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プレスリリース
ナノサイズのパラボラアンテナで光強度を1万倍増強 太陽光を増幅して化学エネルギー製造反応の実現へ|光機能材料化学研究分野

発表のポイント

  • 可視光を集光可能なナノサイズのパラボラ(おわん)型光共振器(注1を設計し、その集光原理を明らかにしました。
  • 金属反射面と半導体から構成されるパラボラ型光共振器と金属ナノ粒子を組み合わせることで、入射光強度を局所空間で4桁(10,000倍)増強可能なことを示しました。
  • 太陽光などの日常に存在する弱い光を集光することで、これまで困難とされてきた光化学・人工光合成反応への適用が期待されます。

概要

持続可能社会の実現のためには、エネルギー問題の解決が不可欠です。その方法論の一つとして、太陽光エネルギーを化学資源に変換する人工光合成(注2 の実用化が待たれています。しかし、太陽光が単位時間あたりに単位面積を通過する光子(注3の数であるエネルギー密度(光子束密度(注3)は低く、複雑な反応の実現は困難であるとされてきました。

東北大学多元物質科学研究所の押切友也准教授と中川勝教授の研究グループは、一般的な放送衛星(BS)からの受信用アンテナの100万分の一という極めて微少なサイズのパラボラ型の金属反射面と半導体から構成される光ナノ共振器を開発し、可視光を捕集して金属ナノ粒子に集めることで光強度を4桁(10,000倍)増強できることを、電磁界シミュレーション(注4を用いて明らかにしました。

局所的に光の強度を増大させると、そこで生成する電子と正孔の数も増大します。その結果、従来は困難とされてきた窒素の還元によるアンモニアの製造や、二酸化炭素の還元による炭素化合物の製造といった、多電子反応を推進する新たな光化学反応場として開発した光ナノ共振器の活用が期待されます。

本成果は、科学誌The Journal of Physical Chemistry: C に 3月14日付で、オンライン掲載されました。

図1. 一般的なBS受信用パラボラ型アンテナ(左)と、本研究で用いたナノサイズのパラボラ型光共振器(右)。
1ナノメートルは10億分の1メートル。

詳細な説明

研究の背景

エネルギー問題の解決は、世界的な社会持続性だけでなく、共同体の安全保障、経済活動維持の観点からも喫緊の課題です。近年、化石エネルギーから再生可能エネルギーへの利用の転換がなされていますが、急増する需要に対する十分な供給はなされていません。これらの問題を根本的に解決するため、実質的に無尽蔵なエネルギーである太陽光を、貯蔵や運搬が可能な化学資源に変換する人工光合成の研究が進められています。

しかしながら、太陽光のエネルギー密度(光子束密度)は低く、典型的な色素分子は、1分子あたり1秒に数個の光子しか吸収することが出来ません。そのため、水の酸化や窒素の還元といった、多段階で進行する反応は一般に困難であるとされてきました。

この問題を解決するため、光をナノ空間に閉じ込めて局在化する、というアプローチが取られてきました。その一つとして、金属ナノ粒子による局在表面プラズモン共鳴(注5と、薄膜型ナノ共振器とを組み合わせた、モード強結合(注6と呼ばれる新たな光学状態を活用する方法が採られてきました。

今回の取り組み

本研究では、ナノ光共振器による光の集光効果を極限まで高めるため、パラボラ型のナノ光共振器を考案し、その上に金属ナノ粒子として金ナノディスクを配列した構造の光学応答を電磁界シミュレーション(時間領域差分(FDTD)法)を用いて計算しました。図2示すモデル図のように、金属反射膜の素材として銀を、半導体層の素材として酸化ニッケルを想定したパラボラ型光共振器のサイズや、金ナノディスクの配列を変化させ、吸収スペクトルと、近接場(注7における入射光電場振幅の増強度を計算しました。図3a, bに示すように、金ナノディスク単独、パラボラ型光共振器単独のいずれも、可視光領域に吸収ピークを示すことがわかります。これらを組み合わせた図3cでは、吸収ピークが二つに分裂して観測されました。これは、金ナノディスクのプラズモンと、パラボラ型光共振器とがモード結合し、新たなエネルギー準位を形成したことに由来します。

