"
プレスリリース
巨大な垂直磁気異方性を示すペロブスカイト酸水素化物の発見 ―水素層と酸素層の協奏効果―|ナノ機能物性化学研究分野

概要
 酸化物(セラミックス)は、陶器、窓ガラス、顔料など多くの機能によって古くから私たちの生活を支えています。近年になって、酸化物に負の電荷を有する水素を共存させた酸水素化物と呼ばれる材料が、革新的な触媒機能やイオン伝導性を発現することから、大きな注目を集めています。

 京都大学大学院工学研究科 難波杜人 博士課程学生、高津浩 同准教授、陰山洋 同教授らの研究グループは、大阪大学理学研究科、広島大学、東北大学、物質・材料研究機構、マドリード・コンプルテンセ大学、サラゴサ大学との共同研究により、水素層と酸素層が交互に積み重なった新しいペロブスカイト型の酸水素化物を合成することに成功しました。この酸水素化物に対し、外圧や薄膜基板からの応力を与えたところ、水素層から酸素層へ電子が移動することにより、ネオジム磁石に匹敵する巨大な磁気異方性と共に、この異方性が応用面で重要な垂直方向に現れることを発見しました。ペロブスカイト構造では、さまざまな遷移金属や希土類が入ることが知られているため、このような水素層と酸素層の協奏効果を使って多彩な機能が創発することが期待できます。本成果は、9月29日09:00時国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載されました。

Image @KyotoU/Hiroshi Takatsu.
本研究で得られた酸水素化物EuVO2Hの強磁性と電荷移動の模式図。外圧または薄膜基板からの応力を与えると、水素層(EuH)から酸素層(VO2)へ電子が移動することで、キュリー温度が4倍まで増加し、巨大な磁気異方性もあらわれる。

1.背景

 酸化物は、磁石、電池、触媒、超伝導など様々な性質を示し、我々の社会に欠かせない機能性材料です。近年、資源やエネルギー、環境問題への関心の高まりから、エネルギーキャリア・水素キャリアとしての「水素」に注目が集まっていますが、実は、酸化物に水素が溶解する現象は古くから知られています。例えば、我々の先祖が土器などの道具を作製する時に使用してきた粘土鉱物は、水酸基(OH基)の形で正電荷のプロトン(H+)を含む酸化物の代表例と言えます。また、水素を含む酸化物が機能性材料として注目されるようになった重要な契機は、1981年に、ストロンチウムとセリウムからなる酸化物SrCeO3の焼結体が、H+を伝導種とした電気伝導性を示すことが発見されたことが始まりです。この発見を基に、様々な酸化物にプロトン伝導性が見出され、現在では、燃料電池や高温の水蒸気電解による水素製造などに応用されています。

 一方、負電荷の水素イオンであるヒドリド(H)を酸化物の中に安定に存在させる技術は、2000年代頃になってようやく発展してきました。このため、ヒドリドを含む酸化物の物質開発や機能開拓には追究の余地が未だ十分にあります。例えば、アンモニア合成触媒1など重要な化学機能が近年見出され、将来の水素化社会に向けた新しい機能性材料として注目されていますが、電子機能や磁気機能に対する物質開発は未だ十分ではありません。また、最近見出された「ヒドリドのサイズ柔軟性」2など、ヒドリドに特徴的な性質を最大限に引き出すことにより、これまでの酸化物とは異なる形で物理機能を引き出せる可能性が考えらえます。

2.研究手法・成果

 今回、研究グループは、EuVO3という酸化物に対し、金属水素化物CaH2を用いた還元反応を行うことで、EuVO2Hという新しいヒドリド含有酸化物(酸水素化物)の合成に成功しました(図1)。EuVO2Hの結晶構造はペロブスカイト型という結晶構造をとりますが、固溶したヒドリド(Hイオン)はバナジウムイオン(V3+イオン)の上下に選択的に配置するため、EuVO2Hは水素層(EuH層)と酸素層(VO2層)が交互に積層した二次元的な結晶構造の化合物と考えられます(図1)。


