#4 志村 玲子
多元研で活躍する女性研究者をインタビュー形式で紹介します。
第4回目は、新規機能性物質の探索研究を行っている志村玲子准教授に、研究者になったきっかけや研究のこと、ライフワークバランスなども伺いました。
理科や算数が好きでした。
研究者になるきっかけやその後のキャリアは・・・
小学生の頃から理科や算数が好きでした。親族に研究者がいるので、小さい頃に研究室に行ったことがあるんです。実験室の装置類にワクワクして、「こんなところで働いてみたい」と思ったのがそもそものきっかけでしょうか。とても説明が上手な方で、様々な成果を伝えてくれるその姿にも憧れました。その後も特にぶれること無く、自然に「科学者」を目指していたように思います。
大学では固体地球科学を専攻して、天然の固体物質(鉱物・岩石)の研究をしました。岩石試料の採取のためにフィールドワークも行いました。毎年2週間程、現地に滞在して、20㎏の箱で数箱分の岩石を採取して来るんです。採取した岩石を研磨して作製した薄片を偏光顕微鏡で観察したり、走査型電子顕微鏡や各種分析装置などを用いて解析したりして、様々な角度からデータを取得しました。学位論文では、理論的には生じることが知られていたものの実際に起きている証拠のなかった、「組成対流」と呼ばれるマグマだまりの中で生じる特殊な対流の証拠を、世界で初めて示すことができました。
所属する専攻のネットワークサーバーがまだ自主運営されていた頃は、サーバーの管理グループにも入っていました。研究や管理作業の合い間に、UNIXワークステーションでプログラミングしていました。当時は遊びだと思って楽しんでいたのですが、分析結果をモデル化してシミュレーションするプログラムを作る際など、その後の研究にとても役立ちました。卒業する頃にはサーバー管理も外部委託になり、学生が触ることができなくなってしまったので、いい時代に学生でいられて運がよかったと思っています。
学位取得後にバルク単結晶*1の育成を行っている材料系の研究室のポスドクとして、様々な単結晶の作製技術開発に携わりました。思い切って研究分野を変更したつもりだったのですが、天然物質が人工物質に変わっただけで、それまで培ってきた分析手段のスキルや必要な基礎知識をそのまま活かせたので、意外にスムーズに対応できました。融点が2400℃を超える結晶や、希土類のフッ化物結晶をマイクロ引き下げ(μ-PD)法*2で育成するなど、それまで扱ってきた天然の結晶とは組成や特徴がかなり違う結晶の育成に携わることができました。
ちょうどそのポスドクの頃に、電子工作が得意な外国人研究者が研究室に滞在していまして、機械の遠隔制御やプログラミングの話で盛り上がったのを思い出しました。その方と共同で、育成する結晶の直径を自動で制御するシステムをμ-PD装置に搭載することもできました。昔から機械やコンピュータが好きで、今でも、測定制御や解析をプログラミングして効率化したりするなど、研究を進める際に役立っています。
このμ-PD法ですが、作製した結晶中の元素の偏析*3の解析が行われていないことに教員になってから気づき、系統的に組成を選んで結晶を作製して、できた結晶中の組成の分布を分析しました。高温の融液から人工的に結晶を育てるというのは、学生時代に研究していたマグマだまりの固化と規模は違うのですが現象としては同じなので、当時解析に使っていたプログラムを少し書き換えることで融液の流れや元素の空間分布を明らかにできます。それを使って、育ちつつある結晶のごく周辺の融液の流れを特定し、できあがった結晶中に生じた組成の分布を説明することができました。その後、X線構造解析の研究室に異動し、結晶作製や作製の機構を解明する研究から、作製した結晶の構造や特性を明らかにする研究へテーマをシフトし研究を続けてきました。
*1. バルク単結晶:宝石のような一粒の結晶(粒の中で原子の並ぶ規則性が変化しない)のことを単結晶と呼ぶ。バルク単結晶とは大きな単結晶のことで、典型的には数mmから数10cmのサイズを持つ。
*2. マイクロ引き下げ(μ-PD)法:原料が液体となった融液から単結晶を育成する方法の1つ。坩堝(るつぼ)の下部の小さな孔から毛細管現象を用いて融液を下方向に引き出して結晶を育成する。
*3. 元素の偏析:融液から結晶化する際、液体と固体の間で微量元素の含有される割合(分配係数)が異なるために、得られた結晶中における一部の元素の空間分布が不均質になること。
多元素系の新しい構造を持つ物質を見つけて材料に育てる
最近の研究テーマは・・・
固体物質の形成・生成過程やその結晶構造、結晶構造に依存した物性にとても興味があり、蛍光体やシンチレーター*4に応用できそうな酸化物や、準結晶*5とよく似た局所構造を持つ近似結晶などの無機物質を合成し、その特性や構造を調べる研究や解析手法の研究を行ってきています。ここ数年では、大規模な放射光施設でしかできなかった単結晶異常散乱X線回折法という手法を、実験室でもできるようにしたシステムも作りました。これまではハードウエア(分光結晶)でX線の波長(エネルギー)を選択していたのを、エネルギー分散型の検出器を用いることでソフトウエア的に選択できるようにしたことが実現のポイントの1つです。通常のX線回折では、銅(Cu)と亜鉛(Zn)のように周期表で隣り合う元素を区別できないのですが、このシステムを用いるとそれらを明確に区別することができるのです。結晶中のある原子位置を隣り合う元素が同時に(確率的に)占めていても、その占める割合を実験室でも明らかにできるようになりました。精密な結晶構造が簡便にわかるようになっただけでなく、期待する特性を発現する結晶の合成条件へのフィードバックも容易になりました。
