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プレスリリース
ポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功 最新の電子顕微鏡法で汎用プラスチックの基礎的構造を観察|高分子物理化学研究分野

発表のポイント

  • 従来のポリエチレン(注1)ナノ結晶(注2)の形態観察では、ナノ結晶の形態を変化させてしまう可能性がある「コントラスト増強法(注3)」による電子顕微鏡観察が行われてきました。
  • 今回、ポリエチレンナノ結晶をコントラスト増強法に頼ることなく本来の“姿”(形態)で観察できる新たな電子顕微鏡解析手法を開発しました。
  • ポリエチレンナノ結晶の形態や配列状態に加え、コントラスト増強法では観察不可能なナノ結晶内部の分子鎖配向を解析した本結果は、ナノ結晶を分子論的に理解するための道筋を拓き、高分子科学の基礎研究や新規材料開発に貢献すると期待されます。

概要

産業的に最も多く使用されているプラスチック材料であるポリエチレンは、その内部に存在するナノ結晶の量や形態、向きを制御することで、強度や耐熱性などの物性を変化させることができます。このナノ結晶は、規則的に配列するひも状の高分子鎖から構成されていますが、従来の電子顕微鏡法では結晶内部の分子鎖の向き(配向)を可視化できないため、ポリエチレンの物性の起源を分子論的に解き明かすことができませんでした。また、結晶部と非晶部(分子鎖が無秩序に存在する領域)のコントラストを増強するために用いる前処理「電子染色(注4)」は、ナノ結晶の形態を変化させかねないため省略が望まれていました。
東北大学 多元物質科学研究所の陣内浩司教授らのグループは、最新の電子顕微鏡法による構造解析手法をポリエチレンナノ結晶の構造解析に用い、電子染色を行わずに本来の“姿”(形態)のナノ結晶を可視化し、その内部の分子鎖配向を直接解析することに世界で初めて成功しました。本成果により分子論に基づくナノ結晶の直接的な構造解析、ナノ結晶の構造と材料物性との相関関係の解明などへの道筋が拓かれ、高機能材料の開発や省資源化といった、今後の循環型社会の実現に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2023年9月21日、学術雑誌 Nature Communications に公開されました。

図1. ポリエチレンの分子鎖とラメラ晶の模式図。

 

詳細な説明

研究の背景
循環型社会の実現に向けて求められるプラスチック材料の耐久性向上やリサイクル技術改良のためには、その内部構造や劣化機構を精密に理解することが重要です。ポリエチレンは最も多く生産されるプラスチック材料であり、食品容器やレジ袋、医療器具、スポーツ用品、自動車部品などとして幅広く用いられています。
ポリエチレンは多数の炭素原子と水素原子がつながった長いひも状の高分子であり、この分子鎖が規則的に配列することで構造の基本単位である厚さ20 nm程度の板状結晶(ラメラ晶)となります(図1)。このラメラ晶の量・大きさ・形状・向きなどは、材料の力学強度・耐熱性・透明性といった様々な物性と深く関係しているため、1930年頃から光学顕微鏡法やX線散乱法による研究が盛んに行われてきました。しかし、ラメラ晶内部の分子鎖の配列や配向といった分子レベルの構造については、直接観察する手法がなく、有用な知見はほとんどありませんでした。

図1. ポリエチレンの分子鎖とラメラ晶の模式図。

今回の取り組み
そこで、東北大学 多元物質科学研究所 陣内浩司教授らのグループは、透過電子顕微鏡法(TEM)(注5)を用いた最先端の観察技術により、ポリエチレンのラメラ晶の形態および内部の分子鎖配向を可視化する手法を開発しました。
ポリエチレンなどの高分子は電子線によるダメージを受けやすく、電子線を照射するとラメラ晶はすぐに破壊されてしまいます。そのため、これまでのTEMを用いた研究では、電子染色された試料中のラメラ晶の概形観察や制限視野電子回折法(注6)による結晶の平均情報の解析のみが行われてきました。
本研究では、最新の高性能検出器の利用に加え、電子線をナノメートルサイズに収束しながらも結晶へのダメージを最小限とする照射条件を探索しました。その結果、平均厚みが18 nmのラメラ晶を含むポリエチレン試料に対し、収束電子線を6 nm間隔で走査することで、各照射点から電子回折図形(注7)を取得(ナノ回折イメージング(注8))できることを見出ました(図2)。この手法により取得した36万枚の電子回折図形に対し回折スポットの強度と角度を抽出することで、ラメラ晶の形態およびその内部の分子鎖の配向を鮮明に可視化することができました。これにより、ポリエチレン試料の内部に形態や分子鎖配向が異なる様々なラメラ晶が存在すること、平行に並んだラメラ晶(積層ラメラ晶)と単独のラメラ晶では分子鎖の配向様式が明確に異なることなどが明らかとなりました(図3)。これらの情報は、材料の物性に繋がる重要な情報であり、他の従来法では決して達成できない高分解能の画像を得ることで初めて得られたものです。

図2.(a)ナノ回折イメージングの模式図。(b)走査透過電子顕微鏡法による明視野像(一般的な手法によって得られる画像)。網目状の暗部は支持膜の上に試料が乗っている領域。試料のみの領域内に板状の構造は観察できない。(c–f)(b)上部の白い三角形の頂点に対応する位置からの電子回折図形。

