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プレスリリース
誘電体メタ表面のナノ領域で発生する光が結晶のキラリティ制御に有効であることを実証|光機能材料化学研究分野

国立大学法人東北大学
国立大学法人新潟大学
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立大学法人大阪大学
国立大学法人埼玉大学

【発表のポイント】

  • 誘電体メタ表面(注1)への円偏光(注2照射により励振されるナノ領域に局在した光がキラル結晶(注3の利き手に偏りを誘起することを明らかにしました。
  • 円偏光よりも高効率な光による物質キラリティ制御が期待されます。
  • 光のキラリティとキラル物質との相互作用の理解に貢献する成果です。

 

【概要】

キラリティという、右手と左手の関係のように鏡合わせの構造同士が異なる性質は、自然界に普遍的に存在し、生命の起源、創薬やスピントロニクス(注4とも関わる重要な性質です。キラル物質は人工的に合成すると右手型と左手型が等量得られる(利き手は偏らない)という性質があります。これまでに円偏光というキラルな光を照射することでキラル物質の利き手の偏りを誘起する試みが行われてきましたが、この方法で誘起される偏りは僅かでした。

今回、東北大学多元物質科学研究所の新家寛正助教と中川勝教授、新潟大学大学院自然科学研究科の後藤和泰准教授、名古屋大学未来材料・システム研究所の田川美穂教授、大阪大学大学院工学研究科の吉川洋史教授、埼玉大学大学院理工学研究科の川村隆三助教を中心とする研究グループは、円偏光よりも強くキラル物質と左右非対称に相互作用する光の励振が期待される誘電体メタ表面上で結晶構造にキラリティを持つ無機化合物を結晶化することで、円偏光のみでは得られない統計的に有意な利き手の偏りが観測されることを発見しました。本成果は、ナノ領域に局在した光を活用した物質キラリティ制御に新たな視座を与えるだけでなく、光のキラリティとキラル物質の相互作用の理解に貢献します。

本成果は、科学誌The Journal of Physical Chemistry Letters に 2月5日(米国太平洋標準時間)付でオンライン掲載されました。

 

【詳細な説明】

研究の背景

キラリティとは、右手の形に対する左手の形のような、鏡合わせの関係にある2つの構造が異なる性質を指し、自然界の様々な階層に普遍的に見られます。例えば、アミノ酸の分子構造や水晶の結晶構造などにもキラリティは存在します。そしてキラル物質の両鏡像異性体は同じ安定性を示すため、人工的に生成すると等量得られることが知られています。

ところが生命を構成するキラル分子は片方の利き手のみが採用されています。このようなキラリティの著しい偏りが生じた原因は未解明であり、ホモキラリティ問題として生命の起源と関わる重要な研究課題になっています。人体はホモキラルであるため、キラルな医薬化合物の中には片方の利き手が人体に対して有益な効能を示す一方で、もう片方の利き手が有毒性や催奇形性といった致命的な悪影響を及ぼすものが存在します。そのため、分子のキラリティ制御は創薬や食品科学の分野などで重要です。

さらに近年、結晶材料中の電子のスピンを制御するスピントロニクスが省エネルギーの観点から注目されていますが、結晶材料中の電子スピンの制御には結晶のキラリティが重要であることが知られています。そのため、物質のキラリティ制御は幅広い分野で重要です。ところがキラル物質の右手型と左手型は同じ安定性を示すため、物質のキラリティ制御は容易ではありません。

物質のキラリティ制御の手段として光照射が以前から注目されてきました。光、すなわち電磁場にもキラリティが存在します。その代表例は円偏光と呼ばれる電場のベクトルが回転している光です。これまでの研究で、光化学反応でキラル分子を生成する際に円偏光を用いることで、生成するキラル分子の利き手を制御する試みがなされてきました。しかしながら円偏光とキラル物質との左右非対称な相互作用は一般的に極めて小さく、円偏光により誘起できる利き手の偏りはごく僅かであることが知られています。

近年、円偏光よりもキラル物質と強く相互作用する光が、誘電体ナノ構造体への光照射により励振されるMie共鳴(注5という光共鳴により、ナノ領域で発生することが理論的に示されるようになりました。このような背景を受け、ナノ領域で発生するキラルな光をキラル物質制御に応用しようとする機運が世界的に高まっています。

