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プレスリリース
ゴム特性の起源となる化学結合を可視化, 電子顕微鏡を用いた分析法でタイヤゴム材開発に寄与

発表のポイント

・電子顕微鏡を用いた分析法により、シリカ注1)とゴム高分子間の化学結合の観測に成功
・シリカとゴム高分子との化学結合の分布を可視化
・シリカゴムの力学特性の新しい評価手法へ期待

概要

 タイヤが路面と接触する部分のゴム層(トレッド)として用いられているシリカゴムは、ゴム中にシリカと呼ばれる二酸化ケイ素の粒子を混ぜ合せた材料で、シリカとゴム高分子との結合がタイヤの特性にとって重要であると考えられてきました。しかし、シリカとゴム高分子との結合を実際に観察した報告はなく、結合と力学特性との直接の相関は不明でした。
 東北大学 多元物質科学研究所の佐藤庸平准教授と陣内浩司教授は、住友ゴム工業株式会社との共同研究により、シリカとゴム高分子間の結合を、電子顕微鏡を使った分析法を用いて観測することに成功しました。この研究成果によって、シリカゴム合成条件と化学結合形成との相関を調べることが可能になり、高性能タイヤ材料の開発に寄与すると期待されます。
本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」にて、2020年12月9日10:00AM(英国時間)にオンライン公開されました。
プレスリリース本文(PDF)

詳細な説明

 タイヤのトレッドに用いられているシリカゴムは、ゴム中にシリカと呼ばれる二酸化ケイ素のナノ粒子を混ぜ合わせた複合材料です。シリカを添加することにより、ゴム補強効果やタイヤの転がり抵抗の低減、濡れた路面での制動性能が向上するなど、タイヤとして重要な力学特性が報告されてきました。このようなゴム特性の改質は、高性能の低燃費タイヤの開発において重要な因子となり、シリカを配合することでゴム特性改質の起源を解明することが求められています。
 シリカ表面は親水性であり親油性のゴムとは混ざり合わないので、シランカップリング剤(Silane Coupling Agent : SCA)注2)と呼ばれる分子を配合することで、シリカとゴムとの結合が形成されると考えられています。しかしながら、これまでシリカゴム中のシリカとゴム高分子間の化学結合を直接観測した報告例はなく、シリカ-ゴム高分子間の結合とゴムの力学特性との相関は明らかではありませんでした。
東北大学 多元物質科学研究所の佐藤庸平准教授と陣内浩司教授は、住友ゴム工業株式会社と共同で、走査透過型電子顕微鏡法(STEM)注3)を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)注4)(図1)による、シリカとゴム高分子との結合を測定することに成功しました。この測定手法は、電子線を直径2×10-9 cmという原子の大きさに匹敵するほど小さいサイズまで集束し、試料上を走査しながら電子顕微鏡像(STEM像)と内殻電子励起スペクトル注5)を同時取得していきます。電子線がゴム試料中のシリカやSCA分子に照射されると、それぞれに特徴的なスペクトルが得られるため、電子線ビーム位置とスペクトルの変化からシリカとSCA分子の分布を観察することができます。
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図1:走査透過型電子顕微鏡法(STEM)を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)の概要。電子線の直径を原子サイズまで集束し、試料上を走査して顕微鏡像を取得する。同時に電子線のエネルギー損失をスペクトルとして測定し、各場所での化学結合状態を解析することができる。