図1:今回、研究グループが合成に成功した新しいヒドリド含有酸化物(酸水素化物)EuVO2Hの結晶構造。ヒドリドHイオンがバナジウムV3+イオンの上下に選択的に配置するため、水素層(EuH層)と酸素層(VO2層)が交互に積層する層状構造とみなすことができます。EuH層のユウロピウムEu2+イオンが強磁性を担い、粉末試料では10 ケルビン(-263℃)で強磁性体になります。薄い薄膜状にすると、Eu2+とEu2+の距離が短くなる現象がおきて、この温度が40 ケルビンまで上昇するという興味深い現象も見出しました。また、VO2層は電気を流さない、絶縁層になっています。

 研究グループは、EuVO2Hにおけるこのような層状構造と、サイズ柔軟性なHイオンの性質に着目し、圧力を加える実験を行いました。すると、圧力下においてEuH層とVO2層の間で電子が移動し、電気を通さない絶縁体であったVO2層が電気を通す金属になることが分かりました(図2)。同様の効果は、EuVO2Hを薄膜にして基板から応力を加えることでも発現させることができました(図3)。このような圧力下の電子移動は、酸化物にも観られてきましたが、複雑な結晶構造のものに集中してきた為、十分に明らかにできてきませんでした。一方、EuVO2Hは二次元的な結晶構造をとることからそのメカニズムは理解しやすく、EuH層とVO2層が交互に積層することで誘発された現象と考えられます。また、これは銅酸化物高温超伝導体3におけるブロック層の概念を彷彿させる現象でもあり、元素置換によって超伝導を担うCuO2層に、その上下に位置する層から電子(または正孔)が供給される状況によく似た状態と考えられます。EuVO2Hでは、酸化物にヒドリドを組み合わせることで、従来の元素置換とは異なる観点からこのような電子移動を研究できる点は新しく、層状化合物における機能開拓の潜在可能性を広げるものと考えられます。


図2: EuVO2Hの圧力下でのX線吸収分光測定の結果(左)とEu2+イオンからV3+イオンへの電子移動の模式図(右)。X線吸収分光測定は物質の電子状態や局所構造を調べることができる測定法です。例えば、物質にあるエネルギーのX線を照射し、その吸収スペクトルを調べると、目的元素(例えばEuなど)の価数やその元素の周辺に配位する酸素イオン等の配置等の実験情報を得ることができます。圧力をパラメーターにX線吸収分光測定を行うとユウロピウムイオンの価数が2価(Eu2+)から3価(Eu3+)に変化することが分かりました。また、バナジウムイオンの方でも価数変化が起きることを確認することができました。すなわち、EuVO2Hは外部からの圧力により、Eu2+イオンからV3+イオンへの電子の移動(右図)が起きることを意味しています。このような電子の移動が起きると、絶縁体であったVO2層は金属化すると考えられますが、その変化は圧力下の電気抵抗測定等により実際に確認することができました。

 


図3: EuVO2Hの薄膜を使ったX線吸収分光測定の結果。膜厚を薄くすると薄膜特有の基板から加わる応力を実効的に大きくすることができます。すなわち、圧力実験と似た状況をつくることができます。このことから、膜厚をパラメーターに実験を行うと、粉末試料の実験結果と同様(図2左)、ユウロピウムイオンの価数が変化することが分かりました。

