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プレスリリース
シアノバクテリアの光化学系I単量体IsiA超複合体の立体構造解明 ~集光性色素タンパク質の進化を紐解く契機に~|生物分子機能計測研究分野

発表のポイント

・クライオ電子顕微鏡(注1)を用いた単粒子構造解析(注2)により、酸素発生型光合成(注3)を行うシアノバクテリア(注4)Anabaena sp. PCC 7120(以下、アナベナ)の光化学系I(PSI)(注5)と集光性色素タンパク質(注6)IsiAから構成されるPSI-IsiA超複合体の立体構造を決定しました。
・アナベナPSI-IsiAはPSI単量体に6個のIsiAが結合しており、複合体の構成成分がこれまで報告されている他のシアノバクテリア由来PSI-IsiA構造と大きく異なることを見出しました。
・アナベナPSI-IsiA構造の特徴は、シアノバクテリアIsiAの多様性を示唆しており、光合成生物がどのように光捕集機構を獲得し、進化させてきたのかという謎を紐解く鍵になることが期待されます。

 岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師(現静岡大学農学部准教授)、加藤公児特任准教授(現JASRI研究員)、沈建仁教授と理化学研究所放射光科学研究センターの米倉功治グループディレクター(東北大学多元物質科学研究所教授を併任)、浜口祐研究員(現東北大学多元物質科学研究所准教授)、川上恵典研究員の研究グループは、神戸大学の秋本誠志准教授、東京都立大学の得平茂樹教授、理化学研究所の堂前直ユニットリーダーとの共同研究により、クライオ電子顕微鏡を用いて、シアノバクテリアのアナベナ由来PSI-IsiA超複合体の立体構造解析に成功しました。他のシアノバクテリアのPSI-IsiA超複合体と比べると、IsiAサブユニットの発現および配置が大きく異なることを見出しました。シアノバクテリアにおけるIsiAの分子特性は、光合成生物の光捕集機構の進化を考察するうえで重要な指標となることが期待されます。本研究成果は日本時間2月17日、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
詳細(プレスリリース本文、PDF)

発表内容

<現状>
 酸素発生型光合成は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成します。シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、我々ヒトを含む、酸素呼吸をする生物は地球上で生活できています。光合成生物は光エネルギー獲得のために集光性色素タンパク質を進化の過程で発達させ、生存における様々なニッチを獲得してきました。集光性色素タンパク質の多様性は結果として、光合成生物の見た目の色の違いの要因となります。
 シアノバクテリアは、原核生物であり、陸上植物や藻類といった真核光合成生物の起源であるといわれています。シアノバクテリアは、栄養に富んだ条件においてはフィコビリソームという親水性の集光性色素タンパク質を主に利用しますが、鉄欠乏環境下にさらされると特殊な膜貫通型の集光性色素タンパク質IsiAを発現します。陸上植物や藻類は主として膜貫通型の集光性色素タンパク質を保有するため、多くの光合成生物にとって膜貫通型集光性色素タンパク質は保存されている形質であるといえます。
 IsiAは光化学系I(PSI)に結合することによりPSI-IsiA超複合体を形成することが知られています。実験材料としてよく使われているシアノバクテリアでは、IsiA遺伝子を1つ持ち、PSI三量体に対して、18個のIsiAが結合してリングを形成します(図1A)。では、IsiA遺伝子を複数持つシアノバクテリアではどのようなPSI-IsiA超複合体を形成しているのでしょうか?その実態を解明すべく、本研究を遂行しました。

<研究成果の内容>
 岡山大学の長尾特任講師、加藤特任准教授、沈教授と理化学研究所の米倉グループディレクター、浜口研究員、川上研究員の研究グループは、神戸大学の秋本准教授、東京都立大学の得平教授と理化学研究所の堂前ユニットリーダーらと共に、IsiA遺伝子を4つ持つアナベナと呼ばれるシアノバクテリアからPSI-IsiA超複合体を精製し、クライオ電子顕微鏡(日本電子社 CRYOARM 300)を用いた単粒子構造解析により、2.64 Åの分解能(注7)で立体構造を解明しました(図1B)。アナベナPSI-IsiAは、通常のシアノバクテリアと異なり、PSI単量体に対して、6個のIsiAが結合していました。6個のIsiAのうち、IsiA1が2個、IsiA2が1個、発現していることが判明しました。残りの3個のIsiAは今回の研究では明らかになりませんでした。
これまでに報告されているPSI-IsiA構造(図1A)と比べると、アナベナPSI-IsiAは、PSIの会合状態だけでなく、IsiAの結合様式も異なることがわかりました。既知のPSI-IsiAでは、PSIは三量体を構成しますが、アナベナPSI-IsiAではPSIが単量体で存在していました。これは、IsiA2-1というサブユニットが結合することで、PSIの多量体化を阻害しているためです。他のシアノバクテリアでは、PsaLというサブユニットが三量体化に重要な役割を持っているが、アナベナでは、PsaLは存在せず、その相同配列はIsiA2-1のC末端に存在していました。従って、IsiA2-1のN末端は通常のIsiAを、C末端はPsaLの役割を持っており、これが単量体化の原因であると推測されました。このように、IsiA遺伝子を多数持つシアノバクテリアでは、各IsiAが独立した機能を持ち,PSIの会合状態を制御しているのかもしれません。
 集光性色素タンパク質の分子進化は、とても興味深い問いの一つです。本研究成果は、IsiA遺伝子を複数持つシアノバクテリアにおけるPSI-IsiA超複合体の構造基盤を示すものであり、光捕集機構の分子進化を紐解くうえで重要な契機となります。

