国立大学法人東北大学
国立大学法人信州大学
発表のポイント
- 有機分子の分子設計と固体中の分子配列制御により、新規なハイブリッド材料を開発しました。
- 新たに開発したハイブリッド材料が、固体状態で外部電場に応答して分極状態がスイッチングする強誘電体(注1)であり、かつ、光照射により固体状態で光反応性を実現し、分子構造の変換が可能であることを実証しました。
- 固体状態での光応答性と強誘電性の実現は、高密度な電場-光メモリとしての応用が期待されます。
概要
有機分子の中には、光に応答して分子構造が変化したり、化学反応を生じたりする性質を持つ物質があります。一般にこれらの変化や反応は溶液中で起こりますが、適切な分子配列の制御を行うことで固体の分子集合体中においてもその実現が可能になります。分子集合体の中の分極構造が反転運動するダイナミクスは、不揮発性メモリ(注2)の動作原理でもある強誘電体の実現に不可欠で、その分子設計には、極性構造の設計と外部電場に応答可能な柔らかな結晶格子の実現が重要となります。一方で固体中の光反応性と強誘電性の共存は、極めて緻密な分子設計と分子配列制御が必要であることから、これまでは実現されていませんでした。
東北大学多元物質科学研究所の張雲雅大学院生(研究当時、大学院工学研究科)と芥川智行教授は、信州大学学術研究院理学系の武田貴志准教授との共同研究により、有機合成化学と超分子(注3)化学の手法を用いて固体中の個々の分子配列を正確に制御することで、これまでに不可能と考えられてきた複数の機能をハイブリッド化することに成功しました。本研究成果により、光と電場の両者に外部応答可能な多重記憶性の電場-光メモリ素子の実現に向けた分子設計の指針が得られました。本成果は、次世代有機エレクトロニクスの機能制御のための技術開発に新たな可能性を拓くと期待されます。
本研究成果は米国現地時間の2025年2月24日、科学誌Journal of the American Chemical Societyにてオンライン掲載されました。
研究の背景
最新の電子材料には、膨大な情報をリアルタイムで処理する能力が求められています。軽量性・柔軟性を持ちながら様々な場所に設置可能で、かつ環境変化に応答可能な機能性有機材料の開発が活発に行われています。例えば、有機半導体(注4)は、極薄ディスプレイ、フレキシブルディスプレイ、高密度メモリ、ウエアラブル計測デバイスの医療応用などで注目を集めています。
有機材料の物性は、分子配列様式やその運動性により支配され、適切な分子間相互作用(注5)の設計により物性制御が可能となることから、これまで実現不可能であった機能の複合化により、メモリの高密度化や高感度センシング機能の発現が期待できます。例えば、外部電場による分極反転を示す有機強誘電体では、双極子モーメント(注6)を反転可能とするダイナミックな結晶空間から実現できます。双極子モーメントの外部電場による反転は、結晶の分極状態に関して[0]と[1]の状態を実現し、これは外部電場を切っても保持されることから不揮発性メモリとして利用されています。実際に強誘電性を持つチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)(注7)などの無機材料が不揮発性メモリとして日常生活で幅広く使われています。しかし、PZTは有害な鉛を含むなどの解決すべき課題もあり、有害元素を含まない有機強誘電体の開発に期待が高まっています。一方、有機材料には無機化合物ではその実現が難しいと考えられる機能の複合化の設計が可能です。例えば、固体における光異性化反応や光二量化反応などは、有機分子に含まれる窒素二重結合(−N=N−)や炭素二重結合(−C=C−)などの化学結合が光や熱により活性化されることで生じるπ電子(注8)系有機分子に特徴的な現象です。
有機強誘電体にさらなる外場応答性を付与できれば、新しい動作メカニズムによるメモリ材料の創製が考えられます。有機強誘電体における双極子モーメントに対する運動自由度の設計と光に対する外場応答性は、有機分子の緻密な分子設計から可能となります。
今回の取り組み
代表的な光反応性のπ電子系有機分子に−C=C−結合が分子中心に存在するスチルベンがあげられ、古くからその光二量化反応が検討されています。超分子化学の手法を用いてスチルベンの分子配列様式を制御することにより、固体中での−C=C−結合の[2+2]光二量化反応(注9)が設計可能となります。
今回新たにアルキルアミド鎖(注10)(−CONHCnH2n+1)を有するスチルベン誘導体(C14SDA)を分子設計しました(図1)。強誘電性の実現に有利に働くと考えられる分子間アミド水素結合鎖に着目し、同時にアルキル鎖の熱運動状態の違いを反映した可逆的な連続相転移(S1→S2→S3→L)を示す新規化合物の開発に成功しました(図2)。C14SDAの高温固相であるS3相では、アルキル鎖が部分的に融解し、一次元的な分子間アミド水素結合と外部電場による双極子モーメントの分極反転に起因する電場-分極(P–E)曲線(注11)のヒステリシスを伴う強誘電挙動を示しました(図3)。C14SDAの低温固相であるS1相では光二量化反応を示さなかったのに対し、熱的に揺らいだ高温相であるS2相とS3相は[2+2]光二量化反応を示し、固体中で反応生成物であるシクロブタン環を形成しました(図4)。強誘電体となる高温固相であるS3相では、光二量化生成物の生成と同時にスチルベンのトランス-シス異性化反応(注12)も観察されました。さらに、S3相に電場を印加して光二量化反応を試みたところ、分子の熱的な揺らぎが電場によって抑制されることで、−C=C−二重結合間の距離と対応した光反応収率の変化が観測されました。