 最後に、本研究では、もうひとつ興味深い発見があります。それは、ネオジム磁石に匹敵する巨大な磁気異方性4が発現することです。EuVO2Hはユウロピウムイオン(Eu2+イオン)により磁石としての性質(強磁性)があらわれますが、上記のような応力下のEuVO2H薄膜に対し、垂直方向と水平方向にそれぞれ磁場を印加する実験を行ったところ、大きな磁気異方性があらわれることが分かりました(図4)。しかも、垂直方向に磁石の方向が向きやすいという異方性が発現することが分かりました。このような異方性は、「垂直磁気異方性」と呼ばれ、磁気データストレージの大容量化やスピントロニクス応用の観点から基礎・応用の両面で注目されています。これまでは、磁性体多層膜や遷移金属/酸化物界面の複合材料で研究されてきました。本研究では、酸化物にヒドリドを組み合わせるという全く異なるコンセプトで開発した層状化合物に垂直磁気異方性を生み出せたことは重要で、今後の物質開発の新しい指針を生み出せる可能性があります。


図4: EuVO2H薄膜を使った磁化測定の結果。磁場を加える方向をEuVO2Hの二次元平面に垂直方向(赤●)および水平方向(青□)で実験を実施したところ、垂直方向に磁化(磁気モーメント)が向きやすいという垂直磁気異方性があらわれることが分かりました。しかも、その差は10テスラという高い磁場まで磁化が一致しないほど大きな異方性であることが分かりました。

 

3.波及効果、今後の予定

 持続可能な水素社会の実現が急務となる中、水素を基盤とする材料創製は重要な課題と考えられます。正電荷のプロトンが示す機能性は、酸化物におけるプロトン伝導性をはじめ、これまでに精力的に開拓されてきましたが、もう一つの形態である負電荷のヒドリドが示す機能性は、物質開発の課題もあるため、今後、新しい研究の突破口が必要と考えられます。本研究では、ユビキタスな三次元ペロブスカイト酸化物を金属水素化物と反応させる手法を用いることで、酸化物にヒドリドを固溶し、ヒドリドが秩序配置した新しい層状構造の新物質を開発することに成功しました。また、ヒドリドのサイズ柔軟性など単一酸化物には無い操作性により、新規な垂直磁気異方性が発現することを見出しました。これらの発見をもとに、今後、さらに新しい発想で物質を開発し、物理機能へとつなげることができると考えられます。プロトンとヒドリドの性質をもつ水素イオンを酸化物に複合化させる発想から、機能性セラミックス材料の潜在可能性を大きく引き出すことが期待できます。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「アニオン超空間を活かした無機化合物 の創製と機能開拓」(JPMJCR1421)、「ヒドリド含有酸化物を活用した電気化学 CO2 還元」(JPMJCR20R2)、日本学術振興会 先端研究拠点事業(JPJSCCA20200004)、科学研究費補助金(JP16H06438, JP17H04849, JP20H00384, JP21K05227, JP 22H04914)、学術変革領域研究A「超秩序構造が創造する物性科学」(公募研究)(JP21H05561)、豊田理研スカラー、村田学術振興財団、宇部興産学術振興財団、中部電気利用基礎研究振興財団、京都技術科学センター、住友電工グループ社会貢献基金、大倉和親記念財団、徳山科学技術振興財団、池谷科学技術振興財団の支援を受けました。XASとXMCDの実験は、SPring-8 BL01B1とBL25SUのビームライン(課題番号2019A1304, 2019B1084, 2020A0628, 2020A0628, 2022A1147)で実施しました。高圧実験は、SPring-8 BL04B1, BL10XU, BL39XUのビームライン(課題番号2021A1528, 2021A1383, 2021B1218, 2022B1437)とKEK BL-18C(課題番号2021P005, 2022G557)で行いました。

