多元研で活躍する女性研究者紹介

#5 南後 恵理子

南後恵理子

 多元研で活躍する女性研究者をインタビュー形式で紹介します。
第5回目は、X線自由電子レーザー(XFEL)でタンパク質の動きを捉える研究を行っている南後恵理子教授に、研究者になったきっかけや研究のこと、ライフワークバランスなどを伺いました。

15歳の頃に真剣に考えました

 研究者になるきっかけやその後のキャリアは・・・

 もともとはピアニストになりたかったんです。3歳からピアノを弾き始めて、毎日4~5時間練習していました。本気でプロを目指していたのですが、15歳の頃に出たコンクールでいい結果が出なかったので、別の道に行こうと思いました。同じタイミングで、家族に難しい病気が見つかったこともあって、人の役に立つようなことをしなければ、という気持ちを強く持ち、どんな道に進もうかと真剣に考えました。自分が楽しくできて人の役にも立てることを考えた末に、薬の開発の研究に思い至りました。それがきっかけで、研究の仕事をしていきたいと思ったんです。

 小さい頃から理科が好きでした。幼稚園に入る頃に、植物図鑑をよく見ていました。毒キノコのような面白い植物がたくさん載っている図鑑が好きで、両親に買ってもらったことも覚えています。東京工業大学に進学した際には化学科を選択し、研究室所属の時には、有機合成から分子生物学まで広く学べて面白そうだと思った「天然物化学」を選びました。学生時代は、研究室の先輩や先生方に相談することもありましたが、基本的には自分で決めて自由に研究できるのが楽しかったです。実験技術が未熟だったこともあって、とにかくたくさんの実験をして過ごしました。

 4年生の時の研究テーマは、抗生物質を作り出す酵素に関するものでした。私がテーマとした酵素は、ブドウ糖(炭素5つと酸素1つから成る六員環構造を持つ)を直接炭素六員環へと変えてしまう、面白い酵素でした。この酵素による生成物を原料に化学合成すると脱水して、ベンゼン環構造を持つ化合物(ベンゼン誘導体)へと変換されます。ベンゼン誘導体は、合成樹脂や医薬品の原料などに用いられる有用な物質です。指導教官は「酵素を使って糖を原料にモノづくりをする」というストーリーを描いていて、その反応の過程を確立させるのが、与えられた課題でした。研究室の先輩方からは、これは難しいテーマだと心配されていたのですが、試行錯誤しながら研究を進めて、M2の時に論文発表できました。自分で文献を探して、考えながらいろいろ試して、自分で見つけるという研究の面白さを感じました。当時は就職氷河期と言われていた頃で、研究者として民間企業に就職するのは難しかったので、博士課程に進学するために、日本学術振興会の特別研究員にチャレンジしました。採択されてラッキーだったと思います。

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 私は研究者としては少々早い20代後半に子供を持ちました。妊娠中は有機溶媒を使うような合成の実験を行いにくかったこともあり、コンピュータを使って出来るX線結晶学に研究をシフトしました。異分野でしたが、タンパク質の構造を調べるための挑戦でもありました。天然物化学分野の助教として7年勤めましたが、その後、理化学研究所の放射光科学総合研究センターにリサーチアソシエイトとして移り、間もなくして、理化学研究所でのX線自由電子レーザー(XFEL)のプロジェクトが始まった時に、研究員として採用されました。ここでは、各種分析装置や反応に関する知識も求められたので、天然物化学、分析化学、分子生物学、有機化学といった、それまで培ってきた広い分野の知識が役に立ちました。

X線自由電子レーザーを使ってタンパク質の動きを捉える

 今力を入れている研究テーマは・・・

 タンパク質の動きを捉えることは、学生の頃から挑戦したいと思ってきたテーマでした。博士論文のテーマは、先に紹介した酵素の立体構造を解くことでした。立体構造が分かれば、なぜその酵素が面白い反応をするのか分かると思っていたのですが、肝心のところが分かりませんでした。当時の技術では、酵素反応の途中を見ることは難しいことでした。X線で解析すると、タンパク質を形作るアミノ酸の構造を、炭素や酸素など原子のレベルで見ることができるのに、それは止まった状態であって反応している様子は推測するしかないことが、とても不満だったんです。そこで、タンパク質が反応して動いている様子をそのままを見たい、と考えていました。

 XFELは非常に明るく、照射時間が極めて短いパルスレーザーです。10フェムト秒※1よりも短いパルスレーザーをタンパク質の結晶に当てて撮影すると、タンパク質の反応や形の変化などを追うことができると期待されていましたが、その方法が確立されていませんでした。XFELを1回当てただけで結晶が壊れてしまうので、インジェクターと呼ばれる装置に小さな結晶をたくさん入れて、結晶を次々と送ってXFELを照射し、撮影する方法を用いています。これは、当時は国内では誰もやったことのない新しい方法だったので、専用の装置を開発し、実験方法を模索しながら始めました。2016年に初めて光で反応するタンパクが動く様子をナノ秒からミリ秒のスケールで捉えることに成功したんです。今は様々なタンパク質の動きを捉えるための技術開発を進めています。

