"
プレスリリース
酸化物界面における「隠れた電荷移動経路」を特定 -従来の半導体物理では考慮されていなかった界面における「化学結合ネットワーク」の重要性を実証-

【発表のポイント】

  • 原子層精度で制御した酸化物ヘテロ界面において自発的に発生する電荷移動現象を高輝度放射光(注1)を用いた共鳴光電子分光法(注2)で可視化することに成功しました。
  • 電荷移動の減衰長(染み出し長)(注3)が、従来の半導体接合理論(注4)の値に比べて数倍長いことを明らかにし、従来の半導体デバイス設計では考慮されていなかった「化学結合ネットワーク」の寄与を初めて実証しました。
  • この成果は、機能性酸化物デバイスの新しい設計指針の確立につながると期待されます。

【概要】

酸化物のナノ構造(ヘテロ接合)は、次世代エレクトロニクスデバイスの有力候補として盛んに研究されています。しかし、従来のエレクトロニクスの基本理論である半導体接合理論では、説明のつかない現象が多々報告され、正確なデバイス設計の妨げとなっていました。

東北大学大学院理学研究科の早坂亮太朗大学院生(研究当時)、同 多元物質科学研究所の志賀大亮助教、組頭広志教授、および高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の小澤健一教授らの研究グループは、高輝度放射光を用いた「共鳴光電子分光法」という手法により、界面の電荷移動を可視化することにより、バリア層内部を電子が伝播する微視的な化学結合ネットワーク(pdp混成ネットワーク)の存在を突き止め、酸化物界面における新たな物理機構を見出しました。

本成果により得られた知見に基づいて、界面化学結合ネットワークを取り入れた理論を構築する事で、最適な酸化物ナノ構造の機能が設計可能になり、次世代酸化物エレクトロニクスの実現が期待されます。

本研究成果は、米国物理学協会(AIP)の発行する学術誌APL Materialsに、2026年7月1日付でオンライン公開されました。

研究の背景

異なる性質を持つ酸化物をナノメートル(10億分の1メートル)スケールで積み重ねた「酸化物ナノ構造」は、従来の半導体では得られない多彩な物性が現れることから、次世代の省電力・高速電子デバイスへの応用に向けて盛んに研究されています。

しかし、こうしたナノ構造デバイスを実際に設計・動作させるにあたっては、物質同士を接合した際に界面で起こる現象を正しく理解する必要があります。酸化物のヘテロ界面においては、従来のエレクトロニクスの基本理論である半導体理論では説明のつかない現象が多々報告され、正確なデバイス設計の妨げとなっていました。特に、特定の酸化物ヘテロ界面においては、半導体理論では予測されない、界面を介した隣の層への「電荷移動現象」が起き、材料本来の優れた機能が損なわれてしまうことが大きな課題となっていました。そのため、この現象を微視的な観点から実験的に検証し、それに基づく正確なデバイス設計指針の構築が強く求められていました。

図1.酸化物界面における化学結合ネットワーク(pdp混成ネットワーク)の概念図
(左図)従来の半導体理論では、電子がバリア層(ポテンシャル障壁:図中央)をトンネルする効果のみが考慮されていたが、界面における化学結合によりd–p–d混成ネットワークが形成されることで、電子が長距離まで伝播できるようになる。(右図)実際に高輝度放射光により可視化した電荷移動現象。

今回の取り組み

東北大学多元物質科学研究所の組頭広志教授らの研究グループは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の小澤健一教授らと共同で、レーザー分子線エピタキシー技術(注5)を用いて原子レベルで厚さをデジタル制御したペロブスカイト酸化物(注6)の三層ナノ構造(SrNbO3 / SrZrO3 / SrTiO3)を作製しました。さらに、高輝度放射光を利用した「共鳴光電子分光法」を駆使することで、埋もれた界面における電荷移動の様子を、高精度に可視化しました(図2)。その結果、バリア層(SrZrO3)の厚さに伴って電荷移動量は指数関数的に減少するものの、その電荷の減衰長λが、従来の半導体理論による予測を5倍以上も上回る値に達していることを見出しました(図3)。

図2.SrNbO3 / SrZrO3 / SrTiO3ナノ構造のTi 2p-3d共鳴光電子分光の結果:
(a)共鳴(赤線)および非共鳴スペクトル(黒線)。共鳴スペクトルにおいてスペクトル強度が増大していることがわかる。(b)共鳴光電子分光から得られた界面におけるTi 3d状態。SrZrO3バリア層厚さnの増加にともなって急速に減衰している様子が見て取れる。

