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プレスリリース
リチウムイオン電池に置き換わる水系電池 ~次世代亜鉛イオン電池をナノテクノロジーで高エネルギー化~|エネルギーデバイス化学研究分野

北海道大学
東北大学

ポイント

  • 安全かつ低価格な亜鉛イオン電池の正極材料を開発。
  • マンガン酸化物材料を極小ナノ粒子化し、炭素材料との複合材料を作製。
  • 現行リチウムイオン電池と同等以上の高エネルギー密度と高出力密度を達成可能。

【概要】

北海道大学大学院理学研究院の小林弘明准教授、松井雅樹教授、東北大学多元物質科学研究所の本間 格教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校博士後期課程の勝山湧斗氏、リチャード・ケイナーディスティングイッシュトプロフェッサーらの研究グループは、安価で安全な次世代蓄電池として注目されている「水系亜鉛イオン電池」の高エネルギー化・高出力化に成功しました。

現代社会に欠かせないリチウムイオン電池の大型蓄電池としての需要が拡大しています。しかし、リチウムイオン電池は資源枯渇や資源偏在性の課題があるレアメタルを使用し、また可燃性の電解液を使用しているため、大型化の際のコストや安全性のリスクが懸念されています。現在研究開発が進められている次世代蓄電池の中で、亜鉛金属を用いた電池は水系電解液を使用可能な安全性の高い低コストな電池であり、近年蓄電池化の研究が国内外で進められています。正極材料としては、マンガン酸化物が有望材料として研究開発が進められていますが、これまでの材料では高エネルギー密度の達成が困難でした。

今回、スピネル型亜鉛マンガン複酸化物ZnMn2O4を極小ナノ粒子化し、グラフェンに担持した複合正極材料を開発しました。この材料はこれまで達成できなかった2電子反応に相当する充放電が進行し、ZnMn2O4重量あたり600 Wh/kgの高いエネルギー密度を示しました。本材料は出力特性も優れており、今後の材料開発により、現行リチウムイオン電池と同等以上のエネルギー密度を有する安全性の高い蓄電池が構築可能です。本技術の進展により、安価かつ安全な大型蓄電池の普及が加速され、低炭素化社会、地球温暖化対策への貢献が期待されます。

本研究成果は、2024年8月9日(金)公開の Advanced Functional Materials 誌に掲載されました。

開発したZnMn2O4極小ナノ粒子とグラフェンの複合体正極材料

 

【背景】

ポータブル電源に用いられるリチウムイオン電池は現代社会に欠かせないものとなっており、近年は電気自動車の電源や、太陽光発電で得られた電力を夜間使用するための電力負荷平準化用電源など大型蓄電池としての需要が拡大しています。しかし、リチウムイオン電池に使用するレアメタルは資源枯渇や資源偏在性の課題があり、サプライチェーンリスクへの不安を抱えています。また、リチウムイオン電池には可燃性の電解液が使用されており、大型化の際の発火事故に対する更なる安全対策が必須となります。大型蓄電池の需要増大を受け、リチウムイオン電池に代用可能な、資源リスクが低く安全性の高い高エネルギー蓄電池の研究開発が進められています。

現在研究開発が進められている次世代蓄電池の種類は多岐にわたりますが、その中でも亜鉛金属を用いた蓄電池は水系電解液を用いることが可能であり、安全性の高い電池です。亜鉛を用いた電池の歴史は古く、例えば銅金属と組み合わせたダニエル電池は1800年代に発明され、今では高校の化学で学ばれています。亜鉛電池は長年一次電池として使用されてきましたが、その高い安全性・資源性・エネルギー密度の観点から再注目され、蓄電池化の研究が国内外で進められています。亜鉛電池には部材の組み合わせによりニッケル・亜鉛電池*1、亜鉛空気電池*2、亜鉛イオン電池*3などの種類がありますが、本研究では負極の高可逆性が期待できる、弱酸性の水系電解液を使用する亜鉛イオン電池に着目しました。

亜鉛イオン電池の正極材料として、プルシアンブルー類似体、バナジウム酸化物、マンガン酸化物が有望材料として研究開発が進められています。この中で、マンガン酸化物は動作電位が高く、Mn4+/Mn2+の2電子反応を使うことで高いエネルギー密度を発揮することが可能ですが、これまで開発されてきた材料では反応が十分に進行せず、1電子反応しか利用することができず、現行リチウムイオン電池に匹敵する高いエネルギー密度を得ることはできませんでした。