図2. (a) 金ナノディスクを配置したパラボラ型光共振器の模式図。 (b) FDTDシミュレーションモデルの断面図。 (c) 金ナノディスク配列の模式図(上面図)。図中、NiOは酸化ニッケル、Agは銀、SiO2はシリカガラスを指す。また、Eは入射光電場の振幅方向、kは入射光進行方向、θ は入射角度を示す。

図3. (a) 金ナノディスク単独の吸収スペクトルの金ナノディスク数依存性(縦軸:吸光度)。 (b) パラボラ型光共振器単独の吸収スペクトルのパラボラ構造の半径(r)依存性(縦軸:吸光度)。 (c) パラボラ型光共振器上に61個の金ナノディスクを配置した際の吸収スペクトルのパラボラ構造の半径(r)依存性(縦軸:吸光度)。破線はフィッティングによって求めたモード結合の上枝と下枝 (P+, P)。(挿入図)モード結合のエネルギー模式図。吸光度が高いほど光捕集効率が高いことを示す。図3aの縦軸の目盛りは3b、3cの50分の1であることから、パラボラ型共振器と組み合わせることでプラズモンの光捕集効率が大きく増大していることがわかる。また、図3cから、プラズモンとパラボラ型共振器が相互作用して上枝と下枝に分裂したこと、それがパラボラ型共振器のサイズに伴って波長シフトしていることがわかる。これらはいずれも、「モード結合」を形成したことを支持する結果である。

 

パラボラ型光共振器の集光効果を見積もるため、共振器上に金ナノディスクを一つ配置し、その電場振幅増強を計算した結果が図4です。共振器の半径および厚みを変化させた場合(図4a, b)、いずれも極大値では100倍以上の電場振幅増強を示すことがわかりました。ここで、光強度はその電場振幅の2乗に比例するので、光強度としては10,000倍以上の増強効果が認められたことになります。さらに、入射光角度を変化させた際の電場振幅増強(図4c)を、従来のモード強結合を示す平面型共振器と比較すると、広い角度範囲でパラボラ型共振器の方が高い増強度を示し、太陽光のような時々刻々と位置が変化するような光源に対しても有効に働くことがわかりました。このことは、入射光角度60° のときのパラボラ型光共振器の電場振幅増強の空間分布が比較的高い対称性を維持していることからも支持されます(図4d, e)。

図4. (a) 1個の金ナノディスクをパラボラ型光共振器上に配置した際の電場振幅の増強度の共振器半径 (r) 依存性。 (b) 1個の金ナノディスクをパラボラ型光共振器上に配置した際の電場振幅の増強度の共振器厚み (t) 依存性. 図4a,bの破線はNiO厚み240 nmの平面型共振器の増強度。 (c) 1個の金ナノディスクをパラボラ型光共振器(赤線)と平面型光共振器(黒線)上に配置した際の電場振幅の増強度の入射光角度 (θ ) 依存性。 (d) 1個の金ナノディスクをパラボラ型光共振器上に配置した際の電場振幅増強の空間分布(入射光角度60° )。 (e) 1個の金ナノディスクを平面型光共振器上に配置した際の電場振幅増強の空間分布(入射光角度60° )。

以上のように、ナノ空間領域で高い集光効果を示すパラボラ型光共振器と、金属ナノ粒子を複合することで、光強度を飛躍的に増大可能であることを示しました。

今後の展開

局所的な光の強度が増大すると、そこで生成する電子・正孔の数も増大するため、従来では困難とされてきた、多電子反応を推進可能な新たな光化学反応場としての活用が期待されます。具体的には、窒素還元によるアンモニア合成や、二酸化炭素固定による炭素化合物の製造などが挙げられます。これらの人工光合成反応が実現できれば、我が国がエネルギー輸入国からエネルギー生産・輸出国へと転換し得ると期待されます。

