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プレスリリース
微細粉末を作るボールミルの最適条件を 計算科学でシミュレーション ─ 粉砕装置の設計をより簡単に ─|機能性粉体プロセス研究分野

発表のポイント

  • 微細な粉末を作る粉砕装置の一種である湿式ボールミル(1)について、その内部で粉砕媒体として機能するボールの運動を解析することで、装置設計に必要な情報を一度に抽出できることがわかりました。
  • 従来は試行錯誤的に設計されてきた湿式ボールミルですが、計算科学に基づく装置設計を実現できる可能性があることがわかりました。
  • 本研究成果から、湿式ボールミルの設計における実験工数の削減が見込まれるだけでなく、実際の装置が手元になくても装置設計が可能になるため、湿式ボールミルの改造や大型化などへの応用も期待されます。

 
概要

湿式ボールミルは、セラミックス、食品、電子部品の原料となる微細な粉末を作る代表的な粉砕装置です。しかし、粉砕結果の予測方法が確立されていないため、装置設計に多大なコストを要するだけでなく、粉砕装置の改造や大型化など手元に装置がない場合の装置設計が難しいことが課題でした。

東北大学多元物質科学研究所の久志本築 助教らの研究グループは、離散要素法(DEM) (2)と呼ばれる計算手法を用い、湿式ボールミル中のボールの運動を計算することで、装置設計に必要な情報を予測できる可能性があることを明らかにしました。これにより、経験と勘に頼らない湿式ボールミルの装置設計の実現が期待されます。

本成果は10月22日、粉体および粒子状物質に関する分野の専門誌 Advanced Powder Technology に掲載されました。
プレスリリース本文(PDF)
 
研究の背景

湿式ボールミルは、ステンレススチールやセラミックスでできたボールを液体中で衝突させることで粉末をより細かくする粉砕方法の一種であり (図1)、粉砕の速度が速く、大量の粉末を一度に処理できることが特徴です。しかし、湿式ボールミルの設計は難しいことが多く、粉砕速度(3)、摩耗速度(4)、消費電力(5)といった装置設計に必要不可欠な情報は実際に粉砕してみるまでわからないのが現状です。そのため、装置設計に多大なコストを要するだけでなく、粉砕装置の改造や大型化など手元に装置がない場合の装置設計は、経験と勘に頼らざるを得ないことが課題でした。

図1. 湿式ボールミルの概念図

 

今回の取り組み

東北大学多元物質科学研究所の久志本築助教らの研究グループは、湿式ボールミル中の粉砕媒体であるボールの運動をDEM (2)と呼ばれる計算手法を用いて表現し解析しました(図2)。既往の報告から、DEMを用いてボールの運動を計算し、衝突エネルギー(6)、摩耗仕事(7)、散逸エネルギー(8)から、粉砕速度、摩耗速度、消費電力がそれぞれ予測できることは報告されていました。しかし、湿式ボールミルの装置設計では、粉砕速度、摩耗速度、消費電力をそれぞれ単独で評価することは少なく、それら3つの要素のバランスを考え設計することがほとんどです。そこで本研究では、粉砕速度、摩耗速度、消費電力をDEMによるボールの運動から同時に計算し、実測値と比較しました(図3)。その結果、3つの要素全てについて、計算値と実測値が概ね一致することが確認されました。このことは、計算により湿式ボールミルを設計できる可能性があることを示しています。

図2.DEMを用いたシミュレーションの計算によって求めた湿式ボールミル内のボール挙動

図3.湿式ボールミルの設計に必要な粉砕速度、摩耗速度、消費電力の実測値と計算値の比較

今後の展開

湿式ボールミルは、実際に粉砕装置があれば、繰り返しの実験により目的の粉末が得られることもありました。しかし、より効率的な粉砕や大規模な粉砕を実現するためには、装置の改造や大型化が必要になるため、粉砕装置がない場合にも、目的とする粉末が得られるように設計できる手法が必要とされてきました。こうした現状に対し、従来の実験的な手法に加え、本成果のように計算科学に基づく設計ができるようになれば、実験回数の削減や、実際に粉砕装置がない場合の装置設計が可能になります。したがって、今回の成果から、経験と勘に依存しない湿式ボールミルの設計の実現が期待されます。

謝辞

本研究成果の一部は、JST 研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP (JPMJTS1615)の支援を受けたものです。

用語説明

注1.湿式ボールミル: 粉砕方法の一種です。粉砕容器中に液体、粉砕したい粉末(砕料粒子)と硬いステンレススチールやセラミックスのボールを入れて撹拌し、ボール同士を衝突させることで砕料粒子を粉砕します。

注2.DEM: 離散要素法(Discrete Element Method)の略称です。DEMは、固体状の要素個々に作用する力をモデル化し運動方程式を立て、その方程式を逐次的に解き要素個々の運動を追跡することで、要素群全体の挙動を表現し解析する方法です。今回扱ったボールの運動だけでなく、粒子の集合体である粉体挙動など、不連続な運動や現象の表現を得意としています。

注3.粉砕速度: 粉砕にかけた時間当たりに、粉末がどれだけ細かくなるのかを表す指標を指します。

注4.摩耗速度: 粉砕にかけた時間当たりに、異物がどれだけ発生したかを表す指標を指します。

注5.消費電力: 粉砕にかけた時間当たりに、どれだけ多くのエネルギーを要したかを指します。

注6.衝突エネルギー: DEMにより表現されるボールの運動から、ボールが他の物体と接触するときのエネルギーを計算したものを指す指標です。加納らにより提案されました。
(J. Kano and F. Saito, Powder Technol., 98(2) (1998) 166-170, DOI: 10.1016/S0032-5910(98)00039-4)

注7.摩耗仕事: DEMにより表現されるボールの運動から、ボールが他の物体と擦れにより生じるエネルギーを計算したものを指す指標です。曽田らにより提案されました。
(曽田力央ら、粉体工学会誌、51 (2014) 436-443, DOI: 10.4164/sptj.51.436)

注8.散逸エネルギー: DEMにより表現されるボールの運動から、ボールと他の物体が接触するときに失うエネルギーを計算したものを指す指標です。K. Abd Elrahmanらにより提案されました。
(M.K. Abd Elrahman et al.,Miner. Eng., 14 (2001) 1321-1328, DOI: 10.1016/S0892-6875(01)00146-7)

論文情報

“Development of design method for wet stirred ball milling by simulation using DEM”
Kizuku Kushimoto*, Akira Kondo, Takahiro Kozawa, Makio Naito, Junya Kano
Advanced Powder Technology
DOI: 10.1016/j.apt.2024.104689
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 久志本築

東北大学
機能性粉体プロセス研究分野(加納純也研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
助教 久志本 築(くしもと きずく)
TEL:022-217-5136
Email: kizuku.kushimto.d2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)