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プレスリリース
光触媒の水素生成面を選んで極微細な助触媒を担持する技術を開発 ─水に太陽光を当てるだけの水素製造技術の実用化に期待─|精密無機材料化学研究分野

国立大学法人東北大学
東京理科大学

【発表のポイント】

  • 粒径1 nm程度の極微細なロジウム(Rh)・クロム(Cr)複合酸化物(Rh2xCrxO3)助触媒を水分解光触媒のチタン酸ストロンチウム(STO)表面で水素ガス(H2)生成する結晶面だけに選択的に担持する新規手法を確立しました。
  • 本手法により調製された光触媒は、従来の助触媒担持手法(光電析法)と比較して、2.6倍高い水分解光触媒活性を達成しました。
  • 今後は、他の最先端光触媒と本手法を組み合わせることで、水素エネルギー社会の実現が期待されます。

【概要】

次世代エネルギー社会の実現に向けて、水に太陽光を当てて水素ガス(H2)を製造できる水分解光触媒の開発は非常に重要です。しかし、その実用化にはさらなる活性向上が必要不可欠です。水分解光触媒は光触媒母体と助触媒から構成されます。光触媒母体の改良に関する報告例は数多くありますが、実際の反応サイトとなる助触媒については、その改良の余地が多くあります。東北大学多元物質科学研究所の根岸雄一教授、東京理科大学の川脇徳久講師、同大学院修士課程の平山大祐氏、小口颯太氏、三菱マテリアル株式会社の樋上晃裕氏らの研究グループは、水に太陽光を当てるだけで水素(H2)を製造できる水分解光触媒上に粒径1 nm程度の極微細なロジウム(Rh)・クロム(Cr)複合酸化物(Rh2xCrxO3)助触媒を、結晶面選択的に担持する新規手法の確立に成功しました。

これにより、従来の助触媒担持手法(光電析法)と比較して、2.6倍高い水分解光触媒活性を達成することに成功しました。本研究によって、様々な最先端光触媒の更なる高活性化が可能になり次世代エネルギー社会の構築は大きく加速されると期待されます。

本研究成果は、2024年9月23日公開の学術誌Journal of the American Chemical Societyに掲載されました。

研究の背景

カーボンニュートラリティの実現に向けた様々な取り組みの一つとして、水素(H2)をエネルギー媒体とした循環型エネルギー社会の構築が注目を集めています。水分解光触媒を用いると、このH2を地球上に無尽蔵に存在する水と太陽光のみから製造することが可能です。水分解光触媒の実用化には、現在1.1%の太陽光–H2変換効率(STH)(注1)を5–10%まで高める必要があると見積もられています。その実現に向け、現在、水分解光触媒の高機能化に関する研究が盛んに行われています。光触媒は、光を吸収する半導体光触媒の母体と、実際に水を分解する助触媒と呼ばれる金属・金属酸化物微粒子により構成されています。助触媒は実際の反応サイトであるとともに、電荷分離の促進など、重要な役割を担っています。このため、助触媒の高機能化は光触媒の活性向上に対して極めて有効です。

助触媒は一般に、光電着法(PD法)(注2)や含浸法(IMP法)(注3)と呼ばれる手法によって光触媒上に担持されます(図1c, d)。これらの方法は、簡便であるものの、助触媒の「サイズ」や「電子構造」を精密に制御することは原理上、非常に困難です。ここで、微細な粒径によって助触媒を担持させると、助触媒の比表面積増大により、助触媒担持量当たりの活性は大きく向上します。本研究グループは、あらかじめ粒径が1 nm程度の微細な金属ナノクラスター(NC)(注4)を精密に合成し、それらを光触媒上にそのままの粒径で担持させる方法(NCD法; 図1b)(注5)を確立しました。

図1. (a) 開発した結晶面選択的ナノクラスター担持法(F-NCD;本手法) 、(b) 従来のナノクラスター堆積法(NCD)、 (c) 光電着法(PD)および (d) 含浸法(IMP)

