研究内容紹介

はじめに -ワイドバンドギャップ化合物半導体は持続可能な社会を実現する基幹材料です-
     THE 応用物理学で社会に貢献します

   ■当研究室は、ワイドバンドギャップ化合物半導体の物性研究を通じてSDGsに大きく貢献します。ワイドバンドギャップ化合物半導体は、光(電磁波)と電子系(電子と正孔が束縛しあっている励起子というボーズ粒子)の機能を融合するポラリトンレーザ等のナノ・量子構造発光デバイスや、殺菌による水の浄化やウイルス不活化を実現する深紫外線発光デバイス、脱CO2パワースイッチングデバイス等への応用が期待されています。また、ワイドバンドギャップ化合物半導体は、令和3年度の応用物理学会優秀論文賞7件のうち5件を占めた応用物理学の基幹材料です。
   ■物性研究には、高品質な半導体結晶と適切な評価手法が必要です。各種物質の光励起や殺菌・消毒に応用が期待される、波長200 nm台の深紫外線に相当するバンドギャップを持つ AlN,AlGaN, BN等のⅢ族窒化物半導体や、近紫外線コヒーレント光源を実現できる可能性のあるZnO,NiO等の金属酸化物半導体を扱っており、これらの材料創成(結晶の成長)には有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法や独自開発のヘリコン波励起プラスマスパッタエピタキシー(HWPSE)法を用います。いずれも、原子層レベルで平坦な表面・界面を持つ半導体単結晶の超薄膜やナノ構造のエピタキシャル成長が行えます。材料創成と平行し、形成したメゾスコピック/ナノ構造における電気・光学的特性を定量的に理解するため、フェムト秒パルスレーザやフェムト秒パルス集束電子線励起による時間・空間分解分光評価を行い、微細領域における励起子やキャリアダイナミクスの研究を行います。この光プローブを用いた材料物性研究に関しては、文科省環境省による研究プロジェクトにて、産官学多くの共同研究機関から提供される構造体の評価も行っています。
   ■以上のように秩父研究室では、物理と工学の両輪により人類に役立つ材料およびデバイスの開発に繋がる学術研究を推進します。当研究室では、学生一人一人が最先端の研究テーマと向き合い、最先端かつ独自の装置を用いて主体的に研究に取り組む環境をサポートするため、基礎知識があれば専門知識や経験がなくても研究をスタートできます。「工学」「物理」「材料科学」「応用物理」などに少しでも興味がある、あるいは人類社会・学術分野に貢献したいという想いを少しでも持つ学生を歓迎します。本研究室の卒業生は大学や企業の研究者となって活躍する場合が多く、既に教授になった人も居れば企業の研究リーダーとなった人、社長になって新奇なLED照明事業を推進している人などがいます。卒業生が寄せてくれた声が、卒業生の声のページに掲載されています。

   ■当研究室は工学研究科応用物理学専攻の連携講座です。他大学から受験する場合、試験に合格すれば研究室の定員制限はありません。

秩父研の研究対象

主な研究対象デバイス

水の浄化・殺菌・消毒を実現する省エネ深紫外小型固体光源」

 現在、地球上には安全な水を飲めない人が22億人、清潔な公衆衛生が保たれていない人はもっと多く42億人います。この方々に安全な環境を提供して世界に貢献できる方法の一つに、青色発光ダイオード(LED)よりも高い光子エネルギーで光る、波長260-280 nmの高効率深紫外線固体光源を開発する事が挙げられます。しかしながらこれは、最初の材料合成から信号機・表示素子・昼白色LED照明に使われるまで40年を要した青色LED開発よりも困難な技術開発を意味します。この用途に適する医療・消毒・殺菌用光源として、また超高密度光記録や見通し外通信用の光源として、さらに大型ガスレーザーや各種大型励起光源の固体化による小型・省エネ化を目指して、波長300 nm台から200 nm程度の紫外線~深紫外線を呈する半導体製のLEDや半導体レーザの開発が望まれています。
 当研究室は、これらに用いるワイドバンドギャップ半導体の結晶成長、プロセス技術、光および電気物性に関する専門的研究を行っています。