 実験は、兵庫県の大型放射光施設SPring-8※2の隣にあるXFEL施設「SACLA」で行っています。通常、放射光施設で行われるX線結晶構造解析は結晶を凍結して測定します。しかし、タンパク質が働いている瞬間を捉えるには生理的条件に近い温度で測定する必要があります。そのため、凍結せずに試料を持っていかなければなりません。SACLAのビームタイム(実験できる時間)は基本的には半年に一度で時間も限られます。作った結晶の状態が悪いとその貴重な実験機会にデータが得られないこともあります。私達が開発した装置を用いて、SACLAで初めてタンパク質の動きを捉える実験を行った際は、海外から著名な研究者を招いて大々的に行いました。しかし、その時に作った結晶では回折像が得られず、気が気ではありませんでした。この時のビームタイムは48時間。その時間内に上手くいかなければ、次は半年後になってしまいます。もちろん結晶はたくさん準備しておいたのですが、どれも質が良くありませんでした。どうしようかと悩んで40時間程が過ぎた頃、3~4か月前に作った結晶が使えることが分かって、最後の数時間でタンパク質の動きを捉えられることを実証できました。

 タンパク質の結晶作製技術は、現在でも理屈通りにいかないことがあり、アートの領域だとも言われています。結晶はpHなどの状態が少し変わるだけでも影響を受けるほど繊細ですが、反応の動きを捉えるためには、再現性良く結晶を作ることが重要です。この実験では、結晶中に含まれる分子全体の平均構造を見るので、規則正しく並んだ結晶分子が全て一斉に同じように動く必要があって、これが難しいんです。そこで、結晶内の分子をいかに一斉に反応させるか、という課題にも取り組んでいます。

*1. フェムト秒:1フェムト秒は千兆分の1秒
*2. SPring-8:兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。(http://www.spring8.or.jp/ja/

  

いろんなコラボレーションができそうな自由な雰囲気

 多元研の研究環境は・・・

 多元研は、様々な分野の先生が集まっていて、いろんなコラボレーションができそうでわくわくします。どんな分野にでも進めそうな、自由な雰囲気もありますね。私自身、これまでいろんな分野の研究を経験してきたので、そこが面白いです。

 南後研究室には、理学部化学科のAMCコースと化学専攻の学生6名が配属されています。一人ひとりに異なる研究テーマを与えていますが、SACLAで実験するときは、みんなで協力することにしています。最近は、放射光でもタンパク質の動画撮影ができるようになりましたので、次世代放射光施設“ナノテラス”でも実験できるようにしていきたいと思っています。ナノテラスを使えるのは楽しみですね。実験の機会が増えることは、教育の観点からもいいと思います。

サブスクでいろんな音楽を楽しんでいます

 ワークライフバランスは・・・

 音楽が好きなので、サブスクの音楽配信サービスで、プレイリストを作って聴いています。プレイリストには最近の好きな曲を入れているのですが、そこに昭和の歌謡曲を混ぜたりして、いろんな曲をミックスして聞くのが楽しいです。米津玄師やKING GNU の中に、「異邦人」や「ルビーの指輪」「津軽海峡冬景色」を混ぜているんです。出張の移動時間などに楽しんでいます。基本的に運動が好きではないのですが、出張が多い仕事なので体力を付けたいと思ったのがきっかけで、ジムに通ってトレーニングをしています。

 毎日忙しく過ごしている中で、家族でご飯を食べている時が、いちばんリラックスできて嬉しい時間です。

冬来りなば春遠からじ

 座右の銘は・・・

 ピンチなことがあると凹みますし、落ち込んで止めてしまいたくなりますが、ピンチはチャンスでもあります。ピンチが来た時に、いいこともすぐそばまで来ているのかもしれない、そんなふうに信じていたいです。

何度も繰り返して読みます

 愛読書は・・・

 子供の時から本が好きです。今は、新しい本よりも、以前に読んだ本を読み返すことが多いですね。移動時間などに読んでいるのは、子供の頃からとても好きで何度もくり返して読み直している、星新一のショートショートです。古いのに新しいんです。最近は、安部公房の「砂の女」を読みました。理不尽な内容ですが、人生に通じるものがありますね。ミステリーも好きです。電子書籍で、移動中に読むことが多いです。

やってみたいと思ったらチャレンジして

 これから研究者を目指す若い学生さんへのメッセージ

 人生は1度だけですから、やってみたいと思ったらチャレンジしてみて欲しいです!

南後恵理子 Eriko Nango
宮城県仙台市生まれ。東京工業大学理学部化学科卒業、同大学院理工学研究科 化学専攻博士課程満期退学。東京工業大学 助手、助教、理化学研究所放射光科学総合研究センター リサーチアソシエイト、研究員、京都大学大学院医学研究科 助教、特定准教授を経て、2020年4月より東北大学 多元物質科学研究所 教授。2021年4月より理化学研究所 放射光科学研究センター チームリーダーを併任。博士(理学)。
日本学術振興会賞(2021年12月)、日本学士院学術奨励賞(2022年1月)

東北大学多元物質科学研究所 量子ビーム構造生物化学研究分野   理化学研究所SACLA利用技術開拓グループ

取材日:2023年8月9日