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プレスリリース
高価な白金代替触媒として有望な窒素ドープカーボンの精密な特性評価装置を開発 -安価な高性能燃料電池などの用途拡大に期待-|ハイブリッド炭素ナノ材料研究分野

国立大学法人東北大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

【発表のポイント】

  • カーボン中の窒素をppmレベルの高感度で全量測定できる超高温昇温脱離(TPD)装置(注1を開発しました。
  • 本装置により、カーボンにドープ(添加)された窒素の全量だけでなく、その化学結合状態を高精度かつ超高感度で決定しました。
  • 次世代の有望なエネルギー材料である窒素ドープカーボン(注2の開発を加速させることが期待されます。

【概要】

窒素ドープカーボンは、燃料電池の白金代替触媒や各種電池の部材として有望であり、次世代のエネルギー材料として注目されています。カーボン材料中において、ドーパント(不純物)である窒素の化学結合状態(注3は性能に大きな影響を与えるため、精密な定性・定量分析法の確立が極めて重要です。従来の手法としてCHN元素分析法(注4やX線光電子分光法(XPS)(注5があります。しかし前者は窒素の化学結合状態を判別できず、後者は化学結合状態を分析できるものの表面近傍の情報しか得られない欠点がありました。また、両方とも分析感度は1,000 ppm程度が限界でした。

東北大学多元物質科学研究所の吉井丈晴助教と同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の西原洋知教授、そしてカナダ・ブリティッシュコロンビア大学のRobert Karoly Szilagyi准教授らからなる研究グループは、窒素ドープカーボンの新たな分析手法として、2,100℃に達する超高温TPD法を開発しました。今回開発したTPD法は従来の手法よりも2桁高い感度をもち、窒素を10 ppmレベルで定量することができ、材料内部に存在する窒素も精密に定性・定量分析することが可能です。

本研究成果は2024年4月29日(米国東部時間)、化学分野の専門誌Chemに掲載されました。

詳細(プレスリリース本文)

 

【詳細な説明】

研究の背景

カーボン材料中に窒素を導入した窒素ドープカーボンは、スーパーキャパシタ(注6や電池の電極として広く研究がなされています。とりわけ、貴金属を使用しない次世代の燃料電池カソード(正極)材料としての利用が有望視されています。一般に、窒素ドープカーボンには様々な種類の窒素が混在しており、その化学結合状態は電極としての性能に大きく影響します。そのため、カーボン中の窒素を精密に定性・定量分析することは、次世代エネルギー材料開発において非常に重要です。従来の窒素分析法であるCHN元素分析法は、試料全体(バルク)の窒素を全量測定可能ですが、窒素の化学結合状態を区別することができません。また、XPS法を使用すれば、放出された光電子の運動エネルギースペクトルのピーク位置から窒素の化学結合状態を判別できますが、表面分析であるため試料内部の情報を得ることができません。さらに、これらの分析法は分析感度が概ね1,000 ppmにとどまっています。

本研究グループは、従来の手法とは異なる窒素分析手法であるTPD法に着目しました。TPD法は試料の加熱によって脱離したガス種を検出する方法であり、市販のTPD装置は無機材料の分析に広く利用されています。一般にTPD装置の最高加熱温度は1,200℃程度ですが、カーボン材料中の窒素はこれを大きく超えた温度で脱離します。そのため、TPD法を用いた窒素の全定量分析はこれまで達成されていませんでした。

今回の取り組み

本研究では、誘導加熱機構を活用し、最高加熱温度が2,100℃に達する超高温TPD装置を独自に開発しました(図1)。これにより、TPD法によるカーボン中の窒素の全定量分析に初めて成功しました。さらに、得られたTPD温度プロファイルから窒素の化学結合状態を識別可能なことを見出しました。

図1. 超高温TPD装置の模式図

本研究で開発した超高温TPD装置を用いた、窒素ドープカーボンの分析結果を図2(a)に示します。窒素含有ガスとして、アンモニア(NH3)、シアン化水素(HCN)、窒素(N2)の脱離が幅広い温度域で観測されました。特に、N2ガスは従来の測定温度範囲を大きく超え、1,800℃以上の高温域にわたって脱離しました。脱離した全窒素量を算出すると、CHN元素分析法により求めたカーボン中の窒素量とよく一致しました。このことから、超高温TPD法により、バルク中の窒素の全定量が達成されたことが分かりました。

さらに、実験と理論の両面から窒素の脱離過程を詳細に検討しました。その結果、脱離したガスの種類と温度の情報から、カーボン中での窒素の化学結合状態を識別可能であることが示されました。具体的には、図2(b)に示すピロール型窒素、ピリジン型窒素、グラファイト型窒素について、TPD法によりそれぞれを個別に定量することが可能であることを明らかにしました。