カーボンニュートラルに貢献する高周波パワーデバイス」

 豊かで安心安全な社会を持続させるためには、限りあるエネルギー資源を高効率に利用する技術が不可欠です。たとえば、電力を強い動力に変換する鉄道・電気自動車・産業機械や、高周波の電波を増幅させる通信基地局等において、電力の変換効率を向上させることは喫緊の課題です。その解決方法として、電力制御を担うパワートランジスタの半導体材料を、従来の珪素から炭化珪素、GaN、ダイヤモンド等に置き換えることが注目されています。なかでも、GaN は広い禁制帯幅(3.4 eV)、高い絶縁破壊電界(3.3 MV cm-1)、速い飽和電子速度(2.5×107 cm s-1)などの優れた物性を有するため、高出力かつ高周波で動作する縦型パワートランジスタへの応用が期待されています。しかし、現状では様々な課題を解決する必要があり、信頼性が高いGaN縦型パワートランジスタを作製することが困難です。
 今後解決すべき課題のうち、当研究室は①GaNトランジスタの土台となる、反りや欠陥がない大口径GaN単結晶基板の開発、②高純度かつ耐圧の大きなドリフト層の開発、③局所的なp型やn型電気伝導層を形成するためのイオン注入技術の開発等に貢献する研究を行っています。

新しい物理に基づく新奇なコヒーレント光源ポラリトンレーザ」

 時間的・空間的コヒーレンシーの高いコンパクトな固体光源として半導体レーザが実用化され、照明・ディスプレイ・情報通信等に活用されています。最近では、演色性に優れる白色照明・高密度光情報記録素子・浄水デバイス等への応用に向け、窒化物半導体を用いた近紫外・深紫外半導体レーザの開発が進められています。しかしながら、半導体レーザは発振にキャリアの反転分布が必要なため、駆動時の閾値電流密度は数 kA/cm2程度であり省エネとは言えません。
 ポラリトンレーザは、半導体レーザの欠点を克服した超低閾値コヒーレント光源です。その動作原理は、共振器中の光子と励起子(電子正孔対)が結合した共振器ポラリトンをボーズ・アインシュタイン凝縮させることに基づいており、発振にキャリアの反転分布を必要としません。
 室温動作が可能なポラリトンレーザを実現するためには、励起子が室温で安定に存在できる半導体を用いる必要があります。ZnOの励起子束縛エネルギーは59 meVと半導体の中でも最大級であり、室温の熱エネルギー(26 meV)よりも大幅に大きいです。また、ZnOのバンドギャップエネルギーは3.37 eV(波長換算で368 nm)であり近紫外線波長域で発光するため、高出力かつ高効率を実現する高演色性白色光源への応用を期待できます。

DUV

水の浄化・殺菌・消毒(ウイルスの不活化)を省エネルギーに実現し環境・医療・社会に貢献する深紫外線発光ダイオード



Power

省エネを実現しカーボンニュートラルに貢献する高周波パワートランジスタ



poration

発振に必要な閾値電流密度が非常に低いポラリトンレーザ



主な研究対象材料

「ワイドバンドギャップ化合物半導体」

 (B,Al,Ga,In)N半導体及び混晶

 Ⅲ族窒化物半導体 (Al,Ga,In)N は、光通信波長(1.55 µm)から200 nm台の深紫外線波長までの「光」を発する事が可能な禁制帯幅(バンドギャップエネルギー:Eg)を持つ魅力的な半導体材料です。特に、InGaN混晶の量子井戸を用いた高輝度青色・緑色LEDや、青色LEDで黄色蛍光体を励起する高効率白色LED、そしてBlu-rayディスク用紫色レーザダイオードなどがこの20年をかけて次々と製品化され世界に拡散して行きました。「高輝度省エネルギー白色光源を実現に導いた高効率青色発光ダイオードの発明」のインパクトに対して、2014 年にノーベル物理学賞が、3 名の日本生まれの研究者に授与されました。ノーベル物理学賞の授賞理由の一つとして、未だ送電線の届かない地域に住む15億人に、白色LEDと太陽電池と蓄電池の組み合わせで夜間の照明を普及させることができることが挙げられています。
 今後は、さらにバンドギャップエネルギーが大きいAlNやBNにまで拡張して深紫外線LED等の多機能発光素子が実現されることが期待されています。さらに、電子デバイスの分野においても現在の珪素(Si)や炭化ケイ素(SiC)を超える性能を有するGaNやAlGaNが高周波パワー半導体等に応用され活躍することが期待されています。

