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プレスリリース
光で湿度を測る新材料を開発 ― 蛍光の明るさと寿命、二刀流センサーが環境管理を変える ―

国立大学法人東北大学
国立大学法人大阪大学
岡山理科大学

【発表のポイント】

  • 近赤外線レーザーにより可視光発光する新しい蛍光体(注1)Yb2(MoO4)3:Er3+を開発し、湿度(大気水分量)に応じて蛍光の強度と寿命の両方を変化させることを世界で初めて実証しました。
  • 独特な空洞を持つ構造が水分子を取り込み、接触不要・非破壊で湿度を正確に測定できます。
  • 蛍光の明るさ(強度)と蛍光が消えるまでの時間(寿命)という2つの物理量を同時に計測するデュアルモード検出(注2)により、環境変化に左右されにくい信頼性の高い湿度計測が可能になりました。
  • 電磁ノイズの影響を受けない光による湿度計測のため、食品・医薬品の保管や半導体製造現場など、高精度な湿度管理が求められる分野への応用が期待されます。

【概要】

湿度の精密な制御は、食品・医薬品の品質管理や半導体製造など幅広い産業で不可欠です。従来の電気式センサーは電磁ノイズの影響を受けやすく、電子部品が密集する環境での使用に課題がありました。

東北大学多元物質科学研究所の長谷川拓哉准教授、大阪大学産業科学研究所の後藤知代特任教授(常勤)(奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科教授兼務)、岡山理科大学理学部の佐藤泰史教授らの研究グループは、モリブデン酸イッテルビウム(Yb2(MoO4)3)にエルビウムイオン(Er3+)を添加した蛍光材料を合成し、この材料の結晶格子中の空洞が水分子を可逆的に吸脱着する性質を利用して、光学式湿度センサーとして機能することを実証しました。近赤外線(980 nm)を照射すると、湿度の増加に伴い緑色の蛍光強度が初期値の約30%まで低下するとともに、蛍光寿命も50マイクロ秒から40マイクロ秒に短縮されます。これら2つの光学特性を同時に計測するデュアルモード検出により、信頼性の高い湿度計測を実現しました。

本成果は、2026 年 3 月 3 日(現地時間)に、国際科学誌 ACS Applied Materials & Interfaces のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

湿度はあらゆる場面で精密な管理が求められる環境パラメーターです。食品の保存・輸送では高湿度によるカビの発生や低湿度による品質劣化が問題となり、医薬品の製造・保管でも湿度管理の失敗は製品の安定性に直結します。半導体・電子部品の製造工程では、静電気や結露を防ぐため湿度を数%RH単位で制御する必要があり、博物館や美術館では文化財の劣化を防ぐための精密な空調管理が欠かせません。

現在、産業現場で最も広く使われているのは電気抵抗式センサーや静電容量式センサーです。これらは安価で扱いやすい反面、金属配線が大量に集積する環境では電磁ノイズの影響を受けやすく、また電気回路を内蔵するため引火性物質が存在するガス環境への設置が難しいという根本的な制約があります。さらに、センサー素子と検出回路が物理的に接続されているため、狭小空間や遠隔地での計測には不向きです。

こうした課題を解決する手段として、光(蛍光)を利用した光学式センサーが注目されています。蛍光体を用いた蛍光センサーは電気配線を必要とせず、光ファイバーを使った遠隔非接触計測が容易です。電磁ノイズや電気的短絡の心配がなく、引火性・爆発性雰囲気でも使用できます。また、光の速さで応答するため計測速度が速く、肉眼で光の変化を確認できるという直観的な分かりやすさも利点の一つです。

蛍光センサーの中でも、近赤外線(NIR)を照射すると高エネルギーの可視光を発するアップコンバージョン発光(注3)を示す希土類(ランタノイド)含有蛍光体は特に有望です。励起光として使う近赤外線は生体組織への影響が少なく、自然光や室内照明との混在(バックグラウンド蛍光)を回避しやすいという特長があります。イッテルビウム(Yb)とエルビウム(Er)を組み合わせた蛍光体は代表的なアップコンバージョン材料であり、可視域(緑・赤)と近赤外域(NIR)の複数波長で蛍光を示します。

しかしながら、従来の研究ではアップコンバージョン材料が水分子と接触すると蛍光強度が著しく低下する消光現象が知られており、これはセンサーや照明素子への応用を妨げるデメリットとして広く認識されていました。水分子のO-H結合の振動エネルギー(約3300–3600 cm−1)が蛍光体の発光準位に非放射失活(注4)を引き起こすためです。この消光現象を積極的にセンシングシグナルとして活用するという発想はこれまで十分に検討されていませんでした。