その実現のためには、曲率を有する反射層、電子・正孔輸送効率に優れる半導体層、構造サイズ・位置が規定された金属ナノ構造の精密作製技術を確立することが重要です。本研究グループは今後、ナノインプリント技術をはじめとしたナノ加工・成形技術を駆使し、本研究で提案した構造の実証実験を行います。

謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP23H01916、JP22K19003、JP22H05136、JP22H05131)、学術変革領域研究 (A)「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革」(JP22H05138)、NEDO「官民による若手研究者発掘支援事業JPNP20004」、文部科学省「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、の支援を受けて実施されました。

用語説明

注1.光共振器: 光の共振により干渉が生じ、特定の波長の光を一定時間、一定の空間に光を閉じ込めることが可能な装置。本研究で用いた、金属反射膜と半導体から構成されるパラボラ型光共振器と、金属ナノ粒子が示すプラズモンは、どちらも光共振器の一種と言える。

注2.人工光合成: 植物の光合成の仕組みをまねるところから始まった、人工的に太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換させる反応。ここでは、i)太陽光中の可視光を光エネルギー源として用いる、ii)水を電子源として用い、水の酸化に基づいて酸素を生成する、iii)エネルギー蓄積反応により、始状態よりも高エネルギー物質を生成する、という条件を満たすものを指す。

注3.光子、光子束密度: 光子は物質の最小単位である素粒子の一つで、光(電磁波)を粒子と考える場合の名称。光子束密度は単位時間あたりに単位面積を通過する光子の数。光量子束密度ともいう。典型的な太陽光の光子束密度は波長400 nmで1× 1015 光子∙ cm-2∙s-1 である。

注4.電磁界シミュレーション: 4つの電界・磁界(電場・磁場ともいう)についての基礎方程式を数値的に解くことで、電界・磁界分布の物理構造の相互作用を解析するシミュレーション。

注5.局在表面プラズモン共鳴: 金や銀などの金属のナノ粒子の大きさが入射光の波長よりも十分小さいとき、金属ナノ粒子表面近傍に存在する自由電子が特定の波長の光と共鳴して集団振動が誘起され、ナノサイズの領域に近接場とよばれる電磁場、すなわち「光」が形成される。この一連の現象が局在表面プラズモン共鳴であり、その共鳴波長はサイズや形状によって自在に制御可能である。入射光によって誘起された自由電子の集団振動の位相は、時間経過に伴い乱れて緩和するが、その一部は金属自身のバンド内・バンド間遷移を誘起し、酸化還元反応に利用可能な電子・正孔対を生成する。

注6.モード結合: プラズモンや光共振器などの閉じ込められた光の状態(モード)が、空間的、エネルギー的に近接したとき、エネルギーを交換して強く相互作用する状態のこと。エネルギー交換速度が速いほど結合強度は強いとされ、結合強度が十分大きい「強結合条件」を満たすと結合前の状態とは区別が付かなくなり、新たな混成モードを形成する。モード結合条件下では、光吸収の高効率・広帯域化、電荷分離効率の向上など、従来の光化学とは異なる新たな現象が観測される。

注7.近接場: 通常、光は自由空間を伝搬するが、伝搬しない、局在した電磁場を近接場と呼ぶ。例えば金属ナノ粒子が示す局在表面プラズモン共鳴は電荷の共鳴振動であるため、それに伴いナノ粒子近傍に局所的な振動電界が生じる。この近接場は一瞬で過ぎ去る伝搬光と比較してナノ粒子近傍に有限の時間とどまることができるため、近接場光を時間的・空間的に閉じ込められた光と解釈する。

 

論文情報

“Strong Light Confinement by a Plasmon-Coupled Parabolic Nanoresonator Array”
Tomoya Oshikiri*, Toshiaki Hayakawa, Hiromasa Niinomi, Masaru Nakagawa*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 准教授 押切友也、教授 中川勝
The Journal of Physical Chemistry: C
DOI:10.1021/acs.jpcc.3c07224

東北大学
光機能材料化学研究分野(中川研究室)

 

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 光機能材料化学研究分野 
准教授 押切 友也(おしきり ともや)
電話:022-217-5671
Email:tomoya.oshikiri.c1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
Email:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)