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プレスリリース
テンダーX線タイコグラフィで世界最高の空間分解能を達成 -3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuを用いた初の学術論文-|放射光可視化情報計測研究分野

国立大学法人東北大学
住友ゴム工業株式会社

発表のポイント

  • 3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(注1で20nm(nm, 1 nmは10億分の1メートル)未満の空間分解能での観察に成功しました。
  • スーパーコンピュータAOBAを用いて逐次的な解析を実現しました。
  • 軽元素材料では50nm未満の優れた分解能での観察に成功しました。

概要

2024年4月より東北大学青葉山新キャンパスに整備された3GeV高輝度放射光施設「NanoTerasu」の運用が開始されました。NanoTerasuは大型放射光施設SPring-8(注2と比べて、低エネルギーのX線(注3である軟X線やテンダーX線の輝度(注4が高く(明るく)、様々な放射光計測技術の性能向上が期待されています。

東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの高橋幸生教授、石黒志准教授、高山裕貴准教授、星野大樹准教授、吉田純也准教授、日本学術振興会特別研究員の阿部真樹博士、住友ゴム工業株式会社の金子房恵博士(東北大学 多元物質科学研究所 助教)と岸本浩通博士、東北大学 サイバーサイエンスセンターの滝沢寛之教授と高橋慧智助教らの共同研究グループは、干渉性(コヒーレンス(注5)に優れたX線を用いて物質の微細構造を高分解能で観察する「X線タイコグラフィ(注6」の計測をテンダーX線のエネルギー領域で実施可能なシステムをNanoTerasuのX線コヒーレントイメージングビームラインにおいて構築しました。そして、スーパーコンピュータAOBA(注7を活用した解析によってタンタル製の空間分解能テスト試料の観察で20 nm未満の優れた空間分解能を達成しました。また、リチウム硫黄電池正極材として開発された軽元素材料の含硫黄高分子粒子内部の微細構造を50 nm未満の分解能で観察することに成功しました。本システムを改造することで10 nm未満まで分解能を向上させられることが見込まれます。

今後、本システムを用いて、動作中のリチウム硫黄電池やタイヤゴムの計測・解析に応用することで、これまで不明瞭だった劣化メカニズムの解明および性能向上への貢献が期待できます。また、厚みをもった細胞の観察など生物分野への応用も期待されます。

本研究成果は、2024年5月7日(英国時間)付で、応用物理学会の学術誌 Applied Physics Express にAccepted Manuscriptとして掲載されました。また、掲載論文は同誌の“Spotlights”論文として選ばれました。

研究の背景

X線タイコグラフィは、コヒーレンスに優れたX線を試料に照射した際に試料後方で測定されるコヒーレント回折強度パターンを解析することで試料像を得るレンズレスX線顕微法です。本手法では顕微法において本来レンズが果たす役割を計算機が担うため、レンズ性能を上回る分解能での試料観察を実現できます。X線タイコグラフィによる測定を軟X線と硬X線の間のエネルギーを有するテンダーX線で行うと、数マイクロメートル(µm, 1 µmは100万分の1メートル)の厚さを有する軽元素試料の内部における構造情報を高い空間分解能で取得可能です。これまで、大型放射光施設SPring-8においてテンダーX線を用いたタイコグラフィ計測システムを開発してきましたが、テスト試料で50 nm程度、軽元素の実試料で100 nm程度と、X線タイコグラフィ本来の高い空間分解能を実現できていませんでした。これは、SPring-8のテンダーX線の強度が不十分であることが一つの原因でした。

2024年4月より東北大学青葉山新キャンパス内に整備された3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuの運用が開始されました。NanoTerasuはSPring-8に比べて軟X線、テンダーX線の強度が大きくなるように設計されており、テンダーX線を用いたタイコグラフィの性能向上が期待されていました。

今回の取り組み

本研究では、SPring-8で開発されたテンダーX線を用いたタイコグラフィ計測システムをNanoTerasuのX線コヒーレントイメージングビームラインBL10Uに導入しました(図1)。そして、3.5 keVのX線エネルギーで測定および解析を行った結果、タンタルのテスト試料で20 nm未満、リチウム硫黄電池正極材として開発された軽元素材料の含硫黄高分子粒子で50 nm未満の空間分解能を達成しました(図2)。また、限られたビームタイム中にタイコグラフィの光学配置を最適化するために、測定データを迅速に解析する必要があり、東北大学サイバーサイエンスセンターに設置されたスーパーコンピュータAOBAに一部の実験データを送り解析を行いました。

