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プレスリリース
金属微粒子の表面構造制御で最大5倍近い水素製造触媒活性を実現 水素エネルギー社会への貢献に期待|精密無機材料化学研究分野

国立大学法人東北大学
東京理科大学

【発表のポイント】

  • 粒径1 nm程度の極微細な金属微粒子(金属ナノクラスター)(注1)の表面構造を制御する合成手法を確立しました。
  • 本手法により得られた新規金属ナノクラスターは、電極触媒として、従来の表面構造のものと比較して最大で5倍近い水素(H2)生成触媒活性を達成しました。
  • 今後は、他の合成系に本手法を組み合わせることで、高活性触媒開発を促進するとともに水素エネルギー社会の実現が期待されます。

【概要】

H2は将来の「ネット・ゼロ・カーボン」社会において最も重要な燃料のひとつと考えられており、水(H2O)からH2を製造できる電極触媒の開発は非常に重要です。しかし、現在の電極触媒には貴金属が使用されておりコストが高く、実用化にはより少量で高活性を示す触媒の開発が必要不可欠です。

東北大学多元物質科学研究所の根岸雄一 教授、東京理科大学の川脇徳久 講師とSakiat Hossain助教(研究当時)、同大学院修士課程の瀬良美佑 氏、吉川咲良 氏らの研究グループは、粒径1 nm程度の極微細な金属ナノクラスターの表面構造を制御する合成手法を確立しました。具体的には粒径1 nm程度の金属微粒子の表面構造を制御できる合成手法を確立し、得られた新規ナノ物質を電極触媒に応用することで、水素(H2)生成触媒活性の向上に成功しました。

これにより、従来の金白金(AuPt)合金ナノクラスター触媒と比較して、最大で5倍近いH2生成触媒活性を達成することに成功しました。本研究によって、原子レベルで制御可能な金属ナノクラスターの更なる高活性化が可能になり、次世代エネルギー社会の構築が大きく加速されると期待されます。

本研究成果は、2024年10月15日公開のJournal of the American Chemical Society誌に掲載されました。

研究の背景

水素(H2)は質量ベースのエネルギー密度が高く、燃料電池エンジンでは燃焼副産物として水(H2O)を生成するだけであることから、将来の「ネット・ゼロ・カーボン」社会に向けて最も重要な燃料のひとつと考えられています。現在、H2の製造には天然ガスの改質/ガス化が広く用いられていますが、別の方法として、電極触媒技術を用いて地球上に豊富に存在するH2Oを分解して製造することができます。

しかし、このような水素発生反応(HER:Hydrogen Evolution Reaction)を促進するために現在利用されている最も効率的で耐久性のある電極触媒は、白金(Pt)のような高価な貴金属から作られた触媒です。「ネット・ゼロ・カーボン」社会に移行するためには、少ない金属使用量で高い活性を持つ、より適切な触媒を開発することが不可欠となっています。

そこで近年、触媒として注目を集めているのが硫黄(S)を含むチオラート(SR)配位子により保護された、粒径が1 nm程度で微細な金属ナノクラスター(NC)です。金属NCは微細であることから反応に関与可能な比表面積が大きいため、触媒として利用する際の金属使用量を削減することが可能です。SRで保護された金属NCの特性は、その幾何・電子構造と相関することが判明しており、異種金属ドーピング(注2)や配位子交換反応(注3)と呼ばれる方法でそれらを制御できます。金(Au)原子にPt原子をドープしたAuPt合金NCは高いHER活性を示すことが判明しており、本研究グループの過去の研究では、既報の金属NCから配位子交換を行うことで保護配位子のみを変化させた新規金属NCの合成に成功しました。そのHER活性は既報のものと類似しており、これは双方が同様の骨格構造を有していることに起因すると研究グループは考えました。

一般に、SRなどの配位子は金属NCを安定化させますが、HERの活性サイトとなる金属コアへプロトン(H+)が接近する際の妨げとなります。SRで保護された金属NCのHER活性を向上させるためには、その表面構造を制御することで、コアへのH+のアクセスを容易にさせる必要があると考えられます。このような背景から、研究グループは金属NC特有の微細さを維持しながらその表面構造を制御する手法の確立を試みました。

今回の取り組み

本研究では、新規な幾何・電子構造を有する2つのAuPt NCの創製とそのHER触媒としての応用に成功しました。
具体的には、前駆体として[Au24Pt(PET)18]0(PET = 2-phenylethanethiolate)を選択し、以下の3通りの配位子交換反応にてNCの合成を行いました。

  1. 純度98%のTBBTH(TBBTH = 4-tert-butylbenzenethiol)を用いて配位子交換を行い、既報の[Au24Pt(TBBT)18]0を合成しました(図1a)。
  2. 純度97%のTBBTHを用いて配位子交換を行い、新規の[Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0(TDT = SCH2SCH2S)を合成しました(図1b)。
  3. 純度98%のTBBTHおよびPDTH2(PDTH2 = 1,3-propanedithiol)を用いて配位子交換を行い、新規の[Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0を合成しました(図1c)。

結晶構造を解析した結果、これら3つの金属NCは同様のコア構造を有している一方で、そのステープル構造(表面構造)が異なっていました(図2)。

図1. (a) [Au24Pt(TBBT)18]0、(b) [Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0および(c) [Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0 の合成条件と幾何構造

