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プレスリリース
がん細胞内で効率的に薬物を放出する新規抗がん剤ナノ粒子の作製に成功 ~副作用の軽減された抗がん剤の開発に期待~|有機・バイオナノ材料研究分野

【発表のポイント】

  • がん細胞内で効率的に抗がん剤SN-38(注1)を放出するプロドラッグ(注2)を設計し、そのプロドラッグのみで構成されるナノ・プロドラッグの開発に成功しました。
  • 上記ナノ・プロドラッグは正常細胞に対する毒性が低く、がん細胞内に豊富に存在するグルタチオン(注3)により代謝されSN-38を放出します。
  • 高い抗腫瘍活性と安全性を実現することから、今後、実用化に向けた臨床研究の進展が期待されます。

概要

サイズを粒径200 nm以下に制御したナノ薬剤をがん病巣へ効率的に集積させる研究が活発に行われています。

東北大学多元物質科学研究所の小関良卓助教、笠井均教授らの研究グループは、プロドラッグのみで構成され、従来型ポリマーキャリア系ナノ薬剤に比べて高密度であることを特徴とするナノ薬剤「ナノ・プロドラッグ」を提唱してきました。

今回、本研究グループは、低副作用かつ高薬理活性な抗がん剤を目指して、正常組織や血液滞留中は安定に存在し、腫瘍組織に到達した後に活性化される分子設計を施した新たなナノ・プロドラッグを作製しました。本ナノ・プロドラッグは、現行の抗がん剤として広く使用されているイリノテカン(SN-38 に化学的に水溶化を施したプロドラッグ)と比較して高い抗腫瘍活性を示しました。さらに、試験を通じて重篤な毒性は確認されず、臨床研究への進展が期待されます。

本研究の成果は、2024年7月26日、ナノテクノロジーに関する専門誌 Nanoscale に掲載されました。

研究の背景

近年、がん組織周辺の血管内皮に150~200 nmの隙間が存在することを利用して、粒径200 nm以下にサイズ制御したナノ薬剤をがん病巣へ効率的に集積させる研究が活発に行われています。従来のナノ薬剤の作製法としては、リポソームや高分子ミセル等のナノキャリアと呼ばれる担体に薬物を内包させる手法が提案されていますが、ナノキャリアによる抗原性の発現や、1つの粒子に担持可能な薬物の量が少ない等の問題点が指摘されていました。当研究グループは、従来のナノ薬剤の問題点を改善するために、プロドラッグ分子のみで構成されるナノ薬剤「ナノ・プロドラッグ」を提唱し、抗がん活性物質であるSN38のプロドラッグの分子設計を研究してきました。しかしながら従来のプロドラッグは加水分解酵素により代謝されるエステル結合で分子を設計していたため、血液滞留中または正常細胞に移行してしまったナノ・プロドラッグによる望まれない薬物放出を抑制できていませんでした。

今回の取り組み

今回、がん細胞内濃度が高く保たれていることが知られるグルタチオンに着目し、がん細胞内で効率的に代謝されるSN-38のプロドラッグ「SNC4DC」を新たに設計・合成しました(図1)。薬物放出のトリガーとなるジスルフィド結合はグルタチオンにより還元的に切断されますが、細胞外のグルタチオン濃度は2~20 μMと極めて低いために血液滞留中は放出されません。がん組織に集積したナノ粒子はがん細胞内に取り込まれ、1–10 mMと高濃度で存在しているグルタチオンにより切断されます。

図1. SNC4DCの構造式と薬物放出機構

実際に、グルタチオン存在下と加水分解酵素存在下でSNC4DCの薬物放出挙動を評価したところ、加水分解酵素による代謝ではSN-38が放出されにくいことを明らかにしました(図2)。本ナノ・プロドラッグは、生理食塩水においても1年間以上の分散安定性を示すとともに、生体に投与後、血中では代謝や溶解をしないため、従来の薬物と異なり、血中に薬物分子がほぼ出てこないという設計です。さらに、本ナノ・プロドラッグをマウスに対して投与しおこなった抗腫瘍活性評価では、イリノテカン(SN-38として同量)と比較して高い薬理活性を示しました。

図2. SNC4DCナノ・プロドラッグの薬物放出挙動

今後の展開

研究チームはSNC4DCナノ・プロドラッグの臨床研究への進展に向け、大量作製方法の確立とさらなる毒性/安全性試験をおこなう計画を立てています。将来的には、今回の分子設計戦略を応用することでその他の疾患に対するナノ薬剤(点眼薬など)の開発にもつなげることを目指しています。

用語説明

注1.SN-38:
I 型トポイソメラーゼ阻害薬であり、非常に高い抗がん活性を示す。SN-38は水に難溶であるため、水溶性のプロドラッグである塩酸イリノテカンの形態でがん治療に用いられている。

注2.プロドラッグ:
そのままでは不活性な、もしくは明らかに活性の低い形態で投与される医薬品。プロドラッグは投与されると、生体による代謝作用を受けて活性代謝物へと変化し、薬効を示す。ナノ・プロドラッグはプロドラッグのみで構成されるナノ粒子である。

注3.グルタチオン:
生体内に存在する抗酸化物質の1つ。生体内の活性酸素種から細胞を保護する役割のほか、ジスルフィド結合を還元的に切断する働きを有する。がん細胞内の濃度が高く保たれていることが知られている。

論文情報

“Carrier-free Nano-prodrugs for Minimally Invasive Cancer Therapy”
Keita Tanita, Yoshitaka Koseki*, Sanjay Kumar, Farsai Taemaitree, Asuka Mizutani, Hirotaka Nakatsuji, Ryuju Suzuki, Anh Thi Ngoc Dao, Fumiyoshi Fujishima, Hiroshi Tada, Takanori Ishida, Ken Saijo, Chikashi Ishioka, Hitoshi Kasai*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 小関良卓、教授 笠井 均
Nanoscale
DOI:10.1039/d4nr01763c

東北大学
有機・バイオナノ材料研究分野(笠井均研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
助教 小関 良卓(こせき よしたか)
TEL: 022-217-5101
Email: koseki*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学多元物質科学研究所
教授 笠井 均(かさい ひとし)
TEL: 022-217-5612
Email: kasai*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
Email: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)