図1. テンダーX線タイコグラフィ計測システムの光学系模式図。

図2. (a)テスト試料の再構成像(左)と位相回復伝達関数による分解能評価(右)。
(b)含硫黄高分子材料の再構成像(左)と位相回復伝達関数による分解能評価(右)。

今後の展開

今後、タイコグラフィ計測システムを高度化することで、さらなる空間分解能の向上が期待されます。具体的には、X線の集光素子に大阪大学で開発された全反射集光鏡、画像検出器に理化学研究所で開発された次世代画像検出器CITIUSを用いることで、10 nm未満の高い空間分解能を達成できることが見積もられました。また、東北大学サイバーサイエンスセンターとNanoTerasuの間には、データ転送のための高速専用回線が敷設されており、これを活用して、大量の実験データをスパコンAOBAで逐次的に解析する、高スループットイメージングへの展開が期待されます。例えば、動作中のリチウム硫黄電池やタイヤゴムの計測・解析に応用することで、これまで不明瞭だった劣化メカニズムの解明および性能向上への貢献が期待できます。また、厚みをもった細胞の観察など生物分野への応用も期待されます。

謝辞

本研究の一部はJSPS科研費(JP23H05403、JP23KJ0137、JP24H02205)、JST CREST(JPMJCR2233)、文部科学省「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」(JPMXP1122712807)の助成を受けて行われました。NanoTerasu の加速器およびBL10Uの光源光学系の整備にご尽力された量子科学技術研究開発機構、光科学イノベーションセンターの方々に感謝致します。

用語説明

注1.3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu: 宮城県仙台市 東北大学青葉山新キャンパス内にて整備が進められ、2024年4月に稼働を開始した中型放射光施設。国の主体機関である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とする宮城県、仙台市、国立大学法人東北大学、一般社団法人東北経済連合会からなる地域パートナーで構成され、費用負担も含めた役割分担の元で整備が進められている。

注2.大型放射光施設SPring-8: 兵庫県播磨地区にて、1997年より共用施設として稼働している大型放射光施設。国立研究開発法人理化学研究所、公益財団法人高輝度放射光研究センターにより運用されている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。

注3.X線: 波長が1 pm(1兆分の1メートル)~10 nm程度の電磁波(光)。波長が短く物質内の透過力が強いので、医療診断や物質構造の検査などに広く用いられている。光子(光の粒)1個のエネルギーがおおむね5 keV以上を硬X線、2~5 keVをテンダーX線、0.1~2 keVを軟X線と呼ぶ。

注4.輝度: 電磁波(ここではX線)の明るさ。単位時間に単位面積をある角度拡がりで通過する、ある一定エネルギー(波長)の光子の個数で示す。

注5.コヒーレンス: 光が強め合ったり弱め合ったりする現象(干渉)の起こりやすさを示す度合い。コヒーレンスに優れた光をコヒーレント光と呼ぶ。

注6.X線タイコグラフィ: コヒーレントX線回折イメージングと呼ばれるX線顕微法の一つ。試料にコヒーレントX線を照射する際、試料面上でX線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点において試料後方で観測されるコヒーレント回折強度パターンを測定する。このようにして得られた複数の回折強度パターンに対して位相回復計算を実行することで試料像が再構成される。

注7.スーパーコンピュータAOBA: 東北大学青葉山キャンパスにあるサイバーサイエンスセンターに設置されているスーパーコンピュータ。2023年8月に大幅に増強され、計算能力が14倍になった。その中核をなすAOBA-Sはベクトル型のスーパーコンピュータとしては“世界一の性能”を有する。

 

論文情報

“Towards Sub-10 nm Spatial Resolution by Tender X-ray Ptychographic Coherent Diffraction Imaging”
Nozomu Ishiguro, Fusae Kaneko, Masaki Abe, Yuki Takayama, Junya Yoshida, Taiki Hoshino, Shuntaro Takazawa, Hideshi Uematsu, Yuhei Sasaki, Naru Okawa, Keichi Takahashi, Hiroyuki Takizawa, Hiroyuki Kishimoto, and Yukio Takahashi*
Applied Physics Express
DOI:10.35848/1882-0786/ad4846
*責任著者:東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授 高橋幸生

東北大学
住友ゴム工業株式会社
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
東北大学サイバーサイエンスセンター
放射光可視化情報計測研究分野

 

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(東北大学多元物質科学研究所 兼務)
(東北大学金属材料研究所 兼務)
教授 高橋 幸生(たかはし ゆきお)
電話:022-217-5166
Email:ytakahashi*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えて下さい)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えて下さい)