 

図3. (a)図2(b)の点線枠内のナノ回折イメージングにより得られた再構成像。明部が結晶であり、ラメラ晶が明瞭に観察されている。(b)回折スポットの角度から分子鎖配向を算出し、ラメラ晶の板面に対する角度としてプロットした分子鎖傾斜角マップ。(c,d)平行に並んだラメラ晶(積層ラメラ晶) と(e,f)単独ラメラ晶では、前者は傾斜角が小さく(~15°)、後者は比較的大きい(~34°)。

今後の展開
本研究で開発した手法を用いることで、結晶内部の分子鎖配列や配向といった分子レベルの構造から、ラメラ晶の形態やそれらの空間分布といったより高次の構造まで直接観察することが可能となりました。これらの知見は、ポリエチレンの結晶階層構造の形成メカニズムの解明といった基礎研究に対して、重要な情報となると期待されます。
近年の石油資源使用量やプラスチック廃棄物量の削減という社会的要求に対して、これからのプラスチック材料は高性能かつ高耐久性であることが求められます。ラメラ晶の形態と分子鎖配向の可視化に基づいて力学物性や熱物性、環境安定性などが分子レベルから理解されることで、ポリエチレン材料の省資源化や次世代材料設計に繋がると期待されます。
さらに本手法は、結晶性の高分子材料全般に応用可能です。生分解性高分子やリサイクル原料由来の高分子は、従来の材料より力学物性が劣るとされていますが、本手法により得られる分子論的な知見が、諸物性向上への糸口になるかもしれません。このように、本研究で開発されたプラスチック材料計測に最適化されたナノ回折イメージングは、今後のカーボンニュートラル社会の構築に不可欠な先端計測手法と考えています。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号:JPMJCR1993、JPMJCR19T4)、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究B(課題番号:JP20H02782)の助成を受けて行われました。

用語説明

注1.ポリエチレン: 炭素と水素のみで構成される最も典型的な高分子です。国内のプラスチック生産量のおよそ1/4を占め、最も多く利用されているプラスチック材料です。
注2.ナノ結晶: ここでは高分子に特徴的な厚さ10 nm程度の板状結晶(ラメラ晶)のことです。1ナノメートルは10億分の1メートルであり、nmと表記します。
注3.コントラスト増強法: ポリエチレンのように原子番号が小さい元素のみで構成されている試料は、TEMではその内部構造のコントラストを得ることが難しく、観察が困難です。そのため、試料を物理的・化学的に処理したり、観察手法を工夫したりすることで、試料の内部構造のコントラストを増強します。
注4.電子染色: ポリエチレンにおいて一般的に用いられるコントラスト増強法は電子染色法です。結晶部より密度の低い非晶部へ原子番号が大きい元素を優先的に侵入させ、結晶部と非晶部のコントラストを増強します。
注5.透過電子顕微鏡法(TEM): 光学顕微鏡法で利用される光の代わりに電子を用いることで、100万倍などの非常に高倍率で観察することができる顕微鏡法です。試料上部から照射された電子は、試料中を透過する間に試料との相互作用により散乱・回折・エネルギー損失などの様々な現象を引き起こします。これらの電子の強度を試料下部に配置された検出器で記録することで、像観察や結晶構造・化学状態の解析に利用します。ナノメートル径に細く収束した電子線を試料上で走査し、各照射点からの強度をプロットすることで画像とする手法は、走査透過電子顕微鏡法(STEM)と呼ばれます。
注6.制限視野電子回折法: TEM像から特定の領域を選択して電子回折図形を取得する手法です。一般には直径数百ナノメートル以上の領域から取得され、本ポリエチレンのように非常に小さな結晶を含む試料から取得すると、構造情報は平均化されてしまいます。
注7.電子回折図形: 試料中の結晶に対し適切な角度で入射した電子は回折現象によって特定の角度へ散乱され、試料の後方では結晶構造や配向を反映した電子回折図形として観測されます。電子回折図形中に輝点(回折スポット)が観測されたとき、このスポットの中心からの距離、数、強度、角度などから結晶構造や配向を知ることができます。
注8.ナノ回折イメージング: 本研究では、STEMに含まれる手法の一つであるナノ回折イメージングを用いました。収束電子で試料上を走査することは通常のSTEMと同様ですが、本手法ではこのとき各点からの電子回折図形を高速で記録します。このようにして得られた膨大な数の電子回折図形から結晶の向きなどの情報を抽出して画像化する手法がナノ回折イメージングです。

論文情報

“Reassessing chain tilt in the lamellar crystals of polyethylene”
Shusuke Kanomi, Hironori Marubayashi, Tomohiro Miyata, and Hiroshi Jinnai*
*責任著者:東北大学 多元物質科学研究所 教授 陣内 浩司
Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-023-41138-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-023-41138-4

東北大学
科学技術振興機構(JST)
高分子物理化学研究分野(陣内研究室)

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(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 陣内 浩司(じんない ひろし)
TEL: 022-217-5329
E-mail: hiroshi.jinnai.d4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
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