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プレスリリース
環状構造にRNAが貫通する機能性核酸を開発 -分子機械創製やRNAの機能化法への展開に期待-|生命機能分子合成化学研究分野

発表のポイント

・RNA(注1)の末端付近の配列に対して選択的な貫通が起こり、擬ロタキサンとよばれる貫通構造体(注2)を形成する機能性核酸(注3)の効率的な合成に成功しました。
・配列設計により、貫通の方向をコントロールすることが可能なことを明らかにしました。本機能は、分子機械(注4)開発にとって非常に有用で、新しい技術になることが期待されます。
・機能性核酸に蛍光色素を修飾することで、RNAの非共有結合的ラベル化に成功しました。修飾分子を変えることで様々な機能化が期待できます。
・リガーゼ(注5)を使うことで、カテナンとよばれる鎖のような構造の構築に成功しました。環状RNA機能化研究への応用が期待されます。

概要

 ある分子が環状の分子を貫通したロタキサンやカテナンのような貫通構造体は、直接つながっていないが離れもしないというユニークな特徴を持っています。このような構造体は、超分子化学分野では分子機械の構成要素として重要なため多くの研究がなされていますが、生体分子への応用は限られています。
 東北大学多元物質科学研究所の鬼塚和光 准教授、大学院生の桑原和貴 氏(理学研究科化学専攻)、永次 史 教授らは、生体高分子の一つであるRNAが配列選択的に環状構造を貫通する機能性核酸を開発し、その貫通方向のコントロールやRNAの非共有結合的ラベル化に成功しました。さらに、リガーゼを使ってRNAを環化することでカテナン構造の構築にも成功しました。本分子は新しい分子機械開発技術や簡便にラベル化・機能化した環状RNAを作るための新しい生化学ツールとしての応用が期待できます。
 本研究成果は2023年3月17日、米国化学会の学術雑誌Bioconjugate Chemistryにオンラインに掲載され、雑誌Supplementary Journal Cover Artにも選出されました。
プレスリリース本文(PDF)

詳細な説明

研究背景
 ある分子が環状の分子を貫通したロタキサンやカテナンのような貫通構造体は、直接つながっていないが離れもしないというユニークな特徴を持っています。このような構造体は通常の共有結合性分子では見られない独特な性質を有しており、超分子化学の分野では、それらを活用してpHや熱、光などの外部刺激を駆動力とする人工分子機械への展開が試みられています。この超分子化学分野の概念を生体高分子である核酸に拡張することで、核酸を基盤としたナノテクノロジーへの展開や生化学技術への応用が期待できます。
 一方で近年、生体内には直鎖状のRNAだけではなく、末端を持たない環状RNAの存在やその機能が明らかになりつつあり、環状RNAのラベル化・機能化技術の開発は、それが関与する新たな生命現象の発見・解明に有用であると考えられます。

今回の取り組み
 本研究グループは、標的RNAが自発的に貫通する機能性核酸の効率的な合成に成功し、配列設計により貫通の方向をコントロールすることが可能であること、標的RNAを非共有結合的にラベル化が可能であることを明らかにしました。
 今回使用した機能性核酸は、糖部2’位に末端アルキン(注6)を有するヌクレオシドを鎖中に2つ導入したアルキン修飾核酸と、ビスアジド(注7)リンカーとの間で銅を触媒とするクリック反応(注8)を行うことで、1ステップで効率的に合成することができます。この機能性核酸と相補なRNAを混合すると、擬ロタキサン構造体を形成することができます。この形成の確認は変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動(注9)によって行いました。本擬ロタキサン形成は、機能性核酸のテイル配列とRNAの二本鎖形成により、RNA末端と機能性核酸の環が近接するため効率的に進行します(図1)。さらに、機能性核酸の配列を適切に設計することで、RNAの貫通方向をコントロールできることを明らかにしました。
 本擬ロタキサン形成法の応用として、標的RNAのラベル化を試みました。蛍光標識した機能性核酸を用いた場合にも、擬ロタキサン形成効率は低下せずRNAを蛍光ラベル化することに成功しました。本手法はラベル化する際、化学反応を用いないため、精製などを必要としない簡便なRNAのラベル化法としての応用が期待できます。さらに、本擬ロタキサン形成法とリガーゼによる酵素反応を組み合わせたカテナン形成を試みました(図2)。具体的にはRNAのリン酸化された5’末端と、水酸基を有する3’末端を近接させるテンプレートとして擬ロタキサン形成核酸を用い、貫通構造を形成させた状態でリガーゼを作用させることで、結果としてカテナンを構築できると考えました。実際にリン酸化RNA、機能性核酸、リガーゼを緩衝液中で混合したところ、期待した通り、高収率でカテナン構造体を形成することに成功しました。

