"
プレスリリース
固体イオン交換反応の進行を計算科学で予測 ~太陽電池や燃料電池により適した新物質の探索を加速~|原子空間制御プロセス研究分野

【発表のポイント】

  • 固体イオン交換法(注1は、既存の固体物質中のイオンを、接触させた別の固体物質に含まれる異なるイオンに置き換えることで、従来法では手に入れられない新物質を生み出す手法です。
  • 今回、これまでは実験的に検証するしかなかったイオン交換に適した物質の組合せを、第一原理計算(注2により高速で見極めることが可能になりました。
  • 太陽電池や燃料電池などに適した新しい物質の探索を加速させると期待されます。

 
【概要】
太陽電池や燃料電池などをさらに高効率化していくためには、それに適した新しい物質の探索が必要不可欠です。固体イオン交換法は、既存の物質が含むイオンを、別の固体物質が含む異なるイオンに置き換えることで新しい化合物を作り出す手法です。従来の原料から合成する高温反応法が800℃以上を必要とするのに対し、固体イオン交換法では150~400℃と比較的低温で反応が進むため、新物質を探索するためのツールとして長らく期待されてきました。しかしイオン交換が生じる物質の組合せ(前駆体とイオン源の組合せ」を予測する手段はこれまでなく、新物質を合成するためには、様々な組合せを試行錯誤する実験が必要でした。

東北大学多元物質科学研究所の鈴木一誓講師らの研究グループは、イオン交換が生じる前駆体とイオン源の組合せを、第一原理計算によって高速で見極める技術を確立しました。これにより、太陽電池や燃料電池などに適した、新物質の開発が一層加速することが期待されます。

本研究成果は、2024年4月17日(現地時間)、Chemistry of Materials誌に掲載されました。
 
【詳細な説明】
研究の背景

太陽電池や燃料電池などのエネルギー技術は、それらの素子を構成する物質の開発が鍵を握っています。研究者が新物質の探索にチャレンジする際の基盤の技術となるのが「物質の合成法」です。従来、無機物質を合成する一般的な方法は、非常に高い温度(800 °C以上)で原料を反応させる「高温反応法」でした。この方法では、原料に含まれている原子がバラバラになってから再び組み合わさることで、新たな物質が形作られます(図1(上))。原子がどのように配列するか(結晶構造3)には無限のバリエーションが存在しますが、高温反応法ではエネルギー的に最も安定な結晶構造(安定相)が現れます。

図1. (上)材料合成に通常用いられる高温合成法と、(下)準安定相の合成に適したイオン交換法の模式図。

一方で、安定相よりも不安定な原子の配列をしているものの、実際上は安定相かのように扱うことができる「準安定相4」と呼ばれる物質が存在します。例えば、ダイヤモンドは同じ炭素原子でできたグラファイト(鉛筆の芯の主成分)よりも不安定な準安定相ですが、宝飾品や工業部材として用いられています。

準安定相を得るための合成手法の一つが「固体イオン交換法」です。この方法では、あらかじめ用意した既知の物質(前駆体)のイオンを、他のイオンに置き換えて、新たな物質を生み出します。すなわち、前駆体と、イオンを供給する他の物質(イオン源)との間でのイオンの交換反応を用います(図1(下))。イオン交換は比較的低温(150-400 °C)で生じるために、前駆体の原子はバラバラとならず、もともとの結晶構造が維持されたまま新しい物質へと生まれ変わります。

イオン交換法でのみ合成が可能な準安定相には、例えば新しい太陽電池材料として期待される銅ガリウム酸化物半導体のβ-CuGaO2(注5など、従来の方法では得られなかった珍しい性質の物質が多くあります。しかし、「どのような前駆体とイオン源との組み合わせにおいてイオン交換が生じるのか」は明らかとなっていませんでした。新たな物質の探索のためには前駆体とイオン源の様々な組み合わせを試行錯誤する必要があったことから、イオン交換法による新物質の探索はあまり活発ではありませんでした。イオン交換法に適した物質の組合せを実験や経験に頼らずに見極めることができれば、物質探索が大幅に加速し、エネルギー技術の発展に寄与するはずです。
 

