は、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーのBL-2に設置されている角度分解光電子分光装置及びSPring-8 BL17SUに設置されている分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡を利用しました。

本研究の役割分担:
・コンセプト・プロジェクト管理・資金調達・論文執筆: 東北大学
・ハイブリッドSiC基板の開発・資金提供: 信越化学工業
・グラフェン製造法の開発・X線回折(XRD)測定: 東北大学
・LEEM(低速・光電子顕微鏡)測定: 東北大学、高輝度光科学研究センター
・角度分解光電子分光測定: 高エネルギー加速器研究機構、東北大学
・グラフェントランジスタ作製・特性評価: 東北大学、情報通信研究機構(NICT)

参考文献

[1] https://www.keidanrensdgs.com/society5-0forsdgs-jp
[2] M. Suemitsu and H. Fukidome, J. Phys. D, 43. (2010), 374012.
[3] H. Fukidome, R. Takahashi, S. Abe, K. Imaizumi, H.-C. Kang, H. Karasawa,
T. Suemitsu, T. Otsuji, Y. Enta, A. Yoshigoe, Y. Teraoka, M. Kotsugi, T. Ohkouchi,
T. Kinoshita, and M. Suemitsu, J. Mater. Chem., 21. (2011), 17242.
[4] N. Endoh, S. Akiyama, K. Tashima, K. Suwa, T. Kamogawa, R. Kohama,
K. Funakubo, S. Konishi, H. Mogi, M. Kawahara, M. Kawai, Y. Kubota, T. Ohkochi, M. Kotsugi, K. Horiba, H. Kumigashira, M. Suemitsu, I. Watanabe and H. Fukidome, Nanomaterials, 2021, 11(2), 392.

論文情報:
“High-Quality Few-Layer Graphene on Single-Crystalline SiC thin Film Grown on Affordable Wafer for Device Applications”
N. Endoh, S. Akiyama, K. Tashima, K. Suwa, T. Kamogawa, R. Kohama, K. Funakubo, S. Konishi, H. Mogi, M. Kawahara, M. Kawai, Y. Kubota, T. Ohkochi, M. Kotsugi, K. Horiba, H. Kumigashira, M. Suemitsu, I. Watanabe and H. Fukidome
Nanomaterials, 2021, 11(2), 392.
DOI: 10.3390/nano11020392

関連リンク:
東北大学
東北大学電気通信研究所
信越化学工業株式会社
高エネルギー加速器研究機構
高輝度光科学研究センター
情報通信研究機構

問い合わせ先

(研究に関すること)
多元物質科学研究所
教授 組頭 広志(くみがしら ひろし)
TEL: 022-217-5802
E-mail: kumigashira*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
E-mail: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)