 (Mg,Zn)O, NiO半導体及び混晶

 ZnOは化粧品などとして昔から利用されて来た材料ですが半導体としても魅力的な材料です。ZnOの励起子の束縛エネルギーは59 meVと大きく、MgZnOとのヘテロ構造を用いた「励起子効果」が顕著な高効率紫外線光源材料として期待できます。例えば超低閾値紫外線コヒーレント光源(ポラリトンレーザ)が室温で実現できる可能性があります。また、ワイドバンドギャップ半導体における最重要課題といえるp型電気伝導の実現に関してはNiOがその壁を打ち破る可能性を秘めています。NiOのバンドギャップエネルギーは4 eV程度と大きく、p型電気伝導が比較的容易に得られるからです。物性やデバイス応用については未知の領域が多く学術的にも魅力的な材料です。

   
半導体のバンドギャップエネルギー

様々な半導体のバンドギャップエネルギー



growth

秩父研究室における半導体結晶成長装置および分光装置群

研究室の特徴

半導体結晶の成長からデバイス試作まで
国内外の研究機関で行列ができる半導体フォトダイナミクスラボ

 ■秩父研究室では、半導体結晶の成長~加工~デバイス試作まで一貫して実施できます。有機金属気相エピタキシャル成長法等により欠陥が少なく良く光る半導体を結晶成長させています。近年、バルクGaN基板上に結晶成長させた非極性m面AlInNナノ構造による新しい深紫外線~緑色偏光光源を開発しました(プレスリリース)
 ■パワー&高周波トランジスタ実現に不可欠なGaN基板を作製するためのバルク結晶育成手法も開発してきました。東北大学と三菱ケミカル(株)および(株)日本製鋼所等の研究開発グループは、世界に先駆け2002年から「酸性アモノサーマル法」によるバルクGaN結晶成長に取り組んできました。超臨界アンモニアへのGaNの溶解度を高めるため、ハロゲン化アンモニウム (NH4X;X=F, Cl, Br, I)を酸性鉱化剤として用いることにより高品質GaN結晶の高速成長に成功しています。この研究の一環として、日本製鋼所を中心に酸性鉱化剤が超臨界アンモニア中に存在する腐食環境に耐える大型圧力容器の開発も推進中であり、大口径GaN基板の実用化に向け邁進しています。(プレスリリース)。
 ■半導体の電気的・光学的特性を評価するための最先端の評価装置を多数揃えています。なかでも、独自開発した時空間同時分解カソードルミネッセンス等はカーボンニュートラル社会に不可欠なワイドギャップ半導体の発展に大きく貢献できます。
 ■最近は扉ページのニュース欄に示す通り、パワーデバイス実現のキーテクノロジーであるイオン注入に関する研究が応用物理学会優秀論文賞に選ばれたり、米 Applied Physics Letters誌に掲載された論文がEditor's pickに選定されたり、AlInN自然形成超格子の自己組織化メカニズムを解明したり、ZnO微小共振器を作製し室温で共振器ポラリトンの発光観測に成功するなどの成果を挙げています。本ページには研究内容の詳細は記しませんので、最近の研究成果については「論文リスト」を参照してください。今現在行っている研究については、当研究室を希望する学生さんには個別に話しますので問い合わせてください。また、かなり古いデータですが、2014年ノーベル物理学賞受賞者となった中村修二教授をプロジェクトリーダーとし、本研究分野室長が不均一結晶評価グループリーダーを務め遂行された、科学技術振興機構創造科学技術推進事業(ERATO)中村不均一結晶プロジェクトの研究成果の一部がサイエンスチャネルで無料配信されています。このビデオは分りやすく作られているので高校、大学生の皆さんは是非ご覧ください。

mAlInN

発光素子の試作と発光メカニズムの解明



STRCL

時空間同時分解カソードルミネッセンス装置


最近のプレスリリース一覧


=====2023年度=====
光による消毒・殺菌でウィズコロナ社会の公衆衛生に貢献 -深紫外線発光ダイオード(波長275 nm帯)の初期劣化メカニズムを解明-

