#7 高井 千加
多元研で活躍する女性研究者をインタビュー形式で紹介します。
第7 回目は、粉体工学に関する研究を行っている髙井千加准教授に、研究者になったきっかけやメインの研究テーマ、休日の過ごし方なども伺いました。
子供の頃は、理系よりも文系の科目が好きでした
研究者になるきっかけ、キャリアについて・・・
子供の頃は、ぼんやりしていましたね。方向音痴で、「塾は自転車で行くから家を出たら左に曲がる」「学校は歩いて行くから家を出たら右に曲がる」のような覚え方をするので、塾の日に雨で自転車に乗れないと、「右だっけ?左だっけ?」と分からなくなるんです。家に戻って母に「どっちだっけ?」と聞くので、母は呆れていましたね。小学生の頃は、親戚のおじさんが毎月買ってきてくれる本に夢中でした。「おばけのコッチ ピピピ」や「かいけつゾロリ」など、科学とは全然関係ない本でしたが、何度も読んでいました。理系よりも文系科目の方が好きでした。
中学は、家族のすすめで私立の中高一貫校に進学しました。同級生は皆、勉強家で、早々と将来の目標を決めていくのに、のんびり屋の私は大学受験が迫っても進路を決められませんでした。三者面談で名古屋工業大学の材料工学科をすすめられて、「材料ってよく分からんけど、行きます」と、先生に決めてもらったようなものでした。
大学4年生では高分子材料分野の研究室に配属されました。良いとは言えない成績だったので、大学院は残念ながら学部と同じ研究室に残れずに、無機材料分野の研究室に進学して博士課程を修了しました。そこで粉体の世界に出会って今に至るので、人生は何がキッカケになるか分からなくて面白いですね。企業に就職してからも実験が楽しくて、大学でやるようなもっと基礎的な研究をやりたいと思うようになりました。
大学に戻って、7年間ポスドクの身分で研究を続けました。もっと早く自分のキャリアを考えた方がよかったのかもしれませんが、35歳の時に出産し、初めての子育てのことで頭がいっぱいになりました。ある時、まだ幼い子供に「お母さんは将来何になるの?」と聞かれて、ハッとしました。子育ては一生続くわけじゃない。私はこの先何をやりたいんだろう、と考える時間が欲しくなりました。学振の海外特別研究員として半年間、独りでスイスの研究所に行ったのはその頃です。研究室の先生(藤正督先生)も快諾してくださって、家族もとても協力してくれました。スイスでの経験が、研究者としての転機になったように思います。それまでの価値観が変わりました。女性は男性の三歩後ろに下がるんだよ、と言われて育ったので、みんなの前で意見を言うのはいけないことだと思っていました。学会で質問したこともなかったし、それまでの人生では多くを周りの人に決めてもらってきたんだなあと思いました。留学後は考え方が変化して、自分が楽しいと思えること、幸せだと思えることをやっていこうと思えるようになりました。スイス滞在中に、岐阜大学で教員を公募していると聞いて早速応募しました。
研究が面白くなってきたのは、岐阜大学の教員になってしばらくたった頃、40歳を過ぎてからです。私の周りの多くの大学教員の方は、20代や30代で大学教員になられているので、40歳でテニュア・トラック助教になった私は随分遅い方だと思います。「面白い」と思ったらとにかくやってみるを実践することにしました。その中でどうしても「分からない」ことが出てきたら、専門家を探して教えてもらいました。例えば私は、生き物が好きで、カブトムシの幼虫の糞(粉体)の形を機械学習で雌雄分類するという研究をしたのですが、昆虫の専門家ではありませんので生態が分かりません。カブトムシの研究者を調べて、メールやWebミーティングで色々なことを教えていただきました。いまだにお会いしたことがない方もおられますし、いまでも交流させていただいている方もおられますが、皆さん粉体工学を面白がってくださいました。そのおかげで論文*として発表できたので、本当に感謝しています。振り返ってみると、指導教員を始め、人にも環境にも恵まれていました。大学で材料を学んだことも、あまり前向きな理由からではなかったけれど、有機と無機の両方に触れることができた経験が、今とても役に立っていると感じます。異なる分野に挑戦することに、戸惑いよりも面白さが先に立ちます。粉体工学というダイバーシティに溢れた学問を、様々な分野の壁を越えて広められる人材になりたいと思っています。
いろんな方法で「調べる」
最近のメインの研究テーマについて・・・
テーマは「調べる」ことです。全く同じ実験でも、実験する人や時期によって、ちょっと違った結果が出ることがありますよね。そのちょっとの違いが、製品になった時の性質(機能)にどれほど影響するか気になっています。研究室でも、ある学生が実験したらうまくいったけど、別の学生はうまくいかなかったということがよく起こります。同じことをしているのになぜ結果が異なるのか、その理由をいろんな方法で調べています。
ひとつの方法は機械学習です。データの解析から、実験がうまくいかなかった理由を導き出すことができるのではないかと思います。AIはとても進歩していますが、答えを出すまでの過程が見えないので、AIが何をどう判断しているのか、その過程も分かるようにしたいです。私は計算が苦手なので、機械学習は夫(名古屋大学 山下誠司)の協力を得ています。
