現在、地球上には安全な水を飲めない人が22億人、清潔な公衆衛生が保たれていない人はもっと多く42億人います。この方々に安全な環境を提供して世界に貢献できる方法の一つに、青色発光ダイオード(LED)よりも高い光子エネルギーで光る、波長260-280 nmの高効率深紫外線固体光源を開発する事が挙げられます。しかしながらこれは、最初の材料合成から信号機・表示素子・昼白色LED照明に使われるまで40年を要した青色LED開発よりも困難な技術開発を意味します。この用途に適する医療・消毒・殺菌用光源として、また超高密度光記録や見通し外通信用の光源として、さらに大型ガスレーザーや各種大型励起光源の固体化による小型・省エネ化を目指して、波長300 nm台から200 nm程度の紫外線~深紫外線を呈する半導体製のLEDや半導体レーザの開発が望まれています。
当研究室は、これらに用いるワイドバンドギャップ半導体の結晶成長、プロセス技術、光および電気物性に関する専門的研究を行っています。
豊かで安心安全な社会を持続させるためには、限りあるエネルギー資源を高効率に利用する技術が不可欠です。たとえば、電力を強い動力に変換する鉄道・電気自動車・産業機械や、高周波の電波を増幅させる通信基地局等において、電力の変換効率を向上させることは喫緊の課題です。その解決方法として、電力制御を担うパワートランジスタの半導体材料を、従来の珪素から炭化珪素、GaN、ダイヤモンド等に置き換えることが注目されています。なかでも、GaN は広い禁制帯幅(3.4 eV)、高い絶縁破壊電界(3.3 MV cm-1)、速い飽和電子速度(2.5×107 cm s-1)などの優れた物性を有するため、高出力かつ高周波で動作する縦型パワートランジスタへの応用が期待されています。しかし、現状では様々な課題を解決する必要があり、信頼性が高いGaN縦型パワートランジスタを作製することが困難です。
今後解決すべき課題のうち、当研究室は①GaNトランジスタの土台となる、反りや欠陥がない大口径GaN単結晶基板の開発、②高純度かつ耐圧の大きなドリフト層の開発、③局所的なp型やn型電気伝導層を形成するためのイオン注入技術の開発等に貢献する研究を行っています。
時間的・空間的コヒーレンシーの高いコンパクトな固体光源として半導体レーザが実用化され、照明・ディスプレイ・情報通信等に活用されています。最近では、演色性に優れる白色照明・高密度光情報記録素子・浄水デバイス等への応用に向け、窒化物半導体を用いた近紫外・深紫外半導体レーザの開発が進められています。しかしながら、半導体レーザは発振にキャリアの反転分布が必要なため、駆動時の閾値電流密度は数 kA/cm2程度であり省エネとは言えません。
ポラリトンレーザは、半導体レーザの欠点を克服した超低閾値コヒーレント光源です。その動作原理は、共振器中の光子と励起子(電子正孔対)が結合した共振器ポラリトンをボーズ・アインシュタイン凝縮させることに基づいており、発振にキャリアの反転分布を必要としません。
室温動作が可能なポラリトンレーザを実現するためには、励起子が室温で安定に存在できる半導体を用いる必要があります。ZnOの励起子束縛エネルギーは59 meVと半導体の中でも最大級であり、室温の熱エネルギー(26 meV)よりも大幅に大きいです。また、ZnOのバンドギャップエネルギーは3.37 eV(波長換算で368 nm)であり近紫外線波長域で発光するため、高出力かつ高効率を実現する高演色性白色光源への応用を期待できます。
水の浄化・殺菌・消毒(ウイルスの不活化)を省エネルギーに実現し環境・医療・社会に貢献する深紫外線発光ダイオード
省エネを実現しカーボンニュートラルに貢献する高周波パワートランジスタ
発振に必要な閾値電流密度が非常に低いポラリトンレーザ
Ⅲ族窒化物半導体 (Al,Ga,In)N は、光通信波長(1.55 µm)から200 nm台の深紫外線波長までの「光」を発する事が可能な禁制帯幅(バンドギャップエネルギー:Eg)を持つ魅力的な半導体材料です。特に、InGaN混晶の量子井戸を用いた高輝度青色・緑色LEDや、青色LEDで黄色蛍光体を励起する高効率白色LED、そしてBlu-rayディスク用紫色レーザダイオードなどがこの20年をかけて次々と製品化され世界に拡散して行きました。「高輝度省エネルギー白色光源を実現に導いた高効率青色発光ダイオードの発明」のインパクトに対して、2014 年にノーベル物理学賞が、3 名の日本生まれの研究者に授与されました。ノーベル物理学賞の授賞理由の一つとして、未だ送電線の届かない地域に住む15億人に、白色LEDと太陽電池と蓄電池の組み合わせで夜間の照明を普及させることができることが挙げられています。