一方で、一部の光触媒には、励起された電子と正孔が移動しやすい結晶面が存在します。こうした電子と正孔が移動しやすい面上にそれぞれ、適切なH2生成助触媒および酸素(O2)生成助触媒を担持させると、効率的な空間電荷分離が生じて各反応の効率が促進されるため、水分解光触媒の活性はさらに向上します。しかし、本研究グループが確立した微細な助触媒の担持が可能なNCD法では、助触媒は各結晶面に非選択的に担持されるため、所望の反応が生じない結晶面においても助触媒が担持されてしまうという課題がありました。

このような背景から、助触媒の粒径を微細に保ったまま、結晶面選択的に助触媒を担持する手法の開発が望まれていました。

今回の取り組み

Rh2xCrxO3粒子は高い水素生成速度を誘起することに加え、逆反応を抑制する性質を併せもっていることから、高活性なH2生成助触媒として機能することが知られています。本研究では、粒径が1 nm程度の微細なRh2xCrxO3助触媒を、光触媒母体(18面体チタン酸ストロンチウム; 18-STO)上のH2生成面に対して選択的に担持する方法(結晶面選択的ナノクラスター担持法; F-NCD法)を確立することに成功しました(図2)。

図2. 本手法(F-NCD)の模式図 施策①②を用いてRh錯体を図中黄緑の部位(H2生成面)に選択的に吸着させます。その後、焼成によりRh錯体の配位子を除去するとともにCr2O3膜と固溶化させます。最後に光照射することで、目的の光触媒を得ます。

具体的には、本研究グループが過去に報告したNCD法に対して二つの工夫を施しました:①特定の結晶面を保護する有機物を添加することで、O2生成面への助触媒前駆体(Rh錯体)の化学吸着を抑制しました(図3a):②光還元的な配位子除去を導入することで、吸着したRh錯体のH2生成結晶面への固定化を促進し、それにより、Rh錯体の吸着率を高めました(図3b)。

図3. (a) 施策1;有機物添加によるO2生成面の保護 (b) 塩基性条件下における光照射によるRh錯体の吸着促進

F-NCD法によって調製された光触媒(Rh2xCrxO3/18-STO(F-NCD))における助触媒の粒径、担持位置、電子状態などを、従来法によって調製された光触媒と比較しました(図4)。比較対象には、本研究グループが過去に確立した結晶面に対して無作為に微細なRh助触媒を担持するNCD法(図1b)によって調製した光触媒(Rh2xCrxO3/18-STO (NCD))と、PD法(Rh2O3@CrOx/18-STO(PD))(図1c)およびIMP法(Rh2xCrxO3/18-STO(IMP))(図1d)により助触媒を担持した光触媒を用いました。

担持された助触媒の平均粒径と担持位置({100}面または{110}面)を透過型電子顕微鏡(TEM)観測により見積もりました(図4)。F-NCD法を用いた場合には、粒径1.2 ± 0.2 nmの微細なRh2xCrxO3助触媒が担持されました(図4a-c)。NCD法については、F-NCD法を用いた場合と同じ粒径(1.2 ± 0.3 nm)の助触媒が担持されました。一方、PD法およびIMP法を用いた場合にはそれぞれ、粒径3.7 ± 3.1 nmおよび9.0 ± 8.5 nmのRh2xCrxO3助触媒が担持されました。このことは、F-NCD法を用いた場合、PD法およびIMP法を用いた場合と比べて、粒径が32%および13%も微細な助触媒を担持できたことを意味しています。さらに、NCD法およびIMP法を用いた場合には、助触媒の{100}面への結晶面選択的担持率がそれぞれ59%および57%でした。これらの結果は、NCD法とIMP法を用いた場合には、ほぼ結晶面非選択的に助触媒が担持されることを意味しています。一方、PD法およびF-NCD法(図4c)を用いた場合にはそれぞれ、97%および88%という高い選択率で{100}面に助触媒が担持されました。今回の結果は、F-NCD法でも、PD法と近い選択的担持率で、目的の結晶面に助触媒を担持し得ることを示しています。