図2. (a) 窒素ドープカーボンのTPD温度プロファイル。(b) 各窒素ドーパントの脱離ガス種と温度を示した模式図。

今回開発したTPD法は高感度を特徴とします。約10 ppmの極微量窒素種を含有するカーボンについて分析を行ったところ、従来のCHN元素分析法とXPS法では窒素種を検出することができませんでした。一方、TPD法では、明確な窒素脱離プロファイルが得られ、従来の方法よりも2桁高い感度で窒素種を分析可能であることが示されました。今回開発したTPD法の持つ特徴は表1のようにまとめられます。

表1. TPD法と従来法の窒素ドープカーボン分析に関する特徴の比較。

今後の展開

今後、TPD法が従来法であるCHN元素分析法やXPS法と相補的に使用されることで、次世代エネルギー材料開発の加速が期待されます。さらに、カーボン中の窒素種分析のニーズは、エネルギー関連分野に限定されません。例えば、黒鉛電極製造時に生じる不可逆的な膨張(パッフィング現象(注7)は、原料中に微量含まれる窒素種の脱離が原因であると考えられていますが、その抑制手法が確立されていません。TPD法は、材料中の深くに埋もれた微量窒素も分析可能であり、この現象の新たな評価手法として応用できる可能性があります。これらの利点から、TPD法は今後、学術と産業の両面で有用な分析手法として期待されます。

【謝辞】

本研究は、JST さきがけ(JPMJPR23QA)、JST SICORP(JPMJSC2112)、JST CREST(JPMJCR18R3)、科学研究費補助金(JP20K22459、JP22J20735、JP20H02547、JP18KK0395)、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の共同研究プログラム、Scientific Grant Agency VEGA(02/0026/23)、 Slovak Academy of Sciences (V4-Japan/JRP/2021/96/AtomDeC)の支援を受け実施しました。

【用語説明】

注1.昇温脱離(TPD)装置: 試料を加熱し、脱離した化学物質を質量分析計により同定する分析手法(Temperature Programmed Desorption法:TPD法)を用いる装置。無機材料の分析に広く用いられる。

注2.窒素ドープカーボン: 炭素(C)素材の内部に窒素(N)をドープ(添加)した物質。高価で資源に乏しい白金(Pt)を用いなくても高い触媒としての性能を示す。ありふれたCとNだけで作ることができ、燃料電池のカソード(正極)で酸素を還元する白金代替触媒などとして注目されている。アルカリ性、酸性の両方の電解質に対して高い耐性を示す。

注3.窒素の化学結合状態: カーボン材料中に窒素を導入すると、単一の化学種でなく、様々な結合状態の化学種が混在する。代表的な化学結合状態として、図2(b)に示すような、カーボン材料端部に5員環で導入されたピロール型窒素、6員環で導入されたピリジン型窒素や、カーボン内部に埋め込まれたグラファイト型窒素がある。

注4.CHN元素分析法: 試料中の炭素(C)、水素(H)、窒素(N)を定量する分析法。試料を酸素雰囲気下で燃焼し、発生したガスを還元することで生じる二酸化炭素(CO2)、水(H2O)、窒素(N2)を定量することで、試料中のC、H、N含有量に換算する。

注5.X線光電子分光法(XPS): 試料にX線を照射することで放出される電子(光電子)の運動エネルギーを測定し、試料に存在する元素の種類・存在量および化学結合状態を解析する手法。表面敏感な分析手法であることを特徴とする。

注6.スーパーキャパシタ: セラミックスなどの誘電体で構成される通常のコンデンサと異なり、電解液で作られる。電極と電解液の界面に形成される極めて薄いイオンの層(電気二重層)を利用してエネルギーを貯蔵する。これにより、スーパーキャパシタは急速な充電・放電が可能であり、長い寿命を持ち、高い効率でエネルギーを供給することが可能である。

注7.パッフィング現象: ニードルコークス(石油精製過程で生産されるコークスを加工して製造される)を原料とした黒鉛電極の製造時に、不可逆な膨張が生じ、黒鉛電極の劣化が引き起こされる現象。

 

論文情報

“Quantitative and qualitative analysis of nitrogen species in carbon at the ppm level”
Takeharu Yoshii,* Ginga Nishikawa, Viki Kumar Prasad, Shunsuke Shimizu, Ryo Kawaguchi, Rui Tang, Koki Chida, Nobuhiro Sato, Ryota Sakamoto, Kouhei Takatani, Daniel Moreno-Rodríguez, Peter Škorňa, Eva Scholtzová, Robert Karoly Szilagyi,* and Hirotomo Nishihara*
Chem
DOI:10.1016/j.chempr.2024.03.029

*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 吉井 丈晴
       東北大学材料科学高等研究所 教授 西原 洋知
       ブリティッシュコロンビア大学 准教授 Robert Karoly Szilagyi

東北大学
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
ハイブリッド炭素ナノ材料研究分野

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
助教 吉井丈晴
TEL:022-217-5627
Email:takeharu.yoshii.b3*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学材料科学高等研究所(WPI–AIMR)
広報戦略室
TEL:022-217-6146
Email:aimr-outreach*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404
Email:jstkoho*jst.go.jp(*を@に置き換えてください)

(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ
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TEL:03-3512-3526
Email:presto*jst.go.jp(*を@に置き換えてください)