【研究手法・研究成果】

今回、マンガン酸化物の2電子反応を実現するため、マンガン酸化物の一種であるスピネル型亜鉛マンガン複酸化物ZnMn2O4の極小ナノ粒子を「アルコール還元法*4」という溶液プロセスで合成しました。合成した一粒子のサイズは平均5 nmと、これまでに報告された材料よりも小さく、本研究ではZnMn2O4極小ナノ粒子が炭素材料のグラフェンに担持された複合材料を得ることに成功しました(図1)。この複合材料の亜鉛イオン電池正極の特性を評価したところ、2電子反応に相当する充放電が進行することを見出しました。これはZnMn2O4重量あたり600 Wh/kgに相当し、リチウムイオン電池に用いられる正極活物質と同等以上の高いエネルギー密度を示しました(図2左)。さらに、本材料は出力特性も優れ、既存のマンガン酸化物材料と比べて高いエネルギー密度を高出力で発揮可能であることを明らかにしました(図2右)。

図1.開発した材料の電子顕微鏡画像。粒子サイズ5 nmのZnMn2O4ナノ粒子が皺上のグラフェンに担持されている。

図2.開発材料のベンチマーク。(a)高電圧で高い可逆容量を示し、既存材料よりも高いエネルギー密度を示す。(b)高出力動作条件でも高いエネルギー密度を示す。

【今後への期待】

今回合成した材料はグラフェンを過剰量添加しているため、電極重量あたりのエネルギー密度は約370 Wh/kgと改善の必要がありますが、ZnMn2O4極小ナノ粒子と炭素材料との複合化が最適化されれば、現行リチウムイオン電池と同等以上のエネルギー密度を有する安全性の高い蓄電池が構築可能です。また電極構造がブラッシュアップされれば、1000回以上の長期サイクルも可能と期待されます。本技術が進展し、安価かつ安全な大型蓄電池の普及が加速されることで、低炭素化社会、地球温暖化対策への貢献が期待されます。

【謝辞】

本研究は「物質・デバイス領域共同研究拠点」のCOREラボ共同研究プログラム、JST ALCA-SPRING (JPMJAL1301)、JST GteX(JPMJGX23S1)、University of California Climate Action Seed Grant (R02CP7008)、Dr. Myung Ki Hong Endowed Chair in Materials Innovation(R.B.K.)の支援を受けて行われました。

【用語解説】

*1 ニッケル・亜鉛電池 … 現行のニッケル水素電池の負極(水素吸蔵合金)に亜鉛を用いた電池。アルカリ性電解液を使用し、水酸化物イオンをキャリアとした反応が進行する。セパレータの改良により蓄電池化が可能となり、ニッケル水素電池と同水準のエネルギー密度でより安価な蓄電池として開発が進められている。

*2 亜鉛空気電池 … 正極に空気(酸素)、アルカリ性電解液を用いた電池。ニッケル・亜鉛電池の課題に加えて、酸素の酸化還元反応を促進する触媒や電極構造の設計が必要であるが、理論エネルギー密度が高い。

*3 亜鉛イオン電池 … 正極にイオンを出し入れ可能な材料、中性〜弱酸性の電解液を用いた電池。正極に種々の材料を適用可能であり、また負極でZnOなどを生成しないためサイクル寿命が長いことが期待され、ここ10年で研究が盛んに行われている。

*4 アルコール還元法 … 金属イオンをエタノールなどのアルコールで還元し、金属や酸化物のナノ粒子を合成する方法。アルコールは水と比較して酸化物の溶解度が低く、よりサイズの小さいナノ粒子を得ることが可能である。

論文情報

“A Nanoparticle ZnMn2O4/Graphene Composite Cathode Doubles the Reversible Capacity in an Aqueous Zn-Ion Battery”
(ZnMn2O4ナノ粒子とグラフェンの複合体正極が水系亜鉛イオン電池正極の可逆容量を2倍にする)
勝山湧斗1、2、大岡千恵1、朱 瑞傑3、飯村玲於奈1、松井雅樹3、本間 格1、Richard B. Kaner2、小林弘明*、1、31東北大学多元物質科学研究所、2カリフォルニア大学ロサンゼルス校、3北海道大学大学院理学研究院、*責任著者)
Advanced Functional Materials(Wiley-VCH社の発行する材料科学の専門誌)
DOI:10.1002/adfm.202405551
公表日:2024年8月9日(金)(オンライン公開)

北海道大学
東北大学
エネルギーデバイス化学研究分野(本間格研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
北海道大学大学院理学研究院
准教授 小林 弘明(こばやし ひろあき)
TEL:011-706-2706、FAX:011-706-2702
Email:h.kobayashi*sci.hokudai.ac.jp(*を@に置き換えてください)
https://wwwchem.sci.hokudai.ac.jp/~inorganic/

東北大学 多元物質科学研究所
教授 本間 格(ほんま いたる)
TEL: 022-217-5815
Email:itaru.homma.e8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
北海道大学社会共創部広報課
TEL:011-706-2610、TAX:011-706-2092
Email:jp-press*general.hokudai.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所広報情報室
TEL:022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)