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プレスリリース
水分子の向きが磁気のペアをつくる ―フッ素化ピンサー型錯体における反強磁性ペアの形成―

【多元研代表研究者情報】 スピン量子物性研究分野 准教授 那波和宏、教授 佐藤卓
【発表のポイント】

  • 水素結合でつながったフッ素化ピンサー型銅(II)錯体(注1)において、水分子の向きがそろうことをきっかけに結晶構造が変化することを明らかにしました。
  • 構造変化によって銅イオンの鎖に結合交替が生じ、隣接する磁気モーメントが反強磁性的な対を形成することを磁化測定から示しました。
  • 密度汎関数理論計算(注2)により水素結合を介した経路が、離れた銅イオン間の磁気相互作用を生み出すのに有力であることを示しました。

【概要】

分子磁性体は、構成する元素や配位子、分子の並び方を化学的に設計することにより、磁気的性質を細かく調整できる材料です。

東北大学多元物質科学研究所の那波和宏准教授、国立台北科技大学のNorman Lu教授および東京大学物性研究所・東北大学多元物質科学研究所の佐藤卓教授の国際共同研究グループは、フッ素化ピンサー型配位子をもつ銅(II)錯体において、水分子の配向秩序化によって反強磁性的な磁気モーメントの対が形成されることを明らかにしました。室温では、錯体分子は水素結合によって一様な鎖を形成しています。しかし温度を下げると、銅イオンに配位した水分子の向きがそろい、隣り合う銅イオン間の結合環境が交互に異なる構造へ変化します。その結果、磁気相互作用にも強弱が生じ、反強磁性的な磁気モーメントの対が形成されることにより説明されました。

本成果は、共有結合で直接つながっていない分子間でも、水素結合と水分子の配向を利用して磁気相互作用を制御できることを示すものです。分子配列やフッ素化の程度を化学的に調整することで、構造と磁性の関係を系統的に研究する新たな分子磁性材料の設計指針につながると期待されます。

本研究成果は、2026年9月11日付けで、無機化学分野の専門誌Inorganic Chemistry に掲載されました。

図1.反強磁性的な磁気モーメントの対が形成される様子を表したイメージ図。赤い矢印はCu²⁺イオンにおける磁気モーメント、橙色の線は水素結合を介した磁気相互作用を模式的に示しています。

研究の背景

分子磁性体は、一つ一つの分子を磁性の基本単位として利用する材料です。構成する元素や配位子、分子の並び方を化学的に設計できるため、磁気相互作用を細かく調節できる利点があります。一般的な磁性材料では、磁性を担うイオン同士の直接的な重なりや、共有結合でつながっている原子を介した磁気相互作用が重要視されており、磁気相互作用が働くイオン間の距離は3~4 Å程度です。一方で、分子性物質においては、水素結合のような比較的弱い分子間相互作用を経由することで、5 Å以上離れたイオンの間にも磁気相互作用が生じえると知られていました。しかし、水素結合ネットワークの構造変化が磁気相互作用をどのように組み替えるのか、十分に理解されていませんでした。

今回の取り組み

研究グループは、フッ素化度が異なる2種類のピンサー型銅(II)錯体、2FH-CuCl₂·H₂Oおよび3F-CuCl₂·H₂Oを合成し、単結晶X線回折、日本原子力研究開発機構の研究用原子炉JRR-3に設置された中性子三軸分光器4G-GPTASを用いた中性子回折実験により結晶構造を調べました。両物質では、磁気を担うCu²⁺イオンを含む錯体分子がO–H···Cl水素結合を介して鎖状に並ぶ構造を示します。隣接する錯体分子の銅イオン間の距離は5.4 Å程度です。

これらの錯体は温度を下げると結晶構造が変化します。変化のきっかけとなるのが、銅イオンに配位した水分子の秩序になります。室温では水分子の向きに乱れが残りますが、低温ではこの向きに秩序が生じます。その結果、隣接分子間の水素結合は室温では等価ですが、260 K以下の低温では結晶構造が変化し2種類に分かれることが分かりました。

これらの錯体に関して磁化測定を行ったところ、5~7 K以下の極めて低い温度では磁化が消失していることが明らかになりました。磁化の消失は隣り合う分子の銅イオンの磁気モーメントが逆方向を向くことで打ち消しあっていること意味します。磁化測定の結果はこのような反強磁性二量体模型でよく再現されました。また、磁気相互作用の大きさは10 K程度と見積もられました。

さらに密度汎関数理論計算を行うことで、2種類に分かれたO–H···Cl水素結合の経路うち、片方の経路で比較的大きな反強磁性相互作用が残り、もう片方の経路でその大きさが小さくなることが示唆されました。これらの結果は、水素結合を介した磁気相互作用が反強磁性的な磁気モーメントの対形成の有力な起源であることを支持します。

図2.磁化測定の実験結果。5~7 K以下の極めて低い温度では磁化が0に収束し、反強磁性的な磁気モーメントの対が形成されることを支持される。

今後の展開

中性子散乱実験は物質中の磁気相互作用の大きさを検証する有力な最も有力な実験手法です。フッ素化ピンサー型錯体に関して中性子散乱実験を進めることで、磁気相互作用の伝達経路が実験的にも明らかになると期待されます。本研究で用いたフッ素化ピンサー型錯体は、アルキル基のフッ素化の程度やピリジン環へのハロゲン置換によって、分子間の詰まり方や水素結合ネットワークを調整できます。今後、これらの化学修飾と磁気相互作用の関係を系統的に調べることで、水素結合を利用した磁性制御の設計規則を確立できる可能性があります。

 

謝辞

本研究は、国立台北科技大学と東北大学多元物質科学研究所の共同研究助成、台湾国家科学及技術委員会(NSTC 113-2113-M-027-006、114-2113-M-027-007)およびJSPS科研費(JP22H00101、JP23KK0051、JP23K03296)の支援を受けて実施されました。研究用原子炉JRR-3における実験は、東京大学物性研究所共同利用研究課題(課題番号24400)として実施されました。

用語説明

注1.フッ素化ピンサー型銅(II)錯体:中央のピリジン環と両側の官能基が、はさみ(pincer)のようにCu²⁺イオンを取り囲む分子錯体。本研究では側鎖をフッ素化し、分子間相互作用を調整しています。

注2.密度汎関数理論:電子状態を量子力学に基づいて計算する方法。分子軌道、スピン密度、磁気相互作用の大きさや伝達経路を調べるために用いました。

 

論文情報

“Formation of antiferromagnetic spin dimer induced by orientation ordering of water molecule in fluorinated pincered Cu(II) complexes”
Kazuhiro Nawa*, Dongge Zheng, Katsuki Kinjo, Chun-Wai Tsang, Pin-Xiang Zeng, Gurumallappa Gurumallappa, Norman Lu*, Taku J. Sato
責任著者:東北大学多元物質科学研究所 准教授 那波 和宏、国立台北科技大学 教授 Norman Lu
Inorganic Chemistry
DOI:10.1021/acs.inorgchem.6c01062

 

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
准教授 那波 和宏(なわ かずひろ)
TEL: 022-217-5350
Email: knawa*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東京大学物性研究所・
東北大学多元物質科学研究所
教授 佐藤 卓(さとう たく)
TEL: 022-217-5348
Email: taku*issp.u-tokyo.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)