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プレスリリース
レンズレス顕微鏡による光の吸収分布取得をワンショットで実現 -ナノスケール化学反応のリアルタイム観察実現へ大きく前進-|放射光可視化情報計測研究分野

【発表のポイント】

  • レンズレス顕微鏡(注1)で一回の計測から光の吸収分布を得る解析手法を開発しました。
  • 計測時間を従来の60分の1以下に短縮し高分解能な像の取得に成功しました
  • 電池や触媒内部における化学反応の動的観察への応用に期待されます。

【概要】
コヒーレント回折イメージング(注1)は、レンズを使用せずに高分解能な観察が可能なレンズレスの顕微手法です。この特徴は特に、高性能レンズの作製が難しいX線領域において有用で、レンズ性能を超える分解能で材料内部の化学状態を観察できることから注目を集めています。しかし、化学状態を観察するために必要な試料による光の吸収分布を表す像(振幅像)を得るためには複数回の計測が必要であり、このことが動的な化学反応の観察への応用を妨げていました。

東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの阿部真樹博士研究員(日本学術振興会特別研究員)、石黒志准教授、高橋幸生教授らの研究グループは、コヒーレント回折イメージングにおいて一回の計測でも振幅像の取得が可能になる新たな解析手法を開発しました(図1)。本手法は、従来手法においても一回の計測から得ることができた光波の進み(もしくは遅れ)具合の分布を表す像(位相像)が振幅像と類似した構造を示すことに着目し、その構造類似性を振幅像の取得に活用します。

これにより、約30 nm(ナノメートル、1 nmは10億分の1メートル)という高い分解能を達成しただけでなく、従来手法と同等の精度を持つ振幅像を60分の1以下の計測時間で取得することに成功しました。

本手法は、電池や触媒の内部で生じる化学反応のリアルタイム観察を可能にし、材料の性能劣化メカニズムの解明や新材料開発の加速など、様々な分野で応用されると期待されます。

この成果は、2024年12月13日付で光学およびフォトニクス分野の専門誌 Optica にオンライン公開されました。

図1. ワンショットで振幅像を再構成する開発手法の概念図

 

【詳細な説明】
研究の背景
コヒーレント回折イメージングは、波の揃った光(コヒーレント光)を試料に照射し、その後方で計測される「回折強度パターン(注2)」を解析することで試料の像を得る手法です。この手法では通常の顕微鏡でレンズが担う役割を、計算機による「位相回復計算」が代替します。この計算では、回折強度パターンがもつ光波の強度情報から、位相情報を復元することで試料の像を再構成します。コヒーレント回折イメージングはこのようなレンズを使用しない特徴から「レンズレス顕微鏡」ともよばれ、特に高性能レンズの作製が難しいX線領域において、レンズ性能を超える数~数十nmという高分解能を実現できるという利点があります。

コヒーレント回折イメージングが長年抱えていた課題の一つに、一枚の回折強度パターンから「振幅像」を再構成することが困難だったことが挙げられます。振幅像は試料による光の吸収分布を表す画像で、X線吸収分光(注3)などの分析手法と組み合わせることにより、試料の化学状態を観察することができます。そのため、コヒーレント回折イメージングにより高分解能な振幅像が得られることは、材料分析において重要な意味を持ちます。しかし、従来手法で正確な振幅像を得るためには複数枚の回折強度パターンを計測する必要があり、このことが材料内部で進行する化学反応のリアルタイム観察を困難にしていました。

今回の取り組み
本研究では、一枚の回折強度パターンから振幅像を再構成するための新たな位相回復手法を開発しました。位相回復計算は本来、一枚の回折強度パターンからでも振幅像を再構成できる性能を持っています。しかし実際の実験では、回折強度パターンに含まれる試料の情報がノイズに埋もれてしまい、正確な振幅像の再構成が困難でした。この問題を克服するには、事前に分かっている試料の情報により位相回復計算を補助することが有効です。そこで本研究で着目したのが、一回の計測でも取得可能な「位相像」の構造です。位相像は、試料による光波の進み(もしくは遅れ)具合を表す画像で、ほとんどの材料において振幅像とよく似た構造を示します。この構造類似性を振幅像再構成に活用するのが、今回開発した位相誘導振幅再構成(Phase-Guided Amplitude Reconstruction:PGAR)という新手法です(図2)。本手法の特徴は「ガイド付きイメージフィルタ処理(Guided image filtering)」という画像処理技術を活用する点にあります。このフィルタは2つの画像が与えられたとき、一方の画像がもつ構造的な特徴を他方の画像に伝達するというユニークな働きをします。PGARでは、ガイド付きイメージフィルタにより位相像の構造を振幅像に伝達しながら位相回復計算を繰り返すことで、一枚の回折強度パターンからでも正確かつ高分解能な振幅像の再構成を実現しました。

 

図2. 開発手法(Phase-Guided Amplitude Reconstruction, PGAR)の流れ 一枚の回折強度パターンからでも再構成出来る位相像の構造をガイド付きイメージフィルタにより振幅像に伝達することで、高精度な振幅像を得ることができる。