図4. Rh2‒xCrxO3/18-STO(F-NCD)の(a){100}面および(b){110}面のTEM像と(c) TEM像から得られたRh2‒xCrxO3助触媒の各結晶面における粒径ヒストグラム

以上のように、本研究グループが確立したF-NCD法を用いることで、H2生成助触媒である粒径1.2 nmのRh2xCrxO3助触媒を18-STOのH2生成面である{100}面に対して結晶面選択的に担持することに成功しました。確立したF-NCD法によって得られた光触媒は、NCD法、PD法およびIMP法によって調製された光触媒と比べて、それぞれ1.5倍、2.6倍および14倍高い水分解光触媒活性を示しました(図5)。さらに、本研究において確立したF-NCD法は、その他の光触媒やNCsにも適用可能な汎用性の高い手法であることも示されました。

図5. 開発したF-NCD法、従来のNCD法、PD法およびIMP法によって調製されたRh2‒xCrxO3/18-STO光触媒の水分解光触媒活性の比較

今後の展開

チタン酸ストロンチウム光触媒は異種金属ドープ(注6)により、活性のさらなる向上や可視光応答化も可能です。今後は、それらと本手法を組み合わせることで、水素エネルギー社会への移行を加速させるような、高効率を有する水分解光触媒が数多く創出されることが期待されます。

謝辞

本研究は、日本学術振興会科研費(JP24K01459、JP23H00289、JP22K19012)、新学術領域研究「ハイドロジェノミクス」(JP21H00027)の支援、矢崎科学技術振興記念財団、花王学芸財団、日本学術振興会笹川科学研究助成、東京電力記念財団研究助成(基礎研究)からの助成を受けて実施しました。

用語説明

注1.太陽光– H2変換効率(STH): 降り注ぐ太陽光エネルギーのうち、何%を水素に変換・蓄積できるかを示す指標。
注2.光電着法(PD法): 光を照射することで、半導体光触媒上で金属イオンを還元し、光触媒表面に助触媒を電析させる手法。
注3.含浸法(IMP法): 金属塩などが分散している溶液を、光触媒に加えた混合物を乾燥させ、焼成処理によって光触媒上に助触媒を担持する手法。
注4.ナノクラスター(NC): 数個から数百個の金属原子で構成される微粒子。
注5.NCD法: ナノクラスターを光触媒と共に溶液中で撹拌することで、分子間相互作用を利用して光触媒上に化学吸着させ、焼成処理などで配位子が取り除くことで、微細な状態で光触媒上に担持する手法。
注6.異種金属ドープ: 半導体を構成する主成分でない遷移金属などを微量添加すること。チタン酸ストロンチウム光触媒では、アルミニウムをドープすることで水分解光触媒活性を大きく向上させることや、ロジウムをドープすることで可視光応答性を付与することができる。

論文情報

“Ultrafine Rhodium–Chromium Mixed-Oxide Cocatalyst with Facet-Selective Loading for Excellent Photocatalytic Water Splitting”
著者:平山大祐1、川脇徳久2,3*、小口颯太1、小鹿野真衣1、今直誓4、安田友洋4、樋上晃裕4、根岸雄一5*
(1. 東京理科大学大学院理学研究科、2. 東京理科大学理学部第一部、3. 東京理科大学研究推進機構総合研究院カーボンバリュー拠点、4. 三菱マテリアル株式会社、5. 東北大学多元物質科学研究所)
*責任著者:東北大学東北大学多元物質科学研究所 教授 根岸雄一
東京理科大学理学部第一部応用化学科 講師 川脇徳久

Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.4c07351
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.4c07351

東北大学
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問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 根岸 雄一
Email: yuichi.negishi.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東京理科大学理学部第一部応用化学科
講師 川脇 徳久
TEL: 03-3260-4272(内線5769)
Email: kawawaki*rs.tus.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東京理科大学 広報課
TEL: 03-5228-8107
Email: koho*admin.tus.ac.jp(*を@に置き換えてください)