最近は、これまで知られていなかった新しい結晶構造を持つ多元素系物質の探索研究を行っています。無機結晶の性質は結晶構造やそれらが組み合わさった組織構造に依存するので、新しい結晶構造を持つ物質を発見できれば、今までにない新しい機能をもつ材料となる可能性があるのです。
やみくもに探しても効率が悪いので、結晶を作るときの周囲の気体の成分や圧力、加熱する温度、仕込む元素の組み合わせなどを系統的に変えながら、研究室の学生さんと一緒に新規物質を探索しています。まだ誰にも報告されてない新しい構造の物質が見つかった時には、学生さんと一緒に大喜びします。その物質の蛍光特性や電気特性などの基礎的な特性を評価して、新しい機能があるかどうかの可能性を探ります。圧電体や非線形光学結晶として使える物質には、結晶構造に対称中心がないという特徴があるのですが、対称中心を持たない結晶は、これまでに報告されたおよそ21万件の無機結晶構造データのうちの18%とあまり多くはありません。最近は特に、結晶構造に対称中心を持たない結晶の発見を狙って、結晶中の局所的な構造に対称中心を持たないものを導入する合成を行って物質探索を進めています。
*4. シンチレーター:X線や中性子線などの放射線があたると発光する材料の総称。
*5. 準結晶:結晶が持つような周期性を持たないが、原子配列に高い秩序性を持った物質。
構築した異常散乱X線回折システムにより、実験室での測定が可能に
研究の支援環境が充実しています。
研究環境は・・・
多元研は物質系から生命系まで理系の幅広い分野の研究者が在籍しています。そのため、様々な研究背景と技術を持つ多様な方々がいらっしゃるので、研究の困りごとの相談がしやすい環境だと思います。
東北大学の工学系全般に言えることですが、機械工場やガラス工場などを持っている部局が多く、いろいろな加工を引き受けてもらえます。各種分析用の共通設備も多数存在しており、研究の支援環境が充実しているように思います。
スマートウォッチや時短家電を駆使して効率よく!
ワークライフバランスは・・・
子供が産まれてから、ワークライフバランスという言葉の意味がようやく腑に落ちてきた気がしています。夫が単身赴任ということもあり、自分で物事を制御できる仕事の時間帯と、そうでない時間帯のバランス、というのが今の私のワークライフバランスの本質となっています。限られた、制御可能な時間帯の中でできるだけ効率よく研究活動を進めるべく、予定表やTODOリストから通知が届くようにするなど、スマートウォッチを最大限活用しています。制御できない時間帯の家事や育児においても、食洗機や衣類乾燥機などの時短家電を駆使して暮らしています。
趣味が何か考えてみたのですが、あえて言えば、食べるのが好きなので、料理が実益を兼ねた趣味です。電気調理鍋、パン焼き器、スピードカッター、ブレンダー、ワッフル・ホットサンドメーカーなど、いろいろな調理家電品が増えました。ワッフル作りは、子供と一緒に楽しんでいます。しっかり泡立てたメレンゲを使った、カリっとしたワッフルが気に入っています。
「If I have seen further, it is by standing on the shoulders of giants.」
座右の銘は・・・
座右の銘と決めている言葉は特に無いのですが、アイザック・ニュートンがロバート・フックへの書簡に書いたという「If I have seen further, it is by standing on the shoulders of giants.(私がより遠くを見渡せてきたのだとしたら、それは巨人たちの肩に立っていることによるものです。)」という言葉は科学の本質だな、と思い心に留めています。多くの先人たちの知恵の上に今の科学があるのを忘れずに、私もまた知恵の塊を少しずつ積み重ねていきたいと思っています。
地元の図書館に通っています
愛読書は・・・
愛読書という訳ではないのですが、リチャード・ファインマンの「ご冗談でしょうファインマンさん」は、研究者の持つ物事への興味と楽しみに溢れていて、研究者を志す人にお勧めします。私は、小学校高学年の時にこの本を読み、とても感銘を受けました。
最近は子供たちと一緒に、時々地元の図書館に行くのですが、その時々に目についた本を、ジャンルにとらわれずに借りて読んでいます。料理本を眺めたり、IT系の本を読んだりするのも好きです。
好奇心の赴くままに様々な経験を
これから研究者を目指す若い学生さんへのメッセージ
好奇心の赴くまま、いろいろ楽しく経験してください。楽しいと思うことを続けるのは大事だと思います。研究に関係ないと思っていた事柄が、後で役に立つことはたくさんあります。たとえ困難や挫折があっても、どうかめげずに研究者になる夢を実現してください。
取材日:2023年6月8日