しかしながら、たとえナノ領域のキラルな光でキラル分子を生成したとしてもその生成量は極めて少なく、生成物の利き手の偏りを実験的に評価するのは容易ではありません。そのためナノ領域のキラルな光が物質のキラリティ制御に対し円偏光よりも有効であるかどうかは明確ではありませんでした。

本研究グループは、キラリティを持たない(アキラル)分子がナノ領域で結晶として自己組織化することでキラリティを獲得し、自発的な結晶成長によりその量を増幅する現象であるキラル結晶化に着目しました。誘電体ナノ構造体としてシリコン(Si)ナノディスク配列体を光ナノインプリントリソグラフィ(注6で作製し、円偏光照射によるMie共鳴励振下でキラル結晶化を行い(図1)、得られる結晶の利き手の偏りを調査することでナノ領域のキラルな光の物質キラリティ制御への有効性を検証する実験を行いました。

図1. 本研究の概要図。円偏光照射によりMie共鳴の励振されたSiナノディスク配列体上でのキラル結晶化を表現した図。

今回の取り組み

本研究グループは、キラル結晶化する物質として塩素酸ナトリウム(NaClO3)という物質を用いました。NaClO3は、水溶液中に溶解した状態ではアキラルですが、結晶化の結果として最終的に得られる結晶はその構造にキラリティを持ちます。この結晶は、偏光観察によって簡単に利き手の判別ができるため、キラリティに関する基礎研究において広く用いられている、キラル結晶化のモデルとなる物質です。

光ナノインプリントリソグラフィという微細加工技術により、溶融石英基板上のSi薄膜を加工し、Siナノディスク配列体を作製しました。作製したSiナノディスク配列体の上に、霧吹きで大きさ数10μmのNaClO3の微小液滴を形成し、液滴下のSiナノディスクへ可視連続波の円偏光レーザーを集光することでMie共鳴を励振し、NaClO3キラル結晶化を誘起しました。円偏光レーザーの集光を、倒立型偏光顕微鏡(注7を用いて行うことで、集光点近傍の結晶化の様子をその場観察しながら実験を行いました。結晶化後、得られるキラル結晶の利き手を偏光顕微鏡で判別しました。このような結晶化実験を、左右円偏光を用いてそれぞれ100回ずつ、計200回行い、得られる右手型と左手型の結晶の数を数えることで利き手の偏りを評価しました。また、対照実験として、Siナノディスク構造の無い、ただのSi薄膜上での結晶化実験を、左右円偏光を用いてそれぞれ25回ずつ、計50回行い、利き手の偏りを比較しました。

図2に結晶化のその場観察像を示します。Siナノディスクへ円偏光集光レーザーを照射すると、微小液滴内で結晶化が起き、明るい結晶が最初に現れました。この結晶はアキラルな準安定相として知られている結晶です。アキラルな準安定相結晶の晶出後、結晶の外側に集光すると、結晶が集光点へ向かって成長しました。円偏光照射を続けると、集光点近傍の結晶の色が暗い色へ変化し、集光点を起点として色の変化が広がっていく様子が観察されました。この色の変化は、アキラルな準安定相結晶からキラルな安定相結晶へと変化したことを示しています。つまり、SiナノディスクのMie共鳴が励振された領域からキラル結晶が形成しました。このようにして得られたキラル結晶だけを採取し、利き手の判別を行うことで、利き手の偏りを評価しました。

図2. キラル結晶化の偏光顕微鏡その場観察像。(i)-(viii):円偏光によりMie共鳴の励振された領域からのアキラルな準安定相結晶を経由したキラル結晶形成過程。点線はSiナノディスク配列体が有る領域と無い領域の境界を示す。緑の矢印は、円偏光レーザーの集光点を示す。(v)’-(viii)’: (v)-(viii)で示されるMie共鳴励振領域を起点としたアキラルな準安定相結晶からのキラルな安定相結晶形成のその場観察像にアキラルな準安定相結晶の領域を赤、キラルな安定相結晶の領域を青で示した画像。右図:アキラルな準安定相結晶とキラルな安定相結晶の結晶構造の図と、キラル結晶形成過程の熱力学的経路を示した図。