今回の取り組み

本研究では、希土類モリブデン酸塩の一つであるYb2(MoO4)3(モリブデン酸イッテルビウム、YbMOと称す)に着目しました。この材料はYbO6八面体とMoO4四面体が三次元的に頂点共有した骨格を形成します(図 1)。この骨格構造には水分子を収容できる格子空洞が存在し、大気中の湿度に応じて可逆的に水和・脱水和する性質(吸湿性)があることが確認されています。また、Yb3+の含有量が多いほどエネルギー移動が促進され、水分子への非放射失活が起こりやすくなると予想されることから、湿度センサーとして高感度化に有利と考えられました。

図1. Yb2(MoO4)3の結晶構造モデル。YbO6八面体とMoO4四面体が三次元的に連結した骨格と、水分子を収容できる格子空洞を示す。結晶構造はVESTAプログラムにより描画した。

研究グループは、この材料に微量のEr3+を添加したYbMO:Er3+蛍光体を、水熱合成法により合成しました。まずYb(NO3)3とEr(NO3)3水溶液にモリブデン酸アンモニウムを加え、密閉オートクレーブ中200°C、24時間の水熱反応により前駆体を得た後、800℃で焼成して目的の結晶相を得ました。Er3+の添加量を0〜1.0 mol%の範囲で系統的に変えて試料を作製し、最適組成としてYbMO:0.4Er(Er添加量0.4 mol%)を特定しました。

粉末X線回折(XRD)測定により、作製した全サンプルが目的の結晶相に帰属されることを確認しました。大気中での測定では水和相のピークも観測され、熱重量・示差熱分析(TG-DTA)から加熱により2.2分子相当の約4.6 wt%の重量減少が確認され、常温での水和相の形成が直接的に裏付けられました。ラマン分光測定からは948 cm−1にMo-O伸縮振動ピークが確認され、この低いフォノンエネルギー(注5)が高い発光効率を支えていることが示されました。

光学特性として、980 nmレーザー照射時に可視域(緑色:526/550 nm、赤色:660 nm)のアップコンバージョン発光(UCL)と近赤外域(1535 nm)のダウンシフト発光(DSL)が同時に観測されました。

ガスフローチャンバー内で温度25°C、大気圧に制御しながら、乾燥空気(0% RH)から90% RH空気への段階的な湿度変化を与え、発光スペクトルの時間変化を系統的に測定しました。湿度を上昇させると、緑色UCL強度(526 nm)は乾燥時の約30%まで低下しました(図2a)。赤色UCL(660 nm)や近赤外DSL(1535 nm)も同様の傾向を示しましたが、強度変化の割合は波長によって異なります。乾燥空気に戻すと発光強度は元の値に回復し、3サイクルの繰り返し試験でも95%以上の再現性を確認しました。この可逆性は実用センサーとして極めて重要な特性です。

図2. Yb2(MoO4)3:Er蛍光体の湿度変化(乾燥空気-90% RH)に応じたデュアルモードセンシング特性:UCLスペクトルおよび蛍光強度の経時変化(a,b)と発光寿命の変化と経時変化(c,d)。湿潤空気により発光が弱まり・短寿命化する様子と、乾燥時の回復を示す。

定常状態における湿度−発光強度の関係をラングミュア-ヒンシェルウッド(LH)型吸着モデル(注6)でフィッティングしたところ良好な一致が得られ、発光変化が結晶表面への水分子の単分子層吸着によって支配されていることが示されました。湿度計測の絶対感度(Sa)は低湿度域ほど高く、相対湿度(注7)0%付近では最大値を示しました。

発光強度に加えて、発光寿命の湿度依存性も詳しく調べました。980 nmパルスレーザーで励起し、緑色UCL(526 nm近傍)の発光減衰曲線を測定したところ、乾燥時の発光寿命は約50マイクロ秒でしたが、90% RHの湿潤空気を導入すると約40マイクロ秒に短縮されることがわかりました。この変化はパルスごとに自動収録するシステムで時間分解的に追跡され、吸着開始から約20分で寿命が定常値に到達することが確認されました。さらに、定常状態での発光寿命と相対湿度の関係は0〜90% RHの範囲で線形性を示し、検量線として利用しやすい理想的な特性が得られました。相対感度(注8)は0% RH付近で0.92% (%RH)−1に達し、寿命モードも繰り返し精度95%以上を示しました。