図1.本研究で用いた強誘電体ユニットと光反応性ユニットの両者を有するスチルベン分子C14SDAの化学構造。

図2.C14SDAの相転移挙動と偏光顕微鏡写真。三種類の異なる固相(S1, S2, S3相)が存在する。

図3.C14SDAの分子配列様式。鎖長の短いプロピルアミド鎖を有するスチルベン誘導体の単結晶X線結晶構造解析の結果(左図)とC14SDAの形成する層状構造(右図)。

図4.C14SDAの高温固相S3相で観測されたa) 電場-分極(P-E)曲線のヒステリシス挙動とb) アルキルアミド鎖の反転運動による分極反転。c) C14SDAの固体中における光二量化生成物(右)と光異性化反応物(左)。
今後の展開
本研究では、π電子系有機分子の分子設計と固体中における緻密な分子配列制御から、外部電場に応答する双極子モーメントの反転運動による強誘電性と光二量化反応の両者が共存した新規なハイブリッド材料の開発に成功しました。本研究で見出された強誘電性と光反応性の共存は、鉛などの有害元素を含まない環境に優しいメモリ素子に、新たな制御因子である光応答性を付加し、今後の材料科学の発展に寄与する重要な知見であると考えます。柔らかな結晶格子を有する有機分子の集合体構造の利点を最大限に利用することで、分極反転ダイナミクスや光応答性など、これまでにはその共存が難しいと考えられてきた機能のハイブリッド化が可能になり、次世代の機能性有機材料や、新たな動作原理による高密度メモリ素子の実現に繋がることが期待されます。
謝辞
本研究は、科研費 基盤研究(A)(JP19H00886)、学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(JP20H05865)、基盤研究(B)(JP24K01452)、新学術領域研究「ソフトクリスタル」(JP20H04655)、人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンスの支援を受けて実施されました。掲載論文は「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。
用語説明
注1.強誘電体:外部に電場がなくても双極子モーメントが整列しており、かつその方向が外部電場に対して反転できる物質です。双極子モーメントが自発的に整列した状態が強誘電状態でランダムな状態が常誘電体となり、温度により常誘電体-強誘電体相転移を示します。
注2.不揮発性メモリ:電場-分極曲線のヒステリシス(履歴)現象に依存した正負の残留分極をデジタルデータの1と0に対応させたメモリであり、電場を切ってもメモリ状態が保持されます。
注3.超分子:超分子は水素結合などの共有結合とは異なる分子間の弱い相互作用により形成する分子集合体構造であり、化学の分野において多様な構造形成や機能発現に利用されています。
注4.有機半導体:電気を良く通す導体と絶縁体との中間の性質を持つ有機物質や有機材料を指します。有機半導体を材料に用いたトランジスタやフレキシブルセンサなどへの応用が考えられています。
注5.分子間相互作用:静電相互作用、水素結合、双極子相互作用などの多様なエネルギースケールで分子間に働く相互作用であり、分子集合体構造を決定する重要な因子となります。
注6.双極子モーメント:双極子とは、一対の正負の同じ大きさの単極子をわずかに離れた位置に置いたものであり、負から正の方向ベクトルとその大きさとの積で特徴づけられるベクトル量を双極子モーメントと呼びます。
注7.チタン酸ジルコン酸鉛(PZT):鉛、ジルコニウム、チタンの複合酸化物で、外部の力で分極する圧電セラミックスの一種です。優れた不揮発性メモリ特性を示します。
注8.π電子:化学結合のうち共有結合は、結合軸に対して軸対称性を持つσ結合と、軸対称性を持たないπ結合に分けられます。π結合は結合軸に対して直交し、互いに平行な2個の軌道の重なりによって生じます。π結合を作っている電子をπ電子と呼びます。
注9.[2+2]光二量化反応:光照射によって分子2個が結合し二量体が生成する反応のことを指します。アルケンの光化学的な[2+2]付加環化反応によるシクロブタン誘導体の生成は、光二量化の例です。
注10.アルキルアミド鎖:アルキル基と−CONH−または−NHCO−基が結合した置換基であり、直鎖アルキル鎖の場合、−CONHCnH2n+1または−NHCOCnH2n+1で表すことができます。
注11.電場-分極(P–E)曲線:強誘電体に電圧をかけると、外部電場の向きに応じて正と負にその符号を変化することができ、それを自発分極と呼びます。強誘電体では、電場-分極ヒステリシス曲線で、外部電場を0にした時に表面に残っている分極の値を残留分極 Prとよび、外部電場により分極の符号が反転できます。
トランス-シス異性化反応:−C=C−や−N=N−などの二重結合を持つ有機化合物において、シス体とトランス体という構造異性体間を互いに変換する反応であり、光照射によって起こる光異性化反応の一種です。
論文情報
“Photodimerization of Ferroelectric N, N’-Ditetradecyl-stilbenediamide Derivative”
Yunya Zhang, Takashi Takeda and Tomoyuki Akutagawa*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 芥川智行
Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.5c00346
問い合わせ先
東北大学多元物質科学研究所
教授 芥川 智行(あくたがわ ともゆき)
TEL: 022-217-5653
Email: akutagawa*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
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