利き手の偏りを評価した結果を図3に示します。Siナノディスクの無い領域からの結晶化の場合、優勢となった利き手の結晶は、50回の結晶化のうち、26回得られ、右手型と左手型の結晶はほぼ同数でした。一方で、Siナノディスクの有る領域からの結晶化の場合は、優勢となった利き手の結晶は、200回の結晶化のうち、118回得られ、統計的に有意な利き手の偏りが生じることが明らかとなりました。優勢となる利き手は左右円偏光の利き手に応じて反転しました。一般的に、キラル結晶の利き手の偏りを評価する指標として結晶鏡像異性体過剰率という、左右結晶の数の差を両者の和で規格化した指標が用いられます。本実験で得られた結晶鏡像異性体過剰率はおよそ18%でした。一方で、キラル分子の利き手の偏りは鏡像異性体過剰率という、左右分子の濃度の差を両者の和で規格化した指標で評価されます。円偏光を用いたキラル分子の光化学反応によって得られる鏡像異性体過剰率はわずか0.5-2%程度であることが知られています。このことを考慮すると、本研究で観測されたキラル結晶の利き手の偏りが非常に大きいことがわかります。

図3. 結晶化実験により得られたキラル結晶の利き手の偏り。A:Siナノディスクの無い領域からの結晶化における優勢結晶鏡像異性体の晶出回数と、左右結晶の晶出確率が同じであると仮定した場合の50回の結晶化で得られる優勢結晶鏡像異性体の晶出回数の確率分布(二項分布B(50,0.5))。実験の結果得られた優勢結晶鏡像異性体の数はB(50,0.5)の68%信頼区間から逸脱しておらず、左右結晶の晶出確率が異なるとは言えない。このことは、統計的に有意な利き手の偏りが観測されなかったことを示している。B:Siナノディスクの有る領域からの結晶化における優勢結晶鏡像異性体の晶出回数と二項分布B(200,0.5)。優勢結晶鏡像異性体の数はB(200,0.5)の95%信頼区間から逸脱している、そのため、左右結晶の晶出確率が等しくないことが言え、統計的に有意な利き手の偏りが観測されたことを示している。C:Siナノディスクの有る領域からの結晶化における、左右円偏光を用いた場合のそれぞれの右利き結晶の晶出回数と二項分布B(100,0.5)。円偏光の利き手によって優勢となる利き手が反転していることを示している。

今後の展開

本研究によって、これまで円偏光とキラル物質との間の左右非対称な相互作用の小ささによって制限されてきた光による物質キラリティ制御の研究に、ナノ領域のキラルな光を適切に用いることで新たな展開が開かれる可能性が示されました。また本研究の成果は、未だに不明な点の多い”光のキラリティ”が増強されたナノ領域のキラルな光とキラル物質との相互作用における基礎的な理解に貢献することが期待されます。

人類は、光と物質の相互作用を巧みに活用することで科学技術を発展させてきました。本研究の成果は、自然界にあまねく存在するキラリティという性質に着目した光と物質の関わる広範な科学領域に貢献することが期待されます。

【謝辞】

本研究は、科研費 学術変革領域研究(A)「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革」JP22H05138, 23H04572, 22H05136、基盤研究(B) JP20H02686、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「レーザー技術による機能性分子の秩序構造形成制御」JP19KK0128、挑戦的研究(萌芽) 21K18639、名古屋大学未来材料・システム共同利用・共同研究、住友財団 基礎科学研究助成180324、公益信託 小澤・吉川記念 エレクトロニクス研究助成基金、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業JPMXP1222TU0004, JPMXP1223TU0011, F-22-TU-w002, F-23-TU-w010、文部科学省「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、文部科学省「物質・デバイス領域共同研究拠点」、東北大学電気通信研究所ナノ・スピン実験施設の支援を受けて実施されました。

【用語説明】

注1. 誘電体メタ表面
メタ表面とは、微細加工技術などによって人工的に作製された疑二次元ナノ構造配列体により、自然界の物質では見られない光学特性が付与された表面である。特にナノ構造体の材料に誘電体を用いたメタ表面を誘電体メタ表面と呼ぶ。これまでに、金属ナノ構造体への光照射により励振する表面プラズモン共鳴の光学特性を利用したメタ表面が広く知られるようになった一方で、近年、誘電体ナノ構造の多様な光共鳴現象を活用することでメタ表面の光学特性の多様性を拡張する研究が注目されている。

注2.円偏光
光は電磁場であり、電場と磁場が互いに誘起しあいながら存在する。電場には方向があるため、電場のベクトルを定義することができる。電場ベクトルが直線上で振動している光は、直線偏光と呼ばれる。一方で、電場ベクトルが回転して振動している光を円偏光と呼ぶ。回転の方向に左回りと右回りが存在するため、円偏光はキラリティを持つ。