<用語解説>

*1.アンモニア合成触媒
アンモニアは、窒素(N2)と水素(H2)の気体から合成される化学物質です。しかし、この2つの気体は安定であるため、普通の条件下では簡単に反応しません。そこで、その反応を促進させるために触媒が用いられています。「アンモニア合成触媒」とは、このアンモニアの合成反応を助け、反応速度を上げるための物質のことを指します。現在、工業的に広く使用されている触媒は、鉄ベースのものが一般的で、この触媒の存在下で高温・高圧の条件でアンモニア合成が行われています。
*2.ヒドリドのサイズ柔軟性
陰山グループではこれまでに、ヒドリドHを含む層状の酸化物(酸水素化物)に対する圧力実験から、Hイオンが極めて圧縮されやすいという性質を発見してきました。また、Hイオンと組み合わせる他のイオンのサイズを系統的に変化させると、Hイオンを囲む配位環境のサイズが柔軟に変化することも見出してきました。このようなヒドリドの性質を「ヒドリドのサイズ柔軟性」と呼んでいます。圧力下においてHイオンのサイズが大きく変化することから、ヒドリドを含む新しい化合物を高圧下で合成できるようになる等の拡張性も見出しています。
*3. 銅酸化物高温超伝導体
CuO2の平面構造を基本とする層状構造の高温超伝導体のことを指します。1986年に、La-Sr-Cu-Oの組成からなるものが約30ケルビン(-243℃)の超伝導体になることが発見されました。常温よりも随分低い温度と思われるかもしれませんが、当時の常識を覆す大発見でした。これを機に、世界中で超伝導に関する研究が大きく躍進しました。
*4. 磁気異方性
磁気異方性とは、磁気モーメントと呼ばれる「物質の中のミクロな磁石」が特定の方向に向きやすい性質のことを指します。例えば、コンパスの針が地球の磁場の方向にあわせて動くように、磁石の源となる磁気モーメントが磁場に対して向きを変えやすい/変えにくい方向があることを「磁気異方性」と言います。

<研究者のコメント>

水素と酸化物(セラミックス)を組み合わさる研究は昔から行われてきましたが、視点を変えると、明らかになっていない新現象や新物質が眠っています。水素複合化による新しいセラミックス材料の開発は、将来的に重要な課題になると考えられます。今後、新しい発想で物質を開発し、あっと驚くような興味深い現象を見つけ、そして、未来を拓く新しい機能性材料へとつなげることができたら嬉しいと考えています。

論文情報

“Large perpendicular magnetic anisotropy induced by an inter-site charge transfer in strained EuVO2H films”
(EuVO2H薄膜におけるサイト間電荷移動が誘起する巨大な垂直磁気異方性)
Morito Namba, Hiroshi Takatsu*, Riho Mikita, Yao Sijia, Kantaro Murayama, Hao-Bo Li, Ryo Terada, Cedric Tassel, Hiroki Ubukata, Masayuki Ochi, Regino Saez-Puche, Elias Palacios Latasa, Naoki Ishimatsu, Daisuke Shiga, Hiroshi Kumigashira, Katsuki Kinjo, Shunsaku Kitagawa, Kenji Ishida, Takahito Terashima, Koji Fujita, Takeaki Mashiko, Keiichi Yanagisawa, Koji Kimoto, and Hiroshi Kageyama*
Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.3c04521

関連リンク

京都大学
大阪大学
広島大学
東北大学
ナノ機能物性化学研究分野(組頭研究室)

問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ先>
高津 浩(たかつ ひろし)
京都大学大学院工学研究科・准教授
TEL:075-383-2513 (内線2513)/090-9358-3997 FAX:075-383-2510
E-mail:takatsu*scl.kyoto-u.ac.jp(*を@に置き換えてください)

陰山 洋(かげやま ひろし)
京都大学大学院工学研究科・教授
TEL:075-383-2506 (内線2506)  FAX:075-383-2510
E-mail:kage*scl.kyoto-u.ac.jp(*を@に置き換えてください)
witter : @kageyamalab

<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学 渉外部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp(*を@に置き換えてください)

広島大学 広報室
Tel:082-424-3749 FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp(*を@に置き換えてください)

大阪大学 理学研究科 庶務係
Tel:06-6850-5280 FAX:06-6850-5288
E-mail:ri-syomu*office.osaka-u.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
Tel:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)