今後は、さらにバンドギャップエネルギーが大きいAlNやBNにまで拡張して深紫外線LED等の多機能発光素子が実現されることが期待されています。さらに、電子デバイスの分野においても現在の珪素(Si)や炭化ケイ素(SiC)を超える性能を有するGaNやAlGaNが高周波パワー半導体等に応用され活躍することが期待されています。
ZnOは化粧品などとして昔から利用されて来た材料ですが半導体としても魅力的な材料です。ZnOの励起子の束縛エネルギーは59 meVと大きく、MgZnOとのヘテロ構造を用いた「励起子効果」が顕著な高効率紫外線光源材料として期待できます。例えば超低閾値紫外線コヒーレント光源(ポラリトンレーザ)が室温で実現できる可能性があります。また、ワイドバンドギャップ半導体における最重要課題といえるp型電気伝導の実現に関してはNiOがその壁を打ち破る可能性を秘めています。NiOのバンドギャップエネルギーは4 eV程度と大きく、p型電気伝導が比較的容易に得られるからです。物性やデバイス応用については未知の領域が多く学術的にも魅力的な材料です。
様々な半導体のバンドギャップエネルギー
秩父研究室における半導体結晶成長装置および分光装置群
■秩父研究室では、半導体結晶の成長~加工~デバイス試作まで一貫して実施できます。有機金属気相エピタキシャル成長法等により欠陥が少なく良く光る半導体を結晶成長させています。近年、バルクGaN基板上に結晶成長させた非極性m面AlInNナノ構造による新しい深紫外線~緑色偏光光源を開発しました(プレスリリース)。
■パワー&高周波トランジスタ実現に不可欠なGaN基板を作製するためのバルク結晶育成手法も開発してきました。東北大学と三菱ケミカル(株)および(株)日本製鋼所等の研究開発グループは、世界に先駆け2002年から「酸性アモノサーマル法」によるバルクGaN結晶成長に取り組んできました。超臨界アンモニアへのGaNの溶解度を高めるため、ハロゲン化アンモニウム (NH4X;X=F, Cl, Br, I)を酸性鉱化剤として用いることにより高品質GaN結晶の高速成長に成功しています。この研究の一環として、日本製鋼所を中心に酸性鉱化剤が超臨界アンモニア中に存在する腐食環境に耐える大型圧力容器の開発も推進中であり、大口径GaN基板の実用化に向け邁進しています。(プレスリリース)。
■半導体の電気的・光学的特性を評価するための最先端の評価装置を多数揃えています。なかでも、独自開発した時空間同時分解カソードルミネッセンス等はカーボンニュートラル社会に不可欠なワイドギャップ半導体の発展に大きく貢献できます。
■最近は扉ページのニュース欄に示す通り、パワーデバイス実現のキーテクノロジーであるイオン注入に関する研究が応用物理学会優秀論文賞に選ばれたり、米 Applied Physics Letters誌に掲載された論文がEditor's pickに選定されたり、AlInN自然形成超格子の自己組織化メカニズムを解明したり、ZnO微小共振器を作製し室温で共振器ポラリトンの発光観測に成功するなどの成果を挙げています。本ページには研究内容の詳細は記しませんので、最近の研究成果については「論文リスト」を参照してください。今現在行っている研究については、当研究室を希望する学生さんには個別に話しますので問い合わせてください。また、かなり古いデータですが、2014年ノーベル物理学賞受賞者となった中村修二教授をプロジェクトリーダーとし、本研究分野室長が不均一結晶評価グループリーダーを務め遂行された、科学技術振興機構創造科学技術推進事業(ERATO)中村不均一結晶プロジェクトの研究成果の一部がサイエンスチャネルで無料配信されています。このビデオは分りやすく作られているので高校、大学生の皆さんは是非ご覧ください。
発光素子の試作と発光メカニズムの解明
時空間同時分解カソードルミネッセンス装置