注3.キラル結晶
キラリティを持つ結晶を指す。キラリティとは、鏡合わせの関係にある2つの構造が異なる性質のことを指す。キラリティがあることをキラルといい、キラルな構造の代表例は人間の手の形がある。右手の形を鏡に映すと左手の形になり、これら鏡像体の形は異なるため、手の形にはキラリティがあると言える。キラルな物質には、同じ物質でも右手型と左手型に対応する異なる構造が存在する。キラルな物質の左右を表現するため“利き手”という言葉がしばしば用いられる。一方で、例えば、球を鏡に映した形は球であり、球の鏡像体同士は同じ形を示すため、球にはキラリティが無いことになる。キラリティが無いことをアキラルという。人間の手の形の他に、キラリティがある構造の例として、右巻きと左巻きが存在するらせん構造が挙げられる。

注4.スピントロニクス
固体中の電子が持つ電荷だけでなくスピンの自由度も併せて工学的に応用する分野のことを指す。固体中の電子はマイナスの電荷を持つ。電荷のマイナスとプラスの自由度を情報として活用するのがエレクトロニクスである。一方で、電子には電荷だけではなく、スピンと呼ばれる性質を持つ。スピンは、電子の自転に例えられる性質で、回転の方向には左回りと右回りに対応する自由度がある。この自由度を、電荷のプラスとマイナスのように情報として活用することができる。スピンとエレクトロニクスを組み合わせた造語がスピントロニクスである。

注5.Mie共鳴
誘電体ナノ粒子やナノ構造体へ光を照射した際に粒子内部で起こる光共鳴現象を指す。高屈折率誘電体に照射された光は、その屈折率のため実効的な波長が短くなり、誘電体のサイズがその短くなった波長と同程度の大きさである場合、誘電体内部で光の共鳴が起きる。この現象をMie共鳴と呼ぶ。

注6.光ナノインプリントリソグラフィ
ナノパターンが刻み込まれた基板を型として、はんこのように光硬化性樹脂に押し付け、光を照射し樹脂を硬化させることで、樹脂にナノパターンを転写し、樹脂のナノパターンをレジストマスクとして微細加工を行う技術である。

注7.偏光顕微鏡
観察対象物の偏光特性を観察できる顕微鏡である。照明光と結像光学系の間に2つの偏光板が観察試料を挟むように設置されている。照明光源に近い1つめの偏光板で、ある特定の方向にのみ偏光成分を持つ直線偏光を生成し、結像光学系に近い2つめの偏光板で、照明直線偏光の偏光方向に対して垂直な偏光成分のみを透過し、透過した光を結像する。試料がガラスのような光学的等方体である場合には、照明直線偏光が2つめの偏光板を通過することができないため顕微鏡視野と試料は暗くなる。一方で、試料が複屈折を示すような光学的異方体である場合には、複屈折のため2つ目の偏光板を通過することができる偏光成分が生じるため、試料は明るく見える。また、キラル物質には旋光性という、直線偏光の偏光面を回転させる性質があり、その回転方向は右手型と左手型で反転することが知られている。光学的に等方なキラル物質を偏光顕微鏡で観察すると、旋光性のため試料は明るく見えるが、片方の偏光板を適切な方向へ回転させることで、試料は暗くなる。偏光板の回転させた方向(右回りもしくは左回り)によって、キラル物質の右手型と左手型の明るさが反転する。このように、旋光性を偏光顕微鏡で検出することで、NaClO3結晶の利き手を簡便に判別することができる。

 

論文情報

“Mie-Resonant Nanophotonic-Enhancement of Asymmetry in Sodium Chlorate Chiral Crystallization”
Hiromasa Niinomi*, Kazuhiro Gotoh, Naoki Takano, Miho Tagawa, Iori Morita, Akiko Onuma, Hiroshi Y. Yoshikawa, Ryuzo Kawamura, Tomoya Oshikiri, and Masaru Nakagawa
The Journal of Physical Chemistry Letters
DOI:10.1021/acs.jpclett.3c03303

*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 新家寛正

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光機能材料化学研究分野(中川研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 光機能材料化学研究分野 
助教 新家 寛正(にいのみ ひろまさ)
電話:022-217-5671
Email:hiromasa.niinomi.b2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)