開発手法の性能を検証するため、大型放射光施設SPring-8(注4)において実証実験を行いました。実験では、位相回復計算の精度を高めることが知られる三角形状のX線を用い、複数回の計測データを用いることで正確な位相像と振幅像を得る「タイコグラフィ(注5)」という手法と結果を比較しました。まず、構造が既知のテスト試料を用いた実験では、従来の位相回復法では困難だった振幅像再構成がPGARにより可能になることが確認されました。またPGARによる再構成像は、121枚の回折強度パターンを用いたタイコグラフィと同等の定量性を示し、さらに位相像・振幅像の両方で約30 nmという高い分解能を達成しました(図3左)。続いて、より実践的な試料として、はんだ材料に用いられる錫・ビスマス(Sn-Bi)合金粒子の観察を行いました。その結果、56枚の回折強度パターンを用いたタイコグラフィ(計測時間5分8秒)と同程度の定量性を持つ像を、わずか1枚の回折強度パターン(計測時間5秒)から再構成することに成功しました(図3右)。このことは計測時間が60分の1以下に短縮されたことを意味し、この大幅な短縮によりコヒーレント回折イメージングによる化学状態の高速観察実現が期待できます。

 

図3. 従来手法と開発手法(PGAR)の性能比較 (左)テスト試料の観察結果: 従来の位相回復法では再構成が困難だった振幅像を、タイコグラフィと同等の定量性かつ高い分解能(約30 nm)で再構成することに成功。 (右)実用材料であるSn-Bi合金粒子の観察結果:タイコグラフィと同程度の定量性をもつ振幅像を60分の1以下の計測時間で取得することに成功。

今後の展開

本研究で開発した手法により、材料内部で生じる化学反応を従来よりも高速に観察できるようになり、様々な材料開発の進展につながる可能性があります。

例えば、スマートフォンなどに用いられているリチウムイオン電池において、充放電過程で電極材料に生じる化学反応をリアルタイムに捉えることで、より長寿命で高性能な電池開発の知見が得られる可能性があります。また、環境負荷低減などに重要な触媒材料においても、化学反応の進行に伴う触媒の状態変化を観察することで、より効率的な材料開発への貢献が期待されます。

このように、本手法は材料科学の発展を加速する新たな観察ツールとして、様々な分野での活用が期待されます。

謝辞

本研究の一部はJSPS科研費(JP23KJ0137、JP23H05403)、文部科学省「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」(JPMXP1122712807)の助成を受けて行われました。また、掲載論文は「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。

用語説明

注1.レンズレス顕微鏡、コヒーレント回折イメージング: レンズレス顕微鏡はレンズを使用せずに高分解能な観察を実現する顕微鏡技術の総称で、いくつかの種類がある。その中のコヒーレント回折イメージングという技術では、波の揃った光を試料に照射し、試料からの散乱光が形成する模様をコンピュータで解析することで像が得られる。レンズの性能に制限されないため、特にX線領域で従来の顕微鏡を超える高い分解能を実現できる。

注2.回折強度パターン: 光が試料によって散乱された際に、その散乱光が強め合ったり弱め合ったりした結果生み出された模様をカメラで計測したもの。試料がもつ微細な構造に応じて特徴的な模様が現れるため、材料の構造解析に広く用いられている。しかし、カメラで計測できるのは光の強度だけで位相の情報が失われてしまうため、回折強度パターンから試料の像を得るために位相回復計算が必要になる。

注3.X線吸収分光: X線のエネルギーを変えながら物質による吸収量を測定する手法。物質の化学状態によって特徴的な吸収の仕方(スペクトル)が現れることを利用して、材料がもつ化学的な性質を調べることができる。電池材料や触媒など、様々な機能性材料の開発において、材料の状態変化を調べるために活用されている。

注4.大型放射光施設SPring-8: 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

注5.タイコグラフィ: コヒーレント回折イメージングの一種で、試料に対する光の照射位置を少しずつ変えながら複数の回折強度パターンを計測する手法。隣り合う照射位置で得られた回折強度パターンが共通の試料構造の情報を持つことを位相回復計算に利用することで、正確な位相像と振幅像を再構成することができる。計測を複数回行わなければならないため時間がかかる一方で、試料の構造や化学状態を高い信頼性で観察できることから様々な分野で利用されている。

論文情報

“Guided-image-filtering-assisted phase retrieval for amplitude reconstruction in single-frame coherent diffraction imaging”
Masaki Abe, Shuntaro Takazawa, Hideshi Uematsu, Yuhei Sasaki, Naru Okawa, Nozomu Ishiguro, Yukio Takahashi
Optica
DOI:10.1364/OPTICA.542299
筆頭著者:東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 博士研究員/日本学術振興会特別研究員 阿部真樹

東北大学
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
放射光可視化情報計測研究分野(髙橋幸生研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(東北大学多元物質科学研究所 兼務)
教授 高橋 幸生(たかはし ゆきお)
電話:022-217-5166
Email:ytakahashi*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)