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プレスリリース
ナノ構造内における強相関電子の量子化条件の特定に成功 ~次世代の量子デバイス開発に新指針~|ナノ機能物性化学研究分野

発表のポイント

・酸化物における量子化準位(注1)の形成条件を特定することに成功しました。
・高輝度放射光(注2)を用いた角度分解光電子分光(注3)により量子化状態を可視化することで、その形成条件を検証しました。
・新しい量子化状態を用いた量子物質の開発につながると期待されます。

概要

 エネルギーが連続的なアナログ値から離散的なデジタル値になる量子化は、現代のナノテクノロジーの基本となる現象です。近年、強い電子相関(注4)をもつ酸化物においても量子化現象が観測され、この現象を利用した新しい量子物質や量子デバイス創成が期待されています。しかしながら、酸化物中の強相関電子(注4)と呼ばれる強く相互作用した電子が量子化するための条件がわかっていませんでした。酸化物の類い希な機能を用いたモットトランジスタ(注5)などの設計において、このことが大きな障害となっていました。
 東北大学多元物質科学研究所の神田龍彦大学院生、志賀大亮助教、吉松公平准教授、組頭広志教授らの研究グループは、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の北村未歩助教(現在は量子科学技術研究開発機構)と共同で、高輝度放射光を用いた角度分解光電子分光という手法を用いて、酸化物における量子化条件を決定することに成功しました。
 今後、この知見に基づいてナノ構造を設計することで、新たな機能を持つ量子物質の実現が期待されます。
本研究成果は、科学雑誌 Communications Materials のオンライン版に2023年4月25日付けで公開されました。

研究の背景

 エネルギーが連続的なアナログ値から離散的なデジタル値になる量子化は、現代のナノテクノロジーの基本となる現象です。この現象を利用することで、物質に新たな機能を持たすことが可能になります。現代の半導体エレクトロニクスにおいては、通信用レーザーに代表される電子の量子化を利用した量子デバイスが実用化されています。近年、強い電子相関をもつ酸化物においても、この量子化現象が観測され、新しい量子物質・デバイス創成への展開が期待されています。しかしながら、酸化物の種類によって量子化が起こったり、起こらなかったりと、酸化物中の電子が量子化するための条件がわかっていませんでした。酸化物の類い希な機能を利用するモットトランジスタなどの新規デバイス設計において、このことが大きな障害となっていました。
 酸化物中の電子は、通常の金属や半導体と異なり、お互いが強く相関しあっているという特徴があります。この相関の強い電子の量子化を決めている条件がわかれば、最適なナノ構造を設計することで新たな機能を持つ量子物質の実現が期待されます。さらには、従来の半導体を用いたトランジスタに比べとても高い性能を持つことが期待されるモットトランジスタなどの量子デバイスの実現が可能になります。
 量子化という現象は、物質中で自由自在に動いていた電子が、ナノメートルサイズの狭い空間に閉じ込められた時に生じる現象です。そのときには、電子の持つ波の性質が顕著になり、狭い空間内で反射を繰り返すことで定在波を形成します。その結果、定在波の腹の数(n)毎に固有のエネルギーをもつ離散的な量子化準位が形成されます。研究グループでは、電子の相互作用が強いと電子が動ける距離(平均自由行程)が短くなり、定在波が形成できずに量子化が発現しなくなると考えました(図1)。そこで、この仮説を検証するために、チタンとバナジウムの組成比xにより電子の平均自由行程を変えることのできるSrTi1-xVxO3という酸化物を用いて量子井戸構造を作製し、量子化の様子を高輝度放射光を用いた角度分解光電子分光により可視化しました。
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図1. 量子井戸構造における定在波および量子化準位の形成と平均自由行程の関係
量子井戸構造内に閉じ込められた電子が散乱されずに移動できる平均距離(平均自由行程λ)が量子井戸の幅より十分に長い場合は、その進行波と障壁による反射波が干渉する事で定在波が生じる。これにより、取り得るエネルギーが量子化される(左図)。この様子を放射光を用いて可視化すると、定在波に対応する量子化準位が観測される。一方で、電子の平均自由行程が短いと、定在波が形成できず量子化状態が形成されなくなる(右図)。

研究の内容

 ここで鍵となるのが、原子レベルで精密に酸化物量子井戸構造を作製することと、実際に電子の量子化状態を可視化することです。東北大学と高エネルギー加速器研究機構の共同研究グループは、放射光実験施設フォトンファクトリーのビームライン2A-MUSASHIに設置したレーザー分子線エピタキシ(注6)装置と角度分解光電子分光装置からなる複合装置を用いて、電子の平均自由行程が異なる酸化物量子井戸構造を作製し、高輝度放射光を用いてその量子化状態を可視化しました。その結果、図2に示すように、平均自由行程が短くなるにつれて、図中の矢印で示した量子化準位が徐々に消えてゆく様子を明らかにしました。さらに、詳細な解析を行うことで(図3)、量子化状態が平均自由行程に比例すること、量子化準位が形成されるには平均自由行程が結晶のイオン間距離(電子が飛び移りながら結晶中を移動するのに必要な最小距離)以上にならないといけないことを明らかにしました。酸化物の量子化条件を決定した本結果は、今後Beyond CMOS(注7)材料として期待される酸化物を用いた量子デバイスの設計に明確な指針を与えるものです。