結果の違いをもたらす材料の違いの評価も大事だと考えています。今はまっているのは、JASISに一緒に出展したマジェリカ・ジャパン(株)池田純子さん(東北大学客員准教授)の評価装置「TD-NMR」* です。簡単に測定できて、ちょっとした違いを見つけてくれるんです。多元研の先生方にも協力してもらって、いろんな装置を使った、新しい評価方法を試しています。
もう一つ、実験者の心理状態が結果に及ぼす影響が気になっています。東北大学の「若手アンサンブルワークショップ」で心理学の先生と出会ったことから始まった気の長いプロジェクトです。加齢研で心理学を専門に研究されている竹本あゆみ先生が、たまたま私のポスターを見に来て下さったんです。初対面でしたが話が弾んで、研究室に見学にも伺いました。心理状態が実験結果に影響することを証明できるんじゃないか、一緒に基礎からやってみようとディスカッションしているところです。
* 参考動画:時間領域核磁気共鳴(TD-NMR)を用いて粉体の表面を知る
研究対象も人もアプローチも多様
多元研の研究環境について・・・
多元研は研究分野が幅広いところが魅力ですね。有機や無機、金属、生物などを研究している方がいて、研究対象も人も多様です。附置研のアンサンブルや、アライアンスなどの活動も活発なので、所外の研究者と出会うチャンスもたくさんあります。多元研にある様々な装置も使えるので、先生方から評価方法を教えていただいています。研究のアプローチの多様性にも着目したいなって思えるようになりました。
土日は家族とすごせる時間を作りたい
ワークライフバランス、オフの時間のすごし方は?・・・
のんびり本を読んだり、サブスクで映画を見たり、ゆったりすごすのが好きです。休日は家族3人ですごしたいので、平日頑張って、土日に仕事が入らないように調整しています。
大学の教員はすごく忙しいイメージがありますよね。ほかの先生方から深夜にメールを頂くことも多く、お身体大丈夫かな?って心配になることもあります。休日はしっかり休んで、心身ともに健康な状態を保って、楽しく仕事できるようにしたいです。その方が仕事のパフォーマンスも上がるんじゃないかなあと思っています。
大切にしている言葉は「一期一会」です。
座右の銘、大切にしている言葉・・・
今大切にしている言葉は「一期一会」です。クロスアポイントメントのお話も、加納純也先生からご提案いただきました。とても有難いお話で、即答しました。人と話して新しい知見を得るのが楽しいんです。そのための準備も大事だと思っています。出会いがあっても、その時に疲れていたら話が弾まないじゃないですか?自分も相手も元気な時に話ができて、お互いの興味がマッチしたら、すごい相乗効果が生まれると思うんです。いつでも心身共に健康で、「これ面白くないですか?」って出せるように準備していたいです。定年まで20年を切りましたが、やりたいことはどんどん増えるので、一緒にやってくれる仲間を探して、大きなチームを作ってやっていきたいですね。
自分が書く文章に活かしたい
愛読書や最近読んでよかった本・・・
本はたくさん読むのですが、どの本を読んだのかをすぐに忘れてしまいます。すっかり忘れて、同じ本を買ってしまうこともあるんです。「これ前に見たな。デジャブかな?」って不思議がっていると、「その本、前にも読んでたよね。すごい本好きなのにぜんぜん覚えてないね。」って、夫に笑われてます。
特に好きなのは東野圭吾さん。工学部のご出身だそうでトリックが面白いです。名前を憶えていないのですが、特定のキャラクターが登場するシリーズがあって、そのキャラクターが別のシリーズに出ているのを見つけるのも楽しいです。心理描写が印象に残っているのは、角田光代さんの「坂の途中の家」。主人公の心の変化の描写が、街の風景まで変えてしまうんです。貴志祐介さんの「黒い家」は、文字から怖さを感じました。憎しみに満ちた形相の描写が本当に怖かったです。
文章を書くのも好きで、論文だけでなくコラムもよく書いています。短い文章で伝える力をつけたいと思っているので、いろんな本から表現方法を学んで、自分が書く文章に活かしたいですね。
理系の科目が得意じゃなくても好きなら挑戦して欲しい
研究者になりたいと考えている方へメッセージ
出前授業などで中学生や高校生と話しをすると、実験が「面白い」と言ってくれるのですが、それが仕事になることは知らないということに気付きました。面白いことを面白いと思いながら続けられる「研究者」という職業の魅力を伝えていきたいです。研究をするようになって、理系だけじゃなくて文系科目も大事だな、と思うようになりましたし、理系科目が苦手でも、何らかの形で研究に携わることはできるということも分かりました。もしどうしても乗り越えられない壁があったら、一人で抱える必要はないから、助けてくれる人を探せばよいと思います。私もこれまでたくさんの方に支えていただいたので、これからはサポートできる人を目指したいなと思っています。
出産や育児で離職している方の挑戦も応援したいです。一度離職すると戻るのにハードルが高いのですが、研究を続けたいという気持ちがあったら、ぜひ、それが続けられる環境を探し続けてほしいと思っています。研究は、何歳でもどこにいても始められます。いろんな人と話して、いろんなことを体験して、「あ、これが自分のやりたいことだ!」と思えることを見つけてほしいなと思います。私もこれからも楽しく研究を続けていって、私の姿を見て「研究者って楽しい職業なんだな」と思ってもらえる人になりたいです。
取材日:2024年11月25日