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プレスリリース
CO2還元触媒の性能は幾何構造と安定性で異なることが判明 ─ CO2を二次利用して減らす高性能触媒開発の指針として脱炭素社会の実現に貢献 ─|精密無機材料化学研究分野

国立大学法人東北大学
東京理科大学

【発表のポイント】

  • 電気化学的二酸化炭素還元(注1)触媒として機能する金属微粒子(金属ナノクラスター(NC)(注2))の精密合成に成功しました。
  • 本手法により得られた二つの金属ナノクラスターの耐久性と生成物の選択率の差は金属ナノクラスター内の相互作用に由来することを解明しました。
  • こうした相互作用制御により、高活性触媒の開発が促進されるとともに、脱炭素社会の実現がまた一歩近づくことが期待されます。

【概要】

地球温暖化の原因物質とされる二酸化炭素(CO2)を大気中から減らすことは、世界で最も重要な課題の一つです。CO2を地下深くに固定する方法なども進められていますが、有用な有機物質に変換して再利用する方法も注目されています。

東北大学多元物質科学研究所の根岸雄一 教授、東京理科大学理学部第一部の川脇徳久 講師、Sourav Biswas助教、吉越裕介 助教、同大学院理学研究科修士課程の新行内大和 大学院生、尾上雅季 大学院生、オーストラリア・アデレート(Adelaide)大学のGregory F. Metha教授らの研究グループは、身近な金属である銅(Cu)を触媒として用いる電気化学的二酸化炭素還元における生成物の選択率や触媒の耐久性を高める画期的な方法を発表しました。具体的には、銅ナノクラスター(Cu NC)内の配位子相互作用を原子レベルで設計することで、比較的高いギ酸(HCOOH)生成選択率と耐久性を兼ね備えた電気化学的二酸化炭素還元触媒の開発に成功しました。

この成果は二酸化炭素還元触媒の開発に新たな指針を示し、社会が脱炭素社会実現にさらに一歩近づくことに貢献すると期待されます。

本研究成果は、2024年12月4日付けで、ナノサイエンスとナノテクノロジーの専門誌Smallに掲載されました。

【詳細な説明】
研究の背景
電気化学的二酸化炭素還元反応(CO2RR:RR=Reduction Reaction)は、地球温暖化や気候変動に影響を及ぼすCO2を価値のある化学品に変換できる可能性があるため、近年大きな注目を集めています。この反応の効率と選択性を向上させるためには、高性能な金属触媒の開発が重要です。特に、Cu NCはその幾何/電子構造を原子レベルの精度で設計できるため、主たるCO2還元物やその選択率を精密に制御することが可能です。一方、配位子の違いやそれに伴う配位子間の相互作用がCO2RRへ与える影響についてはこれまで十分に明らかにされてきませんでした。
このような背景から、本研究グループは、精密な構造設計によりCu NC内の配位子相互作用を制御し、それがCO2RR選択率やその耐久性に与える影響を明らかにすることを目的としました。

今回の取り組み

本研究では、異なる配位子で同じ幾何構造を有するCu NCの合成に成功しました。一般に、異なる配位子を用いるとCuナノクラスターの幾何構造は容易に変化してしまいます。しかしながら、配位子の違いやそれに伴う配位子間の相互作用がCO2RRへ与える影響を明らかにするためには、Cuナノクラスターの同幾何構造を維持しつつ配位子だけを変化させる必要があります。そのため研究グループは、硫黄とリンを含む2つの配位子による共保護を用いた精密な合成戦略を立てました。具体的には、2種類の異なる硫黄配位子(PET:2-フェニルエタンチオール=C8H10S、CHT:シクロヘキサンチオール=C6H12S)のどちらかと有機リン化合物のトリフェニルホスフィン(PPh3)を用いることで、ほぼ同じ幾何構造を持つ2つのCu14ナノクラスター(Cu14-CHT、Cu14-PET)を合成しました。これらのCu NCの電気化学的な安定性を比較したところ、顕著な違いが観察されました。そこで結晶構造を詳細に解析した結果、この安定性の違いは、ナノクラスター内の配位子間相互作用に由来することが明らかとなりました(図1)。

図1. Cu14-CHTとCu14-PETの幾何構造、配位子、相互作用及び安定性の模式図

これらの違いは触媒活性に影響を与えることが予想されます。そこで、それぞれのCu NCをカーボンブラック(CB)上に担持させ、CO2流通下にて定電位電解を行い、生成物のファラデー効率(注3)を求めました(図2)。その結果、 どちらのCu NCもCOとギ酸(HCOOH)を生成しました。しかし、Cu14-PETはCu14-CHTと比べて、比較的高いギ酸選択率を持ち、より耐久性に優れていることが判明しました。