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図2. 平均自由行程を変化させた量子井戸構造における量子化状態
高輝度放射光を用いた角度分解光電子分光により可視化したSrTi1-xVxO3量子井戸構造(量子井戸幅2.3 nm)における量子化状態。各図の右側には、量子化準位に対応する白色点線に沿ったスペクトルを示す。SrTi1-xVxO3においては、xを小さくすることにより平均自由行程(λ)が減少する。平均自由行程が短くなると、矢印で示した量子化状態が弱くなり、x = 0.6で見えなくなる。

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図3. 電子の平均自由行程と量子化状態強度との関係
平均自由行程の減少に伴って量子化準位強度が線形に減少し、結晶のイオン間距離以下では消失する。

今後の展望

 本研究成果は、強い相関をもつ電子の量子化条件を実験的に決定したものです。今回得られた知見に基づいて、超伝導、金属・絶縁体転移など、酸化物の示す類い希な機能をナノテクノロジーによって制御する可能性が見えてきました。さらに、酸化物ナノ構造では、ナノ粒子化による触媒効果など不思議な現象が多々報告されて来ましたが、これらの現象が強相関電子の量子化によって説明出来る可能性も出てきました。基礎研究の側面からも、酸化物ナノ構造による強相関電子の波動関数・量子化状態制御に指針を与えた本研究の意義は大きく、今後の量子物性研究にも大きく貢献することが期待されます。

謝辞

 本成果は、日本学術振興会 科学研究費補助金(No.JP16H02115, JP16KK0107, JP20KK0117, JP22H01947, and JP22H01948)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究CREST(No. JPMJCR18T1)、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No. JPMXP0112101001)の一環として、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 放射光共同利用実験課題(No. 2022T001 and 2021S2-002)の元で実施しました。

用語解説

注1.量子化準位・量子化・量子井戸
 井戸のような形状をしたポテンシャル障壁により、極めて薄い伝導層(2次元空間)の内部に電子を閉じ込める構造を量子井戸と呼びます。量子井戸内で電子は、層に垂直な方向への運動が制限されて、量子化準位とよばれるとびとびのエネルギー値を持つようになります。また、この現象を量子化と呼びます。半導体デバイスではこの特長を活かすことで、電子を効率よく利用することができ、高性能のレーザーやトランジスタが実現されています。

注2.放射光
 光速近くまで加速された電子の軌道を磁場によって曲げると、接線方向に光が放出されます。この光は放射光と呼ばれ、高い輝度や偏光性などの優れた特性をもつ光源として、科学技術の広い分野で大いに活用されています。近年、高輝度放射光施設が世界各地で建設されており、先端材料や次世代デバイスなどの研究に活かされています。

注3.角度分解光電子分光
 物質に光を当てると、光電効果によって光電子が飛び出します。角度分解光電子分光は、この光電子のエネルギーの放出角度依存性を測定することにより物質中の電子の状態を調べる方法です。

注4.強い電子相関・強相関電子
 電子は負の電荷をもつため互いにクーロン斥力を感じながら物質中を運動します。その力が強い場合は、多数の電子が集団的に振る舞い、モット転移や超伝導など様々な興味深い量子現象が発現します。このような場合、一般に強い電子相関があるといい、物質中において強い電子相関をもつ電子を強相関電子と呼びます。

注5.モットトランジスタ
 半導体デバイスとして広く用いられている電界効果型トランジスタでは、不純物を添加した半導体に電圧をかけて電子や正孔を蓄積することによって電気抵抗(電流のOn/Off)を切り替えています。一方、電流のOn/Offに強相関電子のモット転移(金属・絶縁体転移)を利用するトランジスタをモットトランジスタと呼びます。モット転移を利用するため、従来のトランジスタに比べて動作速度が速く消費電力が低い等の優れた素子性能を持つことが期待されています。

注6.レーザー分子線エピタキシ
 パルスレーザーを照射することでターゲット材料から原子(分子)を引き剥がし、対向する基板上に堆積させることで薄膜を形成する手法のこと。融点の高い酸化物薄膜などの作製に広く用いられています。

注7.BeyondCMOS
 現在の半導体素子は、CMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor:相補型金属-酸化物-半導体)と呼ばれる構造をもっています。CMOSでは、不純物を添加した半導体に電圧をかけて電子や正孔を注入することによって電気的なスイッチング機能を実現しています。CMOS素子の性能は、長年進化し続けて来ましたが、近年では原理的な限界に近づきつつあります。そのため、新たな動作原理によって従来の半導体素子よりもより高速・低消費電力で動作するデバイスを作製しようという試みが行われており、それに向けた要素技術開発を総じてBeyondCMOSと呼びます。

論文情報

“Quantization condition of strongly correlated electrons in oxide nanostructures”
Tatsuhiko Kanda, Daisuke Shiga, Asato Wada, Ryotaro Hayasaka, Yuuki, Masutake, Naoto Hasegawa, Miho Kitamura, Kohei Yoshimatsu, and Hiroshi Kumigashira*
※責任著者:東北大学多元物質科学研究所(教授)組頭広志
Communications Materials
DOI:10.1038/s43246-023-00354-7
※DOI情報を修正しました(2023年5月11日)

関連リンク

東北大学
高エネルギー加速器研究機構(KEK)
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(KEK IMSS)
ナノ機能物性化学研究分野(組頭広志研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 
教授 組頭 広志(くみがしら ひろし)
電話:022-217-5802
E-mail:kumigashira*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

高エネルギー加速器研究機構 広報室
電話:029-879-6047
E-mail:press*kek.jp(*を@に置き換えてください)