図2. (a) [Au24Pt(TBBT)18]0、(b) [Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0および(c) [Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0の詳細な幾何構造(SR配位子は省略)

従来の[Au24Pt(TBBT)18]0とは対照的に、本研究で新規に合成した[Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0と[Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0はTBBT配位子を12個のみ有し、残りの6個のTBBT配位子は、3個のTDTまたはPDT配位子に置き換えられています。嵩高い配位子の数を減少させることで、HERにおいて活性部位への反応基質のアクセスが容易になり、触媒活性が向上すると期待されます。

そこで、それぞれの金属NCをカーボンブラック(CB)上に担持させ、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)(注4)を用いてHER活性を評価しました(図3a)。その結果、2つの新規金属NCはオンセット電位(注5)および電流密度を低下させ、HERを促進したことを示しました。また、–0.35V vs. RHEの固定電位において、[Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0および[Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0の質量活性は、[Au24Pt(TBBT)18]0と比較し、それぞれ3.5倍および4.9倍向上したことが明らかとなりました(図3b)。

図3. [Au24Pt(TBBT)18]0、[Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0および[Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0の(a) LSV曲線および(b) –0.35V vs. RHEにおける質量活性比較

本研究グループの過去の研究において、保護配位子のアルキル鎖の長さがHER活性に大きな影響を与えることがわかっています。本研究ではいずれも共通のTBBT基を有しているにも関わらず、新規金属NCが高い活性を示したことは注目すべき点です。この要因について、HERの活性サイトである金属コアへH+が拡散する過程が重要であると研究グループは考察しました。プロトンジャンプ理論(注6)によると、H+は水素結合ネットワークを介して隣接するヒドロニウムイオン(H3O+)間で結合の形成と解離を繰り返すことによって水中を拡散します。したがって、水分子(H3O+)は、SR配位子の疎水性R基を避けH+の吸着が起こるコア表面に到達する必要があります。各金属NCの溶媒露出表面(溶媒分子に接することができる表面)を比較すると、[Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0と[Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0では3つのTDTあるいはPDTの存在により、金属コアのAu原子が[Au24Pt(TBBT)18]0の場合よりも大きく露出していました(図4)。水和構造と金属コア表面との間の距離が著しく縮まり、金属コア表面へのプロトン移動が促進されたと考えられます。このように、H+の拡散速度を上げることでH+の吸着が促進され、HERが加速されたと考えられます。

図4. (a) [Au24Pt(TBBT)18]0、(b) [Au24Pt(TBBT)12(TDT)3]0および(c) [Au24Pt(TBBT)12(PDT)3]0の溶媒露出表面

以上のように、本研究グループは金属NCの表面構造を制御する合成手法を確立し、この方法を用いて得られた新規金属NCは電極触媒として従来の表面構造のものと比較しそれぞれ3.5倍および4.9倍高いHER活性を達成しました。金属コア表面へのH+の吸着を促進するような幾何構造を創出することで、触媒の高活性化を実現できると考えられます。

今後の展開

金属NCは、HERだけではなく、酸素還元反応や二酸化炭素還元反応をはじめとする多くの触媒反応に適用が可能です。パラジウムや銅など様々な異種金属ドーピングと本手法を組み合わせることにより、幅広い新規機能性材料が創出可能になり、次世代エネルギー社会の構築に貢献できると期待されます。

謝辞

本研究は、日本学術振興会科研費(JP24K01459、JP23H00289、JP22K19012)からの助成を受けて実施しました。

用語説明

注1.金属ナノクラスター(NC): 数個から数百個の金属原子で構成される微粒子。
注2.異種金属ドーピング: 単一金属化合物に異種金属原子を微量添加する、もしくは一部の金属原子を異種金属原子に置き換えること。
注3.配位子交換反応: NCの表面を保護する配位子に対し別種の配位子を過剰量添加することで、構成配位子を置き換える反応。
注4.リニアスイープボルタンメトリー(LSV): 電気化学測定において、電極電位を連続的に変化させ、流れる電流値を測定する手法。
注5.オンセット電位: 反応に理想的なバンド曲が形成され始める電位、または電流が流れ始める電位。
注6.プロトンジャンプ理論: 水素結合を介して水素イオン(プロトン)が隣接する水分子に素早く移動する伝導機構のこと。

論文情報

“Atomically Precise Au24Pt(thiolate)12(dithiolate)3 Nanoclusters with Excellent Electrocatalytic Hydrogen Evolution Reactivity”
瀬良美佑1、Sakiat Hossain2,*、吉川咲良1、竹前花南1、池田彩華1、田中智也1、幸坂大河1、新堀佳紀2、川脇徳久2,3、根岸雄一2,4,*(1. 東京理科大学理学研究科、2. 東京理科大学研究推進機構総合研究院、3. 東京理科大学理学部第一部、4. 東北大学多元物質科学研究所)
Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.4c10868
*責任著者:
東北大学多元物質科学研究所 教授 根岸雄一
東京理科大学研究推進機構総合研究院 助教 Sakiat Hossain(研究当時)

東北大学
東京理科大学
精密無機材料化学研究分野

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 根岸雄一
TEL: 090-4200-9467
Email: yuichi.negishi.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
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Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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TEL: 03-5228-8107
Email: koho*admin.tus.ac.jp(*を@に置き換えてください)