今回の取り組み

本研究では「イオン交換が生じるかどうかを第一原理計算により予測できるか?」を検証しました。前駆体として三元系ウルツ鉱型酸化物(注6(β-MIGaO2, MI = Na, Li, Cu, Ag)を、イオン源としてハロゲン化物・硝酸塩(MIX, X = Cl, Br, I, NO3)を選び、これらの42通りの組合せのイオン交換について、第一原理計算をしました。計算結果は「イオン交換が生じる」「イオン交換が生じない」「部分的なイオン交換が生じる(固溶体(注7が形成される)」の3つのカテゴリに分けられました(図2)。さらに、実際の実験を通してこれらの計算結果を検証し、42通りの組合せすべてで、計算による予測と実験結果が一致することを確認しました。本手法によって、実験で試行錯誤することなくイオン交換が生じるかどうかを予測すること、および、事前に適した物質の組合せを選定できることが示されました。
 

今後の展開

イオン交換は、本研究で対象とした三元系ウルツ鉱型酸化物だけでなく、イオンが移動する様々な物質において広く起こる現象です。また、この反応は、1価イオンに限らず、2価や3価などの多価イオンでも生じます。本研究にて確立したイオン交換の予測方法は、あらゆるイオン交換に適用することが可能です。本手法によって、実験をせずとも、イオン交換に適した物質の組合せを高速で見極めることができます。これにより、太陽電池や燃料電池の高効率化や環境適応性の向上に貢献する全く新しい準安定相の発掘が加速することが期待されます。

図2.イオン交換の可否に関する予測のイメージ。


 
【謝辞】
本研究はJSPS科研費(JP22K18897)および「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」の共同研究プログラムの助成を受けたものです。
 
【研究チーム】

東北大学多元物質科学研究所   鈴木一誓(講師)、小俣孝久(教授)
富山高等専門学校 喜多正雄(准教授)

 
【用語説明】
注1.固体イオン交換法: 無機化合物に適用する固体イオン交換法とは、あらかじめ用意した物質(前駆体)の一部のイオンを、イオン源に含まれる別のイオンと交換することで、新たな化合物を合成する手法のこと。高温で原子を再構成する高温反応法と異なって、イオン交換法は低温(150~400 °C)でやさしくイオンを交換する手法であることから「ソフトケミストリー」の一種とされることもある。前駆体の結晶構造を維持したままイオンを交換する手法であるため、通常の高温反応法では得ることができない化合物の合成に用いられる。
注2.第一原理計算: 実験結果を参照しないで固体中に存在する電子の状態を計算することで、物質のさまざまな性質を予測する手法。本研究では、物質の熱力学的な特性(安定性)の予測に用いた。結晶構造とそれを構成する元素の種類がわかれば計算が可能であるため、これまでに合成されたことがない未知の物質についても、イオン交換による合成の可否を推測することが可能である。
注3.結晶構造: 結晶の中での原子の配列の仕方のこと。どのような元素から構成されるか(組成)と、それらの原子がどのように配列するか(結晶構造)により、物質の性質は大きく変化する。
注4.準安定相: 最も熱力学的に安定である相が「安定相」と呼ばれるのに対し、「準安定相」は安定相よりは不安定であるものの実質的に安定相と同じように扱える相のことである。
注5.β-CuGaO2 2014年にイオン交換によってはじめて合成された準安定な酸化物半導体。太陽電池に適した性質を有し、有害元素などを含まないことから、新しい太陽電池材料として期待されている。
詳細は、論文(T. Omata et al., J. Am. Chem. Soc., 2014: https://doi.org/10.1021/ja501614n)を参照。
注6.三元系ウルツ鉱型酸化物: β-CuGaO2と同様の結晶構造を有する酸化物半導体のグループ。本研究では、β-CuGaO2に加えて、β-NaGaO2およびβ-LiGaO2、β-AgGaO2を取り扱った。これらの物質は、ハロゲン化物や硝酸塩をイオン源としてイオン交換することが知られている。
注7.固溶体: 二種類以上の元素が互いに溶け合い均一な固相となった固体のこと。固溶体には、もともとの結晶構造を保ったまま元素の一部が置き換わった置換型固溶体と、結晶格子の隙間に別の元素が混ざりこんだ侵入型固溶体がある。本研究における固溶体とは、例えばAgとNaが同じサイトをランダムに配置した置換型固溶体のβ-Ag1-xNaxGaO2を示す。

 

論文情報

“Designing Topotactic Ion-Exchange Reactions in Solid-State Oxides Through First-Principles Calculations”
Issei Suzuki*, Masao Kita, Takahisa Omata
Chemistry of Materials
DOI: 10.1021/acs.chemmater.3c03016

*責任著者:東北大学 多元物質科学研究所 講師 鈴木一誓

東北大学
原子空間制御プロセス研究分野(小俣孝久研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
講師 鈴木一誓(すずき いっせい)
TEL: 022-217-5215
Email: issei.suzuki*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)