今後の展開
 様々な機能を持つ人工分子機械の開発が急速に進んでいます。本研究成果で見出した機能性核酸は、配列の設計によって標的RNAの貫通方向をコントロールすることが可能であり、これは分子機械開発、特に人工分子ポンプ開発にとって重要な機能です。核酸を基盤とした人工分子ポンプの報告例はなく、達成されれば学術的なインパクトは大きいと考えられます。また近年、内在性の環状RNAが発見されたことを皮切りに、その機能に関する研究が盛んに行われています。今回開発したカテナン形成法は、ラベル化・機能化した環状RNAを合成できる新たな手法であり、環状RNAが関与する新たな生命現象の発見・解明やその機能制御に資する生化学ツールとしての応用が期待されます。

図1. 機能性核酸と標的RNAによる擬ロタキサン形成
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図2. 本擬ロタキサン形成法とリガーゼの組み合わせによるカテナン構築
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謝辞

 本研究は、JSPS科研費 挑戦的研究(萌芽)(JP21K19323)、公益財団法人 戸部眞紀財団 研究助成などの支援を受け実施されました。

用語説明

注1.RNA:
 リボ核酸の略。タンパク質をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)の他、コードしないものはノンコーディングRNAとよばれ、様々な機能を持つRNAが知られている。
注2.貫通構造体:
 環状分子の輪にもう一つの分子が貫通している構造体のこと。ロタキサン(図3)やカテナンが代表例。ロタキサンは、環状分子の輪に軸分子が貫通し、さらに両端にストッパー分子がつくことで環状分子が抜けなくなった分子構造体のことをいう。ストッパー分子がないものは擬ロタキサンとよばれている。

図3. 貫通構造体の一つであるロタキサンのイメージ図
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注3.機能性核酸:
 ここでは化学的に合成することで、人工的に機能を付与した核酸のことを機能性核酸とよぶ。
注4.分子機械:
 機械のような働きをする分子。分子シャトルや分子モーター、分子ポンプなど様々な分子機械が有機化学的に開発されている。
注5.リガーゼ:
 2つの分子を結合させる反応を触媒する酵素の総称。ここでは、RNAの末端同士を連結するためのリガーゼを用いている。
注6.末端アルキン:
HC≡C−Rで表される構造を有する有機化合物。
注7.ビスアジド:
 アジド(N3)基を、化合物中に2つ有する有機化合物。ここでは、ポリエチレングリコールリンカーの両末端にアジド基を持つものを使用した。
注8.クリック反応:
 簡便かつ選択的に結合が形成される反応の総称。特にアルキンとアジドを連結する反応が代表的である。
注9.変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動:
 アクリルアミドの重合体であるポリアクリルアミドのゲルを使用した電気泳動法。核酸、ペプチド、タンパク質を分子サイズや電荷によって分離することができる。

論文情報

“Formation of direction-controllable pseudorotaxane and catenane using chemically cyclized oligodeoxynucleotides and their noncovalent RNA labeling”
Kazuki Kuwahara, Sayaka Yajima, Yuuhei Yamano, Fumi Nagatsugi*, Kazumitsu Onizuka*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所・准教授・鬼塚 和光
Bioconjugate Chemistry
DOI:org/10.1021/acs.bioconjchem.3c00031
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.bioconjchem.3c00031

関連リンク:
東北大学
生命機能分子合成化学研究分野(永次 史研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
准教授 鬼塚 和光(おにづか かずみつ)
電話: 022-217-5634
E-mail:onizuka*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)