 測定した試料は、シランカップリング剤をシリカ量に対して0, 8, 17 vol%添加したゴムを用意し、STEM-EELS測定を実施しました。その結果、シランカップリング剤を配合していない試料からは、どの場所から測定をしても得られるスペクトルはシリカ単体試料と同じものであったのに対して、カップリング剤を添加した試料では、シリカの中心と表面でスペクトルの強度分布の変化を観測し、表面から得たそのスペクトル変化はSCAと同じ特徴を示していました。
 シランカップリング剤を添加したシリカゴム試料から得られたスペクトルは、シリカとSCAの足し合わせであると仮定し、実験で得たスペクトルのフィッティングを行いました。フィッティングによってそれぞれの成分の重み付けを解析することができます。各場所での重み係数をシリカとSCAの量としてマッピングを行ったところ、シリカが存在している表面にSCAに特徴的なスペクトルが分布していることが明らかになりました。SCAはシリカとゴム高分子との結合を仲介する役割を果たしているため、この測定で得られたマッピング画像(図2)は、シリカとゴム高分子との結合が形成されている箇所の空間分布を表していることになります。このマッピング画像で得られたSCAの量は、試料作製時の添加量に比例していることも確かめられ、この測定の精度が正しいことを示しています。
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図2:SCAを含まないゴム試料と、SCAをシリカに対して17vol%含んだゴム試料の化学結合マッピング(上側)。マッピング像の赤色はシリカ、緑のドットはSCAを介したシリカ-ゴム高分子の結合を形成している箇所に対応する。下図は同じ場所のSTEM像。白いコントラスがシリカ、黒いコントラストがゴム領域である。

 これまで、SCAを添加することで経験的にゴムの特性を改質し、タイヤの素材が開発されてきました。本測定手法を用いることで、シリカとゴム高分子との結合を直接観察することが可能となり、その材料の力学特性との相関を調べることができるようになります。そうなれば、ゴムの力学特性が発現するメカニズムがより明確になり、高性能のタイヤ材料の開発へ寄与できると期待できます。

 本研究の一部は、科研費基盤研究A(課題番号:19H00905)と科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST) (課題番号:JPMJCR1993)の助成を受けて行われました。本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」にて、2020年12月9日10:00AM(英国時間)にオンライン公開されました。

論文情報:
“Visualization of chemical bonding in a silica-filled rubber nanocomposite using STEM-EELS”
Yohei K. Sato, Yasufumi Kuwauchi, Wakana Miyoshi and Hiroshi Jinnai
Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-020-78393-0

用語説明

注1.シリカ:一般的には二酸化ケイ素のことであるが、ここではゴム材のフィラー材として用いられている直径20ナノメートル程度の非晶質二酸化ケイ素のことをいう。

注2.シランカップリング剤(Silane Coupling Agent : SCA):ケイ素原子に3つの加水分解基と1つの有機官能基を持つ分子。加水分解基は無機材料と結合をもち、有機官能基は有機材料と結合することができるため、無機材料と有機材料の結合の橋渡しをする性質がある。

注3. 走査透過型電子顕微鏡法(Scanning Transmission Electron Microscopy : STEM):電子線を原子サイズ(直径10-8 -10-9 cm程度)まで集束させて試料上を走査し、高角に散乱された電子から環状型の検出器を用いて像を得る方法。原子番号が大きい元素で構成されている箇所や密度の高い箇所では、散乱電子が多くなるため強い強度が得られる。

注4. 電子エネルギー損失分光法(Electron Energy-Loss Spectroscopy : EELS):高速電子(200キロ電子ボルト)が、試料を透過したときのエネルギー損失量を計測する測定手法。材料中の電子がどれくらいエネルギーを吸収したかを調べることができる。損失エネルギー過程のうち、原子の結合に寄与しない内殻電子の励起から化学結合状態を評価することができる。

注5. 内殻電子励起スペクトル:物質を構成する原子内で、隣の原子との結合に寄与しない原子の内側の軌道を周回している電子は内殻電子と呼ばれる。高速電子照射によって励起された内殻電子の一部は、物質の非占有軌道へ励起される。その励起過程によってエネルギー損失したスペクトル強度分布は、原子間の結合状態や原子の価数、原子を囲んでいる周りの環境を反映する。本研究ではケイ素原子のL2,3殻電子を励起したときに得られるスペクトル(Si-L2,3吸収端)を測定した。

関連リンク:
電子回折・分光計測研究分野(寺内研究室)
高分子物理化学研究分野(陣内研究室)
東北大学ウェブサイト

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
准教授 佐藤 庸平(さとう ようへい)
 電話:022-217-5374
 E-mail:yohei.sato.c4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
教 授 陣内 浩司(じんない ひろし)
 電話:022-217-5329
 E-mail:hiroshi.jinnai.d4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
 電話:022-217-5198
 E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)