<社会的な意義>
 立体構造解析によって生物の多様性を明らかにした本研究の知見は生物が行う光合成のメカニズムの解明そして効率化へとつながります。このような知見を人工光合成研究に取り入れることで、高効率光エネルギー伝達システムの構築が進展し、持続可能な社会の実現へ近づくことが期待できます。

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図1. PSI-IsiAの立体構造
A:既に報告されているPSI三量体-IsiA構造。PSI(灰色)とIsiA(赤色)を図示した。ラベルされているPSIの単量体が三つ結合して三量体を形成する。単一遺伝子由来のIsiAが18個結合し(1~18の番号を付与)、リング状構造を形成する。
B:本研究で解明したPSI単量体-IsiA構造。PSIの単量体(灰色)に対して、6個のIsiAが結合する。IsiA2-1(赤色)、IsiA1-4(青色)、IsiA1-5(青色)はそれぞれの遺伝子を同定した。IsiA1-4およびIsiA1-5は同じ遺伝子産物である。緑色のIsiAは今回の研究では遺伝子を同定できなかった。この図から、IsiA2-1はPSI単量体間相互作用の境界に位置することがわかる。

論文情報

“Structure of a monomeric photosystem I core associated with iron-stress-induced-A proteins from Anabaena sp. PCC 7120″
「アナベナ由来のPSI単量体-IsiA超複合体の立体構造」
Nature Communications
Ryo Nagao1,8, Koji Kato1,9, Tasuku Hamaguchi2,10, Yoshifumi Ueno3,11, Naoki Tsuboshita1, Shota Shimizu1, Miyu Furutani3, Shigeki Ehira4, Yoshiki Nakajima1, Keisuke Kawakami2, Takehiro Suzuki5, Naoshi Dohmae5, Seiji Akimoto3, Koji Yonekura2,6,7, and Jian-Ren Shen1
URL/DOI:10.1038/s41467-023-36504-1
https://www.nature.com/articles/s41467-023-36504-1
1. 岡山大学・異分野基礎科学研究所
2. 理化学研究所・放射光科学研究センター
3. 神戸大学大学院・理学研究科
4. 東京都立大学大学院・理学研究科 生命科学専攻
5. 理化学研究所・環境資源科学研究センター
6. 東北大学・多元物質科学研究所
7. 理化学研究所・理研-JEOL連携センター
8. 現所属:静岡大学・農学部
9. 現所属:JASRI
10.現所属:東北大学・多元物質科学研究所
11.現所属:東京理科大学・教養教育研究院

研究資金

 本研究は、日本学術振興会「基盤研究」(課題番号:JP20K06528、JP20H02914)、日本学術振興会「萌芽研究」(課題番号:JP21K19085)、日本学術振興会「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP17H06433)、日本学術振興会「特別推進研究」(課題番号:JP22H04916)、武田科学振興財団、日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)、JST未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI20G5)の支援を受け実施しました。

補足・用語説明

注1:クライオ電子顕微鏡
 タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法です。まず、試料を含む溶液を液体エタン(約-170℃)に落下させて急速凍結し、アモルファス(非晶質、ガラス状)な薄い氷に包埋します。これを液体窒素(-196℃)条件下で、透過型電子顕微鏡で観察します。電子顕微鏡内の真空中では試料は凍結状態を保持でき、また、冷却することにより電子線の照射による損傷を減らすことができます。

注2:単粒子構造解析
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子の像から、その立体構造を決定する構造解析手法のことをいいます。2017年のノーベル化学賞の受賞者の一人、Joachim Frankらにより単粒子解析法の基礎がつくられました。

注3:酸素発生型光合成
 光合成には酸素発生型光合成と酸素非発生型光合成があります。酸素発生型光合成は、光化学系I、シトクロムb6f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体によって駆動され、光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成します。酸素非発生型光合成生物が進化して酸素発生型光合成生物になったと考えられています。

注4:シアノバクテリア
 酸素発生の能力をはじめて獲得した、核をもたない光合成微生物で、植物の葉緑体の起源になったと考えられています。シアノバクテリアは約30億年の進化の歴史をもつため、光合成色素や代謝能力など種毎に変化に富んだ形質をもちます。

注5:光化学系I(PSI)
 光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIは10種類以上のサブユニットから構成され、補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がタンパク質に結合しています。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。

注6:集光性色素タンパク質
 太陽光エネルギーを捕集し、光化学系Iや光化学系IIに伝達するための色素タンパク質です。パラボラアンテナのように光エネルギーを集めるため、アンテナタンパク質とも言われます。集光性色素タンパク質は光合成生物種間で多様であるため、結果として、光合成生物に見た目の色の違いが生じます。

注7:分解能
どのくらい細かくものを「見る」ことができるかの指標です。数値が小さい程、分解能が高いと言え、物質をより精細に観測できます。原子と原子の距離は、1.2-1.5オングストローム(Å、1 Åは100億分の1メートル)程度であるので、個々の原子を区別するには1.5 Å程度の空間分解能が必要となります。

関連リンク:
岡山大学
理化学研究所
東北大学
神戸大学 
東京都立大学
多元物質科学研究所 生物分子機能計測研究分野

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所
教授 米倉 功治(よねくら こうじ)
電話: 022-217-5380
E-mail:koji.yonekura.a5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
電話: 022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)