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プレスリリース
耐性菌に効果のある抗菌剤の簡便な合成方法を開発|有機・バイオナノ材料研究分野

研究のポイント

・既存の抗菌薬には見られない炭素五員環骨格を有する天然有機化合物ハイグロホロンB12の全合成を達成した。
・薬剤耐性菌(AMR)(注1)を含むグラム陽性菌群に対して強い抗菌作用を発揮した。
・全合成を行う上で開発した重要中間体に対して任意の炭素鎖などを導入することで様々なハイグロホロンB類縁体へ誘導が期待される。
・今後の抗菌薬のためのリード化合物への応用が期待される。

概要

 近年、薬剤耐性菌(AMR)の出現率が増加傾向にあり、新しい抗菌剤の開発が強く求められています。その中で、自然界から発見された炭素五員環骨格を持つハイグロホロン類は、新しい抗菌剤のリード化合物として注目され、近年いくつかの全合成例が報告されています。ハイグロホロン類とは、キノコの一種であるHygrophorus 属から単離された化合物で、その一つであるハイグロホロンA12のアセチル体はいくつかの菌種に対して効果があることが知られています。
 東北大学多元物質科学研究所の笠井均教授らによる共同研究グループは、グルコースから得られる炭素五員環化合物を出発原料として、抗菌活性を有する天然物ハイグロホロンB12とその誘導体の全合成に成功しました。同化合物を用いたAMRを含む薬剤感受性菌を用いた抗菌活性試験(注2)を最小発育阻止濃度(注3)(MIC)測定試験では、メシチリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などのグラム陽性菌に対して非常に強力な抗菌作用を示すことが明らかとなりました。さらに、全合成を達成する上で開発した重要中間体に任意の炭素鎖などを導入することで様々ハイグロホロンへの誘導が期待できることから、従来の全合成法よりも短い期間での誘導体の供給と評価が可能で、速やかなデータベースの構築と続く、新規抗菌剤の研究開発への応用が期待されます。
 本研究成果は、2022年5月6日付けで、Nature Research社発行の英文学術雑誌 Scientific Reports (電子版)に掲載されました。
本研究は、「物質・デバイス領域共同研究拠点」の共同研究プログラムとAMEDの助成による支援を受けて、東北大学多元物質科学研究所、株式会社コンポン研究所らの共同研究により実施されました。
プレスリリース本文(PDF)

【詳細な説明】
 薬剤耐性菌の出現率が増加傾向にある一方で、新しい抗菌剤の市場が年々減少傾向にある昨今、2016年に報告された将来的な薬剤耐性菌(AMR)についての取り組みに関するレポートの中で、最悪のシナリオとして「このままのペースでAMRが増えた場合、対策を取らなければ2050年のAMR関連症による死亡者は年間1000万人を超える」と予想されています(図1)。従って、新規抗菌薬の開発は急務であり、中でもメシチリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などのAMRに対する強い抗菌作用を有する有用物質の探索が、現在盛んに行われています。
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図1. AMR関連症における死亡者数の推移(O’Neillのレポートより抜粋改変)

 現在の新規抗菌薬の開発は一般的には、すでに効果の確認できている抗菌作用を持つ化合物の中心骨格をベースに、側鎖部の修飾や官能基の一部を変更することで行われています。この戦略はすでに存在する膨大なデータベースから計算科学を利用することで、短時間で最適な構造が提案されるというメリットがあります。しかし一方で、すでに耐性を獲得した化合物のミミックであるため、比較的短い期間、早ければ数年で菌類が耐性を再獲得するというデメリットも抱えています。従って、従来の開発戦略と同時に耐性を持たないであろうと期待される化学骨格を有する新しい抗菌薬の開発が強く求められています。
 そのような背景のもと、天然から抗菌活性を持つ化合物が発見されました。Hygrophorus属から多くのハイグロホロン類が単離され、その一つであるハイグロホロンA12(1) のアセチル体 2はいくつかの菌種に対して効果があることが確認されました(図2)。しかし、未だ多くのハイグロホロン類の抗菌活性は未報告でした。そのため、ハイグロホロンA12 (1) に非常に近い構造であるハイグロホロンB12 (5) に注目し、その合成を行い、抗菌活性を調査することでハイグロホロン類の構造活性的相関の知見を得ることができると考えました。
 本研究では、すでに開発、応用されていたグルコースから容易に供給可能な4-ヒドロキシ-2-ヒドロキシメチル-2-シクロペンテン-1-オン (8) を出発原料とし、化学合成によりアルデヒド中間体10へと誘導しました(図3)。得られたアルデヒド中間体10に対して炭素鎖の導入、続く官能基変換、最後にエノン部位を構築することで、ハイグロホロンB12 (4) とその誘導体14, 15の合成に成功しました(図4)。
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図2. 単離されたハイグロホロン類の一例

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図3. 原料化合物8から重要中間体10への変換

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図4.アルデヒド中間体10 からのハイグロホロンB類(4,14,15)の合成

また、得られたハイグロホロンB類の抗菌活性評価を行ったところ、薬剤感受性菌のみならず、MRSAやVREなどのAMRに対しても非常に強い効果を発揮しました。この調査の結果、ハイグロホロンB類はグラム陽性菌に強力な抗菌作用があることが明らかとなりました。さらに、エノン部分が抗菌活性の発現に必須であり、炭化水素鎖上の炭素-炭素三重結合がその活性を増加させる、というハイグロホロンの重要な構造的要因も明らかとしました。

本研究により、ハイグロホロンB類が強力な抗菌作用を有すること、そして抗菌活性を発現させるために必要な構造的要因であるエノン構造や、側鎖部の不飽和度が作用を増強させることを明らかとしました。また補足的な検討により、得られたアルデヒド中間体10には長い炭素鎖のみならず、短い炭素鎖や芳香族の導入も可能であることが確認されました。従って、アルデヒド中間体10を軸とした多種多様なヒグロホロンB類似体の提供に寄与することが期待されます。

用語説明

(注1)薬剤耐性菌:薬への耐性を獲得した細菌
(注2)抗菌活性試験:抗生物質に対する感受性や耐性、抗菌物質の抗菌作用の確認
(注3)最小発育阻止濃度:被検薬剤の適当倍数希釈で供試菌は発育しない最小濃度

論文題目

“Total Synthesis and Antimicrobial Evaluation of (+)-Hygrophorone B12 and its Analogues”
Takaaki Kamishima,* Masato Suzuki, Koichi Narita, Yoshitaka Koseki, Toshiyuki Nonaka, Hirotaka Nakatsuji, Hideo Hattori, and Hitoshi Kasai*
Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-022-11608-8

関連リンク:
東北大学
有機・バイオナノ材料研究分野(笠井均研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 笠井 均(かさい ひとし)
電話:022-217-5612
E-mail:kasai*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)