=====2022年度=====
低圧超臨界相の活用で 従来以上に高品質な窒化ガリウム結晶を作製 -実験炉で反りがなく高純度な窒化ガリウム結晶成長を実証

=====2020年度=====
光り方を決めるのは光る頻度か光らない頻度か?~酸化亜鉛結晶の発光効率と発光寿命の相関を明示~
窒化ガリウム結晶の発光量子効率と光吸収の関係を解明
窒化ガリウムの発光を阻害する原因を突き詰める!-極低温下における発光効率計測に成功-
ギガビット級高速光無線通信を実現した深紫外LEDの高速変調メカニズムを解明 -自己組織化微小LED集合体がもたらす、高発光効率と高速変調の両立-
混ざり合わない混晶半導体の特異構造を利用した高効率光源実現に道-窒化アルミニウムインジウム超格子の自己組織化メカニズムを解明 -
室温動作ポラリトンレーザの実現に向けて大きな前進 -超低消費電力な近紫外線コヒーレント光源の実現に道-
省エネルギーに資する窒化ガリウム単結晶基板の量産法を開発 -次世代パワーエレクトロニクスの実現に道-

=====2019年度=====
一億個に一つの不純物も見逃さない! ー窒化ガリウム結晶中の炭素不純物を高感度・非破壊・非接触検出-
太陽電池の材料はよく光る⁉ -ペロブスカイト半導体の発光量子効率計測-
窒化ガリウムウェハの高速・高感度検査技術を確立 ー分光技術を駆使した半導体の結晶欠陥計測ー
公衆衛生や生活の質的向上に寄与!~深紫外発光素子の高効率動作メカニズムを解明~

=====2016年度=====
非極性面窒化アルミニウムインジウム薄膜ナノ構造を用いた新しい深紫外線~緑色偏光光源


研究内容ダイジェストはTAGEN FOREFRONT 5巻の秩父研記事もご参照ください。

学生の研究テーマ例


これまでの研究テーマの一例を記します。いずれもexcitingなテーマで研究活動を楽しんでいました。今後も楽しい研究テーマを創出していくつもりです。

[博士論文]
●広禁制帯幅ナノ構造の時空間同時分解カソードルミネッセンス評価
●電流注入により室温発振するポラリトンレーザの創製
●ヘリコン波励起プラズマスパッタ法によるニオブ添加二酸化チタン薄膜堆積における構造制御
●ヘリコン波励起プラズマスパッタエピタキシー法による酸化亜鉛系半導体薄膜の成長機構
●立方晶GaNのMOVPE成長における格子不整合緩衝層の検討
●III族窒化物半導体薄膜における励起子ダイナミクスの研究



[修士論文]
●AlGaN深紫外発光ダイオードの発光特性評価と長寿命化に向けた欠陥制御
●Mgイオン注入p型GaN層のルミネッセンス評価と欠陥制御
●窒化アルミニウム薄膜中のShockley-Read-Hall中心が光学的特性に及ぼす影響
●ウルツ鉱型MgxZn1-xO系分布ブラッグ反射鏡の設計とヘリコン波励起プラズマスパッタエピタキシーによる形成
●非極性面(Al, In, Ga)Nの薄膜成長とキャリアダイナミクス
●ヘリコン波励起プラズマスパッタエピタキシーによるZnO/MgZnOヘテロ構造の形成
●酸化亜鉛系半導体のヘリコン波励起プラズマスパッタエピタキシーと励起子ポラリトンに関する基礎研究
●アンモニアソースMBE成長(Al,Ga)Nの歪みと格子緩和が構造特性・発光特性に及ぼす影響



[学士論文]
●AlInN薄膜の空間分解カソードルミネッセンス評価
●Spatially resolved cathodoluminescence spectra of ZnO nanowires grown on sapphire substrates
●反応性ヘリコン波励起プラズマスパッタ法による高反射率誘電体分布ブラッグ反射鏡の形成
●非極性m面AlInNエピタキシャル薄膜の分光エリプソメトリ―評価
●ヘリコン波励起プラズマスパッタエピタキシー(HWPSE)法によるZnO単結晶薄膜の成長と評価
●MOVPE法によるAlGaN/GaNヘテロ構造形成と電気伝導特性