発光強度は計測が容易で応答速度が速い一方、励起光強度の揺らぎや温度変化など外部要因の影響を受けやすいという弱点があります。これに対して発光寿命は励起光強度の影響を受けず、温度が一定であれば非常に安定した計測が可能です。しかし寿命測定にはパルス光源や時間分解検出器が必要で、装置の複雑さと測定速度の面では強度測定に劣ります。研究グループは本研究で、両者を組み合わせたデュアルモード検出を実現することで、計測環境の制約に応じて最適な指標を選択・切り替えられる柔軟性を持たせました。たとえば、励起光の強度変動が問題になる場合は寿命モードを、高速応答が求められる場合は強度モードを利用するといった使い分けが可能です。また2つの独立した指標で同時に湿度を推定することで相互検証ができ、異常値の検出にも役立ちます。このデュアルモード機能は、センサーとしての実用性と信頼性を大きく高める独自の特長です。

今後の展開

今回研究グループが実証したデュアルモード光学湿度センサーは、電気式センサーの適用が困難だった多くの現場への展開が期待されます。具体的には、半導体・液晶製造装置の内部など電磁ノイズが支配的な環境、医薬品製造のクリーンルームや食品工場の低温倉庫などでの高精度湿度管理、化学プラントや水素製造設備など引火性ガスが存在する環境、光ファイバーを使ったビルや橋梁などのインフラ構造物の遠隔湿度モニタリング、などが想定されます。材料実装の面では、粉末サンプルからセンサーデバイスとして使いやすい薄膜・ファイバー・ペレット形状への成形加工の最適化を進める予定です。また検出限界(最小検出湿度)と応答速度のさらなる向上、および温度補正手法の開発も重要な課題です。

学術的には、材料が本来持つ欠点(水分子による発光消光)をセンシング機能に転換するという本研究のコンセプトは、湿度以外の環境センサーへも応用できる普遍的な設計指針を提供します。たとえば同類のA2(MoO4)3系材料を活用した温度センサーやガスセンサー、あるいは異なる材料系への展開も研究グループでは検討しており、複数の環境パラメーターを1つのデバイスで同時計測するマルチモーダルセンサーの開発を目指しています。

謝辞

本研究は、JSPS科研費JP20K15106・JP22K05264の支援を受けて実施されました。また、(公財)徳山科学財団 研究助成、文部科学省『人と知と物質で未来を創るクロスオーバー・アライアンス』若手フィージビリティスタディ(FS)課題研究の支援も受けました。本研究に関連する論文は『東北大学 2025 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業』により Open Access となっています。

用語説明

注1.蛍光体:光などのエネルギーを吸収して異なる波長の光として放出する材料。

注2.デュアルモード検出:蛍光強度と蛍光寿命という、独立した2種類の光学パラメーターを同時に計測する手法。片方のパラメーターのみでは外部環境(温度変化や励起光強度のゆらぎ)による誤差が生じやすいが、2つのパラメーターを組み合わせることで計測の信頼性が向上する。

注3.アップコンバージョン発光:エネルギーの低い近赤外線を吸収し、エネルギーの高い可視光を放出する発光現象。複数の光子を順次吸収することで実現する。希土類元素(ランタノイド)を利用したものが代表的であり、生体透過性の高い近赤外線を励起光として使えるため、バイオイメージングや光センシングへの応用が期待されている。

注4.非放射失活: 励起された電子が光として放出されず、振動や熱としてエネルギーを失って元の状態に戻る現象。水分子の振動がこの過程を促進し、発光を弱める。

注5.フォノンエネルギー:結晶中の原子振動のエネルギー量。値が低いほどエネルギーが熱として失われにくく、強い発光が得られる。フォノンエネルギーが高いほど非放射失活が起きやすく、低いほど非放射失活が起きにくい。

注6.ラングミュア-ヒンシェルウッド(LH)型吸着モデル:表面吸着現象を記述する速度論モデルの一つ。固体表面に吸着分子が単分子層を形成し、吸着量が吸着サイト数と分子濃度(分圧)に依存して飽和する挙動を定量的に表す。本研究では、湿度(水分子濃度)に対する発光変化の定量的な関係を解析するために使用した。

注7.相対湿度:空気中に含まれる水蒸気量を、その温度での最大水蒸気量に対する割合で表した指標。

注8.相対感度:湿度が1%RH変化したときに計測パラメータ(ここでは発光強度や蛍光寿命)が全計測レンジに対して何%変化するかを示す指標。値が大きいほど微小な湿度変化を精度よく検出できる。

 

論文情報

“Dual-Mode Humidity Sensing Based on Intensity and Lifetime Modulation of Yb2(MoO4)3:Er3+ Upconversion Phosphor”
Reiko Furukawa, Takuya Hasegawa*, Tomoyo Goto, Yasushi Sato, Ayahisa Okawa, Shu Yin
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 准教授 長谷川拓哉
ACS Applied Materials & Interfaces
DOI:10.1021/acsami.5c23088

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
准教授 長谷川 拓哉
TEL: 022-217-5598
Email: hase*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
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大阪大学 産業科学研究所 広報室
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