図3.共鳴光電子分光から得られた電荷移動量のバリア層厚さn依存性。従来の半導体理論に比べて減衰長が増大している。

さらに、この長距離にわたる電荷移動を引き起こしている原因が、従来の半導体接合理論では看過されていた界面の化学結合にあることを突き止めました。酸化物界面では、遷移金属のd軌道と酸素の2p軌道が微視的な化学結合の鎖を形成しています。従来の半導体物理では無視されていた、この「ミクロな化学結合ネットワーク(d–p–d 混成ネットワーク)」により電子が伝播していく機構こそが、長距離の電荷移動を支えていた本質であることを、精密な実験によって初めて実証しました。

今後の展開

本研究によって、酸化物ナノ界面における「隠れた電荷移動経路」の微視的な物理機構が明らかになりました。今後、従来の半導体理論の枠組みを超え、界面の化学結合ネットワークを考慮した理論モデルをデバイス設計に導入することで、酸化物ナノ構造の最適な機能設計が可能になり、次世代の高速・省電力な酸化物エレクトロニクスデバイスの実現が大きく期待されます。

謝辞

本研究は、JSPS科研費(JP20KK0117, JP23K23216, JP23H00263, JP25K01661)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究CREST(JPMJCR2543)、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)の一環として、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 放射光共同利用実験課題(2024S2-003)の元で実施されました。

用語説明

注1.放射光:光速近くまで加速された電子の軌道を磁場によって曲げると、接線方向に光が放出されます。この光は放射光と呼ばれ、高い輝度や偏光性などの優れた特性をもつ光源として、科学技術の広い分野で大いに活用されています。近年、東北大キャンパスのナノテラスを始め、高輝度放射光施設が世界各地で建設されており、先端材料や次世代デバイスなどの研究に活かされています。

注2.共鳴光電子分光法:物質にX線などの光を照射したときに光電効果によって飛び出してくる電子(光電子)のエネルギーや量を測定することで、物質内部の電子の状態を調べる手法を光電子分光と言います。さらに、光エネルギーを自由に変えられる放射光の特長を活かして、遷移金属(チタンなど)が持つ固有の吸収エネルギーに照射光の波長を合わせると、特定の元素の電子状態を可視化できます。この方法を共鳴光電子分光と呼びます。

注3.減衰長(染み出し長):電子の存在確率や電荷の移動量が、界面からバリア層の奥深くへ進むにつれて、指数関数的に減少(減衰)していく際の「染み出しの広がり」を表す物理的な指標のこと。この値が大きいほど、電子がバリア層のより奥深く(長距離)まで透過できることを意味します。

注4.半導体接合理論:デバイスを構成する物質間の静電ポテンシャルとそれに伴う界面での電荷分布を考える理論のこと。現代の半導体エレクトロニクスはこの理論によって設計・制御されている。

注5.レーザー分子線エピタキシー技術:パルスレーザーを照射することでターゲット材料から原子(分子)を引き剥がし、対向する基板上に堆積させることで薄膜を形成する手法のこと。融点の高い酸化物薄膜などの作製に広く用いられています。

注6.ペロブスカイト酸化物:化学式ABO3(Aはアルカリ土類金属や希土類元素など、Bは遷移金属元素)で表される結晶構造を持つ酸化物の総称。AおよびBサイトの元素の組み合わせによって、超伝導、強磁性、強誘電性、金属・絶縁体転移など、極めて多彩かつ劇的な物理現象を示すことから、次世代の機能性ナノデバイス材料として盛んに研究されています。

発表者

  • 早坂 亮太朗 東北大学大学院理学研究科 大学院生(研究当時)
  • 増竹 悠紀  東北大学大学院理学研究科 大学院生
  • 井上 晴太郎 東北大学大学院理学研究科 大学院生
  • 志賀 大亮  東北大学多元物質科学研究所 助教
  • 小澤 健一  高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授
  • 組頭 広志  東北大学多元物質科学研究所 教授

 

論文情報

“Role of barrier layer to prevent inherent charge transfer in oxide heterostructures”
Ryotaro Hayasaka, Yuuki Masutake, Seitaro Inoue, Daisuke Shiga*, Kenichi Ozawa, and Hiroshi Kumigashira*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 組頭 広志、助教 志賀 大亮
APL Materials
DOI :10.1063/5.0336589

 

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 組頭 広志
TEL: 022-217-5802
Email: kumigashira*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

高エネルギー加速器研究機構 広報室
電話: 029-879-6047
E-mail: press*kek.jp(*を@に置き換えてください)