図2. 電気化学CO₂RR に対するCu14-CHTとCu14 -PETの-1.2V vs. RHEにおけるファラデー効率(a)反応2時間後の結果 (b)反応16時間後の結果

これらCO2RR選択率や耐久性に差が生じる理由について、Cu K端フーリエ変換-広域X線吸収微細構造(FT-EXAFS)(注4)により詳細な検討を行ったところ(図3)、Cu14-PETは電気化学反応後にもその幾何構造を比較的保っている一方で、Cu14-CHTは配位子が脱離し、凝集していることが明らかとなりました。具体的には、Cu14-PETでは反応前後において、配位子との結合であるCu–P or S結合(~1.9 Å)にほとんど変化がありませんでした。これに対して、Cu14-CHTでは反応後にそれらの結合が消失し、Cu–Cu結合のピーク(~2.2 Å)強度が増大したことが分かりました。これらの結果から、Cu14-PETはナノクラスター内の配位子間相互作用に由来する高い安定性のため、選択率や耐久性を維持したが、Cu14-PETでは安定性が低く、凝集したため、選択率や耐久性に差が生じたことが分かりました。

図3. 本(Cu foil, CuO)とCu14-CHTとCu14 -PETの反応前後におけるCu K端FT-EXAFSスペクトル

このように、本研究グループは異なる配位子で同一な幾何構造を有するCu NCの合成に成功しました。この二つのCu NCはナノクラスター内の配位子間相互作用に由来する電気化学的な安定性に違いを生じていることが明らかとなりました。また、この安定性の違いにより、電気化学的CO2RRの選択率や耐久性に差が生じたことが明らかとなりました。

今後の展開

本手法を用いると、他のCu NCについても、ナノクラスター内の配位子相互作用を調整できることが期待されます。こうした制御を行うことで、今回のCu14-PETよりさらに高効率で高耐久な電気化学的CO2還元触媒が創出され、それにより、脱炭素社会の実現がさらに一歩近づくことが期待されます。

謝辞

本研究は、日本学術振興科研費(JP23H00289、JP22K19012、JP24K01459)、新学術領域研究「水圏機能材料」(JP22H04562)、触媒科学計測共同研究拠点(JP22AY0056、JP23AY0189)の支援、高橋産業経済研究財団、矢崎科学技術振興記念財団、熊谷科学技術振興財団、岩谷直治記念財団、市村清新技術財団、スズキ財団および公益財団法人 JKAからの助成を受けて実施しました。放射光実験は、財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認を得て、SPring-8のBL01B1で実施されました(課題番号:2022B1823、2023A1675、2023B1825)。

用語説明

注1. 電気化学的二酸化炭素還元: 電気分解反応によって二酸化炭素(CO2)を分解し、還元的に有用な物質へと変換する反応。
注2. 金属ナノクラスター(NC): 数個から数百個の金属原子で構成される微粒子。
注3. ファラデー効率: 加えた電流が、目的の生成物を作るために実際に使われた割合。
注4. フーリエ変換-広域X線吸収微細構造(FT-EXAFS): 物質にX線を照射し、得られる吸収スペクトルをフーリエ変換したもの。電子の波の重なりによって形成されるため、測定対象元素周囲の構造情報を得ることができる。

論文情報

“Ligand-Dependent Intracluster Interactions in Electrochemical CO2 Reduction Using Cu14 Nanoclusters”
新行内大和1、尾上雅季1、Sourav Biswas 3、田中智也1、神山真帆2、池田薫1、Sakiat Hossian3、吉越裕介2、D. J. Osborn 4、Gregory F. Metha 4、川脇徳久2,3,5*、根岸雄一5,6*
(1. 東京理科大学大学院理学研究科、2. 東京理科大学理学部第一部、3. 東京理科大学研究推進機構総合研究院、4. Department of Chemistry, University of Adelaide, Adelaide、5. 東京理科大学研究推進機構総合研究院カーボンバリュー拠点、6. 東北大学多元物質科学研究所)
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 根岸雄一、東京理科大学理学部第一部応用化学科 講師 川脇徳久
Small
DOI:10.1002/smll.202409910

東北大学
東京理科大学
▶ 精密無機材料化学研究分野(根岸雄一研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 根岸 雄一
Email: yuichi.negishi.a8*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東京理科大学理学部第一部応用化学科
講師 川脇 徳久
TEL: 03-3260-4272(内線5769)
Email: kawawaki*rs.tus.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東京理科大学 広報課
TEL: 03-5228-8107
Email: koho*admin.tus.ac.jp(*を@に置き換えてください)